記憶の中の君へ

ミンク

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第1章 過去との再会

3.見つけた男

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重そうな木のドアを女性社員がやっと開けると、中にいた男が目に入った

薄い青のボーダーのトップスにネイビーのジャケットとパンツのセットアップを着た男は、俺を目視するとすぐに頭を下げた

「本日はお忙しいところ有り難うございます」

男が頭を下げ少しずつ顔を上げるのを俺はじっくりと眺めていた

柔らかそうな栗毛の髪、男にしては白く華奢な体、きれいな二重の優しそうな目、整った唇

男は完全に頭を上げ俺を見るとその優しそうな目を見開いた

(深月だ…!やっと辿り着いた!)

連絡が取れなくなって約10年、俺は深月をずっと探していた

会いたかった、とても

深月に会えない日々は自分の半身をもがれたようだった
何をしていても楽しくなく、色の無い世界に生きているような苦痛を抱えた日々だった

やっと、見つけた

―――――――――――――――――――――

高校の卒業式の後、クラスで行われたカラオケでの卒業パーティーに深月もいた

クラスの殆どが参加したパーティーは、無礼講とばかりに酒も入り、朝方5時まで行われ大いに盛り上がった

盛り上がった俺達は、矢田の家にそのままなだれ込むことになったが、数名の仲間と一緒に深月は帰ると言った

深月がいなければ面白くないけれど、行きたくないなら仕方がない
俺は右手を口の脇に添えて、ズンズン前に進んでいく深月の背に向けて言った

「深月~!またな!」

振り向いた深月の髪に朝日があたりキラキラと輝いていた
深月はニッコリと笑うと右手を上げて2回振って言った

「あんまりムチャするなよ!元気で、ありがと!」

俺にはそれが、別れの言葉のように聞こえて急に不安になった

追いかけて行こうかと踏み出した時、パンツの後ろポケットに入れた携帯がブルルと震えた
歩みを止めて携帯を取り出し、着信を見ると【里美さん】の文字が目に入り急いで通話を押した

「里美さん?」
「大河、今どこ?今すぐ会いたいの...」
「ん、今から行くね」

どんどん小さくなる深月の後ろ姿を見ながら、明日電話をすればいいかと思った


今思えばそれが大間違いだったのだが。

 
――――――――――――――――――――――

深月は何と言うだろう?
久しぶり、とか驚いたとか
連絡を断ったという事は俺に会いたくは無かっただろう
嫌そうな顔をするか…それは結構堪えるな

女子社員が何かを言うと、仮面のような笑顔をたたえたままの深月が口を開いた

「どうぞ、おかけください。担当の田中が入院しまして、私が変わりに担当する山ノ瀬と申します」

(え…?)

大河の体内を流れる血液が一気に冷やされていく

(深月、俺を知らないフリをするのか?)

懐かしさでも怒りでもいい
深月から何かしらの感情をぶつけて欲しかった

会社で新堂先輩の取引先のホームページに深月を見つけた2年前、俺の心は狂喜した

すぐにでも会いに行きたかった

抱き締めて、キスをして、再び自分のものにしたい思いが溢れた
だが、思い留まった
その為には段取りが必要だ

あの卒業パーティーの後、深月と連絡が取れなくなった
進学すると言っていた大学名も嘘だったと分かった時には、仲間内にも深月と連絡が取れるものは一人もおらず、俺は深月の実家にまで聞きに行った

深月の両親には久しぶりに会うけれど、自分は小さい時から可愛がって貰っていたし、信頼されていると安易に思っていた

意に反して深月の両親は決して口を割らなかった
最終的には玄関口で土下座までした俺を立たせて「息子のことは忘れてほしい」と二人で頭を下げた

今度は逃げられる訳には行かない
突然行くのは悪手でしかない

そうだ、取引先として行こう
そうすれば深月は逃げることは出来ない

それから新堂に何度も頼み、何度断られながらも社内で実績をあげ、忙しくなった新堂のサポート役になることが出来た
PHENIXへの数回の訪問では深月に会うことは叶わなかったが、今日やっとその日が訪れた

(深月、それじゃないよ。その態度は違う)

例えようの無い怒りが体の奥から沸き上がってくる

「深月。お前俺と初対面のフリすんのか?…また、だんまりかよ。俺、今度は逃がす気ないし、正直ずっと怒ってるから」

揺さぶって見るが、深月は下を向いたままピクリともしない

この手を出すしか無い

「深月さ、取引先の人間を無視は良くないんじゃない?」

深月はビクッとすると顔を上げ始めた

(そうそう、それが深月だよ。基本真面目なんだ、取引先を無視は出来ない)

深月が自分の思ったように動いた事が嬉しくて、思わず顔が綻ぶ

「そう、それでいいんだよ?わかるだろ、

深月、覚えてるだろう
俺はお前と体を重ねる時だけみつと呼んだ
お前も気付いていたんだろう? 

今この時も、外野がいなきゃお前の服を剥ぎ取ってその白い首すじに舌を這わせてやりたいと思ってるよ
もう逃がさない、俺の深月。

捕まえて俺しか目の届かないところに閉じ込めてしまいたい

   
視線の先の深月の目には不安と怯えの色が浮かんでいた
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