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キリの村編 〜クーリエ 30歳〜
X-1話 天国ってここですか?
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「しくった。。。ここまできて隠し武器かよ——!」
目の前の視界が一気に暗闇に染められていく。歩くたびに地面を震わせながら、一目の巨体怪物の右手に握られた大剣が、見た目からは想像も出来ないほど器用にかつ流暢に振り回される。凄まじい速度で振り下ろされる剣速によってフロアの壁をぐるりと一周するように設置された青いろうそくの火が激しく揺れ動き、所々に影を作る。そして、そのまま一歩また一歩と俺——クーリエとの開いた距離を縮めてくる。その距離は、さながら自分の命が尽きゆくまでのタイムリミット。それが詰められてしまえば命の保証はない。
恐怖心が腹の底から込み上げてくる。咄嗟に首を後ろに回したのはまさにそれがさせた所業だろう。反射と言わんばかりに、その時間を1秒でも引き伸ばそうと今いる場所から遠ざかるため足に力を込める。そして、そのまま後方へと下がろうとするが情けない。すでに相手によって打ちのめされた身体ではその場から1ミリほどしか動かすことが叶わなかった。
足が言うことを聞かない——。最後の望みも途絶え頭の中で先ほどまで強く固執していた生への執着がプツンと消えた音が聞こえた。いや、実際にはそんな音はするはずがないので恐らく気のせいだと思うが確かに聞こえたような気がした。その勘違いの理由もすぐに白日の元に晒される。ついに怪物の大剣が俺の命の間合いに侵入したのだ。怪物の口から放たれる荒れた呼吸音が格段と大きくなり、鼓膜をビリビリと震わせる。
改めて自分の身体を人生最後の時間を使ってじっくりと見て回る。今まで何体もの怪物を引き裂いてきた愛剣をまるで身体の一部かのように扱ってきた右手は、その役目を果たしたと言わんばかりに空を握り、怪物の血ではない自分から溢れ出る赤い血液で真っ赤に染まっている。他のどの箇所を見渡してみてもキズしか刻まれておらず、その上を覆うように流れる血液もこれが最後だと思うとどこか愛しく思えた。
地下深くにあり上を見上げても岩しかないにも関わらず、赤い身体の表面に白く気泡を含ませた液体がドパァと音を立てながら降りかかる。上に視線をやると、怪物の興奮度がマックスまでに昂り大剣を振りかぶっている。大きくあげた口からこぼれ落ちた唾液だと言うことが分かったが、それを払い除けようとも思わなかった。
ただ、じっと最後の時を待った。
激しい雄叫びがフロアを響きわたる、あと数秒の命であることは間違いなかった。ゴオォという音をたてながら大剣が振り下ろされる。命を捨てる覚悟を決めたって言うのに、走馬灯と呼ばれるものが俺の頭の中で強制的に再生される。幼少期、冒険者になりたくて必死に勉強と鍛錬を積んだ日々から物語が始まる。そして人が生まれた瞬間に必ず一つ宿すとされる人知を超えた能力、天恵を発現することができず周りから疎まれたこと。振り返ってみるといい記憶は一つもなかった。しかし、なぜ自分の天恵は発現しなかったのだろうか。田舎の教会の牧師さんには最後まで俺の面倒を見てくれたが最後まで分からずじまいで、お手上げと言われてしまった日からもう久しく会っていない。
でも、もういい。それも全、ピコンーデバフを確認しました、て、今、おわ——。
赤い鮮血が一目の怪物の手によって誰もいないフロアに撒き散らされた。
『天恵の発動条件を満たしました。実行を開始します』
頭の中で鳴り響く言葉の羅列を認識することはできなかった。ただ、斬撃が身体を切り裂いた瞬間に俺の意識ははるか遠くにまで飛ばされていた。今更だが、もう少しこの事態の重みというものをしっかりと考えるべきだったと思う。これが原因で俺は、世界でただ1人時間の流れとは逆に生きることになるのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
再び開かぬはずの瞼がゆっくりと開かれる。眩しい。最期にいたあのフロアでは太陽の光とは全く無縁の世界であったため目がまだこの光度に適応していない。しばし時が流れたあと、ようやく目が慣れ始めるが、自分の所在地が理解できずはぁと大きなため息がこぼれた。ただ、一つ分かっていたこともあった。
「あぁ、そうか。俺死んだんだったな、あの化け物の一撃で」
