記憶の中の君へ

ミンク

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第1章 過去との再会

2.思い出が向こうからやってくる

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「山ノ瀬主任!聞いてますか?」

土砂降りのオフィス街を窓から見下ろしていた深月は声のする方に振り返った

「聞いてるよ。何かあった?」

視線の先には入社2年目の相川まゆアイカワ マユが拗ねたような顔で仁王立ちしていた

「何かあった?ってやっぱり聞いてないじゃないですかっっ」

まゆに言い当てられた深月は目を丸くした
ショートボブの髪をコテでふんわりと巻いたまゆの頬が赤く染まり、ムッとしているのが伝わってくる

「ごめん、そうだね。聞いてなかったことになるかな」

「もう~!!」

大人になった深月は、大学卒業後OBである山中先輩の立ち上げた会社【PHENIX】に入社した

社員数52人とまだ小さな会社ではあるが、少数精鋭、イベントやWEB関係を主軸とし [なんでもやります] 精神で利益をあげることに成功している

5年目にして主任という有り難い役職を貰い、深月の日常は仕事一色へと変わっていた

「で、どうしたの?」

「友和商事さんの件ですよぉ。担当の田中さんが骨折して入院しちゃったじゃないですか、変わりに山ノ瀬主任が対応してくれますよね?ね!」 

「あぁ…そうだね。田中さんが出社出来るまでは僕が対応するよ」

「良かった!今日の午後1時にいらっしゃるので、忘れないでくださいね!」

「1時だね、わかった」

友和商事は日本でも有数の大企業であり、その名前を聞いたことがない人はまずいないだろう

そんな大企業にとっては小さな仕事だが、PHENIXにとっては大きな仕事を取れたのも山中先輩の手腕と言える。とにかく顔が広く、人の懐に入るのが上手い人物なのだ

時計を見て、商談までにあまり時間が無いことに気付いた深月は、パソコンのファイルを開き友和商事の案件を再確認した

「友和商事さんのお得意様のイベントか…」

「そうなんですよぉ。3案考えてきたのでご提案しようかと」

「田中さんと山中代表がオッケー出したならそれで話してみよう」

「はい!お二人には目を通して頂いてます。そういえば先月から新堂さんの他に営業の方がもう一人ついたんです。新堂さんも忙しいらしくて、これからは二人で対応するそうです」


友和商事の新堂は山中の飲み仲間であり、その繋がりからPHENIXに仕事を回してくれるようになった

海外を行き来したりかなりのやり手で、最近さは多忙らしいとは風の噂で聞いている

PHENIXの仕事もゆくゆくはそのもう一人の営業に引き継ぐつもりかもしれない

「その人が正統派イケメンなんですよ!」

パソコンを挟んだ机の向かいからまゆが興奮気味に話し出す

「山ノ瀬主任はいわば中性的な魅力じゃないですか。物腰柔らかいし見た目からして色も白いし、童顔で美少年って感じ!その方は、もう正統派のイケメンで男って感じですよ!モデルみたい」

(美少年って…俺27だよ、まゆちゃん見た目はあざと系だけど中身腐女子なんだよな…)

どう返せば正解なのかと考えを巡らせていると

「相川!お前主任を困らせるなよ!」

といつの間にかまゆの隣にいた番場新太郎バンバ シンタロウがまゆを一喝した

「はぁ~?番場には関係ないんですけど!」

「主任!相川に困った時は俺に言ってください」

いかにもスポーツマンですといった風貌の番場は

まゆとは真逆のタイプだが、深月にとってはまゆと同じ可愛い後輩であり部下である

「ありがとう、さすが同期仲が良いね」

「どこがですか!!」

二人はたまったもんじゃないとばかりに息ぴったりで返した

上司でも同期でも臆することなく発言できる、山中の作ったPHENIXの社風を深月は大いに気に入っている

「山ノ瀬主任、番場に構ってられません。友和商事さんそろそろいらっしゃるので、第一会議室で待っててください。私、案内してきます…イケメンなので!」

イケメンで無ければ案内しないのか?

と苦笑いしつつ、深月はノートパソコンを右手に抱え第一会議室へと向かった

「お前、本当にバカか?」

という番場の声が後ろで聞こえた

ーーー~ーーーー~ーーーー~ーーーー~ー

第一会議室は呼び名こそ古いものの、室内は大変カラフルで個性的である

山中が一目惚れした一脚30万の黄色い椅子や、ナントカという匠が1年かけて作ったばかでかいテーブルが部屋に鎮座し、ピカソか?と思わせるような色とりどりの絵画がひしめきあって飾られている

一言で言えば目が痛いに尽きるが、この人間臭く味のある部屋を深月は嫌いではなかった

トントンと木のドアを叩く音がし

「失礼しまーす」

と聞こえたまゆの声にあわせ深月は立ち上がった

山中の選んだ重すぎて開閉も大変な木のドアが開き、まゆとスーツの男が姿を現した

相手が新堂では無いと察した深月はお辞儀をし、ゆっくりと頭をあげた

「本日はお忙しいところ有り難うございます」

上等そうな皮の靴、オーダーメイドでは無さそうだがセンスが良く体型にピタリとあったスーツ、男らしい喉仏

(顔まで見なくてもモテそうだ。まゆちゃんの声も弾んでるしな)

そんな事を考えながら、営業用スマイルを崩さず顔を上げていくと視線がようやく相手の顔に届いた

(……大河だ)

