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39日目 朝の約束?

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「ねぇ~。どうだった~、あいつからの告白は~? 嬉しかったでしょう? まさか、受けちゃったりした?」

 キャハハハ、と笑い声が教室中に響いては一瞬にして消えてはくれない。残響として、しつこく空気を振動させた。音を遮る物体がいなくなったからだろうか。詳しいことは、僕の頭では分からないが。

「その答えを、僕があなたにしなければいけない理由は何かあるんでしょうか?」

「あ~?」

 昼休みを過ぎると、終業時刻まで瞬く間に駆け抜けていった。色々考え事をしていたからか、授業を聞いてはいるが頭にしっかり入ってこなかった。そのためか、すでに帰宅時間に入っているにも関わらず、僕はまだ教室の自分の席に座り、心ここに非ずの状態で過ごしていたのだが。そんな時に声をかけられ、現実世界に引き戻されたのだ。そう、今僕は後藤さんの集団に絡まれている。

「みやび~。こいつ、ちょっとモテてるからって浮かれてるんだけど~」

「そうそう~。あんな豚に好かれて何を嬉しがっているんだか~!!」

「ひどい言われようだね・・」

 矢継ぎ早に出てくる佐藤さんへの暴言。僕は、それを小さい声でしか止めることができなかった。もちろん、これで止まる彼女たちではない。僕の声なんて全く聞こえていないと言わんばかりに、誹謗中傷の嵐は止まない。

「ちょっと黙りなよ、くぅ、レナ。あんまりにも、あんたらが話すから、肝心のこいつの話が聞こえないじゃないか」

 途端に静まり返る二人。この三人の関係性が手に取る様に分かる瞬間であった。少し離れた机に腰掛けていた彼女は、んっと声を漏らす。そして、宙にぶらつかせた足を揺らし机から降りると、僕の方に歩み寄ってくる。

「うっ・・!」

 目の前に立たれ、彼女のオーラを正面から受けた僕は思わず声を漏らしていた。それだけ、他者を圧倒するだけの貫禄と、それを成立させている力強い顔立ちが彼女には備わっているように思える。まぁ、この声が彼女に聞こえていないことを願うしか僕にはできないが。

「で、結局どっちなの? あいつと付き合うの、それとも振ったの?」

「同じことを繰り返すけど、あなたにそれを言う必要はないかな。さて、僕もそろそろ帰らなければ。話があるなら、また明日聞くよ」

 自分の鞄に手を伸ばし取手に触れかかった時、ひょいと僕から逃げるように鞄は持ち上がった。僕じゃない人の手によって。見上げるまでもない。彼女の中の誰かが、僕を帰らせさせないために、鞄を取り上げたのだろう。

「——返してもらえるかな?」

 僕は、先程まで鞄があった場所から目線を変えることなく、そう呟く。

「早く言えよ。こっちも暇じゃねーんだよ。付き合ったか、そうじゃないのか。はいか、いいえで答えてくれればそれで済むんだよ」

「そうそう。ややこしくしているのは、全部お前が取った選択から起きているんだよ。早く言えよ」

「なんでそんなに気になるのかな・・・? はっきり言って、君たちにはあんまり関係のないことだと思うんだけど?」

 まだ口答えをするかと、後藤さんは思っただろう。怒りを露わにする表情に、更に深い皺が眉間に走った。

「関係あるかどうかは、こっちも言う必要がないわ。さっさと、答えて。早く帰りたくないの?」

 彼女は、僕の視線の先で鞄を左右にゆっくり揺らし、挑発してくる。


「あれ~? まだ帰ってなかったの、龍馬君。って、何か取り込み中だった?」

 ガラガラと教室の扉を開けて、中に入ってきたのは赤い髪をした女子生徒。僕のことをよく知っている人だった。彼女は、僕と三人の立ち位置を見ると、不思議そうに首を傾げさせた。

「いや、何もないよ。もう帰ろうとしていたところ」

 僕は、一瞬後藤さんの警戒が緩んだのを見逃さなかった。すっと、伸ばし取手に自分の手を滑り込ませると、そのまま鞄を自分の身体の方に手繰り寄せ、彼女から取り返すことに成功する。あっ、という声が彼女の口から漏れたが、それを僕が意識的に無視した。

「そう? じゃあ、途中まで一緒に帰りましょうか。ちょっと話したいこともあったし」

「話したいこと? 分かった。ちょっと待ってね」

 僕は手っ取り早く帰りの身支度を整え、鞄の中に教科書を詰め込むと教室を後にした。三人は途中で、何か言葉を挟んできてはいた。いたが、それも最後まで続くことはなかった。どうやら、途中から後藤さんが手で、二人に何かを静止させているようであった。その後藤さんの視線は、常に吉良一美の方を向けていた。紙なら貫通させてしまうのではないか、と疑ってしまうほど鋭い眼光。だが、一美はそれを何ともないように、むしろそれが慣れているといった立ち振る舞いで、気にも止めていない。

「じゃあね、後藤さん。また、明日学校で」

 最後に、そう言葉を残して彼女は教室を後にした。

 下駄箱まで二人で並んで歩く。その間に特に会話は起きなかった。僕は、彼女に対してどのように声をかけたらいいのか分からなくなっていたのだ。後藤さんとの会話は、自分も少し高揚していたところがあるから、彼女につっかかかっていた。だが、冷静になるとダメだ。忘れていた。僕は、もとより女子との会話が苦手だった!

「さっきはどういう状況だったの?」

 上履きから、靴に履き替えた時。一美は僕に声をかけてくる。同様の行動を起こしているはずなのに、彼女からは全ての立ち振る舞いからオーラを感じるのはなぜだろう。僕とは全く異なる人生を歩んできてからだろうか。

「昼休みのことで・・ちょっと・・ね?」

「そう。で、結局付き合うことにしたの?」

「え・・? 一美も気になるの・・?」

「約束。朝したのにもう忘れた?」

 彼女から向けられた視線に、僕は歯向かうことができそうにはなかった。

 
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