上 下
30 / 63
アーミーナイト 体力テスト 前編

第29話 瘴気保有限界

しおりを挟む
各々が分かれて別々にテストを受け始めてからもシルは周りの動きがどうにも気になり、身が入りづらい環境でテストを受けていた。その他の新入生は自分の記録が次々に書き込まれていく記録シートを記録を行ってくれている実行委員の方から受け取るたびに一喜一憂を浮かべるが、シルは無表情にそれら全てをこなしていく。

実行委員の人からしてみると、シルの行動は不穏以外の何物でもなかっただろう。度々彼らから体の調子を尋ねられもしたが、シルは笑顔でそれらを躱した。実際問題、体調は寝不足ということを排除すればそれ以外は万全の状態だった。難なくこなすテストの記録にも、最高評価である『S』の文字だけが並んでいる。

記録をつけている人はこの記録シートを見て感嘆の声を漏らすが、シルは返ってより長い困惑のため息をつかざるを得ない。これまでの一連の行動をずっと見てきているが、誰も不審な行動を起こさないのだ。皆真面目にテストを受け、それぞれ全力を尽くしている。

集中力が欠けているのはむしろ自分の方だと言わざるを得なかった。何をするにしても集中しなければと思うが周りの機微が視界に入ると、どうしても其方を目で追ってしまう。その場からトイレで離れた人がいれば、いつ帰ってくるのか、行った時と返ってきた時で何か変化がありはしないかなど気が気じゃない。

周りにばかり意識を向けていて気づけば残すところあと一つのテストのみになっていた。ここまで不穏な動きを見せる新入生は誰もいない。トイレでグラウンドを離れたのは2人いたが、どちらも2分たらずで帰って来た為、闇の一族と断定するにはまだ時期尚早。決定的な証拠は何一つもない上に、今の時点から先入観を持っていたら他の新入生を疑いづらくなる。
 
 最後のテストの詳細を示す看板には大きな赤文字で今まで受けてきた、その他のテストとは変わらぬ字式と文字のフォントで瘴気保有限界テストと記載されていた。加えて、その下にはテスト名を表す文字よりも、小さな文字でこのテストの要項が看板一杯に書かれており、最後まで読むにはかなり面倒なものだった。

目の前にはこれから試験を行う建物も数個設置されており、どれも木材で構成された今日限りの試験場所といった風貌であった。

「ふむふむ、やけに注意事項が多いいな。これは人工瘴気発生機器なので取り扱いには十分注意し、不測の事態が起きれば直ちに最寄りの実行委員に意見を求めよ、か」

シルは過去に一度マシュと共にこのテストを受けたことがあるので、大体の手順は把握しているため大まかな手順だけを速読して目を通す。その時受けた時と手順までもがまるで同じで、突飛な試験でなくて心を撫で下ろす。

 瘴気保有限界が一体どういうものなのか。その意味は、漢字が表す通り一人の人間がどれほどの量の瘴気を浴びせられても耐えれるのかということを指す。今回の試験ではその限界値を100段階でスコア付され結果がでるようであった。

試験形式は、身体に人工瘴気を直接浴びさせて測定を行うものと記載されている。今回の試験に置いて一つ言えることがあるのだが、この試験は身体には瘴気は基本的に無害という定説から、いくら瘴気を浴びせても人体には安全! 

というのが売りなのだが、濃度が本人の保有限界より高くなればクリーチャーに身体が変貌していく危険も多少は孕んでいるため、絶対の安全を提供するものではないとも言える。もちろん、その旨についても注意事項の欄に記載されているが経験豊富な人材がいればその課題は危険要素として認定しない、と明記されている。
 
 しかし勿論、アーミーナイトで前線に出て戦いに参加するのであれば、それなりの数字を出すことが求められることは断言できるだろう。闇の一族の本拠地では瘴気濃度は人類が生活を育んでいる地域の数十倍、数百倍になることは珍しくない。また、上位の敵の個体によれば体内から瘴気を放出し、意図的に限定のエリア内の瘴気濃度を上昇させることができる者もいると聞く。

そうなった際に、保有限界が低ければ最も簡単に人類が敵側に寝返ってしまうこともあるので、戦地に赴く際には保有限界が高ければ高いほどその人材は重宝される。

また、そういった瘴気濃度の高い戦地に出た際に一番役に立つのが全員腰に腰に帯刀している瘴魔剣だ。これらは、人類の力を瞬間的に超人の域まで引き上げることが可能なのだが、同時に常日頃から周りの瘴気を糧として

高濃度の瘴気が充満している場所に至っては周りの瘴気を食べてもくれるコイツ達の存在は、正しく人類の生命線と言えるのだ。

瘴気保有限界は、大体普通の人で数値は10程度。闇の一族が猛威を奮っている最前線の濃度に耐えようと思えば70程の数字を出す必要がある。アーミーナイト内に置いてそれ以下の数値を出してしまうと、内地での書類仕事などが割り振られたりすると聞いたことがある。

はぁー、というため息が再び口から溢れる。そして、ラストの試験の注意書きまで頭にしっかり刻み込んだところで、シルは目の前に設置されているオンボロの仮設トイレのような狭い四角い試験室に近づいていくのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...