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第三十話 フローラリアの問題Ⅰ

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 宿の入り口付近の廊下では教師達が激しく騒いでいた。
 カケルが現れた事で騒ぐ者。
 モーリス学園長がこの場に現れたことに驚き、騒いでいる者。
 部屋の扉から顔を覗かせる生徒を注意しに回っていく者。
 貴族の対応に追われる者。
 廊下には大声と、教師が激しく行き来する足音だけが聞こえ、それ以外は何も聞こえない。その光景は覗き見した生徒からは異常事態、緊急事態と瞬時に理解できるものだった。

 一方その頃セレス達は――

 フローラリアをカケルが居る治療室まで送り届けると、ギルと眠っているスーフ、ディアが居る治療室に戻った。
 二人は未だに目を覚めないが、教師から『もうそろそろで目を覚ますだろう。混乱しないように側に居てあげなさい』と言われたので、今こうして側に二人で居るのだ。

 ディア、スーフはそれぞれ違うベッドに眠り、その間に円型のテーブルと椅子を置きそこにセレス、ギルが居座っている状態となっている。
 向かい合うように座り、二人は話している。

 「女の子どうだった?」

 ギルもテンションが落ちているからなのか、口調が明るくなく、真面目な感じであった。
 セレスは励ますように、笑顔で明るい声で話す。

 「始めは落ち込んでいたけど、カケルさんの顔を見た途端元気になって走り出していったよ! あの様子だったら大丈夫だよ!」

 側にカケルが居ないからなのか、本来の明るい口調に戻っている。この場ではこの口調が励ますには効果的なのかも知れない。
 太陽のように眩しい笑顔を見たギルは元気を取り戻し、いつもの口調に戻った。

 「そうか!それなら安心だな」

 「うん」

 「おう……」
 
 次第に無言が続き、話題も尽きていった。二人だけだから気まずいのか悪い雰囲気が漂い始める。何とかギルが話を繋ぎ、続かせようとしたところで廊下が妙に騒がしくなっていく。
 始めは二人とも教師が生徒を注意してるか、怒っているかと思っていたが、騒ぎは止まる気配はなく徐々に大きくなっていくばかりである。

 流石に変だと二人は思い、扉を少し開け廊下の様子を覗く。

 治療室は生徒が泊まっている部屋とは離れている為、教師の目が届かない。なので、注意されることはまず無い。
 そこでセレス、ギルの目に映ったのは異常な事であった。
 教師が宿を走り回り、大声で指示や注意したり、と今までの穏やかな空気がガラッと変化し肌がピリピリしそうなぐらいの緊張感で染まっていた。

 何故こうなっているのかと観察を続けていると、目の前に現れた人物に驚いている。

 「お、おい……あれってカケルだよな?」

 「私にもそう見えるけど……あ!あれ見て!学園長と女の子も居る!」

 開けた扉からセレスはモーリス学園長と女の子向けて指を指す。
 カケル、モーリス学園長、フローラリアは学園長が先頭を歩き、その後を手を繋いでいる二人が付いて行っている。

 『二人はどうしてここにカケルが居るのか』と疑問に思うが、それより『何故学園長。そしてフローラリアと一緒にこの状況の中を歩いているのか』が強く疑問に思う。
 その疑問を本人に聞きたいところだが、この状態の廊下に出て聞きに行くのは無理な事だろう。もし行ったとしても教師に見つかり部屋に戻され、治療室は生徒らが泊まる部屋から離れてるので恐らく監視が着くだろう。そうすれば覗くことさえ出来なくなってしまう。
 それを先読みしたセレスは、部屋から出ていこうとしているギルを手で止めた。
 その顔を見たギルは、セレスの真剣な眼差を受け出ていくことを諦める。

 二人はカケル達がどこに向かっているのか知るために、行動を目で追う。
 入口付近まで歩いていくと、三人は足を止めた。
 良く見てみると、モーリス学園長が誰かと喋っている。
 その先を見てみると、豪華な服を着た人が一人と、その両脇に重そうな防具を身に付けている騎士がそこのは居た。

 そう貴族なのだ。

 当然二人は貴族を見て固まる。
 だがセレスは一応貴族だが、違う意味で固まった。目を見開き、手、足は震えて生まれたての子鹿になっている。

 セレスはモーリス学園長と同じように、ザーギと言う貴族の名、そして顔を知っていたのだ。
 ザーギは貴族の中でも評判は悪く、貴族の子供だとしても攫い自分の所有物とするのだ。
 なので子供が居る貴族は顔、名をしっかりと憶えさせ、姿を見たりしたらすぐに逃げろと教育されるほど恐れられているのだ。
 そんな人物がこの宿に来たって事は、ここにいる学園生徒全員を自分の物にしようとしているのではないかと考えてしまう。

 「おい!?セレスどうしたんだ?そんなに震えて」

 ギルは隣で震えているセレスに気が付き、安心させるように背中をさすりながら聞いた。
 セレスは首を横に振り、『大丈夫』と答える。

 「でもあの貴族は普通ではないの。カケルさんが言っていた女の子を憶えてる?」

 「ああ。貴族に買われそうになったって話か」

 「うん。その話多分あの貴族が絡んでいるの。ザーギって言うんだけど、貴族の中での評判は悪く、他人の子供を攫い所有物にして遊ぶ悪趣味をしているの。そして今回はあの女の子を狙っていたところにカケルさんが現れ、それに怒ってここに来た」

