無愛想な君

凛明麗羅

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君と文化祭

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「なあ、アッシュ」
「なんだ?」
「文化祭終わりの打ち上げくるだろ? その時に部室でセッションする曲なんだけどさあ~」

 夏も終りかけの暑い日、アッシュとノーは軽音の部室で一緒に個人練をしていた。普段はお互い違うメンバーとバンドを組んでいるが、部室のスケジュールが空いていたらたまに一緒に練習している。夏はエアコンの効く部室はバンドによる争奪戦でなかなか空かない。朝とも昼とも言えない微妙な時間でたまたま普段使っているバンドが講義中なのだろう。
 ポロポロと指の調子を確かめながら話していたが、アッシュはふと約束を思い出した。

「そういえば、ライブの後に人と会うんだった」
「ええっ、おまっ、もしかして抜け駆けか?! いつの間に彼女できたんだよ~!」
「彼女じゃない」

 ノーはアッシュの知り合いを全員知っていると言っても過言ではない。知らないところで誰と仲良くなったんだと驚いた。これまで彼女ができてもノーにわざわざ教えることはなかったが、すぐに気付かれている。

「男の後輩がライブを観たいって言うから、何となく」
「はあ~、アッシュが男の後輩と仲良く? 大丈夫か? 普段しないことをすると槍が降るっていうだろ?」
「うるさい。お前が4月にしてた合コンに来ていた奴だ。なぜか話しかけてくるんだ」
「ふうん、でも打ち上げはくるだろ? ステージのライブっていっても昼だし、打ち上げは夜だぞ」
「まあ…そうだな」

 アッシュは確かにと思った。ナインと話すとしてもそんなに時間は取らないだろう。

「それで、打ち上げでは俺らも久しぶりにセッションしようぜ~! アッシュの好きな曲でいいから」

 ノーに適当に返事をしながら、アッシュはナインのことを思い出していた。



 バイト先でナインとあった後、何度かナインと出会った。夏休みなのに偶然出会うのは生活範囲が被っているからだろうか。
 連絡先も交換した。連絡は来たことがない。そんなものがなくても忘れかけた頃にたまたま会うのだ。
 流石のアッシュも、ナインが自分を特別視していることに気付いていた。よく会うようになったのはバイト先にナインが来てからだ。会うのはたまたまだが、会えるようにアッシュの近くをうろついているのかもしれない。
 ライブの件があったから押しが強いのかと思いきや、ナインは実に絶妙な距離感でアッシュに接した。会っても学部やサークル、バイト先の話をするぐらいで、何事も深く知ろうとはしない。学部の先輩後輩といえどその他に何の繋がりもない二人にはそのぐらいが付き合いやすかった。
 ただふとした瞬間に会って、喋りながら用事を済ませて短時間で別れる。会うのはバイト帰りが多かった。アッシュはバイトが終わると、今日もいるのだろうか、と思うことが多くなった。

「先輩!」
「ああ、また」
「俺この辺に住んでるんです。変ですね、また会えるんじゃないかと思って歩きながら探してしまうんです」
「変なやつ」

 そう言いながらも、クスッと笑ってしまった。ナインも変だが、話しかけられて嬉しい自分もおかしかった。
 ナインはそんなアッシュをじっと見ている。嬉しそうなナインにまた笑いが込み上げてくる。

「先輩、そんなに笑わないでください」
「お前が変なのが悪いんだ」
「俺のせいにしないでください!」

 中身のない会話が楽しい。気の置けない友人といる時と同じで、いつの間にか気負わないで話せるようになっている。

「ああ、そうだ。文化祭の後、軽音の打ち上げがあるんだ」
「打ち上げ? じゃあ、ライブの後は忙しいですか?」
「いや、打ち上げは夜だ。それまでなら問題ない」



 忙しい日々を過ごす間に、あっという間に夏は過ぎ去っていく。
 9月の終わり、アッシュは野外ステージの控えで出番を待っていた。学生の野外ステージには屋根がなく、まだ強い日差しがギラギラ照らしている。控えはテントにあったが、それでも垂れるほど汗をかく。
 ギターの弦に汗が付かないようにハンカチで体を拭った。

「…次のバンドは、ブラスト!」

 やっとか、こんな暑い中でバンドなんて、バンド仲間の先輩が出たいと言わなかったら絶対出なかった。
 テンションの高いMCに次々と名前を呼ばれてメンバーが登場していく。

「甘いマスクと裏腹に奏でるギターは硬派で渋い、魅惑のアッシュ!」

 他のライブと違って、文化祭は学生MCのちゃらけたノリが苦手だ。前の席で聞いているのもほとんどが同じ軽音サークル員で、後は食べ物を買って座りながら食べている学生ぐらいしかいない。
 アッシュは黙って、右手を挙げた。

「ブラストは結成3年目!このメンバーでの文化祭の演奏は最後だ~!! サークル内でも実力派の演奏、とくとご覧あれ~!」

 強い日差しの中、ドラムから曲が始まる。
 アッシュは汗を輝かせながら弦を弾いた。手元を見ている顔を少し上げると、立ち見の学生の中にナインを見つけた。フットボールのサークル仲間と一緒にいるようだ。サークルの屋台の宣伝をしていたのだろう、首から大きな看板を下げている。一緒にいる友人はステージに目もくれず話しているから、ナインが連れてきたのだろう。
 じっと、こちらを見ている。目があってナインはあからさまに笑顔になる。それが妙に恥ずかしくて、弦に目を落とした。
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