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「第四章:勇者一人前」

「タイムラグ」

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 ~~~アール~~~



 三対一の死闘は、十分が経過しても終わらなかった。

 もちろん、互いの実力が拮抗していたからそうなったわけではない。
 アールたちがそうなるよう尽力した結果だ。
 地の利を活かし、連携を活かし……。
  
「レイン! 後ろだ!」

「『ベン』……いや、『閃光フラッシュ』!」

 カーラに後ろを取られたレインが、そのまま逃げたのでは間に合わないと判断して、スキルを発動して全速力で直進した。

 ──キン!

 カーラの長剣がレインの体を捉えることはなかったが、代わりに輝くような金髪が数本、宙を舞った。

「……今度はそっちだよ! 勇者様走って!」

「ぬおおおおお……! 『曲走ベンド!』『曲走ベンド!』『跳躍ジャンプ!』 ひいいいいいっ!?」

 カーラの矛先が自分に向いたヒロは、大慌てで回避行動に移った。

「た、た、た、頼む! あぁぁぁぁぁーる!」

 アールたちの基本方針は簡単だ。
 とにかくまともに打ち合わずに時間を稼ぐこと。
 カーラだって人間なのだから、体力や精神力の限界はいつか必ずやって来る。
 それに対して、こちらにはヒロがいる。
 最初に補給した勇者成分もまだ残っているし、上手く戦いの最中で補給出来れば、それこそ永遠にだって戦っていられる。

(……ま、永遠には戦いたくない相手だがな)

 ひとりごちながら、アールは戦鎚ウォーハンマーを振るった。
 ベックリンガー戦で見せたような大技は使わず、なるべく単発の、隙の少ない技を選んで牽制《けんせい》した。
 おかげでカーラはヒロへの追撃を諦めざるを得ず──

「……ふん、このままではらちがあかんな」

 こちらの手の内を見抜いたのだろう、カーラは嘲るように笑うと、一歩後ろへ下がった。
 長剣をぶんと振って泥を払うと、鞘に切っ先を当てた。
 そのまますっと腰を落とし、いつも通りの抜剣術の構え──には、移行しなかった。
 下げた重心を地面に反射させるように、前方への推進力に置換した──正面やや遠方にいるヒロ目掛けて、猛スピードで走った。
 いつもの抜剣術の構えと見せかけつつ、ヒロの油断をも誘った巧妙な足運び。

「……いかん! 逃げろ、勇者殿!」
「……勇者様! 罠だよ!」

 アールとレインは、叫びながら走った。
 ヒロのいる方へ──補給ポイントを落とされれば、すべてが終わる。

「う、あ、あ、あ、あ──」

 果たしてヒロは、カーラの攻撃を回避出来なかった。

「──あ、あ、あ、あ、あ!?」

 低く低く、疾風のように走り込んできたカーラの横薙ぎの一撃と、続けざまの斬り上げをもろに受け、左足の足首から先と左手の手首から先を切断された。
 骨ごとゴトンと、それらは冗談みたいに地面に落ちた。

「……くそ! ぬかったぞ!」
「勇者様! とにかく手足を持って逃げて!」

 アールとレインがすかさず猛攻を仕掛けたことにより、カーラをヒロから引き剥がすことには成功したが……。

「痛ええええよおおおお……っ」

 連戦につぐ連戦で痛みには慣れっこのヒロも、さすがにこれは堪えたのだろう、のたうち回って呻いている。

「すまん勇者殿! 状況判断を誤った! 考えてみれば当然のことだった!」

「まずは勇者様の機動力を潰して逃げられないように、さらに圧力をかけ続けて持久戦が出来ないようにするって? 別にアールが気に病むことじゃないでしょ! ボクだってそんなの全然考えつかなかったし!」  

 アールとレインはヒロを背後にかばうように立つと、それぞれの得物を構えた。

「ともあれ、歯を食い縛ってでも戦うしかないようだな!?」

「だね! ねえ勇者様、ボクらが時間を稼ぐから、頑張って治してね!?」

「簡単に言うけどさあーっ!?」

 気を取り直してさらなる長期戦に臨もうとするふたりと、地面にうずくまりながら苦情を述べるひとり。
 しかし、それが無理筋であることは明白だった。
 赤子が大人に勝負を挑むが如くに、明らかだった。
 
 アールの戦鎚、レインの風啼剣シルバス、ともに今回の戦いにおいてカーラの身を捉えることが出来ていない。
 三人で相互に助け合いながらなんとか生き延びて来たのに、身動きのとれないヒロという弱点が出来てしまった。

