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キリの村編 〜クーリエ 30歳〜
X-10話 思えばあの時から・・・
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俺は一度も立ち止まることなく壁をぐるりと囲むように螺旋状に盛られた土の階段を駆け降りた。時間が経過すると共に鼓動が早くなり、次第に胸に痛みが走る。その痛みが身体を襲うたびに、自分は怪我をした身でここまで無理をして、鞭を打ち続けてこの場にいるんだということを強く実感する。駆け降りながら今から対峙するであろう怪物のことについて思考を展開させる。
相手は昆虫の類の怪物。天恵は未だに不明だが、力を従来よりも数倍以上に高めていることだけは間違いない。姿形をキリの村で一度見ているとはいえ、辺りに光源が乏しかったこともあり、そのシルエットしか確認できていない。とどのつまり、相手の正体は今から初めて確認することになる。
はっきり言って勝敗は負けの方に傾いていると言わざるを得ない。ここは相手の主戦場である怪物の住処だ。相手に土地勘という部があり、こちらは下まで駆け降りてしまうとどのように立ち振る舞えばいいのかその場で考えることとなる。まして、俺が持っている天恵は得体の知れないところがある。
キリの村で見せた人智を越えた加速、そして家をも吹き飛ばしてしまうほどの力の放出。コルルが話していた天恵の派生というものが関与しているところは間違いないが、それがどのようにして作用しているのか俺は分からずあの場ではただ力を放ってしまった。それゆえに力のコントロールを行うことができず、ただ悪戯に家を壊した。しかも、あの時から今まで俺は一度もその力を行使していない。つまり、あの時と現状何も天恵に関しては変化がないということだ。
「はぁー、いつもぶっつけ本番だよな~。俺って男は」
目下に青白い光が今までよりも一段と強く漏れている場所を視界に捉える。そして、その光が何かを通して多方向に反射しており、どこからその光が放たれているのか分からない。だが、俺にはそれが何なのか瞬時に頭の中で閃く。
「湖の水から反射されている!!」
土の階段の一番下に足を踏み入れると途端にそこからは文字通り世界が違っていた。湖から漏れた水が洞窟の地面を薄く多い壁にむき出しに埋められている魔性石の光を乱反射させており、それが先ほどから見えていた光景の一端であったのだと改めて認識する。
縦長に広がっていた洞窟がいつの間にか横長の洞窟にへと変化し、首を回して辺りを確認しても洞窟の奥まで確認することができない。今まで通り過ぎていた複数の穴はこの場でも見て取れて、どの穴がコルルの父さんに繋がっているのかは全く判断することができなかった。
「父さんーー!! いたら返事してください!!!」
俺の声が虚しく洞窟の内を反響するが、その声に対して返答を行うものは誰もいない。靴に地面の水が侵入してきて、不快な感触が足元から脳まで伝達されるが構わず俺は何度も先程の言葉を繰り返した。返事はない、当然だ。ここまで辿り着くのにそれなりの時間がかかってしまった。本来怪物は人と勝負を行うと勝敗がついた瞬間には捕食するような生き物だ。俺がここにやってくるまで悠長に待ってくれるそんな道理が——。
「クーリエ君? 君が、そこに・・・いるのかい?」
「父さん!?」
辺りを一瞬にして見渡す。途方もない力の抜けた思考を巡らせていた先ほどとは打って変わり俺の目には正気が宿っていた。後方も左右も確認するがそこに人影は見えない。だが、一つ今まで何度も見送った横穴がそこに存在していた。今までのものと何ら遜色はない、至って普通の横穴であるかのように一目ではそう思えた。しかし、俺はその穴に近づきじっと観察する。すると・・・
「これは、怪物の体液か?穴から続く通路の内側にかすかに緑色の液体が点在してるぞ」
気づいた時には俺の身体はその穴に入っていた。少し前に卵を見つけたときに入った穴と通路の大きさはさして変わらない。ここにあの巨大な怪物が侵入できるのかと疑問が頭をよぎるが、最後の希望をそこにかけ一心不乱に前へと突き進む。しばらくすると、今までの狭い通路が嘘みたいに円形の少し大きめな部屋に繋がった。天井から糸のようなもので何かが3つほどぶら下げられている。そのどれもが人のようにも見て取れたが、どれもピクリとも動かず既に生命活動は停止しているようであった。
