記憶の中の君へ

ミンク

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第1章 過去との再会

9.モテる男

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「すみませーん!注文お願いしまーす!」

 ざわついた店内にまゆのよく通る声が響いた。呼ばれたことに気づいた店員がこちらに向かってくる 

 9月の第2金曜日、友和商事とPHENIXの「交流会」と称した有志による飲み会は焼き鳥屋【とり一番】にて開催されていた
 テーブル席が10席と厨房周りにカウンター席、会社の忘年会でもよく使う【とり一番】は料理も美味しくオフィス街でも人気の店である
 その名店の4つのテーブルを今日は交流会で占拠していた

「主任、もうグラスが空じゃないですか?なにか頼みますか?」

 仕事を終え、私服に着替えたまゆが目をキラキラさせながら聞いてくる
 ネイビーのワンピースに白のカーディガン、耳には花のモチーフのピアスをしたまゆを見て、女の子ってやっぱりかわいいな…と深月は純粋に思った

 (やっぱり俺はゲイでは無いんだよな。バイ?それも違う気がする…) 

 ほろ酔いになった深月の隣に座り、まゆはメニューを開いて見せてきた

「ほら、飲み物色々ありますよ!主任はビール苦手なんですから...カシスオレンジにしますか」

 一応聞いてはくれたものの、頼むものは決まっていたようだ 

「そうだね、じゃあそれでお願いしようかな」
「了解です!」
「カシスオレンジと、アスパラベーコン、鳥チーズ、豚串を各2本ずつ、フライドポテト、たこわさをお願いします!」

 テーブル席の横に控えていた店員はまゆの注文を猛スピードで紙に書き取り「かしこまりました!!」と元気にカウンター内へ戻っていった

 深月はまゆと番場、経理課の松田さん、山中、新堂と同じテーブルに座り酒を飲んでいた

 松田さんは昨年PHENIXに中途入社してきた娘さん女がいる既婚女性だ
 黒い髪を一つに括り、縁なし眼鏡をかけ、仕事には一切妥協を許さない
 初めはとっつき憎く感じたが、人柄を知ってみると気さくで思いやりのある信頼できる人だと判明した
 まゆとも腐女子仲間だそうで、何を言っているのかわからないが、二人で盛り上がっているのを良くみかける

「PHENIXの皆さんと飲めるなんて嬉しいねぇ」

 向かいに座った新堂が飲み終えたジョッキを置いてニッと笑う
 横にいる山中が感慨深そうに腕を組んで頷く

「起業して少し利益がとれるようになった頃に、友和商事さんから仕事貰って…一気に軌道に乗ったからね。もう7年の付き合いになるか、有り難いねぇ」
「こっちも無理な仕事通して貰ってるからお互い様だなぁ。しかし、7年の月日は山ちゃんを大きくしたよ」
「太ったって言いたいだけでしょ、それ」
「ちょっとだけなぁ、ハハハハッ」

 飲み仲間である二人の掛け合いを一同は微笑ましく見ていた
 ひとしきり笑ったところで、ゔゔんと咳払いをした松田が切り出す

「ただ1席、交流をする気がないテーブルがありますね」

 その場は静まり返り、深月とまゆは前に面したテーブルを山中達と番場は後ろのテーブルを振り返って見た
 視線の先には中央の座席にすわった大河に、友和商事の女子社員達が群がっている
 微笑をたたえた大河のそばに、各々自分のカクテルを持って近寄り、ライバルに負けてたまるかと火花を散らしあっていた
 山中達はふぅ~と息を吐くとこちらに向き直った

「なんか…すごいっすね。本当のモテ男ってあんな感じなんですね」

 番場が何じゃありゃとばかりに感想を述べた

「加賀くんはすごいね。PHENIXにも彼と一緒に仕事がしたいと嘆願してくる女性社員が後を断たないよ」

 山中は柔和に微笑み、いつの間にか注文した日本茶を啜った

「確かに顔面は少しいいかも知れませんね。だけど、今日は取引先との交流会ですよ?自分のファンサービスをするのは会社だけに……え?キャ~あれ見てください!」

 まゆの声につられて一斉に大河を見ると、腰まである長い黒髪にウェーブをかけた綺麗な女性が瞼を閉じ大河の肩にもたれかかっていた
 胸元を大きく開けたトップスで女は右腕を大河の腕に絡め、その大きな胸を押し付けている

「な、な、何ですかあれは!?」
「すごいですね。あれは男ならグッときます!」
「番場、バカじゃないの!!」

 まゆと番場の攻防戦はしばらく続いた
 山中と新堂はヤレヤレと言った顔で酒を飲み、松田は焼き鳥を食べたり机の上をおしぼりでせわしなく拭いている
 深月は酔いの回った頭で大河達をぼーっと見ていた

