1 / 6
プロローグ むかしむかし
しおりを挟む
「こいつは……女か? もしや、シャフリヤール王の? 本当に食べられていたなんて」
黒光りするドラゴンの胴を裂き、胃を切り開いて内容物を確認していたイスカンダルは、たくさんの魔石とともに、一人の娘が飲み込まれていたことを知った。
腹を切り裂き、胃にひと太刀入れた途端、たくさんの魔石とともに娘が一人転がり出たのだ。
褐色の肌に、透明に近い美しい銀髪。唾液だか胃液だかで脆くなった衣類は溶け、破れ、或いは透け、まだ若かろう娘の肌は慈悲もなく暴かれている。
「かわいそうに……まだ人生の半分も生きていなかったろうに、このような形で命の炎が途絶えるとは。なんと不運な……」
赤、青、緑、黄色。
棺の中で色とりどりの花に囲まれているように、娘もまた、色とりどりの魔石に囲まれていた。胃液で濡れたその頰も、まるで生きているかのように鮮やかだ。明滅する魔石の影響か、娘も呼吸をしているように見える。
イスカンダルはマントを脱ぎ、娘の体にそっとかけた。
死者ではあったかもしれないが、一人の女性と同じように、イスカンダルは娘に敬意を払ったのだ。
「シャフリヤール王への報告はどうなさいますか?」
娘の近くで膝を折り、頭を下げたまま動こうとしないイスカンダルの背後から、彼の部下であるウェズンが問う。
「そうだな……あの様子では、『姫を見つけた、ただし亡骸で』と伝えたところで、喜びも悲しみもしないだろうな。むしろ面倒くさいとばかりに――」
イスカンダルは、一瞬娘に目をやった後、ハッとして再び娘を見入った。
娘の胸が、小さく上下に動いたように見えたのだ。
「……陛下?」
イスカンダルは横たわる娘をだき抱えた。耳を娘の顔に近づけ、それから頰を数度叩く。
「おい、おいっ」
周囲もにわかにざわつき始める。
まさか。
誰もが思った。
この娘がシャフリヤール王の娘であるなら、ドラゴンに食われて既に三日は経っている。幸いにして姿形は傷ひとつないまま残っていたが、事切れていて当然。
しかし、イスカンダルは呼びかけた。頰を叩き、手を握り、娘の口元に耳を近づけて。
「おい、シェヘ――」
娘の眉間に皺が寄った。
信じがたいことではあったが、事実。
「ん、ん……」
眠りから覚めるのと同様に、少しだけ唸ってから、娘はゆっくり目を開けた。
琥珀色の瞳。太陽の明かりに反応して、瞳孔がその大きさを変える。
「大丈夫か?」
イスカンダルの問いかけに、娘が口をかすかに開いた。
何を喋るのか、何を伝えようとしているのか。
「…………ム……」
「なんだ? いま、なんと?」
イスカンダルは、娘の口元に耳を近づけた。今度は呼吸の有無を確かめるためではない。その言葉を、漏らさず全て聞き取るためだ。
「エシュ、カム……」
そうしてまた、目と口を閉じ、くったりと、イスカンダルの腕の中に沈み込んでいった。
「陛下、担架を持って来るよう、いま手配しました」
「医師と薬師も手配しました」
「部屋の用意を。女官に伝えてきます」
「魔石の仕分けとドラゴンの解体、部位の選別はまた明日に。暫定的に魔方陣を強化しておきます」
部下たちが散っていきイスカンダルと娘だけが残された広場にて、傭兵王は空に向かってひとり呟く。
「エ、エシュカム? 俺が? 誰かと間違えているんじゃ……?」
エシュカム。
意味は、『我が愛』――。
***
むかし昔、あるところにシェダル王国という、小さな貧しい国がありました。
シェダル王国はたいへん小さな国ながら、たくさんの龍脈が集まる魔力に恵まれた土地だったので、たくさんの魔石が採れました。
地を耕せば魔石が溢れ、釣りをすれば魔石がかかる。魔石はたくさん採れるものの、食べ物はいっこうに手に入りません。とどめとばかりに魔獣がやってきて、わずかに実った農作物や家畜までをも食べ尽くそうとしてきます。このままでは、国民は全員飢えて死ぬのも時間の問題です。
そこで王様は、ふんだんに採れる魔石を活用することにしました。
まず、純度の高い魔石を使って、魔獣退治を始めました。魔石に宿った魔力はすさまじい威力の魔法へと姿を変え、人間の邪魔ばかりする魔獣を蹴散らすことに成功しました。
そして、余った魔石を外国に売ることにしました。売ったお金で、食べ物を買うことにしたのです。
とたんに、シェダル王国は潤い始めました。
さらに魔獣退治の評判を聞きつけた外国が、「うちの魔獣も退治してくれ」と、こぞってやってくるようになり、シェダル王国の王様は、大きな報酬と引き換えに外国の魔獣退治も次々と引き受けていきました。
どれだけ大きな魔獣でも、どれだけ厄介な魔獣でも、シェダル王なら倒してくれる。
評判が評判を呼び、軍隊とは別に討伐隊を抱えてもなお、数ヶ月先まで遠征の予約でいっぱいになるほど、シェダルは魔獣討伐業に引っ張りだこになりました。
そうして、シェダル王国の王様は、こう呼ばれるようになりました。
『傭兵王』、と――。
