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キリの村編 〜クーリエ 30歳〜
X-8話 曖昧な記憶に誰でも分かる現実
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「天恵は——派生する? つまり、天恵っていうのは一つの能力だけではなくて、そこを起点として色々な方面にその力を伸ばすことができる、つまりそういうことを言ってるのか?」
「そうだけど・・・。 なに、クーリエさんは冒険者でありながらそんなことまで知らなかったの? これ、ある程度自分の天恵と向き合っていると自然と分かりそうなものなんだけど」
「それは、俺が——」
今の今まで天恵を引き継いでいなかったからだ。その言葉がどうしてもつながらなかった。言葉をおかしなところで区切ったせいで、2人の間に奇妙な間が生まれる。コルルが俺の顔から一向に視線を逸らそうとしない。ただ、じっと俺の目を見つめて次につながる言葉を待っている。
「ま、まぁ。今は、とにかく君の父さんを助けることを優先しよう。こうして話している時間に、怪物が攻撃を行おうとしているかもしれないし」
心苦しいとばかりに盛大に喉を鳴らして、天恵の話題を一気に断ち切った。あからさまに不服そうな顔をする。それも当然、コルルの疑問は最初に会った時から一向に解決する気配を見せない、いや見せていないのだから。俺は、頑なに彼女と同じ食卓を囲む時間でさえも天恵の話は避け続けてきた。彼女の中にフラストレーションが溜まっていることは間違い無いだろう。
しかし、彼女も置かれている現状を考慮して今は尋問を始めるより洞窟に侵入することを急いだほうがいいと判断してくれたみたいだ。一つ可愛らしいため息をわざとらしくつくと湖に依然として浮かびっぱなしの俺に手を差し出してきた。
「何だ? 掴めばいいのかい?」
何も返答してくれずただ差し出された手を早く掴めと言わんばかりに上下に小さく揺らす。俺は今から何をされるのか分かりもしなかったが、とにかくこれ以上彼女の気分を害さないようにその白くて小さい柔らかそうな手を右手で覆い隠す。
「柔ら——かーーーーー!!!!」
言い終わる前に俺の身体は一瞬の間に水中へと引き摺り込まれる。不意をつかれたこともあり、身体中の穴という穴から水が体内に侵入してくる。何とも言えない不快感だが、それ以上に今何が起こっているのかが分からない。辺りを見渡すと、上から降り注がれる月明かりが段々と遠のき、次第に暗闇にへと変わっていく。コポコポと本来なら下から上に移動する気泡だが、俺には全く逆の動きをしているように見える。それもそのはずだ、コルルに連れられて俺は今超高速で湖の中を水底に向かって移動していた。
「はぁ! あれ、息ができる?」
奇妙なことだが水中にいるにもかかわらず、俺は咄嗟に地上にいるかのように呼吸をしてしまったが口内に大量の水が侵入してくることはなかった。それどころか、しっかりと酸素を供給できている。よく自分の体を見てみると服まで——既に濡れてはいるが、それ以上に濡れている様子はなく、ピタピタと水分を含む服から溢れる水滴が下にへとこぼれ落ちていた。
「これが天恵の応用よ!」
コルルはそういうと勢いよく下に向かっていたところを、突如90度進行方向を変更させた。急な方向展開に加え、この速度だ。俺の体は真っ正面から強大な重力がまともに受け、表情がどのような感情を表しているのか分からないほどに顔が見えない自然の力に引っ張られているのかが分かる。今更だが、コルルが前方にいてくれてよかった。こんな顔を見られてしまうと、今後どのように彼女と接すればいいのか、無い頭でまた考える必要が出てくる。
「とうちゃ~~~く!! はい、あっという間の水中旅行でした」
水中から地上に移動する際に生じる水飛沫の音が遅れて2人の耳を振動させた。それほどまでの移動で湖の中を移動していたのかと、俺はまだ振動で水紋が立っている場所を見つめて今更だが身体を震わせる。俺に向かって前で大きく伸びをしている彼女は何ともなさそうだが。もしかしたら、このような軽い冒険みたいなことを幼い頃からよくやってきていたのかもしれないな、とこの場において心底どうでもいいことを考えてしまう頭を大きく振り、思考を再び冒険者のものに切り替える。