 (見た目は変わったけど、相変わらずだな)

 学生時代の大河にはいつも女の取り巻きが複数いた
 学校へ向かう通学路から彼女達は現れ始め、校内では大河を取り合うようにつきまとう。
 それは日常的な光景だった
 大河はそれを嫌がることもなく、ベタベタ触る女子
 のおでこにキスをしたり、中にはセフレ関係の子もいた

「まぁな!ほら、あの顔だろ?仕事も出来るしモテるのは仕方がないよな!ハハッ。あの子は有沙ちゃんっていうんだけど、あぁ見えて新卒なんだ。加賀が指導社員だから尚更なついてて……なぁ」

 PHENIXの一同の冷めた目線を感じ取った新堂がフォローしたが、一同の目にはどうみても指導社員以上の関係性にしか見えなかった
 時間が経ち交流会も終盤を迎え、二次会の話をしながらチラホラと席を立つ人が増え始める

「主任はどうしますか?」

 まゆが覗き込んで聞いてきた
 結局大河とまゆを和解させるどころか、ただただ大河が女とイチャイチャするのを見せつけられただけで終わった交流会だった
 二次会で?と思うものの、飲みすぎたようで頭がクラクラする

「今日は帰るよ、飲みすぎたみたいだ」
「大分飲んでましたもんね。残念ですけど仕方がないです、立てますか?」
「大丈夫」

 席を立った深月は一瞬頭がクラッとし足がふらついた

「大丈夫っすか?俺、送りますよ」

 すぐ横にいた番場が深月の体を支えながら送り役をかってでた
 大丈夫というものの歩いてみるとやはり足がふらつく。申し訳ないが番場の言葉に甘えさせて貰うしか選択肢は無さそうだ

「私が送ります。一次会で帰る予定でしたので。皆さんはこの後も楽しんでください」

 肩を組んで深月を支える番場の前に現れたのは、有沙を腕に絡ませ続けたままの大河だった

「え?加賀さんが?いや、大丈夫ですよ。他社の方に迷惑はかけられません。ねぇ、代表」
「…そうだな。二人は昔の知り合いのようではあるがうちの社員がご迷惑をおかけする訳には行かない、番場!送ってやれ」
「うちの番場が送りますのでご安心してください。そちらの女性もまだ加賀さんと飲みたいでしょうし」

 番場、山中、まゆの話し声も頭がぼーっとして遠くに聞こえる。とにかく早く帰りたい。

「加賀先輩~帰らないで次はbarに行きましょう♡PHENIXさんのことはPHENIXさんにお任せして♡」
「私なら山ノ瀬の自宅も分かりますし、山ノ瀬とは学生時代の友人ですから私が送ります」

 有沙は大河に迫るし、大河は深月を送ると一歩も引かない
 見かねた新堂が大きく手を叩いた

「よし!加賀に送らせましょう!普段からPHENIXさんにはお世話になってるんだから恩返しだ!な!」

 鶴の一声で酔っぱらいフラフラになった深月の送り役は大河に決定した。

ーーー

「主任、気を付けてくださいね。何かあったらすぐ電話してください」

 タクシーの奥の座席に押し込められた深月に向けてまゆが言った
 手前にいる大河がニッコリと微笑む

「私が付いていますので大丈夫です。皆さんお疲れ様でした、では」

 一つ会釈をすると、すぐにボタンを長押しし窓を閉めた

「ひとまず出してください」

 ドライバーに頼み、車が動き出すと大河は今にも寝そうな深月の体を揺すった

「深月、おまえどれだけ飲んだんだ?大丈夫か?」

 うとうとしながも深月は何とか答えた

「だいじょ…ぶ」

 車の揺れも相まって今にも眠ってしまいそうだ

「住所、住所言え。どこに住んでるんだ?」

 深月はウトウトしていた目を完全に閉じた

 (おまえに家を知られるわけには行かない)

「深月、住所は…寝たのか?仕方がない俺の家に行くか。すみません、今来た道戻ってもらっていいですか?」
「かしこまりました」

 ドライバーがバックミラー越しに答えた
 タクシーは信号で右車線に入り進路を変えた
 心地よい揺れを感じながら深月は閉じた目を更にギュッと強く瞑った

 (大河、ごめんな…)

 大河に自宅を教える訳には行かない
 いつかまた大河は自分を捨てるだろう
 その時にはまたあの時と同じ喪失感と戦わなければならない
 自分の部屋に大河のカケラを一つでも残してはダメだ
 タクシーは二人を乗せて夜の街を悠々と走っていった
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