と言うことは、ここは天国と言われる世界に分類されるのだろうか。その割には何故か丁重にベットの上で寝転がされている上に、身体にはこれでもかというほど白い包帯が巻き付けられている。辺りを見渡すとどうやらここは何かの木造一室のようにも見て取れるが、お世辞なしで表現するとちょっと綺麗な倉庫または物置部屋がいいところだろう。この中にあるのは窓がいくつかと、固く閉ざされているように見える扉くらいだ。
どうせ天国なら健康体の身体で再現してくれればいいものを。恵まれぬ環境に愚痴をこぼしながら、ベットから起きあがろうと思い切り身体に力を入れる。ここは天国だ、痛みとも無縁の世界だろう。
「いっっっった!!! なんだよ、死者にとっても激痛は感じるって言いテェのかよ!!!」
想像を超える痛みだった。それは説明のしようもないほどの激痛としか言い表せない。例えるなら、全身骨折した身体に落雷がクリティカルヒットしたようなそんな痛み。つまり、言いたいのは言葉では言い表せず、経験したこともないほどの大怪我と痛みを同時に味わっていると言うことだ。
「やけにこんな場所でうるさいわねって。あ、あなたやっと目覚めたのね!」
激痛に身を悶えさせながら、目を瞑り、じっと痛みに耐え忍んでいるとどこからともなく軽やかな声が聞こえてくる。今まで閉ざされていた木製の扉が一気に開放され、途端に入り込む光に俺は反射的にそれを遮ろうと手で顔を隠す。天使の登場演出か何かだろうか、それにしてはずいぶん安っぽいが。パタパタとこちら側に駆け寄ってくる足音が次第に近くなり、そしてある程度音がはっきりと捉えられるようになるとその瞬間ピタッと音は止まった。
「良かった~。あの時地下への入り口の階段付近であんたを見かけた時は心臓が飛び出すかと思ったわ。人間ってあんなに血を流して怪我を負えるものなのね。言葉は悪いけど絶対助からないって思ったもの。それなのに、あれよあれよの1週間でここまでの回復力を見せるなんて。。きっと天恵は回復力強化とか治癒力系の能力なのね!」
足音が鳴り止むと同時に一気に捲まくし立てられ、ちょっとした目眩を覚える。光と同時に相手の顔さえ遮る手をゆっくりとおろし、相手をようやく視界に納める。そこには羽が生えていたり、頭の上にリングを浮かべているような天使ではなく、見窄みすぼらしい服装で身を包んだ女性が立っていた。
歳はそこまでいってはいないように見えるが、俺と比べると幾分か若いだろう。肌の潤い感が全然俺の周りの同年代の人とは違う、それに油ののり方も。身長も寝転んでいるからそう見えるだけかもしれないが女性の中では高身長と言われるほどはあるように見て取れる。加えて、かなりスタイルがいい部類に属すると思う。それなのに、小顔であり顔のパーツも整っている、加えて地毛だろうか淡色の髪の毛がよく似合っている。強いていうなら、身体の強調性が少し物足りないくらいか・・・。
だが、俗にいう美人というものに俺は意図せず遭遇してしまったらしい。さすが天国、多少服装はあれだが腐っても天使ってか。こんなレベルの人でもここまでの美人揃いって地上との格差を早速見せつけてくるじゃないか。だが、その割には怪我している俺を見かけたとかやけに俺たち側の世界の状況を知っているような口ぶりで話していたが。
「あー、まずは助けてもらって感謝するよ、ありがとう。ところで、ここは一体どこなんだろうか?少し目覚めたばかりで記憶が曖昧で」
答えなんて分かりきってる、そう、ここはてん——。
「お礼なんていいのよ!困った時はお互い様ってことで。ここがどこかって聞いたわよね。教えてあげましょう、ここはシントーイン地方の南に位置するキリっていう、辺り一面山に囲まれた小さな村よ。ねぇ、ねぇところで私の推理当たってた?天恵の能力!」
「キ、キリだって!!?? 冗談じゃないのか? ここは天国だろ? そうに決まってる、だから俺なんかが君みたいな美人に出会えた。いくらそんな汚い服を着た天使だからって死者を揶揄うからかなんて趣味が悪いとしか言えませんよ」
「ちょ! やめてよ、初対面の人に美人なんて言われても特に、な、なんか思ったり、とかしないんだから! それにこの私が冗談を言っているように見えるかしら?ここは正真正銘キリの村よ」
そう言って彼女は開けた扉の先を顎をクイっと動かしながら見るように促す。そこには慣れ親しんだ緑溢れる——緑しか取り柄がないのだが——景色が広がっていた。