だが、多少の恐怖はあったものの、彼女の力がかなりの時間の短縮になったことは間違いない。本来ならこの深さまで独力で潜る、また抜け道を探すというアクションが必要だったが、彼女の持つ天恵とその応用力でここまで1番の近道で来ることができた。この場から立ち去らせようと躍起になっていたのが恥ずかしくなる、結局のところ俺がしたことはただの時間ロスでしかなかった。
「た、助かったよ。ありがとう、君がいなければここまで来ることはかなり難しかっただろう。でも、この先には連れていけない。本当に危険だから」
言いながら、右手で通路が伸びている洞窟の奥を指差す。その動きに倣って彼女もそれに対して首を動かした。そこには狭い、横に2人は並んで歩けないほどの通路が暗闇でどれほどの長さがあるのか分からないが恐らくどこかの部屋につながるまで続いている。
光源はほとんどないと言っても過言ではなかったが、幸いなことに、魔性石と呼ばれる半永久的に青く発光する、怪物の主食として好んで食される鉱石が洞窟の壁側に剥き出しの状態で埋め込まれており、ある程度の視界は確保できていた。怪物の姿は確認することはこの場では叶わないが、怪物の咆哮も、魔性石を食べている音も聞こえてこないのでとりあえず近くにはいないことだけは把握できた。
「ここまで連れてきてもらったこと本当に感謝している。だが、これ以上君に怪我を負わせる可能性が極めて高いところに連れていくことを許可することはできない。そうじゃないと、君の父さんを助けた時に俺が怒られてしまう。いいね」
コルルの両肩を力強く掴み、自分の方に振り向かせる。放つ言葉には冒険者としてこれまで数多くの同胞たちの悲痛な叫びを知っているからこそ生まれる説得力が込められていた。戦場では常に弱者から命を落とす。この場において、1番の弱者はコルルであると俺は強く認識していた。だが、この場でそれを伝えると逆に反発し、同行すると駄々を捏ねることはコルルの性格からは容易に想像することができたので、あえて喉元まで出かかったその言葉を唾液と共に飲み込んだ。
「え、えぇ、分かったわよ、帰ればいいんでしょ!帰れば!!」
そう言うや否や、前に見た時と同様彼女の脚が青白く光ると同時に先ほどまで彼女が立っていた場所に軽い砂埃を起こすと、次の瞬間には俺の視界からその姿は消えていた。落ち着きを取り戻し始めていた水面は再び大きく揺れ動き、その振動を隣の水面に伝播させていき、洞窟の壁にぶつかると逆にその反動から生じた振動をまた同様に伝播させる。
その光景をじっと眺め、忘れかけていた胸の痛みを思い出す。誰かを救うために強く接するという行為には強い意思を持つことを求められる。弱い意志ではその人の判断を否定するという罪悪感に耐えることが難しいからだ。この痛みを俺はどこかでも味わったような、曖昧な記憶が頭の中で再生される。
「なんでそんなことを言うんですか!! 私の気持ちはどうでもいいと、そう言うことですか! 遠回しな表現は美徳とは言えませんよ、それはクーリエだけが傷つかないだけで、言われる人はストレートに伝えられるより心にダメージがあるんですから!!」
女性の声。ひどく俺に向かって感情を露わにしているが、顔まではっきりと思い出すことができない。これはいつの出来事だっただろうか。5年ほど前かもしれないし、もしかしたら最後の冒険となったあの洞窟での出来事だったかもしれない。
「馬鹿野郎、集中しろよ、俺! 今から怪物たちの住処に入るっていうのによ」
頭を右手で強く平手打ちをして、雑念まみれの頭をリセットさせる。そして、ふぅーと雑念まじりの息を吐くと、通路のその先にへと足を進め出した。不思議と恐怖感はなかった。理由は分からない、もしかしたら感情がハイになって冷静な分析ができていないだけかもしれない。だが、頭には根拠のない自信だけが満ち溢れていた。そう、俺ならやれる、という謎の自信が。
そのため気づく余地もなかった。キリの村で戦った自分よりも遥かに大きい怪物がこの通路を通れるはずがないという誰でも分かる現実を。ここは、あくまで広範囲に広がる洞窟の入り口の一つに過ぎないということを。
「そうだけど・・・。 なに、クーリエさんは冒険者でありながらそんなことまで知らなかったの? これ、ある程度自分の天恵と向き合っていると自然と分かりそうなものなんだけど」
「それは、俺が——」
今の今まで天恵を引き継いでいなかったからだ。その言葉がどうしてもつながらなかった。言葉をおかしなところで区切ったせいで、2人の間に奇妙な間が生まれる。コルルが俺の顔から一向に視線を逸らそうとしない。ただ、じっと俺の目を見つめて次につながる言葉を待っている。
「ま、まぁ。今は、とにかく君の父さんを助けることを優先しよう。こうして話している時間に、怪物が攻撃を行おうとしているかもしれないし」
心苦しいとばかりに盛大に喉を鳴らして、天恵の話題を一気に断ち切った。あからさまに不服そうな顔をする。それも当然、コルルの疑問は最初に会った時から一向に解決する気配を見せない、いや見せていないのだから。俺は、頑なに彼女と同じ食卓を囲む時間でさえも天恵の話は避け続けてきた。彼女の中にフラストレーションが溜まっていることは間違い無いだろう。
しかし、彼女も置かれている現状を考慮して今は尋問を始めるより洞窟に侵入することを急いだほうがいいと判断してくれたみたいだ。一つ可愛らしいため息をわざとらしくつくと湖に依然として浮かびっぱなしの俺に手を差し出してきた。
「何だ? 掴めばいいのかい?」
何も返答してくれずただ差し出された手を早く掴めと言わんばかりに上下に小さく揺らす。俺は今から何をされるのか分かりもしなかったが、とにかくこれ以上彼女の気分を害さないようにその白くて小さい柔らかそうな手を右手で覆い隠す。
「柔ら——かーーーーー!!!!」
言い終わる前に俺の身体は一瞬の間に水中へと引き摺り込まれる。不意をつかれたこともあり、身体中の穴という穴から水が体内に侵入してくる。何とも言えない不快感だが、それ以上に今何が起こっているのかが分からない。辺りを見渡すと、上から降り注がれる月明かりが段々と遠のき、次第に暗闇にへと変わっていく。コポコポと本来なら下から上に移動する気泡だが、俺には全く逆の動きをしているように見える。それもそのはずだ、コルルに連れられて俺は今超高速で湖の中を水底に向かって移動していた。
「はぁ! あれ、息ができる?」
奇妙なことだが水中にいるにもかかわらず、俺は咄嗟に地上にいるかのように呼吸をしてしまったが口内に大量の水が侵入してくることはなかった。それどころか、しっかりと酸素を供給できている。よく自分の体を見てみると服まで——既に濡れてはいるが、それ以上に濡れている様子はなく、ピタピタと水分を含む服から溢れる水滴が下にへとこぼれ落ちていた。
「これが天恵の応用よ!」
コルルはそういうと勢いよく下に向かっていたところを、突如90度進行方向を変更させた。急な方向展開に加え、この速度だ。俺の体は真っ正面から強大な重力がまともに受け、表情がどのような感情を表しているのか分からないほどに顔が見えない自然の力に引っ張られているのかが分かる。今更だが、コルルが前方にいてくれてよかった。こんな顔を見られてしまうと、今後どのように彼女と接すればいいのか、無い頭でまた考える必要が出てくる。
「とうちゃ~~~く!! はい、あっという間の水中旅行でした」
水中から地上に移動する際に生じる水飛沫の音が遅れて2人の耳を振動させた。それほどまでの移動で湖の中を移動していたのかと、俺はまだ振動で水紋が立っている場所を見つめて今更だが身体を震わせる。俺に向かって前で大きく伸びをしている彼女は何ともなさそうだが。もしかしたら、このような軽い冒険みたいなことを幼い頃からよくやってきていたのかもしれないな、とこの場において心底どうでもいいことを考えてしまう頭を大きく振り、思考を再び冒険者のものに切り替える。
