無愛想な君

凛明麗羅

文字の大きさ
上 下
1 / 8

君との出会い

しおりを挟む
 季節は春。新しい生活が始まるとともに、新しい人と出会う季節。
 実際どれほど出会うかという人それぞれだが、桜と青い声の舞うキャンパスには星の数ほどの出会いが存在する。
 その様子を傍目に食事を摂る男が1人。その男には出会いあふれるキャンパスが普段とは別世界のように感じられていた。
 その隣に座るこれまた男は、反対に浮ついたキャンパスの様子を羨ましそうしてる。

「いいなあ、若いなあ」

 料理を口に詰め込んだまま、目を輝かせて大袈裟に話し出す。

「でも、これだけ新入生がいれば、1人ぐらい俺にホレちゃうキュートな女の子がいると思わないか! 胸の大きさは気にしないが、マシュマロみたいな体つきの女の子がいいな~ そう思わないか? アッシュ」

 アッシュはいやそうな目で同級生の男を見た。そして呆れたように目を逸らし、そのまま食事を続けようとする。

「おいおいおいおい、親友! その態度はないぜ、お前も気になるだろピチピチの女子大生!」

 アッシュは男に目もくれない。

「待て待て、なあ、話を聞けよ……いいもの見せてやるぞ?」

 放っておいたらいつまでも絡んできそうな様子に、アッシュは渋々返事をした。

「なんだ?」
「そんないやそうな顔するな!親友だぞ! まあ見とけ、ほら……」

 ニヤニヤしながらスマホの画面をバッと見せてくる。どうやら、SNSの画面のようだ。

「新入生の女子との飲み会がセッティングできたんだよ~!!」
「どうでもいいな」

 興味がないとばかりにアッシュはバッサリ切り捨てた。

「ひどいぞ! 俺の血と涙の結晶なんだから! いくら奢らされたと思ってる。というわけで、お前今週の木曜日の夜空けとけよな!」

 全くもって初耳であった。そもそもアッシュは新入生との飲み会があまり好きではない。世話焼きなやつなら年下の女の子との出会いを喜ぶだろうが、右も左も分からないようなひよっこどもの面倒を見るなんてアッシュはごめんだった。

「聞いてないし、面倒だ」

 食べ終わった皿を持ち、男を置いて席を立とうとする。
 そんなアッシュを必死で引き留め、パンッと手を合わせて男がせがむ。

「頼むよアッシュ! お前が来るっていって呼んだんだ!お前が来てくれないと俺は約束を破る悪い先輩になってしまう……!」
「いやだ」
「そこをなんとか! ほら、その皿の分奢るからさ! なあいいだろ?」
「ダメだ。行かない。お前が勝手に嘘をついたんだから」
「頼むよお~、その皿だけじゃなくて、ほら、明日の昼も学食奢るからさ!」
「……」

 少しためらいを見せたアッシュに、これはいけると更に言葉を重ねようと口を開きかけるが、アッシュが言葉を発する方が早かった。

「金曜まで奢るなら考える」

 アッシュと男の目が合う。数秒睨み合っていたが、そうでなくてもイライラしていて眉毛がつり上がっているアッシュに男が根負けした。

「……わかった、金曜までで手を打とう。絶対木曜日来いよ!」

 アッシュはフンッと鼻で笑った。

「そこまでいうならな」

 そう言って去っていく。
 取り残された男は自分の皿に残っている料理をかき込みながら、悔しがる。

「クソォ……、あいつのせいで財布がすっからかんだ! でもまあいい、あいつはイケメンだが新入生に興味がないからな! 俺のかわい子ちゃんを取られる心配もない!」



 アッシュはその日、ノーに飲み会に連れて行かれた。
 ノーというのはアッシュの高校からの友人だ。新入生を呼ぶためにアッシュを使っている張本人のことである。アッシュはすらりとした体躯に精悍な顔つきをした男前なのだが、いかんせん愛想が悪くいつも顰めっつらをしているせいで近寄り難い雰囲気を発している。そんなアッシュに能天気に話しかけられるのは昔馴染みのノーぐらいである。

「へい!マイベストフレンド!こっちだぜ!」

 代価をせしめているからにはしっかり働くのがアッシュのポリシーだ。アッシュはそういった意味では稀に見るぐらい義理堅い男だった。ノーは幹事なのもあって店に早めに来ていたようだが、アッシュが早めについたのはひとえにそういう性格だからだ。

「時間まで、まだあるだろ?」
「そーなんだけど、もう来ちゃってる奴がいてさぁ~。女子大生に会いたすぎて早く来ちゃったのか……わかんないけど、2人だとどうにも気まずくって!」

 そう言われても愛想のない自分が加わったところでどうにもならないのでは、とアッシュは思った。しかし、口には出さずにおとなしくノーについて行く。
 いかにも若者が使いそうな居酒屋を予約したのかと思ったが、見た感じ席数は少なそうで小洒落た店だ。よくある大衆居酒屋と一緒にするのは憚られるが、すでに店内にいる客層からは敷居が高いようには感じない。この店をチョイスしたのは正解だろう。新入生には“大人な先輩“を装えるし、安っぽくないから飲み屋に行き慣れた先輩にもウケがいい。
 どうやら店の奥はインテリアの絶妙な配置で半分個室になっていて、入ってすぐ、インテリアの影に隠れるように短い髪がのぞいていた。

「あっ……」

 人影に気に留めずに半個室に入ったが、向こうは違ったようだった。くるりと体ごとこちらに向いてきた。すかさずノーが紹介を挟む。

「あっ、ナインくん、こっちは飲み会に呼んだアッシュってやつ」
「工学部3年のアッシュだ」

 ナインと呼ばれた彼が振り向いて、顔が良くみえる。濃い茶髪にはっきりとした目鼻立ち。アッシュとは違ったタイプの、華やかで爽やかな顔立ちだ。

「初めまして、工学部1年のナインと言います。よろしくお願いします」

 礼儀正しい感じがして、アッシュはまずまずと思った。こういう場にホイホイくる新入生は馬鹿みたいなのが多いが、このナインとかいう男はマシそうだ。
 あいさつにわずかに頷くとアッシュはノーが指定する席に腰掛けた。ナインとやらだけでなく新入生自体に興味がない。しゃべる気もない。我関せずといった様相を隠しもせず、アッシュは携帯をいじりだす。ノーは呆れた目で見てくるがアッシュにできることはない。
 そのうち2人はうまく会話が噛み合い始めたのか、最初よりは楽しげに話せるようになったようだった。たまに2人の視線が向けられているのを感じるが、もうすぐ他のメンバーが来る頃だ。"こういう"飲み会では無口で無愛想な男の方が男に好かれる。飲み会が始まれば、自分以外の男が自分が帰りやすいようにうまくやってくれることだろう。



 アッシュが再びナインと話すことになったのは夏休みも間近になった7月の雨の日だった。アッシュは普段より蒸し暑いことに嫌気がさして、講義室のある4階から早足で階段を降りていた。
しおりを挟む

処理中です...