あまりの驚きで思わず身体を動かしてしまい、再び目が眩むほどの痛みに襲われる。しかし、どういうことだ? あの状況から生きていたのか。まさか、ありえない。怪物は人間の命を奪うために生まれている生物だ。目の前の弱っている、ましてや先ほどまで戦っていた相手に恩赦をかけるような奴らではない。加えるならば、俺が実際に戦っていた場所はこの場所から遠く離れた地から侵入し、冒険をしていた場所だ。誰かのワープ能力を持つ天恵を用いなければこんな場所に来れるはずがない。
それに、キリの村といえば俺が幼い頃少しの間だけだったが過ごした思い出のある村でもある。ここには、俺の走馬灯の中でも見た牧師が暮らしてもいた。死の直前に会わなかったことに後悔していたから神様とやらが気をきかせてくれたとでも言うのか。まさか、そんな奇跡みたいなことが連続して起きるわけがない。全ての事象に対して否定の考えしか出てこず、何かのきっかけにでもなればと彼女の方を見つめる。
「き、君の天恵はワープ系だったりするのかい?」
彼女に聞くと、胸の前で両手を使い大きなバツを作る。なるほど、余計にわからなくなった。
「私が質問しているのに、逆に推理してくるとは礼儀のない人ねー。でも、答えてあげるわ、私って優しいし美人だから。残念ながら、そんな誰もが羨むような天恵は私には宿っていません。ただ人より瞬発的になら早く行動することが可能ってだけの、インパクトに欠ける天恵です」
「な、なら一体誰が俺をここまで飛ばしたんだ...?」
「ねぇ。そろそろ私の質問に答えてよ、あなたの天恵はなんなの?回復?治癒力?」
長考に入ろうと頭を下げようとするが、その隙間に顔を滑り込ませてくる。あまりの顔同士の至近距離に身をのけぞらせる。迂闊にも年下だと思われる女性にドキッとしてしまった自分を心のどこかで恥ずかしいと感じた。今まで女性経験といったそちら方面の出会いがなかったもので、ないときは諦めて腹を括っていたが、いざこのような場に遭遇すると恥ずかしさを覚えてしまう。今までの孤独に色染められた生活を少し恨んでしまう。
「あ、あぁ。答えを先延ばしにして申し訳ない。目覚めたばかりだから考えたいことが山積みでね。それに、俺の天恵を聞いても何も面白いことはないと思うぞ」
「えー、何よそれ! もったいぶらないで早く教えてよ、これで私の探偵としての観察眼と推理力が認められたらこんな狭くて汚い家からおさらばできるんだから!」
「ハズレじゃよ、ミス・コルル。彼の身体には天恵は宿してはおらん」
目の前の視界が一気に暗闇に染められていく。歩くたびに地面を震わせながら、一目の巨体怪物の右手に握られた大剣が、見た目からは想像も出来ないほど器用にかつ流暢に振り回される。凄まじい速度で振り下ろされる剣速によってフロアの壁をぐるりと一周するように設置された青いろうそくの火が激しく揺れ動き、所々に影を作る。そして、そのまま一歩また一歩と俺——クーリエとの開いた距離を縮めてくる。その距離は、さながら自分の命が尽きゆくまでのタイムリミット。それが詰められてしまえば命の保証はない。
恐怖心が腹の底から込み上げてくる。咄嗟に首を後ろに回したのはまさにそれがさせた所業だろう。反射と言わんばかりに、その時間を1秒でも引き伸ばそうと今いる場所から遠ざかるため足に力を込める。そして、そのまま後方へと下がろうとするが情けない。すでに相手によって打ちのめされた身体ではその場から1ミリほどしか動かすことが叶わなかった。
足が言うことを聞かない——。最後の望みも途絶え頭の中で先ほどまで強く固執していた生への執着がプツンと消えた音が聞こえた。いや、実際にはそんな音はするはずがないので恐らく気のせいだと思うが確かに聞こえたような気がした。その勘違いの理由もすぐに白日の元に晒される。ついに怪物の大剣が俺の命の間合いに侵入したのだ。怪物の口から放たれる荒れた呼吸音が格段と大きくなり、鼓膜をビリビリと震わせる。
改めて自分の身体を人生最後の時間を使ってじっくりと見て回る。今まで何体もの怪物を引き裂いてきた愛剣をまるで身体の一部かのように扱ってきた右手は、その役目を果たしたと言わんばかりに空を握り、怪物の血ではない自分から溢れ出る赤い血液で真っ赤に染まっている。他のどの箇所を見渡してみてもキズしか刻まれておらず、その上を覆うように流れる血液もこれが最後だと思うとどこか愛しく思えた。
地下深くにあり上を見上げても岩しかないにも関わらず、赤い身体の表面に白く気泡を含ませた液体がドパァと音を立てながら降りかかる。上に視線をやると、怪物の興奮度がマックスまでに昂り大剣を振りかぶっている。大きくあげた口からこぼれ落ちた唾液だと言うことが分かったが、それを払い除けようとも思わなかった。