「父さん!!」
上にぶら下がるものから目を逸らし、少し進んだ先に探していた人は糸で鼻までグルグル巻きにされた状態でモジモジと地面をのたうち回っていた。その目はこちら側に必死に救出を求めているようで、瞬きをすることさえ忘れて眼が充血している。どうやら、口を糸でぐるぐる巻きされていることが起因して上手く話すことができないようで、ふーふーと糸の隙間から洗い息遣いだけが静寂に包まれたこの部屋に響いている。
あまりの恐怖だったんだろうと、俺は一気に彼の元までの距離を縮めて駆け寄る。そして、力を振り絞り彼にくくりつけられた糸を引きちぎろうとする。だが、思ったより以上にこの糸が頑丈で1度目の試行では顔付近までが露になる程度で手が糸から離れてしまう。もう一度と力を込めた瞬間、父さんの口から驚きの言葉が放たれた。
「はぁはぁ。私は、今回の狙いではない。君だ・・! 君をこの場に呼び込むことこそが今回の怪物の狙いだ」
あまりに突飛な話を告げられ、唖然とし俺は入れていた力が一気に抜けていく。俺を呼び込むことが怪物の狙い? 馬鹿なそんな高度の思考力を奴らが行えるはずがない。力が抜けるような笑みが口の隙間から溢れる。
「怖かったんですね、もう大丈夫ですよ。 今この糸を引きちぎってこんな薄暗い洞窟から脱出しましょう!」
俺は笑みを浮かべて父さんの方を向くと、再び彼を拘束する糸に対して力を込める。
「私はもう——助からない。それだけははっきりしている。だから、私のことはいいから自分のことだけを考えて行動してくれ。ま、まさかだと思うが、コルルはここには来ちゃいないよな?」
「当たり前ですよ、ついてくるって聞きませんでしたけど俺が何とかして帰らせました。それより、助からないなんて言わないでくださいよ。俺もここにくるまでに結構命懸けてるんですから」
「それを聞いてほっとしたよ。怪物の会話からは君の名前しか出てこなかったが、私の身に起きたことでコルルのやつが無茶をするんじゃないかと、気が気でなかったよ。なぁ、彼女にこれだけ伝えてくれないか。お前の好きなように生きろと。自由というものから遠ざけていた父のことは忘れて、空はどこまでも分け隔てなく広がっている。お前もそれと同じだと」
「弱気になっちゃダメです! あなたがここから生きて帰り直接その言葉を彼女に伝えないと!」
彼の目から一筋の涙がこぼれ落ち、それがまるで儚い命の雫を表しているように思えた。
「君に一つ助言だ。私の部屋、と言っても大破しているだろうから見分けがつきにくいだろうが、部屋のクローゼットに入っている木製の箱を村に帰るとまず一番に見つけなさい。箱には竜が描かれているからきっとすぐにわかるはずだ。何せ、それは」
彼の息遣いが再び荒くなる。だが、これは先ほどまでとは少し意向が異なり、恐怖ではなく悲しみから来るものだと直感的に分かった。
「君が、10歳の君が私にプレゼントしてくれたものだから。あの頃から大事に宝物として保存していたんだよ、こう見えてもね。でも今思えば、あの時からすで——」
ドゴォォォォォォ!!!!!!
天井が崩れる同時に上を見上げるとそこには黒く残虐な牙を光らせた怪物が襲いかかってきていた。地面に怪物が衝突するとたちまちその場に生じた強烈な衝撃波が俺の身体を襲い、気がつけば狭い通路の出口付近まで飛ばされる。上からはパラパラと砂が降り落ちてくる。天井を怪物が壊したことでこの洞窟は支えを失った積み木のように静かにその保たれたバランスを歪ませる。メキメキという音が様々な場所で支え合う力の限界を告げるベルとして鳴り響かせる。もはや一刻の猶予もなく、俺は彼をこの場から救い、怪物の相手をしながら脱出するしか道はない。だが、彼の姿がどこにも見えない。先ほどまで俺たちがいた場所を見るが崩れゆく洞窟が幾度も視界を遮る。彼の身体には依然として糸がくくりつけられていた。あの瞬間に咄嗟の回避をするのは不可能に近かったと言える。右手に握られた糸の残骸を忌々しく強く握りつぶす。
「父さーん!! 大丈夫ですか!!」
彼の名を呼ぶが返事は返ってこなかった。だが、返事とはまた少し異なるが俺の顔に一滴の謎の水が飛んできて、思わず目を閉じらせる。
「な、何だ?」
