記憶の中の君へ

ミンク

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第1章 過去との再会

7.逢いたい人

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 疲れはてて眠った深月の髪に触れ、長く伸びた睫毛に涙の名残りを見つけ、指で軽く拭き取る

 今日はこんな事をするつもりでは無かった

 大河は深月の体をきれいに洗い流し、深月には大きいであろう自分のスウェットを着せるとベッドに横たわらせた
 疲れていた深月は風呂の中でもウトウトしていたが、すぐに眠ってしまった
 横に寝転び、深月の顔を見ながら今日の事を考える

☆  ☆  ☆  ☆ 

 10年ぶりに再開して、やはり深月に避けられているという事実を突きつけられた
 なんとか話をしたいけれど、何度会社に出向こうと相田という女性社員に邪魔され二人きりになるどころか話すらまともに出来ない
 問題は深月がそれを良しとするどころか、相田に守って貰っていることを甘んじて受け入れていることだ

 (二人きりで話し合いたい)
 (すぐには受け入れて貰えなくても、少しずつでいいから近づきたい。また昔のように一緒にいたい)

 大河は本来は広く浅くの人間だ
 恵まれた見た目と生まれ持った処世術のおかげで昔から男も女も周りに沢山寄ってくる

 来るもの拒まず去るもの追わず

 去っても構わない、また次が勝手に来るのだから
 そんな大河でも執着心をあらわにする人間が数人いる
 その中の一人が深月である

(今日は金曜日、そうだ深月を誘って飲みに行こう。この前の再会は失敗だった。存在を無視されたことに怒りが湧き、他の社員の前だというのに辛くあたってしまった)

 思えばそれを目撃したことで、相田は大河の邪魔をしているし深月を必要以上に怖がらせている
 大河は昔から深月の事となると感情のコントロールが効かない時があった

 (酒を飲めば深月も少しは気持ちが緩むだろう、この前の事を謝罪し連絡先を知りたいとお願いしよう)

 思い立つと溜まった仕事を猛スピードで片付け、帰る準備を始める
 向かい側のデスクから新堂が顔を出した

「おっもう帰るのか?」

 営業部でも1、2を争うやり手の新堂は浅黒く焼けた肌に白い歯をニッと光らせた

「たまには定時に帰るのもいいかと思いまして」

 ハーンと何かに気付いたような顔をして、新堂は右手の小指を立てた

「これか?可愛い子か?」
「いやいや、新堂さんまだ30代でしょ。古くないですか?」
「まぁ、四捨五入したら40よ。ハハッ、で、彼女?」

 (やけに食いつくな…。この人は勘がいい上に深月の上司の友人だ。気を付けないといけない)

「違いますよ。今週は疲れたので早く帰りたいだけです」

 大河は端正な顔でニッコリと笑った
 大体の人はこの笑顔を出すと「わかった」と引いてくれる

「へぇ、彼女いないの?」
「……いませんよ」
「モテそうなのにねぇ。あれか、セフレはいるってヤツか」

 (何を言っている?)

 友和商事に入社し数年、新堂にこのような話をされた記憶は一度として無い。大河は少し不信に感じた

「いるわけ無いじゃないですか。俺、そろそろ帰ります。お疲れ様でした」
「おおっ引き留めて悪かったな。お疲れ!」

 新堂は再びニッと笑うと自分のデスクに目を下ろした

 深月の会社に着いた時、大河の時計は午後7時を指していた
 あたりは薄暗くなり、帰宅の人並みで街は賑わっている
 PHENIXの入るビルの8階を見上げた

 (まだいるはずだ)

 会社から少し離れたところに立ち様子を伺う
 次々と社員達がビルから出ていくが、深月の姿は確認出来ない
 8時、9時…
 もう帰ったのかも知れないとも思うものの、8階の電気が消えるまでは待とうと思った
 深月に会えると思えば待つ時間も楽しみに変わる
 大河の時計が20時を指した時、8階の電気が消えた
 ビルから視線を落とすと、正面脇から深月が出てきた
 大河は嬉しくなった。久しぶりに見る深月の顔に心が踊る

 (深月だ!待ったかいがあった)

 何か考え事をしているようで、深月は全くこちらに気付かず歩いてくる
 腰かけていたガードレールを離れ、深月に声をかける

「今、帰り?遅いんだな」

 そこからは悲惨だった
 思った通りの反応をしない深月に腹を立て、苛立ちと欲望を全てぶつけた

☆  ☆  ☆  ☆ミ

 大河は寝ている深月の額にキスをした

 (また感情的になってしまった。
 でも、深月は黙って付いてきたし、家でも反抗しなかった。明日は疲れているだろうから、ここでゆっくりして貰おう。デリバリーを取ってもいいな。
 何もしなくてもいい。ただ一緒にいたい。)

 ふと帰ってきてからサイドテーブルに置きっぱなしにしていた携帯が光っているのに気付く

 (着信?誰だ?)

 携帯を手繰り寄せ着信欄を開いた

【着信】 里美さん  23:35

 (明日、深月が帰った後にでも電話しよう。話すのはまだ早い、もっと親密になってからだ。そうしなければ深月は逃げてしまう)

 大河は携帯を閉じるとサイドテーブルに戻した
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