ただ、じっと最後の時を待った。
激しい雄叫びがフロアを響きわたる、あと数秒の命であることは間違いなかった。ゴオォという音をたてながら大剣が振り下ろされる。命を捨てる覚悟を決めたって言うのに、走馬灯と呼ばれるものが俺の頭の中で強制的に再生される。幼少期、冒険者になりたくて必死に勉強と鍛錬を積んだ日々から物語が始まる。そして人が生まれた瞬間に必ず一つ宿すとされる人知を超えた能力、天恵を発現することができず周りから疎まれたこと。振り返ってみるといい記憶は一つもなかった。しかし、なぜ自分の天恵は発現しなかったのだろうか。田舎の教会の牧師さんには最後まで俺の面倒を見てくれたが最後まで分からずじまいで、お手上げと言われてしまった日からもう久しく会っていない。
でも、もういい。それも全、ピコンーデバフを確認しました、て、今、おわ——。
赤い鮮血が一目の怪物の手によって誰もいないフロアに撒き散らされた。
『天恵の発動条件を満たしました。実行を開始します』
頭の中で鳴り響く言葉の羅列を認識することはできなかった。ただ、斬撃が身体を切り裂いた瞬間に俺の意識ははるか遠くにまで飛ばされていた。今更だが、もう少しこの事態の重みというものをしっかりと考えるべきだったと思う。これが原因で俺は、世界でただ1人時間の流れとは逆に生きることになるのだから。
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再び開かぬはずの瞼がゆっくりと開かれる。眩しい。最期にいたあのフロアでは太陽の光とは全く無縁の世界であったため目がまだこの光度に適応していない。しばし時が流れたあと、ようやく目が慣れ始めるが、自分の所在地が理解できずはぁと大きなため息がこぼれた。ただ、一つ分かっていたこともあった。
「あぁ、そうか。俺死んだんだったな、あの化け物の一撃で」
と言うことは、ここは天国と言われる世界に分類されるのだろうか。その割には何故か丁重にベットの上で寝転がされている上に、身体にはこれでもかというほど白い包帯が巻き付けられている。辺りを見渡すとどうやらここは何かの木造一室のようにも見て取れるが、お世辞なしで表現するとちょっと綺麗な倉庫または物置部屋がいいところだろう。この中にあるのは窓がいくつかと、固く閉ざされているように見える扉くらいだ。
どうせ天国なら健康体の身体で再現してくれればいいものを。恵まれぬ環境に愚痴をこぼしながら、ベットから起きあがろうと思い切り身体に力を入れる。ここは天国だ、痛みとも無縁の世界だろう。
「いっっっった!!! なんだよ、死者にとっても激痛は感じるって言いテェのかよ!!!」
想像を超える痛みだった。それは説明のしようもないほどの激痛としか言い表せない。例えるなら、全身骨折した身体に落雷がクリティカルヒットしたようなそんな痛み。つまり、言いたいのは言葉では言い表せず、経験したこともないほどの大怪我と痛みを同時に味わっていると言うことだ。
「やけにこんな場所でうるさいわねって。あ、あなたやっと目覚めたのね!」
激痛に身を悶えさせながら、目を瞑り、じっと痛みに耐え忍んでいるとどこからともなく軽やかな声が聞こえてくる。今まで閉ざされていた木製の扉が一気に開放され、途端に入り込む光に俺は反射的にそれを遮ろうと手で顔を隠す。天使の登場演出か何かだろうか、それにしてはずいぶん安っぽいが。パタパタとこちら側に駆け寄ってくる足音が次第に近くなり、そしてある程度音がはっきりと捉えられるようになるとその瞬間ピタッと音は止まった。
「良かった~。あの時地下への入り口の階段付近であんたを見かけた時は心臓が飛び出すかと思ったわ。人間ってあんなに血を流して怪我を負えるものなのね。言葉は悪いけど絶対助からないって思ったもの。それなのに、あれよあれよの1週間でここまでの回復力を見せるなんて。。きっと天恵は回復力強化とか治癒力系の能力なのね!」
足音が鳴り止むと同時に一気に捲まくし立てられ、ちょっとした目眩を覚える。光と同時に相手の顔さえ遮る手をゆっくりとおろし、相手をようやく視界に納める。そこには羽が生えていたり、頭の上にリングを浮かべているような天使ではなく、見窄みすぼらしい服装で身を包んだ女性が立っていた。