黒光りするドラゴンの胴を裂き、胃を切り開いて内容物を確認していたイスカンダルは、たくさんの魔石とともに、一人の娘が飲み込まれていたことを知った。
腹を切り裂き、胃にひと太刀入れた途端、たくさんの魔石とともに娘が一人転がり出たのだ。
褐色の肌に、透明に近い美しい銀髪。唾液だか胃液だかで脆くなった衣類は溶け、破れ、或いは透け、まだ若かろう娘の肌は慈悲もなく暴かれている。
「かわいそうに……まだ人生の半分も生きていなかったろうに、このような形で命の炎が途絶えるとは。なんと不運な……」
赤、青、緑、黄色。
棺の中で色とりどりの花に囲まれているように、娘もまた、色とりどりの魔石に囲まれていた。胃液で濡れたその頰も、まるで生きているかのように鮮やかだ。明滅する魔石の影響か、娘も呼吸をしているように見える。
イスカンダルはマントを脱ぎ、娘の体にそっとかけた。
死者ではあったかもしれないが、一人の女性と同じように、イスカンダルは娘に敬意を払ったのだ。
「シャフリヤール王への報告はどうなさいますか?」
娘の近くで膝を折り、頭を下げたまま動こうとしないイスカンダルの背後から、彼の部下であるウェズンが問う。
「そうだな……あの様子では、『姫を見つけた、ただし亡骸で』と伝えたところで、喜びも悲しみもしないだろうな。むしろ面倒くさいとばかりに――」
イスカンダルは、一瞬娘に目をやった後、ハッとして再び娘を見入った。
娘の胸が、小さく上下に動いたように見えたのだ。
「……陛下?」
イスカンダルは横たわる娘をだき抱えた。耳を娘の顔に近づけ、それから頰を数度叩く。
「おい、おいっ」
周囲もにわかにざわつき始める。
まさか。
誰もが思った。
この娘がシャフリヤール王の娘であるなら、ドラゴンに食われて既に三日は経っている。幸いにして姿形は傷ひとつないまま残っていたが、事切れていて当然。
しかし、イスカンダルは呼びかけた。頰を叩き、手を握り、娘の口元に耳を近づけて。
「おい、シェヘ――」
娘の眉間に皺が寄った。
信じがたいことではあったが、事実。
「ん、ん……」
眠りから覚めるのと同様に、少しだけ唸ってから、娘はゆっくり目を開けた。
琥珀色の瞳。太陽の明かりに反応して、瞳孔がその大きさを変える。
「大丈夫か?」
イスカンダルの問いかけに、娘が口をかすかに開いた。
何を喋るのか、何を伝えようとしているのか。
「…………ム……」
「なんだ? いま、なんと?」
イスカンダルは、娘の口元に耳を近づけた。今度は呼吸の有無を確かめるためではない。その言葉を、漏らさず全て聞き取るためだ。
「エシュ、カム……」
そうしてまた、目と口を閉じ、くったりと、イスカンダルの腕の中に沈み込んでいった。
「陛下、担架を持って来るよう、いま手配しました」
「医師と薬師も手配しました」
「部屋の用意を。女官に伝えてきます」
「魔石の仕分けとドラゴンの解体、部位の選別はまた明日に。暫定的に魔方陣を強化しておきます」
部下たちが散っていきイスカンダルと娘だけが残された広場にて、傭兵王は空に向かってひとり呟く。
「エ、エシュカム? 俺が? 誰かと間違えているんじゃ……?」
エシュカム。
意味は、『我が愛』――。
***
むかし昔、あるところにシェダル王国という、小さな貧しい国がありました。
シェダル王国はたいへん小さな国ながら、たくさんの龍脈が集まる魔力に恵まれた土地だったので、たくさんの魔石が採れました。
地を耕せば魔石が溢れ、釣りをすれば魔石がかかる。魔石はたくさん採れるものの、食べ物はいっこうに手に入りません。とどめとばかりに魔獣がやってきて、わずかに実った農作物や家畜までをも食べ尽くそうとしてきます。このままでは、国民は全員飢えて死ぬのも時間の問題です。
そこで王様は、ふんだんに採れる魔石を活用することにしました。
まず、純度の高い魔石を使って、魔獣退治を始めました。魔石に宿った魔力はすさまじい威力の魔法へと姿を変え、人間の邪魔ばかりする魔獣を蹴散らすことに成功しました。
そして、余った魔石を外国に売ることにしました。売ったお金で、食べ物を買うことにしたのです。
とたんに、シェダル王国は潤い始めました。
さらに魔獣退治の評判を聞きつけた外国が、「うちの魔獣も退治してくれ」と、こぞってやってくるようになり、シェダル王国の王様は、大きな報酬と引き換えに外国の魔獣退治も次々と引き受けていきました。
どれだけ大きな魔獣でも、どれだけ厄介な魔獣でも、シェダル王なら倒してくれる。
評判が評判を呼び、軍隊とは別に討伐隊を抱えてもなお、数ヶ月先まで遠征の予約でいっぱいになるほど、シェダルは魔獣討伐業に引っ張りだこになりました。
そうして、シェダル王国の王様は、こう呼ばれるようになりました。
『傭兵王』、と――。
10
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる