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2、煮ますか?焼きますか?揚げますか?
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冬菜が春継の主治医になって数日がたった。朝は町で薬を売り、昼は春継の往診へいく。病の原因がまだわからない上に、毎日来ないと春継が治療拒否すると不貞腐れるので、冬菜は今まで勉強に当てていた時間を削るしかしかなかったのだ。しかし呼びつけはするものの、春継はとくに何かしてほしい訳でもないようだった。診察初めの十分くらいは町の様子や妖怪たちの話をぽつぽつはなし、それ以降はあまり話さずぼんやりしている。かといって、帰ろうとすると怒るので、冬菜は頭を抱えた。診察鞄の中に和漢薬や四診についての本、妖怪辞典などが追加されたのは、往診を初めて3日目のことである。
飛廉の三兄弟もあっという間に冬菜になついており、いまではお姉ちゃん、と読んでくるようになった。まるでいきなり弟が四人もできたようだと冬菜は思う。乱菊に拾われる前、現世にいた頃に、自分に兄弟姉妹かいたかはわからない。しかし、兄弟がいたならこんな感じだろうかと冬菜は思う。
甘えて、駄々をこねる、身近なひと。
可愛くて、でも時々面倒で。
その姿を知る者が少ないと思えば思うほど、それが親愛にも似た感情に思えてくる。
患者に対する思いとはこんなものだったかと考えてしまう。その一方で、「患者に想いを傾けてはならない」という乱菊のことばが胸に響いた。
患者に同調され過ぎると、抜け出せなくなる。
その言葉はまだ冬菜には完全に理解できなかったけれど、それが意味することは分かった。
永久を生きる妖怪の最期は、憐れなものだ。
肉体の老化を妖力で補っているが故、それが尽きた瞬間は腐るように肉体が滅んでしまう。美しい四肢も、枯れ木のように朽ちてしまう。そんな存在を、医師は横で見守らなければならない。そこに、あまりにも大きな思い入れを入れすぎると、医者自体が立ち直れなくなるのだ。
だから、境界はきちんと保たねばならない。
頭ではわかっていても、初めて一人の患者をみる冬菜には中々酷な事だった。会うたびに、少しずつ、少しずつではあるが、確実に春継の妖力は、命の灯火は消えつつある。体も相当辛いはずだ。しかし本人はそんなそぶりも見せることなく、いつもの調子で笑っている。そんな春継はどこか痛々しく、なにもできないままただ見ているだけなのは、冬菜には辛かった。
そもそも、どうして彼がそこまで弱ったのか。そして薬でも回復しないほどになるまで放置していたのか。風を操る事のできる貴族級の妖怪という情報だけで、いくつか薬を試してみたりもした。普段何をどれだけ食べているかを聞いてみたりもした。けれど何一つ問題はないし、相変わらず薬の効果は見られない。あの白檀の香が焚かれた部屋で、白い布団に静かに座っている春継は、初めて会ったときと変わらずそこで笑っている。
やはり自分の能力が足りないのでは、と冬菜は複雑な気持ちで今日も春継の屋敷の門をくぐっていった。
石畳の道の両側には、いつものように白装束の妖怪達が立っている。その間を、冬菜はびくびくしながら歩いていった。
確か、狙如、といっていたような。
白い布で顔を隠し、蝋人形のように微動だにせず立っている姿は不気味としか言いようがない。文献をいくつか漁ってみたものの、異国の妖怪であるからか詳細については見つからず、結局どんな妖怪であるかはわからず仕舞いだった。春継は側近ではないといっていたが、同じ屋敷にいるのなら関係がある妖怪ではないかと思うのだが。乱菊も何か知っているようだったし、一人だけ何も知らないみたいで胸の辺りがもやもやする。
「こんにちはー。夕凪診療所の冬菜でーす。往診にきましたー」
扉を開いて大声をあげると、すぐに三つのつむじ風が現れた。
「わーい!」
「冬菜おねえちゃん!」
「いらっしゃい!」
元気のいい声とともに、三人の少年が飛び付いてきた。
「こんにちは、蓮、蔦、琳。今日もよろしくね」
冬菜の言葉に三人は目をきらきらさせて頷く。その様子に、冬菜は思わず笑ってしまった。
初めて来たときはやけに大人びた子達だと思ったけれど、こうしてみるとやはり小さな男の子なんだ、と思う。
三人に手を引かれるまま、冬菜は春継の部屋へ向かっていった。
とたとたと長い廊下を歩いてで大きな怒鳴り声がして、冬菜は思わず飛び上がった。
それは、聞いたこともないような春継の大きな声。
あの細い体のどこからそんな声が出ているのだろう。いやそれ以前に、春継は今部屋に一人ではなかったのか。冬菜が混乱して目を白黒させていると、隣の蔦が冬菜の耳に顔を寄せ、小さな声でひそひそ話した。
「今ね、主のお友達が来てるの。いつも勝手に入ってくるから主とよく喧嘩になるんだ」
「友達……? 春継は仲のいい人なんていない、って言っていたような……。その人も、貴族なの?」