手でその水滴を拭き取り、何が飛んできたのか確認する。その瞬間、俺は思わず腰を抜かし地面に尻をつけてしまった。その水の色は赤色。怪物の体液は緑色だったため、やつのものではないのも確かだ。では、この場において赤色の水を流しているのは誰か。俺ではない。身体に目立った外傷はない。
これは、彼の血液以外のないものでもなかった——。
相手は昆虫の類の怪物。天恵は未だに不明だが、力を従来よりも数倍以上に高めていることだけは間違いない。姿形をキリの村で一度見ているとはいえ、辺りに光源が乏しかったこともあり、そのシルエットしか確認できていない。とどのつまり、相手の正体は今から初めて確認することになる。
はっきり言って勝敗は負けの方に傾いていると言わざるを得ない。ここは相手の主戦場である怪物の住処だ。相手に土地勘という部があり、こちらは下まで駆け降りてしまうとどのように立ち振る舞えばいいのかその場で考えることとなる。まして、俺が持っている天恵は得体の知れないところがある。
キリの村で見せた人智を越えた加速、そして家をも吹き飛ばしてしまうほどの力の放出。コルルが話していた天恵の派生というものが関与しているところは間違いないが、それがどのようにして作用しているのか俺は分からずあの場ではただ力を放ってしまった。それゆえに力のコントロールを行うことができず、ただ悪戯に家を壊した。しかも、あの時から今まで俺は一度もその力を行使していない。つまり、あの時と現状何も天恵に関しては変化がないということだ。
「はぁー、いつもぶっつけ本番だよな~。俺って男は」
目下に青白い光が今までよりも一段と強く漏れている場所を視界に捉える。そして、その光が何かを通して多方向に反射しており、どこからその光が放たれているのか分からない。だが、俺にはそれが何なのか瞬時に頭の中で閃く。
「湖の水から反射されている!!」
土の階段の一番下に足を踏み入れると途端にそこからは文字通り世界が違っていた。湖から漏れた水が洞窟の地面を薄く多い壁にむき出しに埋められている魔性石の光を乱反射させており、それが先ほどから見えていた光景の一端であったのだと改めて認識する。
縦長に広がっていた洞窟がいつの間にか横長の洞窟にへと変化し、首を回して辺りを確認しても洞窟の奥まで確認することができない。今まで通り過ぎていた複数の穴はこの場でも見て取れて、どの穴がコルルの父さんに繋がっているのかは全く判断することができなかった。
「父さんーー!! いたら返事してください!!!」
俺の声が虚しく洞窟の内を反響するが、その声に対して返答を行うものは誰もいない。靴に地面の水が侵入してきて、不快な感触が足元から脳まで伝達されるが構わず俺は何度も先程の言葉を繰り返した。返事はない、当然だ。ここまで辿り着くのにそれなりの時間がかかってしまった。本来怪物は人と勝負を行うと勝敗がついた瞬間には捕食するような生き物だ。俺がここにやってくるまで悠長に待ってくれるそんな道理が——。
「クーリエ君? 君が、そこに・・・いるのかい?」
「父さん!?」
辺りを一瞬にして見渡す。途方もない力の抜けた思考を巡らせていた先ほどとは打って変わり俺の目には正気が宿っていた。後方も左右も確認するがそこに人影は見えない。だが、一つ今まで何度も見送った横穴がそこに存在していた。今までのものと何ら遜色はない、至って普通の横穴であるかのように一目ではそう思えた。しかし、俺はその穴に近づきじっと観察する。すると・・・
「これは、怪物の体液か?穴から続く通路の内側にかすかに緑色の液体が点在してるぞ」
気づいた時には俺の身体はその穴に入っていた。少し前に卵を見つけたときに入った穴と通路の大きさはさして変わらない。ここにあの巨大な怪物が侵入できるのかと疑問が頭をよぎるが、最後の希望をそこにかけ一心不乱に前へと突き進む。しばらくすると、今までの狭い通路が嘘みたいに円形の少し大きめな部屋に繋がった。天井から糸のようなもので何かが3つほどぶら下げられている。そのどれもが人のようにも見て取れたが、どれもピクリとも動かず既に生命活動は停止しているようであった。
「父さん!!」
上にぶら下がるものから目を逸らし、少し進んだ先に探していた人は糸で鼻までグルグル巻きにされた状態でモジモジと地面をのたうち回っていた。その目はこちら側に必死に救出を求めているようで、瞬きをすることさえ忘れて眼が充血している。どうやら、口を糸でぐるぐる巻きされていることが起因して上手く話すことができないようで、ふーふーと糸の隙間から洗い息遣いだけが静寂に包まれたこの部屋に響いている。
