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アーミーナイト 体力テスト 後編
第60話 猛者が感じる違和感
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意を決して、先ほどまで入っていたトイレの個室の鍵を開けた。そして、同じ空気を吸いたくもない人種で溢れかえるグラウンドに、再び足を踏み込んでいく。トイレから出ると、煩わしいほどの陽光が地面に向かって勢いよく降り注いでいた。今すぐにでも、瘴気の雲を覆わせてその光を遮り、楽になりたいという気持ちに駆られる。
だがまだ我慢だ。そう自分に言い聞かせ、ジリジリと肌を本当の意味で焼き尽くす太陽の光を耐え忍びながら、次の試験場所まで重い足取りで歩いていく。途中で何度か、新入生とすれ違うことがあった。だが、試験を受けている彼らには一目すらくれることもなく、一言も発さずその隣を過ぎ去っていく。
他の人からすれば、その行為は違和感に映っただろうか。いや、ただ緊張している者と見られていたのだろう。実際に、彼女に対して声をかけてきた人は今のところ誰もいない。
そうやって歩いていると、突如何故か背筋を振動させる違和感を覚えた。心臓を握りつぶすかのような緊張感。そして、脳から全開の警戒伝令が出された身体からは、一瞬にして冷や汗が大量に分泌される。
常に命のやり取りにその身を捧げている彼女は、咄嗟にどこからか攻撃が繰り出された可能性を考慮し、腰を屈め警戒体勢に入る。これで、万が一彼女の正体を見破ったアーミーナイトが牙を剥いてきたとしても、奇襲をつかれることはない。だが、待てど待てど、一向に彼女の身を脅かす事象が起きることはなかった。
拍子抜けだ。彼女は一度舌打ちをすると、大きくため息をついた。そして、本気で回避行動を取る判断を下した、自分の生存本能に呆れてしまう。こんなに遅れを取るほど錆び付いてしまったのかと、本気で落胆するほどに。
しかし、突如襲ったそれは、一気に彼女を気の抜けた状態から戦闘態勢に入るスイッチを押し、解除させることはなかった。念入りに周りを何度も見渡してみる。だが、どこにも異常に映るところはない。先ほどと何も変わらない愚かな偽りの平和の世界が目の前に広がっていた。
空には鳥が元気に飛んでおり、この辺りに高濃度の瘴気が満ちていないことを証明する。彼女が恐れるのは、常に人間ではない。それは我が王。闇の一族の王たらしめる者による刺客だ。だが、上を見上げて、その傾向が見られるないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
「今のは勘違いだったのかしら? この私がそんな勘違いを起こすわけないんだけど。もしかして、あまりの退屈さに本能的に戦闘を求めてしまったのかしら。ふふふ。ここまでくると一種の病気ね」
あまりの何も異常が起きない平凡さに、そう思わずにはいられない。普通の魔物ならここで集中を解くだろう。先程感じたのはただの気のせいだったと、自分の勘違いだと認識してしまう。しかし、彼女に言わせると、それはただの思考停止に過ぎない。
強者は一度抱いた違和感の正体を勘違いで済ませることはない。何故なら、数多の戦闘経験から自分が勘違いを犯すと微塵たりとも考えないからだ。感じたのなら、必ず何かしらの現象が今行われている。それは、意識レベルではなく、直感レベルの話。それを感じて、更に意識して発見できてこそ、本物のプロに近づける。
「あの子・・・。なんで、ずっと私をじっと見つめてきているのかしら。私の顔に何かついているのかしら」
そして、プロを自称する数多の死線をくぐり抜けた猛者は、絶対にその違和感の正体を見つけるのだ。
だがまだ我慢だ。そう自分に言い聞かせ、ジリジリと肌を本当の意味で焼き尽くす太陽の光を耐え忍びながら、次の試験場所まで重い足取りで歩いていく。途中で何度か、新入生とすれ違うことがあった。だが、試験を受けている彼らには一目すらくれることもなく、一言も発さずその隣を過ぎ去っていく。
他の人からすれば、その行為は違和感に映っただろうか。いや、ただ緊張している者と見られていたのだろう。実際に、彼女に対して声をかけてきた人は今のところ誰もいない。
そうやって歩いていると、突如何故か背筋を振動させる違和感を覚えた。心臓を握りつぶすかのような緊張感。そして、脳から全開の警戒伝令が出された身体からは、一瞬にして冷や汗が大量に分泌される。
常に命のやり取りにその身を捧げている彼女は、咄嗟にどこからか攻撃が繰り出された可能性を考慮し、腰を屈め警戒体勢に入る。これで、万が一彼女の正体を見破ったアーミーナイトが牙を剥いてきたとしても、奇襲をつかれることはない。だが、待てど待てど、一向に彼女の身を脅かす事象が起きることはなかった。
拍子抜けだ。彼女は一度舌打ちをすると、大きくため息をついた。そして、本気で回避行動を取る判断を下した、自分の生存本能に呆れてしまう。こんなに遅れを取るほど錆び付いてしまったのかと、本気で落胆するほどに。
しかし、突如襲ったそれは、一気に彼女を気の抜けた状態から戦闘態勢に入るスイッチを押し、解除させることはなかった。念入りに周りを何度も見渡してみる。だが、どこにも異常に映るところはない。先ほどと何も変わらない愚かな偽りの平和の世界が目の前に広がっていた。
空には鳥が元気に飛んでおり、この辺りに高濃度の瘴気が満ちていないことを証明する。彼女が恐れるのは、常に人間ではない。それは我が王。闇の一族の王たらしめる者による刺客だ。だが、上を見上げて、その傾向が見られるないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
「今のは勘違いだったのかしら? この私がそんな勘違いを起こすわけないんだけど。もしかして、あまりの退屈さに本能的に戦闘を求めてしまったのかしら。ふふふ。ここまでくると一種の病気ね」
あまりの何も異常が起きない平凡さに、そう思わずにはいられない。普通の魔物ならここで集中を解くだろう。先程感じたのはただの気のせいだったと、自分の勘違いだと認識してしまう。しかし、彼女に言わせると、それはただの思考停止に過ぎない。
強者は一度抱いた違和感の正体を勘違いで済ませることはない。何故なら、数多の戦闘経験から自分が勘違いを犯すと微塵たりとも考えないからだ。感じたのなら、必ず何かしらの現象が今行われている。それは、意識レベルではなく、直感レベルの話。それを感じて、更に意識して発見できてこそ、本物のプロに近づける。
「あの子・・・。なんで、ずっと私をじっと見つめてきているのかしら。私の顔に何かついているのかしら」
そして、プロを自称する数多の死線をくぐり抜けた猛者は、絶対にその違和感の正体を見つけるのだ。
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