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君からの誘い
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文化祭からアッシュが困惑しているにも関わらず、ナインは表面上以前と変わらずにアッシュに接した。
「先輩、この前言っていたライブ、友達も何人か連れて行ってもいいですか?」
笑顔で真っ直ぐにアッシュを見てくる。それでも、アッシュは少し距離があるように感じていた。
「いいぞ」
「俺含めて5人なんです。チケットお願いします」
「わかった。ワンドリンク制だから、チケット代2000円とドリンク700円になる。結構高いが……本当に5人も来るのか?」
「学園祭の時に一緒に先輩のライブ見てた仲間がライブハウスに行ってみたいって言うので。2700円ですね、わかりました」
ライブは11月の初めだ。しばらく先になる。
昼間の日差しに翳りが出始めた頃、アッシュはナインを食事に誘った。
自分のテリトリーに誰かを入れるのは苦手だったが、ナインなら大丈夫だと思えた。ナインは空気を読むのがうまかった。アッシュが友人といる時は一歩引いてアッシュを立てた。周囲にうまく馴染んで、いつの間にかアッシュの友人関係に組み込まれていた。
ナインともう少し話したい。どこで話そうかと考えた時、大学よりゆっくりできる居酒屋の方が深い話ができる気がした。
考えてみれば、アッシュはナインについて何も知らない。同じ学部の一年だということ、大学でフットボールサークルに入っていること、アッシュのバイト先の近くに住んでいること、友達が多くてフットワークが軽いこと。当たり障りない会話しかしていなかった。
酒が入ればいつもと違う話もできるかもしれない。
ナインは未成年なので居酒屋というよりレストランに近い店にした。ノーに聞いた料理が美味い店だ。ノーはデートだと言って、珍しく洒落た店を尋ねるアッシュをからかった。
そして今日、アッシュはレストランまでの道をナインと連れ立って歩いている。
「先輩とご飯行くの初めてですね」
ナインは明るい笑顔で言った。
「そうだな」
無愛想に応えるアッシュもいつも通りだった。アッシュが口数が少ないことをナインはそういうものとして受け入れていた。それがアッシュには心地よかった。
店に入って料理をつまみながら、アッシュはナインが自分をどう思っているのか詳しく聞く機会を伺っていた。
ナインはやはりアッシュに対して一歩引いて対応してるようだった。もうアッシュへの興味を失ったのかもしれない。それなのに、飯に誘ってまでナインと話したいと思っている自分が滑稽に思えた。もうダメかもしれない。元々ナインが話しかけてこなければ、この関係はなかったのだ。後輩一人にそこまで執着する必要があるだろうか。文化祭のことなんて忘れてしまえばいい。
あらかた料理を食べ終わって、何杯目かのハイボールを飲み干した。半ば諦めながら、追加で頼んだジョッキに手を伸ばす。喋りながらナインの様子を伺っていたら、気付いたらいつもよりたくさん飲んでいた。
「先輩、お酒強いんですね」
ナインは一人で黙々と酒を飲むアッシュに苦笑した。
「普通だ。今日はいつもより飲んでいる方だ」
誰のせいだと思っている。ため息が漏れそうになった。会話は楽しかったが、失敗だ。この一杯で切り上げよう。結局何も聞き出せなかった。
「今日、なんで誘ってくれたんですか?」
アッシュは突然のナインの問いに答えられなかった。
ナインはなんでもないように聞いてきたが、今日ナインが知りたかったことはこれなのだと思った。
「嬉しかったんです。でも、正直来るか迷いました」
「……なんで?」
「先輩にはお世話になっていますが、自分が飯に誘われていいのか分からなくて。しかも二人でしょう? 気を使わせてしまったかと思って」
「何に?」
アッシュは無性にイラついて、普段よりもっとぶっきらぼうに答えた。
「俺がお前と飲みたいと思ったのが変だったか? 悪かったな」
「違うんです、そうじゃなくて……」
来るか迷った、ナインにとってアッシュの誘いはその程度のことだったのだ。ライブに来たいと言ったのも、会えば毎回話しかけてくるのも、全部ナインの暇つぶしに過ぎなかったのだ。アッシュからの誘いなんてお呼びじゃなかった。全部ナインの気まぐれだった。あの見透かすような輝く瞳も。
「そうじゃなくて、俺……。文化祭の時に、先輩が遠く感じたんです。先輩が、汗かいてるのを見て……」
ナインは言いかけて、途中で口を噤んだ。困った顔でアッシュを見てくる。
二人とも何も言わなかった。
「俺も、わからなくて」
ポツポツと続いていた会話がなくなって、テーブルが静かになった。倒れかけのジェンガが一気に崩れた時のように、空気がバラバラになった。
「あのさ、文化祭の時から、お前なんか違うよな」
これ以上ないぐらい壊れた会話になってやっと、アッシュは尋ねることが出来た。さっきまであんなにためらっていた言葉が、するっと口からでた。やっぱり文化祭の時、ナインはアッシュに何かを感じたのだ。
「俺は別に誰とでも仲良くするタイプじゃない。お前と仲良くなれたことも、不思議だった。でも、俺なりに嬉しくて、お前とは仲良くなれたと思っていた。あの文化祭の時、ライブがイマイチだったんだろ。思っていたのと違ったから、興味がなくなったんだろう。そういうことはよくある、気にしないでいいんだ」
「違います!」
アッシュはナインが自分に気を使っているのだと思った。実際、聞いてみたら思ったのと違うことなんてザラにある。聞いてみないとわからないことを、責めるつもりなんてなかった。むしろアッシュはナインが自分でもそれに気付いていなくて、本心との間で葛藤しているのかとすら思った。
「違うんです。でもうまくまとめられなくて……」
ナインはまだ話したそうにしていたが、店員がラストオーダーを取りに来たから二人で店を出た。
アッシュはナインの言葉の続きを聴きたかった。ナインの本心はアッシュが思っていたのと違うのかもしれない。ただ、どう聞いたらいいのかわからなかった。何も話せないまま、二人で夜の街を歩いた。
このままだと、帰りの方向が分かれる。無言で歩きながら、アッシュはしばらく考えた。
ふ、と立ち止まる。数歩先を歩いたナインがこちらを振り返った。
考えた末に、アッシュはこう言った。
「俺の家、くるか?」
「先輩、この前言っていたライブ、友達も何人か連れて行ってもいいですか?」
笑顔で真っ直ぐにアッシュを見てくる。それでも、アッシュは少し距離があるように感じていた。
「いいぞ」
「俺含めて5人なんです。チケットお願いします」
「わかった。ワンドリンク制だから、チケット代2000円とドリンク700円になる。結構高いが……本当に5人も来るのか?」
「学園祭の時に一緒に先輩のライブ見てた仲間がライブハウスに行ってみたいって言うので。2700円ですね、わかりました」
ライブは11月の初めだ。しばらく先になる。
昼間の日差しに翳りが出始めた頃、アッシュはナインを食事に誘った。
自分のテリトリーに誰かを入れるのは苦手だったが、ナインなら大丈夫だと思えた。ナインは空気を読むのがうまかった。アッシュが友人といる時は一歩引いてアッシュを立てた。周囲にうまく馴染んで、いつの間にかアッシュの友人関係に組み込まれていた。
ナインともう少し話したい。どこで話そうかと考えた時、大学よりゆっくりできる居酒屋の方が深い話ができる気がした。
考えてみれば、アッシュはナインについて何も知らない。同じ学部の一年だということ、大学でフットボールサークルに入っていること、アッシュのバイト先の近くに住んでいること、友達が多くてフットワークが軽いこと。当たり障りない会話しかしていなかった。
酒が入ればいつもと違う話もできるかもしれない。
ナインは未成年なので居酒屋というよりレストランに近い店にした。ノーに聞いた料理が美味い店だ。ノーはデートだと言って、珍しく洒落た店を尋ねるアッシュをからかった。
そして今日、アッシュはレストランまでの道をナインと連れ立って歩いている。
「先輩とご飯行くの初めてですね」
ナインは明るい笑顔で言った。
「そうだな」
無愛想に応えるアッシュもいつも通りだった。アッシュが口数が少ないことをナインはそういうものとして受け入れていた。それがアッシュには心地よかった。
店に入って料理をつまみながら、アッシュはナインが自分をどう思っているのか詳しく聞く機会を伺っていた。
ナインはやはりアッシュに対して一歩引いて対応してるようだった。もうアッシュへの興味を失ったのかもしれない。それなのに、飯に誘ってまでナインと話したいと思っている自分が滑稽に思えた。もうダメかもしれない。元々ナインが話しかけてこなければ、この関係はなかったのだ。後輩一人にそこまで執着する必要があるだろうか。文化祭のことなんて忘れてしまえばいい。
あらかた料理を食べ終わって、何杯目かのハイボールを飲み干した。半ば諦めながら、追加で頼んだジョッキに手を伸ばす。喋りながらナインの様子を伺っていたら、気付いたらいつもよりたくさん飲んでいた。
「先輩、お酒強いんですね」
ナインは一人で黙々と酒を飲むアッシュに苦笑した。
「普通だ。今日はいつもより飲んでいる方だ」
誰のせいだと思っている。ため息が漏れそうになった。会話は楽しかったが、失敗だ。この一杯で切り上げよう。結局何も聞き出せなかった。
「今日、なんで誘ってくれたんですか?」
アッシュは突然のナインの問いに答えられなかった。
ナインはなんでもないように聞いてきたが、今日ナインが知りたかったことはこれなのだと思った。
「嬉しかったんです。でも、正直来るか迷いました」
「……なんで?」
「先輩にはお世話になっていますが、自分が飯に誘われていいのか分からなくて。しかも二人でしょう? 気を使わせてしまったかと思って」
「何に?」
アッシュは無性にイラついて、普段よりもっとぶっきらぼうに答えた。
「俺がお前と飲みたいと思ったのが変だったか? 悪かったな」
「違うんです、そうじゃなくて……」
来るか迷った、ナインにとってアッシュの誘いはその程度のことだったのだ。ライブに来たいと言ったのも、会えば毎回話しかけてくるのも、全部ナインの暇つぶしに過ぎなかったのだ。アッシュからの誘いなんてお呼びじゃなかった。全部ナインの気まぐれだった。あの見透かすような輝く瞳も。
「そうじゃなくて、俺……。文化祭の時に、先輩が遠く感じたんです。先輩が、汗かいてるのを見て……」
ナインは言いかけて、途中で口を噤んだ。困った顔でアッシュを見てくる。
二人とも何も言わなかった。
「俺も、わからなくて」
ポツポツと続いていた会話がなくなって、テーブルが静かになった。倒れかけのジェンガが一気に崩れた時のように、空気がバラバラになった。
「あのさ、文化祭の時から、お前なんか違うよな」
これ以上ないぐらい壊れた会話になってやっと、アッシュは尋ねることが出来た。さっきまであんなにためらっていた言葉が、するっと口からでた。やっぱり文化祭の時、ナインはアッシュに何かを感じたのだ。
「俺は別に誰とでも仲良くするタイプじゃない。お前と仲良くなれたことも、不思議だった。でも、俺なりに嬉しくて、お前とは仲良くなれたと思っていた。あの文化祭の時、ライブがイマイチだったんだろ。思っていたのと違ったから、興味がなくなったんだろう。そういうことはよくある、気にしないでいいんだ」
「違います!」
アッシュはナインが自分に気を使っているのだと思った。実際、聞いてみたら思ったのと違うことなんてザラにある。聞いてみないとわからないことを、責めるつもりなんてなかった。むしろアッシュはナインが自分でもそれに気付いていなくて、本心との間で葛藤しているのかとすら思った。
「違うんです。でもうまくまとめられなくて……」
ナインはまだ話したそうにしていたが、店員がラストオーダーを取りに来たから二人で店を出た。
アッシュはナインの言葉の続きを聴きたかった。ナインの本心はアッシュが思っていたのと違うのかもしれない。ただ、どう聞いたらいいのかわからなかった。何も話せないまま、二人で夜の街を歩いた。
このままだと、帰りの方向が分かれる。無言で歩きながら、アッシュはしばらく考えた。
ふ、と立ち止まる。数歩先を歩いたナインがこちらを振り返った。
考えた末に、アッシュはこう言った。
「俺の家、くるか?」
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