記憶の中の君へ

ミンク

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第1章 過去との再会

10.BAR AGAIN

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 新宿2丁目の中にある【Bar Again】に閑古鳥が鳴く日はあまりない。
 ボックス席が4つとカウンターが10席の店内は満席になることも少ないが、いつも適度に客がいて賑わいを見せている。

「あんた達が一緒に来るなんて何年振りよぅ」

 カウンターの中から、赤いドレスに金髪のウィッグを被ったるみママが嬉しそうに話しかけた

 交流会と言う名の飲み会を終えた新堂と山中は二次会には行かずに真っ直ぐに【Again】に向かった
 お互い、かわいい部下の件で確認したいことがあったのである

「いや~本当だよな。何年振りだ?山ちゃんは一人で来たりしてるの?」

 新堂の問いかけに、山中はハーッと大きくため息をつくと眼鏡を外して眉間を抑えた

「来てるよ。月1くらいかな、まぁ、今日はそんな話はどうでもいいんだよ」
「月1か、俺は結構来てるけど全然会わなかったなぁ」

 新堂が惚けると、山中は右手でカウンターをバンッと叩いた

「加賀くんのことだけど!」

 いつも温厚な山中が声を荒げたことに驚いたるみママが慌てて仲裁に入る

「あらあら、穏やかじゃないわね~。今のは順くんが悪いわよ。孝ちゃんの話をはぐらかしたもの」

 るみママは棚から出したチョコレートを小さな小皿に入れ、二人の間に置いた

「もうね、俺を順くんって呼んでくれるのママだけになっちゃったよ。ママの言う通り今のは俺が悪かった。山ちゃん、ごめん」

 新堂は座ったまま山中に頭を下げた

「俺も感情的になったから…悪かった。加賀くんの件なんだけど、本気じゃないなら山ノ瀬に関わらないで欲しいんだ」

 新堂は片眉を上げて、迷いながらも山中の話に答えた

「山ちゃん、山ノ瀬くんと加賀の事は電話で少し教えて貰ったな。俺も加賀を担当から外した方がいいのかと思った時期もある。でもなぁ...」
「会社的に難しいのか?」

 新堂は首を振った

「いや、そんな事はないよ。加賀が外れてもアシスタントをつけて貰えればなんとかやれるし…」

 片手に持っていた眼鏡をかけ直して山中が聞いた

「じゃあ、何か理由があるのか?」

「俺はね、アイツは山ノ瀬くんに本気だと思うよ。加賀は入社した時から何とも生け好かない奴だったんだ。あの風貌だろ?女にモテるし、契約だってシラーッと取ってくる。人生イージーモード代表みたいな奴だったよ」

「想像がつく」

「だろ?それが3年目かなぁ…。急に俺のところに来て一緒にPHENIXの営業をさせてくれっていうわけさ。最初は何だコイツって思ってたんだけど、助手でも構わないって2年も粘られてな。結果根負けした。理由は絶対に言わなかったけど、山ノ瀬くんだったんだなぁ」

「だったんだなぁってそんな呑気な話じゃないんだけど」

 山中が憤っていると、新堂が山中の左手にそっと自分の右手を添えた

「山ちゃん、山ノ瀬くんは加賀を無視するのをやめたようだ。山ちゃんももう一度俺を信じてみないか?」

 その瞬間、山中は新堂の手を振り払った。目には怒りの色が浮かんでいる

「俺はね、女と浮気するやつは信じられない」

 怒りが浮かんでいた目が今度は哀しみで埋め尽くされていく

「山ちゃん…」


 クスクスクス…

 新堂の後ろから小さな笑い声が聞こえた
 若くてスレンダーな可愛い顔立ちをした青年がいつの間にか新堂の横に立ち、肩に肘を置いた

「ねぇ、新堂さん。この人なの?」

 青年は茶色く大きな瞳を潤ませて新堂を見下ろした

「ちょっと!ハルくん、やめなさい!」

 青年は、るみママの制止も聞かず意地悪そうな目を山中に向けた

「ねぇ、小さくてポッチャリしたおじさん!わかるよ、アンタじゃ女に勝てないもんね。けどね、僕はそこら辺の女には負けないよ。」

「ハルくん、もうやめてくれ…」

 新堂が珍しく辛そうな声を出す
 青年は我関せずとそのまま続けた

「おじさん、新堂さんを僕にちょうだい。アンタには勿体無いよ~。良いこと教えてあげる!あの時、アンタから新堂さんを奪ったのは僕の姉だよ。悔しい?それに、僕も新堂さんと寝たことがあるんだ。」

 山中はゆっくりと立ち上がり、前方を見たまま言った

「新堂さん、とにかく加賀くんが山ノ瀬に変なことをするようなら、担当を外してくれ」

 ポケットから万札を何枚か取り出しカウンターに置く

「るみママ、ごめん、帰るわ」

 カランカラン…
 そのまま一度も新堂を見ること無く店を出ていってしまった

「孝ちゃん、ちょっと、あー!どうすんのよ、これ!」

 るみママはどうにも上手く行かない客達の状況に頭を抱え、今日はもう店じまいと言い放った

ーーー

 山中は駅への道を歩きながら深月と初めて会った日の事を思い出していた

 起業してまだ暇な頃、教授や後輩たちに会いによく大学へ行った
 在籍時に入っていたサークルに顔を出すとそこに深月がいた

 この子は同じ悩みを抱えているのかもしれない

 直感した

 あの時の深月は礼儀正しかったが、痩せ細りシャツの上からでもわかるほど骨が出ていた
 目は虚ろでどこを見ているのか、何も見ていないのか、明日消えてしまっても不思議ではないような存在だった

 それから僕は何度も彼を遊びに誘った

 消えないで欲しいと願った

 春は桜を、夏は海に、晴れた日にはドライブを、雨の日には皆と一緒に朝まで飲み会へ…
 2年の歳月が流れた時、そこに入学時のような深月の姿はなかった
 友人の話を楽しそうに聞き、どんな意見も受けいれ、優しく実は男らしいところもある

 そんな元気な一人の青年になった

 好きだったという幼馴染みの男のこともポツリポツリと教えてくれた
 僕達の間にあるものは恋愛の愛では無く、兄弟愛に近いと思う

 加賀には深月を振り回して欲しくない
 本気で愛しているのなら、今度こそ大事にしてあげて欲しい

 もう深月の傷付いた姿は見たくない
 幸せを掴んで欲しい


 僕のようにはさせたくない

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