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「第二章:残るは四人」

「もうひとり」

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 ~~~ベックリンガー・ロットルド~~~



 さて一方、ジャカと別れて洞窟の入り口へと戻ろうとしたベックリンガーである。
 巨体や重装備があちらこちらに引っかかり、まともに進むことすら困難な彼は、精神的にも肉体的にも疲弊していた。
 息は上がり、汗が目に入り、焦燥感ばかりが募っていく。そんな折……。

「……何奴なにやつっ?」

 もうじき入り口というところで、ベックリンガーは気がついた。
 入り口とは逆方向へ向かう分岐に、ひとりの少女が立っていることに。 

 歳の頃なら16ぐらいだろうか、大人の背丈ほどもある戦鎚ウォーハンマーを肩に担ぎ、魔女を思わせる黒いとんがり帽子を被っている。
 とんがり帽子のひさしの下から覗く瞳は鮮紅色の光を放ち、鍛え上げられ引き締まった肢体を包む漆黒のミニのドレスの下からは先端の尖った尻尾が覗いている。

「──悪魔か!」

 外見の特徴から、少女が騎士の宿敵である魔族だと判断したベックリンガーは吼えた。
 一歩踏み込み、得物を構えた。
 彼の武器は長大な鋼鉄の塊、アイアンメイスだ。
 背負ったタワーシールドと合わせて構えれば、難攻不落の動く要塞と化すことから、ついた異名が『鉄壁のベックリンガー』。

 だが、その利点を活かすためには通路は暗く、あまりに狭すぎた。
 壁も近く天井も近く、メイスを振るかシールドを構えるか、ふたつにひとつしか選べないような状況だった。
 松明を床に置いた上でそれである。
 彼の行動は大いに制限されていた。

 いや、正確にはもうひとつ選択肢があった。
 それは逃げることだ。
 逃げるという言い方が悪いなら、とにもかくにも戦いやすい位置へ移動し、改めて戦略を組み立てることだ。
 だがベックリンガーは、これをよしとしなかった。

 ひとつには出自がある。
 名門の貴族の家に生まれた彼は、これまで挫折らしい挫折をしてこなかった。
 騎士団に入団するや、圧倒的な体格と身体能力でもって戦場を席捲せっけん
 数々の武功を立て、瞬く間に七星セプテムに選出された。
 今回の任務を無事にこなせば、自身はもちろん、ロットルド家にもさらなる名誉と利益をもたらすはずだった。

 誇りと義務感を背負いながら、彼は前へ進んだ。

「逃がすと思うか、この不届き者がっ!」

 くるりときびすを返して走り出した少女を、全力で追った。
 ジャカに連絡をとろうとすらせず、まっしぐらに。
 


 2分ほど追跡して、ベックリンガーは少女を行き止まりへと追い詰めた。
 そこは縦に長い部屋で、今までのそれに比べてさらに天井が低かった。
 
「ふんっ、笑止であるっ」
 
 誘い込まれたのはすぐにわかったが、だからどうだという気持ちがある。

「どれだけ狭かろうと、この私と正面から打ち合って勝てると思うか!」

 見渡すかぎり、他に逃げ場はない。
 障害物の類も無く、ベックリンガーを倒すことのみが、唯一少女が助かる道のように見えた。

「さあ行くぞ、覚悟せい!」

「……んふ」

 しかし少女は、不敵に笑った。
 指先に小さな鬼火を召喚すると、ひょいと投げてこちらへ寄越した。

「ふんっ、どこを狙っている……っ」

 ヘロヘロと勢いの弱い鬼火はベックリンガーを大きく外れ、部屋の入口の壁を叩いた。
 
「……ん?」

 ガタン、ドドン。
 続けざまに鳴った音に、ベックリンガーはぎょっとして振り向いた、

「いったい何が……」

 理由はすぐにわかった。
 巧妙に隠されていた壁のスイッチを押したのだろう、部屋の入口に格子戸が降りて来たのだ。

「なんだと……!?」

 格子戸は金属製で、すぐには破壊出来そうにない。

「おのれ……束の間閉じ込めたところで、だから何だというのだ! 結局のところ私を倒さねば……!」

 ガバリと全力で振り返った先に──しかし少女の姿はすでに無かった。
 部屋のどこにも。

「………………は?」

 間を置かず、ギギギと何かが軋む音が聞こえてきた。
 振り仰ぐとなんと、天井全体が降りてきているのだ。
 真下にいる者を潰さんとゆっくりと、だが確実に。

「吊り天井だと……そんなバカな!?」

 ベックリンガーは混乱した。

 だって、そんなことをしたら少女自身だって被害を受けるはずなのに──
 いやしかし、現に目の前にその少女はいなくて──

「なぜだ……!?」

 相反するふたつの情報が錯綜し、正しい判断が出来なくなった。
 そして──束の間の判断の遅れが、運命を分けた。 
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