あまりの恐怖だったんだろうと、俺は一気に彼の元までの距離を縮めて駆け寄る。そして、力を振り絞り彼にくくりつけられた糸を引きちぎろうとする。だが、思ったより以上にこの糸が頑丈で1度目の試行では顔付近までが露になる程度で手が糸から離れてしまう。もう一度と力を込めた瞬間、父さんの口から驚きの言葉が放たれた。
「はぁはぁ。私は、今回の狙いではない。君だ・・! 君をこの場に呼び込むことこそが今回の怪物の狙いだ」
あまりに突飛な話を告げられ、唖然とし俺は入れていた力が一気に抜けていく。俺を呼び込むことが怪物の狙い? 馬鹿なそんな高度の思考力を奴らが行えるはずがない。力が抜けるような笑みが口の隙間から溢れる。
「怖かったんですね、もう大丈夫ですよ。 今この糸を引きちぎってこんな薄暗い洞窟から脱出しましょう!」
俺は笑みを浮かべて父さんの方を向くと、再び彼を拘束する糸に対して力を込める。
「私はもう——助からない。それだけははっきりしている。だから、私のことはいいから自分のことだけを考えて行動してくれ。ま、まさかだと思うが、コルルはここには来ちゃいないよな?」
「当たり前ですよ、ついてくるって聞きませんでしたけど俺が何とかして帰らせました。それより、助からないなんて言わないでくださいよ。俺もここにくるまでに結構命懸けてるんですから」
「それを聞いてほっとしたよ。怪物の会話からは君の名前しか出てこなかったが、私の身に起きたことでコルルのやつが無茶をするんじゃないかと、気が気でなかったよ。なぁ、彼女にこれだけ伝えてくれないか。お前の好きなように生きろと。自由というものから遠ざけていた父のことは忘れて、空はどこまでも分け隔てなく広がっている。お前もそれと同じだと」
「弱気になっちゃダメです! あなたがここから生きて帰り直接その言葉を彼女に伝えないと!」
彼の目から一筋の涙がこぼれ落ち、それがまるで儚い命の雫を表しているように思えた。
「君に一つ助言だ。私の部屋、と言っても大破しているだろうから見分けがつきにくいだろうが、部屋のクローゼットに入っている木製の箱を村に帰るとまず一番に見つけなさい。箱には竜が描かれているからきっとすぐにわかるはずだ。何せ、それは」
彼の息遣いが再び荒くなる。だが、これは先ほどまでとは少し意向が異なり、恐怖ではなく悲しみから来るものだと直感的に分かった。
「君が、10歳の君が私にプレゼントしてくれたものだから。あの頃から大事に宝物として保存していたんだよ、こう見えてもね。でも今思えば、あの時からすで——」
ドゴォォォォォォ!!!!!!
天井が崩れる同時に上を見上げるとそこには黒く残虐な牙を光らせた怪物が襲いかかってきていた。地面に怪物が衝突するとたちまちその場に生じた強烈な衝撃波が俺の身体を襲い、気がつけば狭い通路の出口付近まで飛ばされる。上からはパラパラと砂が降り落ちてくる。天井を怪物が壊したことでこの洞窟は支えを失った積み木のように静かにその保たれたバランスを歪ませる。メキメキという音が様々な場所で支え合う力の限界を告げるベルとして鳴り響かせる。もはや一刻の猶予もなく、俺は彼をこの場から救い、怪物の相手をしながら脱出するしか道はない。だが、彼の姿がどこにも見えない。先ほどまで俺たちがいた場所を見るが崩れゆく洞窟が幾度も視界を遮る。彼の身体には依然として糸がくくりつけられていた。あの瞬間に咄嗟の回避をするのは不可能に近かったと言える。右手に握られた糸の残骸を忌々しく強く握りつぶす。
「父さーん!! 大丈夫ですか!!」
彼の名を呼ぶが返事は返ってこなかった。だが、返事とはまた少し異なるが俺の顔に一滴の謎の水が飛んできて、思わず目を閉じらせる。
「な、何だ?」
手でその水滴を拭き取り、何が飛んできたのか確認する。その瞬間、俺は思わず腰を抜かし地面に尻をつけてしまった。その水の色は赤色。怪物の体液は緑色だったため、やつのものではないのも確かだ。では、この場において赤色の水を流しているのは誰か。俺ではない。身体に目立った外傷はない。
これは、彼の血液以外のないものでもなかった——。
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