(ここまで全力で動き回り、おそらくは奥の手であろう秘伝の歩法までも繰り出してきたカーラの疲労を考えるならばあるいは……いや、無理か)

 アールは小さく息を吐くと、自らの甘えを打ち消した。

 リディア王国最強の剣士の称号は伊達ではない。
 額に汗こそかいてはいるが、呼吸にも足取りにも、乱れと呼べるようなものは何もない。
 このまま戦えば、ものの数分で鱠斬なますぎりにされるだろう。

(せめて何か、打開できるきっかけがあればいいのだが……)

 カーラの出足に注意を払いながらも、アールは周囲に目を配った。
 そこここにある絶望の深み、七星セプテムの死体、ただの亡骸に戻った亡霊馬アンデッド・ホースとスケルトン、ヒュドラの死体……。

(くっ……ここでおしまいなのか……?)

 アールが諦めのため息を漏らしかけた、その瞬間。

「………………あ」

 ふっとつぶやきを漏らしたのはレインだ。

「あの……あのね? ふたりとも、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

 何か驚愕の事実に気づいたとでもいうように口を開け、腹に手を当てているが……。

「ボク、出来ちゃったみたい。その……勇者様の……子供」

 ………………。
 …………。
 ……。









 ~~~フルカワ・ヒロ~~~
 


「──あ?」
 
 ヤ〇ザばりにドスの利いた声を発したのは、俺ではない。アールだ。
 戦鎚をギュウウと握りしめたかと思うと、地面に座り込んでいる俺を、ギヌロとものすごい目つきで見下ろして来た。

「え、いや、待っ……?」
 
 状況も忘れて、俺は後ずさった。

「……どういうことだ? 勇者殿」

「待って待ってわかんないっ、というかそもそもまったく身に覚えが無いんだけどっ!?」

「では……レインが嘘を言っていると?」

 額に青筋を浮かべて迫り来るアールは、はっきり言ってカーラなんかよりよっぽど恐ろしい雰囲気を放っている。

「だだだだってそうゆーのしてないし! ぎりぎり危ないみたいな状況にはなったけど、そこで止まってるし! 俺は清く正しいDTだし!」

「……レイン、どちらが正しい?」
 
 俺が必死に弁解すると、アールは疑惑の矛先をレインに向けた。

「んー……だけどこれは……。お腹がじんわり熱くて、しかもドンドンと叩いてくるような感じは他に理由が考えられないような……?」

 自分自身でも半信半疑なのか、レインはぶつぶつとつぶやいている。

「むう……まったく、どうゆーことなのだっ」

 アールはなぜかイライラしながら俺たちの反応を窺っているが……。

「……………………あ」

 突如お腹を抑えると、顔を赤らめモジモジし出した。

「おいアール、もしかしておまえも……?」

「ちょ、ちょっとアール。人の事を不潔みたいな目で見ておいて、まさか自分もそうなったわけじゃないだろうね?」

「いやいやいや、バカな。そんなこと我は知らんぞ? 眠っている間にこっそりされたとかならわからなくもないが……っ」

「おいやめろ。これ以上冤罪を重ねるな」

 疑惑をぶつけ合いいがみ合う俺たちだが、理由はすぐに判明した。

「あ、そっか。これって勇者様の唇が……?」

「そうか、勇者殿の頬肉が遅れて消化されて……?」

「おうなるほど、あれが今まさにエネルギーに変換されたってわけね。血と肉ではタイムラグがあると。なるほどなるほど……ん?」

 今まさに・ ・ ・ ・エネルギー・ ・ ・ ・ ・に変換 ・ ・ ・された ・ ・ ・
 じゃあ今まで、ふたりはそれ無しで戦ってたってわけ?
 あくまで血と、体液による再生能力のみで?
 いつもより速く強く見えたのは、じゃあプラシーボ効果?

 いやでも、待てよ?
 レインはアールより先に俺の肩肉を食べてるじゃん。
 なのになんで……。

「あ、そっか」

 それは足の傷の回復で消費されたってわけだ。だからわかんなかったんだ。

「待てよ? てことは……てことはだよ?」

 ふたりがほとんど傷を負っていない現状、減衰していない今度のエネルギーはそのすべてを戦闘力に回せるわけで……。

『…………っ!』

 その気づき・ ・ ・ ・ ・は、同時に起こった。
 俺たちだけでなく、カーラにも。
 両陣営に、平等に。
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