 「ってことはカケル不味い状況なんじゃ……」

 「そうね。でも今は学園長が付いている。よっぽどの事が無ければ安心でしょう」

 「そうだな。俺達はここで見守ることしか出来ないが」

 『カケルさん無事で、無事で帰ってきてください』


 



 「何故君がここにいるのだね?モーリス?」

 こう言ったのは、カケルの側にいるフローラリアを睨みながら、モーリス学園長に尋ねた貴族のザーギだった。
 身体はスタイルが良いとは言えず、はっきり言ってデブだ。お腹周りもしっかりと出て下から『ブク、ぼよーん、ブク』と言い表せる。そして身長はカケルの胸ぐらい。
 フローラリアはザーギに睨まれていることに気が付くと、すぐにカケルの後ろに身を隠し、それに気が付いたカケルは握っている手に力を込め、『大丈夫。安心して』と訴えかける。それに応えるように、同じように小さな手でだが力を込めて握り返す。

 「その言葉、そのまんまお返ししますが?」

 「フン。まあ良いだろう。私はそこにいる奴隷に用があって来たのだ。そこの男早くこちらに奴隷を渡さぬか!!」

 ザーギは無理矢理奪い返そうとカケルの腕に掴みかかった。
 実際奪い返そうと言っても、まだ自分の所有物となっていないので、ただの自分勝手だろう。
 当然カケルもフローラリアを渡す気は更々無いので、掴まれている腕を振り払う。
 だがその行動で周りの空気は急に変わり、重く、居心地が悪くなる。
 遠くから見守っていた教師からは、『終わったな』『首を切られるか、一生奴隷か』などが聞こえてくる。

 この世界のルールは一般人は絶対で貴族には逆らってはならない。
 逆らった場合その場で処刑。もしくは一族奴隷となり、若い女や子供は貴族の所有物となり性欲を満たす為のただの道具となっていしまう。なので貴族には逆らいたくとも、逆らえないのだ。

 腕を振り払うとザーギは赤く熟れたトマトのように顔を赤くしていた。
 側にいた護衛の騎士がザーギの怒りの変わりに、腰に付けていた剣を抜きカケル首元狙って斬りつけてくる。
 その光景を間近で見ているモーリス学園長は剣を止めには入らない。
 何故なら『同士なら私が出来ることを容易く出来るだろう』と考えていたからだ。

 『遅い』

 騎士の剣先が首元に当たると、『キンッ』と剣が弾かれる金属音が廊下に響き渡る。

 「甘すぎる。不意打ちにしては甘すぎるね。まだあのミノタウロス亜種の方が厳しかったよ」

 カケルは首元に剣先が届く瞬間、小さく詠唱し小さな盾を首に配置していたのだ。
 盾の種類はオリハルコンの盾だ。
 この場では強いほど話の手綱が掴めると判断したので、あえて反射する盾ではなくオリハルコンの盾にすることで、強さを相手に鮮明に伝えることにした。

 「クソ。学園生のくせに生意気な」

 「お前め!こいつを殺せ!それで奴隷を奪い返せ!!」

 ザーギはカケルの態度に対して相当激怒しているらしく、この場で処刑する事に決めた。
 その発言を聞いた二人の騎士は剣を構え、いつでも斬りつけることが出来る態勢になっている。
 しばらく時間が経ち、騎士は微動だにしない。
 表情を見ると二人とも苦しそうにしており、額には汗を浮かべている。

 「私の前で生徒を殺すなど、良い度胸ですねザーギ」

 モーリス学園長は冷酷な視線をザーギに送りながら、トーンを落とした声で脅すように話す。
 
 「おい。俺の護衛に何をした」

 「何って私の可愛い可愛い生徒達が傷つかないように、そちらの二人を軽い魔法で動きを封じただけですが?何か?」

 モーリス学園長は全く怒った表情をしていないが、内面ではもの凄く怒っているのだ。
 今すぐにでも魔法で殺してやりたいほどにだ。
 だが今怒りに任せてこの場を滅茶苦茶にすれば、学園長としての立場が悪くなる。この場で暴れて良いのはカケルだけで、決してモーリス学園長ではない。
 そして自分がすることはここに居る生徒を守ること。フローラリアの問題を解決すること。
 これがモーリス学園長がやるべき事だった。

 「『何か?』ではない!!何故私の行く手を阻むのだ!!その泥棒平民が全て悪いだろう!!それにこの問題はモーリスが関わる問題ではない。引っ込んでいろ!」

 ザーギは声を荒げ反論する。
 それに対して引っ込んでろと言われたモーリス学園長は『彼は学園の一生徒。なら学園の学園長がこの問題に絡んでもおかしくは無いのでは?』と正論を言ったことでザーギは口を噤む。

 「さあ。まずは話し合いと行きましょう」

 この場全員に聞こえるように手を叩き、この場を一度お開きとなった。

 そして後日奴隷販売店で話し合いをすることが決定した。
 
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