高校時代、少し長くしていた髪を切り、明るかった髪色も黒く変わっている

左耳にもピアスは無く、どこかヤンチャ気だった雰囲気は無くなり大人の男へと変貌を遂げていた

大手商社に勤める出来るイケメン営業マンそのものである

…そして、怖いくらいに整ったその目はジーッと深月を見据えていた。まるで獲物を射るように

深月はゆっくりと下に目を戻した
背中にじんわりと冷や汗が溢れてくる
体は暑いのか寒いのかさえわからなくなり、喉は一瞬でカラカラで干からびそうだ

(友和商事が…大河の勤め先…10年ぶりか…)
(大丈夫、俺は大丈夫だ。)

いつか地元で会うかも知れないとは思っていた
その時はお互い結婚でもしているだろう
願うなら、只の幼なじみとして会いたいと

ーーー~ーーーー~ーーーー~ーーーー~ー

高2の夏…あの日以来、深月は卒業まで大河の親友として過ごした

大河と里美を冷やかしたり、仲間達を交えて遊んだり…そうしなければならないと自分に言い聞かせ、何事も無かったように今まで通りに過ごした

けれど、そんな日々は徐々に深月の心を闇へと浸食していった
夜によく眠れない、それが始まりだった

一日を学校で賑やかに過ごし、疲れてベッドに入る
眠りにつくと必ず見る夢があった
大河と里美が大河の部屋のベッドにいて深月を笑うのだ

“私の方が良いでしょう” “里美さんが一番、深月は身代わりだよ” “所詮は男だ” 

夢の途中でいつも目が覚める
寝汗で全身はビッショリと濡れ、激しい動悸が止まらない

そんな日々を繰り返した高3の春、深月の睡眠時間は3~4時間が常となった
食欲も無くなり、昼の弁当以外は胃が受け付けなかった

大河や仲間達の前では明るく過ごしていたが、成績も落ち、明らかに痩せてフラフラしている深月に気付いた担任や両親も心配をしていた

何もない、大丈夫と話していたが
とうとう体育の時間に倒れてしまい、しばらく学校を休むことになった

その間に色々なことがあった 
担任が自宅に来て話し合ったり、心配した両親に連れられて病院や心療内科を受診したり、しかし本当の原因など誰にも話すことなど出来るはずも無かった

ある日の夜、深月はまたあの夢を見て目を覚ました

(もう、やめよう。両親や先生まで巻き込んで...俺は確かに大河を好きだった。その気持ちは認めよう。だが、このままでは俺は生きていけない。忘れよう、いつか思い出になるように…)

ひとつふたつと深月の目からは涙が零れ落ち、最後は壊れた水道管のように頬を伝って流れ落ちた

不思議と声は出なかった
もう出す声を無くしていたのかも知れない

日が昇り朝を向かえ、深月はキッチンに降りていった

「朝御飯食べれそう?」と久しぶりにキッチンに降りてきた息子に喜ぶ両親にお願いごとをした

東京の大学に行きたい、地元の仲間とはそれを機に連絡を絶ちたい
連絡先も教えたくない、それまでは今まで通りに高校に通い仲間達と過ごしたい

両親は顔を見合わせ、うなずいた
イジメを疑ったのかも知れない
いつも寡黙な父が口を開いた

「わかった、そうしよう。担任の先生には父さんから話をしておく。学校は無理することは無い、辛くなったら必ず親を頼ること、それだけは守ってほしい」

深月は大きく頷いた

「父さん、母さんありがとう。ごめん」

母は泣いていた
いつも明るく陽気な母を泣かせているのは自分なのだと胸が痛んだ
これからは間違えることはしない
深月は固く誓った

その後、いつもの日常に戻った深月は卒業後のクラパにも笑顔で参加し、それを最後に皆の前から姿を消した

ーーー~ーーーー~ーーーー~ーーーー~ー

「主任、こちら友和商事の加賀さんです」

まゆの声で深月はハッとし自分を取り戻した

(想像より再会が早かったけど、大丈夫だ)

冷や汗だらけの固まった笑顔で、右手を前方の椅子に向けた

「どうぞ、おかけください。担当の田中が入院しまして、私が変わりに担当する山ノ瀬と申します」

大河は立ったまま座らない
見据えた目を深月から離そうともしない
深月を凝視していた大河の口がようやくゆっくりと開いた

「深月だろ。お前俺と初対面のフリすんの?」

いつも新堂の横で穏やかに微笑んでいたイケメン営業マンには不似合いな言動に、まゆは驚いて深月を見た

「主任…加賀さんとお知り合いでしたか?」

深月は下を向いたまま何も答えない

「また、だんまりかよ。俺、今度は逃がす気ないし、正直ずっと怒ってるから」

深月は下を向いたまま自分の体が怒りで震えるのを感じた


なんなんだ…
なぜそこまで言われなきゃいけない…
やっと落ち着いた生活にまた波を立ててきたのはそっちじゃないか!!

大河は居直ったような態度だった

「深月さ、取引先の人間を無視は良くないんじゃない?」

深月の肩がビクッと動く
怒りに震えながら何とか頭をゆるりと上げると、そこには目尻を少し下げ甘えたように笑う大河がいた



「そう、それでいいんだよ?わかるだろ、

その言葉を聞いた瞬間、全身は固く強張り遠くから耳鳴りがキーンと聞こえてきた

深月はもう何も話すことは出来ず、ただただ蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くすことしか出来なかった
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