歳はそこまでいってはいないように見えるが、俺と比べると幾分か若いだろう。肌の潤い感が全然俺の周りの同年代の人とは違う、それに油ののり方も。身長も寝転んでいるからそう見えるだけかもしれないが女性の中では高身長と言われるほどはあるように見て取れる。加えて、かなりスタイルがいい部類に属すると思う。それなのに、小顔であり顔のパーツも整っている、加えて地毛だろうか淡色の髪の毛がよく似合っている。強いていうなら、身体の強調性が少し物足りないくらいか・・・。
だが、俗にいう美人というものに俺は意図せず遭遇してしまったらしい。さすが天国、多少服装はあれだが腐っても天使ってか。こんなレベルの人でもここまでの美人揃いって地上との格差を早速見せつけてくるじゃないか。だが、その割には怪我している俺を見かけたとかやけに俺たち側の世界の状況を知っているような口ぶりで話していたが。
「あー、まずは助けてもらって感謝するよ、ありがとう。ところで、ここは一体どこなんだろうか?少し目覚めたばかりで記憶が曖昧で」
答えなんて分かりきってる、そう、ここはてん——。
「お礼なんていいのよ!困った時はお互い様ってことで。ここがどこかって聞いたわよね。教えてあげましょう、ここはシントーイン地方の南に位置するキリっていう、辺り一面山に囲まれた小さな村よ。ねぇ、ねぇところで私の推理当たってた?天恵の能力!」
「キ、キリだって!!?? 冗談じゃないのか? ここは天国だろ? そうに決まってる、だから俺なんかが君みたいな美人に出会えた。いくらそんな汚い服を着た天使だからって死者を揶揄うからかなんて趣味が悪いとしか言えませんよ」
「ちょ! やめてよ、初対面の人に美人なんて言われても特に、な、なんか思ったり、とかしないんだから! それにこの私が冗談を言っているように見えるかしら?ここは正真正銘キリの村よ」
そう言って彼女は開けた扉の先を顎をクイっと動かしながら見るように促す。そこには慣れ親しんだ緑溢れる——緑しか取り柄がないのだが——景色が広がっていた。
あまりの驚きで思わず身体を動かしてしまい、再び目が眩むほどの痛みに襲われる。しかし、どういうことだ? あの状況から生きていたのか。まさか、ありえない。怪物は人間の命を奪うために生まれている生物だ。目の前の弱っている、ましてや先ほどまで戦っていた相手に恩赦をかけるような奴らではない。加えるならば、俺が実際に戦っていた場所はこの場所から遠く離れた地から侵入し、冒険をしていた場所だ。誰かのワープ能力を持つ天恵を用いなければこんな場所に来れるはずがない。
それに、キリの村といえば俺が幼い頃少しの間だけだったが過ごした思い出のある村でもある。ここには、俺の走馬灯の中でも見た牧師が暮らしてもいた。死の直前に会わなかったことに後悔していたから神様とやらが気をきかせてくれたとでも言うのか。まさか、そんな奇跡みたいなことが連続して起きるわけがない。全ての事象に対して否定の考えしか出てこず、何かのきっかけにでもなればと彼女の方を見つめる。
「き、君の天恵はワープ系だったりするのかい?」
彼女に聞くと、胸の前で両手を使い大きなバツを作る。なるほど、余計にわからなくなった。
「私が質問しているのに、逆に推理してくるとは礼儀のない人ねー。でも、答えてあげるわ、私って優しいし美人だから。残念ながら、そんな誰もが羨むような天恵は私には宿っていません。ただ人より瞬発的になら早く行動することが可能ってだけの、インパクトに欠ける天恵です」
「な、なら一体誰が俺をここまで飛ばしたんだ...?」
「ねぇ。そろそろ私の質問に答えてよ、あなたの天恵はなんなの?回復?治癒力?」
長考に入ろうと頭を下げようとするが、その隙間に顔を滑り込ませてくる。あまりの顔同士の至近距離に身をのけぞらせる。迂闊にも年下だと思われる女性にドキッとしてしまった自分を心のどこかで恥ずかしいと感じた。今まで女性経験といったそちら方面の出会いがなかったもので、ないときは諦めて腹を括っていたが、いざこのような場に遭遇すると恥ずかしさを覚えてしまう。今までの孤独に色染められた生活を少し恨んでしまう。
「あ、あぁ。答えを先延ばしにして申し訳ない。目覚めたばかりだから考えたいことが山積みでね。それに、俺の天恵を聞いても何も面白いことはないと思うぞ」
「えー、何よそれ! もったいぶらないで早く教えてよ、これで私の探偵としての観察眼と推理力が認められたらこんな狭くて汚い家からおさらばできるんだから!」
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