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アーミーナイト入学編

第1話 おかしいと思わないかい?

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「あ~酷い目にあった」

 未だ口の中に残る強烈な痺れと辛さに苦しみながらシルは綺麗に整備された目的地までの道路の脇を一人歩いていた。いや、正確には一人では無い。シルが唯一親友だと思っている剣も腰に帯刀しているので、一人と一剣だ。

道路の脇には今からの旅路と、今後の幸福を祈るように色とりどりの春の花たちが咲き誇り、俯き加減だった朝の憂鬱も次第に霧払いされていき、気がつけば今後の生活に胸を躍らせている自分がいた。

「全く、今日は入隊式がある日だからって前から伝えておいたのに、朝からあんな激辛スペシャルスパイスを練り混ぜたジャムを出してくるかね、普通の親は」

あの時のネタバラシと言いながら腹を抱えて全てを話す母の顔がまだ頭から離れない。あー、全くもって忌々しい。だが、その口元には笑みを浮かべているので、言葉と表情が一人でにあべこべになっているのを、シル自身認識していない。

「どんな人たちが同級生にいるんだろーなー」

 誰もいない道路に呟いたその言葉は紛れもなく独り言。それは、相槌を打つ人もいなければ、返事が返ってくることがない会話だ。だが、不思議なことにこの言葉は独り言のままで終わることはなかった。

「このアスガルド大陸において唯一人類が生活できるこの超大都市キラリア。その人口はおよそ5千万人。これは、今生きている人類の人口数と同義であり、人の命をから守るための最後の防衛ラインとも言える。

そんな大都市でも毎年キラリアの住人を守るべく次の守護者を養成するために集められる騎士育成機関ー通称アーミーナイトに入隊できるのは、その年16歳になる若者から性別を問わず20名のみ。それもアスガルド大陸の実質的支配者である闇の一族と直接剣を交えて人類を守っている世界でたった10人しか存在しない守護者が『直接』対象となる人の間から選抜しているんだから、そりゃ大事な日だよね」

 急に後ろから声を掛けられ、シルは瞬時に後ろを振り返る。それと同時に、腰に帯刀してある剣の柄に手を伸ばす。しかし、振り返ったそこには人影一つ見当たらない。幻か何かの幻影術でも使われたのかと、シルは一瞬の間に思案する。

「なるほど、その程度の反応速度か。君は僕より優れているってことはなさそうだね」

 だが、そんな高等なことは起きていなかった。彼は、首を180度回転させるだけの僅かな時間の間にシルの前に移動して見せたのだ。シルが振り向く動作を行なったのを目で捉えた途端に、地面を強く踏み込む。そして、シルの視界の死角に入りながら移動を行い背後を再び取ったのだ。

 シルはゆっくりとした動作で正面を振り返る。目の前にはシルよりも10cm以上小柄に見て取れる金髪でマッシュルームヘアーの青年が胸の前で手を組み堂々と行く手を塞ぐようにして、立ち尽くしていた。

年に似合わない女性のような甲高い声を出しながらそう言うと、こちらを一瞥したまま、そのまま背を向けたままその場から歩みを進めて立ち去っていく。彼が進む先はシルもこれから通るであろう同じ道。同じ進行方向に進む自分と同年代の男子。彼も、20人に選ばれた学生であることは容易に想像ができた。

「毎年選ばれるのは20人いるのに何故守護者は10人しかいないのかって疑問に思ったことはあるか」

もう遠くに見える小さな背中に向かってシルは疑問を投げかける。特に深い意味のない質問。彼がその質問に返答するかどうかすら怪しいものである。だが、シルは言葉を続けた。

「それも、その10人という数字ははるか昔。人類がキラリアを建設する以前の歴史書からも表れる数字なんだぞ。それが今も変わらぬ姿で受け継がれていることを不思議に感じたことはないのか」

前を歩く小柄な彼がその場で立ち止まり、ゆっくりと小さな頭をこちら側に向ける。その顔にはやれやれと言いたげそうな表情を浮かべている。首を少し引っ込ませ、両手をそれぞれ手のひらが上に見える形のまま横に広げる仕草と共に、彼は大きく息を吸った。

「そんなことを考える必要があるのかい。その程度の腕しかないくせに、大層な疑問を口に出すじゃないか。力のない奴から順に死んでいく。戦場ではこれが常識で現在まで語り継がれる幾千もの戦記もそう書かれているだろう、つまりはそういうことなのさ」

 彼は言いたい事を言い終えると再び進行方向に向き直し、前よりも早い速度でスタスタと歩き始め早々にシルの視界からは消えていった。

「今からこんな奴らばっかの中で訓練していくのかよ」

 先の事を考えると思わず頭が痛くなってくる。こめかみを強く抑えるがその痛みは取れそうにもない。でも、

「お前がいてくれたら、俺はどこまでもいけるよな」

 天気がいい為か度々雲の隙間から顔を出してくる光に照らされ、その漆黒の柄をキラリと輝かせる。

「あんな性格ねじ曲がった奴とは一緒にしないでほしいわ」

 見下ろしながら優しく撫でていた剣から顔をあげると、そこにはスタイルの良さが際立つような短めのスカートを着こなし、腰にレイピアを携えた茶色の髪をしたロングヘアーの女の子が立っていた。目があった瞬間に、手慣れた手つきでサラサラの髪をかき上げる仕草に思わず心臓が大きく跳ねる。動揺を隠せないでいるシルに彼女は、笑顔を浮かべながら、血色のいい唇を震わせる。

「ほんと、あいつ最低よね。自分の事を名乗りもしないで、私の身体をじっと舐め回すかのように見てると思ったら、いきなり何て言ったと思う?」

 返答を求められこういった時になんと返答するのが正解なのか、咄嗟に頭をフル回転させる。だが、制限時間内にこの問いを答えるのはシルにとって難問中の難問であった。

「さ、さぁ?なんだろう、思わず触れたくなっちゃう、とか?」

 何とか頭をひねくり回して言葉を絞り出したが、我ながらセンスのかけらもない、酷い返答だと思う。いや、朝にこういった頭を使う質問をしてくる向こうが悪いんだ。そうだ、昼とか夜に聞いてくれればもっと良い答えが返せるに決まってる。

「そんなんじゃ怒んないわよ。あいつね、僕の姉の方が魅力的だねって言ってきたのよ!主に私の胸に向かって。ほんと信じらんない」

 それを赤の他人である俺に言ってくる君はどうなんだい、と思わず出かけた言葉をなんとか飲み込む。

「そ、そうなんだ。それは、何て言ったら良いのかわかんないけど、とりあえず俺はシル。君は」

「ほんとイラつくわ。私はアリア。よろしくね、朝が苦手な剣士さん」

「なっ! どうしてそれを?」

「顔に書いてあるわよ、シル君。さぁ、早く目的地まで急ぎましょう。初日から遅刻なんて周りの人から何て言われるか分かんないわ。第一印象って結構大事だし」

 そういって、彼女は先ほどよりも速度をあげてシルの前を歩き出した。その姿を見つめながらシルは思わずこう呟いた。

「20名の選抜者か」

 目の前を歩く彼女も何かしらに秀でていて彼女自身の固有の能力のようなものが生まれ持ってか備わっているのだろう。もしかしたら、先ほど見せた驚異的な洞察力がそれかもしれない。しかし、

「まるで一本の柱のようだ。体の軸がブレる素振りすらないな」

心の中でシルはそうつぶやいてしまう。それほどまでに、彼女の歩くスピードを上げたのにも関わらず全くブレることのない重心移動は、シルの身に改めて20人に選ばれた同年代の凄さを痛感させるほどのものであった。
 
 入隊式が開かれる会場はシルの住んでいた地域(田園地帯が広がっていることからファーム地域と呼ばれている)から北上していきちょうどキラリアの中心部にある、と伝達されている。現在、ざっと朝から歩き続けて約30分は経過していた。そろそろ建物が見えてきてもおかしくない距離ではあるのだが、そんな気配は一切ない。それどころか、ファーム地域の景色と代わり映えしない自然の姿がこれから先もまだまだ続いていた。

「なぁ、もうアーミーナイトの養成所が見えてもおかしくないよな」

 シルの言葉にアリアも首を縦にふる。

「事前に送られてきた地図の位置情報と照らし合わせてみても、この辺りで間違いないはずなんだけど」

 ちょっと見せてと手をアリアに指し伸ばしながら、シルは首をぐるりと回して辺りの状況を確認してみる。なるほど、緯度、経度、周りの風景といいここがその場所で間違いはなさそうだ。

しかし、よく見てみればちらほらとシルたちと同じような制服を身に纏っている同年代の男女が周りに見受けられる。彼らも全員が同様に困惑した表情を浮かべながら、手元にある地図らしき紙と周りの風景との間を何度も視線を行き来させており、地図が指す目的地がここら辺を指していることは間違いなさそうではある。まぁ、一向に建物が見える気配はないのだが。

 彼らも今手元にあるものと似たような物を渡されたのだと遠目でシルは確認する。困惑する学生の中には、奥の方に見慣れた容貌をした人物もいた。全く動じずにどっしりとまるで大樹のように地面に座り込み、そこから一歩も動かないキノコヘアーの男が。だが、なんにせよ、

「俺たちと同期の奴らがこんなにいるんだ、二人して地図の読み違いをしていたっていう最悪の事態は避けれたな」

 うっすらと笑みをこぼしながら渡してもらった地図をお礼を添えて返してアリアを見つめる。

「これが笑っていられる状況?このままだと皆んなして初日から遅刻だわ」

「大丈夫。ゴールは見えているんだ。あとは引っ張り出せば良いだけだろう?」

 言い終わるがいなかシルは腰に帯刀させている愛剣を一気に鞘から抜き、高々と天高く登る太陽に向かって突き立てる。

「な、急に何をしているの、シル!?」

、アリア」

「な、何が?」

 朗らかな表情のまま愛剣をじっと見つめながらアリアに問いかける。

「皆んながこの場所まで来て最後に行き先を見失う、ってことがさ」

 得意げなままシルは言葉を繋げる。

「ここに到るまでの道中、ここにいる困った表情を浮かべている皆んなはどうやってここまで来たんだろうか。そうだ、僕たちと同じ様にいま見せてもらった地図を頼りに来たんだ。彼らも手に地図を持ってるしこれは間違い無い。でも、ここで一つ疑問が出てくるんだ」

 少し間を置きシルは次のように言い放った。

「僕に送られてきた封筒には



 
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