だが、多少の恐怖はあったものの、彼女の力がかなりの時間の短縮になったことは間違いない。本来ならこの深さまで独力で潜る、また抜け道を探すというアクションが必要だったが、彼女の持つ天恵とその応用力でここまで1番の近道で来ることができた。この場から立ち去らせようと躍起になっていたのが恥ずかしくなる、結局のところ俺がしたことはただの時間ロスでしかなかった。
「た、助かったよ。ありがとう、君がいなければここまで来ることはかなり難しかっただろう。でも、この先には連れていけない。本当に危険だから」
言いながら、右手で通路が伸びている洞窟の奥を指差す。その動きに倣って彼女もそれに対して首を動かした。そこには狭い、横に2人は並んで歩けないほどの通路が暗闇でどれほどの長さがあるのか分からないが恐らくどこかの部屋につながるまで続いている。
光源はほとんどないと言っても過言ではなかったが、幸いなことに、魔性石と呼ばれる半永久的に青く発光する、怪物の主食として好んで食される鉱石が洞窟の壁側に剥き出しの状態で埋め込まれており、ある程度の視界は確保できていた。怪物の姿は確認することはこの場では叶わないが、怪物の咆哮も、魔性石を食べている音も聞こえてこないのでとりあえず近くにはいないことだけは把握できた。
「ここまで連れてきてもらったこと本当に感謝している。だが、これ以上君に怪我を負わせる可能性が極めて高いところに連れていくことを許可することはできない。そうじゃないと、君の父さんを助けた時に俺が怒られてしまう。いいね」
コルルの両肩を力強く掴み、自分の方に振り向かせる。放つ言葉には冒険者としてこれまで数多くの同胞たちの悲痛な叫びを知っているからこそ生まれる説得力が込められていた。戦場では常に弱者から命を落とす。この場において、1番の弱者はコルルであると俺は強く認識していた。だが、この場でそれを伝えると逆に反発し、同行すると駄々を捏ねることはコルルの性格からは容易に想像することができたので、あえて喉元まで出かかったその言葉を唾液と共に飲み込んだ。
「え、えぇ、分かったわよ、帰ればいいんでしょ!帰れば!!」
そう言うや否や、前に見た時と同様彼女の脚が青白く光ると同時に先ほどまで彼女が立っていた場所に軽い砂埃を起こすと、次の瞬間には俺の視界からその姿は消えていた。落ち着きを取り戻し始めていた水面は再び大きく揺れ動き、その振動を隣の水面に伝播させていき、洞窟の壁にぶつかると逆にその反動から生じた振動をまた同様に伝播させる。
その光景をじっと眺め、忘れかけていた胸の痛みを思い出す。誰かを救うために強く接するという行為には強い意思を持つことを求められる。弱い意志ではその人の判断を否定するという罪悪感に耐えることが難しいからだ。この痛みを俺はどこかでも味わったような、曖昧な記憶が頭の中で再生される。
「なんでそんなことを言うんですか!! 私の気持ちはどうでもいいと、そう言うことですか! 遠回しな表現は美徳とは言えませんよ、それはクーリエだけが傷つかないだけで、言われる人はストレートに伝えられるより心にダメージがあるんですから!!」
女性の声。ひどく俺に向かって感情を露わにしているが、顔まではっきりと思い出すことができない。これはいつの出来事だっただろうか。5年ほど前かもしれないし、もしかしたら最後の冒険となったあの洞窟での出来事だったかもしれない。
「馬鹿野郎、集中しろよ、俺! 今から怪物たちの住処に入るっていうのによ」
頭を右手で強く平手打ちをして、雑念まみれの頭をリセットさせる。そして、ふぅーと雑念まじりの息を吐くと、通路のその先にへと足を進め出した。不思議と恐怖感はなかった。理由は分からない、もしかしたら感情がハイになって冷静な分析ができていないだけかもしれない。だが、頭には根拠のない自信だけが満ち溢れていた。そう、俺ならやれる、という謎の自信が。
そのため気づく余地もなかった。キリの村で戦った自分よりも遥かに大きい怪物がこの通路を通れるはずがないという誰でも分かる現実を。ここは、あくまで広範囲に広がる洞窟の入り口の一つに過ぎないということを。
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