「うん、今来てるのは裏の屋敷に住んでる狐の疾風様だよ」
四人が部屋の前でこそこそ話をしていると、いきなり目の前の扉が思い切り開いた。
「あー!! 分かったよ!! そんなにいうなら奥の部屋借りるぞ!! 」
飛び出してきたのは黒髪の青年だった。借りるな! と部屋の中から春継の叫び声が聞こえる。
いきなり目の前に現れた彼を、冬菜は避けることが出来ず、思いきりぶつかった。青年が持った酒瓶の中身がちゃぽんと揺れる。
「っと。……わりぃ」
青年は冬菜に気付いて軽く謝った。艶やかな長い髪の毛を頭の後ろでまとめ、緋色の狩衣を纏っている。頭からぴょこんと生える耳と、揺らめく二本の尻尾。蔦が疾風と呼んだ狐の妖怪とは、彼のことか。
「冬菜! 大丈夫!? ……疾風、ちゃんと謝れよ!!」
「いや、わたしは大丈夫……。というか、春継はちゃんと寝てなきゃ駄目だよ! 顔色も悪いし!」
疾風の後ろから現れた春継は、大声で叫んでいるものの、その顔は真っ青で足元は覚束ない。今にも倒れてしまいそうで、冬菜は慌てて春継を支える。頭一つ分高い身体は驚くほどに軽かった。春継の長い尾が、ふわりと足をくすぐった。
春継はきっと疾風を睨み付ける。疾風は一瞬言葉に詰まったような顔をしたが、すぐにヘラヘラ笑って楽しそうに尻尾を揺らした。
「君が冬菜ちゃん? 春継からきいたよぉ。俺は天狐の疾風。また来るからよろしくなー」
「二度と、来るなっ!」
肩で息をしながら怒る春継を、疾風は横目でちらりと見つめると、すぅと空気に溶けて姿を消した。
「消えた……」
「どうせ、この家の、一番奥の部屋にいるよ。あいつ、いつも、そこで酒飲んでる」
春継は途切れ途切れに話すと、冬菜の腕を離れてふらふらと布団の方へ戻って行く。その後を、蓮と蔦が心配そうについていった。
その名の通り嵐のようだったと冬菜は思った。
天狐。狐妖怪の中でも最高位の妖力と地位を誇り、それは神獣とも呼ばれるほど。つまり春継は、神にも等しい力を持つ妖怪と同等に話せるほどの妖怪と言うことか。
呆然としてきた冬菜もはっとして、あわてて春継の方へ駆け寄った。春継はどさっと布団の上に崩れ落ち、布団の上に横になる。それから長い息をついた。
「もう、無理するから……」
冬菜は弱々しく笑う春継の横に座り、肩に手を触れた。襦袢の上からでもわかるほどに、その肩は細かった。
冬菜は少しだけ千里眼を解放する。最近、深層に触れず表面を少し覗くだけならば、千里眼を使っても何の影響も無いことに気付いたのだ。
力を調整して、深みにはまらないよう注意しながら、冬菜は春継を視て驚愕した。
妖力が一気に消耗している。
「春継!?」
冬菜は思わず声を上げる。それを安心させるかのように、春継は大丈夫、と優しく微笑んだ。
「これくらいなら、すぐになおるから」
彼はそう言って瞳を閉じる。それから何かを呟いた。
不意に、つめたい風が吹いた。
白檀の香りが流されて消えていく。
どこか寒気のするようなその気配に、冬菜は身体をすくませた。本能的な、畏れ。何故かは分からないけれど、全身が恐怖を感じていることだけは分かった。
風は春継の体に向かって一直線に流れ込んでいる。風に纏われた春継の身体が、ゆらりと大きく揺らめいた。
それが、春継の身体に満たされた妖力だと気付いたのは、風が収まった後のことだった。
青かった頬には僅かに色が戻り、息も整っている。怪しげに笑った春継の顔が、冬菜の脳に焼き付いた。
飛廉の三兄弟もあっという間に冬菜になついており、いまではお姉ちゃん、と読んでくるようになった。まるでいきなり弟が四人もできたようだと冬菜は思う。乱菊に拾われる前、現世にいた頃に、自分に兄弟姉妹かいたかはわからない。しかし、兄弟がいたならこんな感じだろうかと冬菜は思う。
甘えて、駄々をこねる、身近なひと。
可愛くて、でも時々面倒で。
その姿を知る者が少ないと思えば思うほど、それが親愛にも似た感情に思えてくる。
患者に対する思いとはこんなものだったかと考えてしまう。その一方で、「患者に想いを傾けてはならない」という乱菊のことばが胸に響いた。
患者に同調され過ぎると、抜け出せなくなる。
その言葉はまだ冬菜には完全に理解できなかったけれど、それが意味することは分かった。
永久を生きる妖怪の最期は、憐れなものだ。
肉体の老化を妖力で補っているが故、それが尽きた瞬間は腐るように肉体が滅んでしまう。美しい四肢も、枯れ木のように朽ちてしまう。そんな存在を、医師は横で見守らなければならない。そこに、あまりにも大きな思い入れを入れすぎると、医者自体が立ち直れなくなるのだ。
だから、境界はきちんと保たねばならない。
頭ではわかっていても、初めて一人の患者をみる冬菜には中々酷な事だった。会うたびに、少しずつ、少しずつではあるが、確実に春継の妖力は、命の灯火は消えつつある。体も相当辛いはずだ。しかし本人はそんなそぶりも見せることなく、いつもの調子で笑っている。そんな春継はどこか痛々しく、なにもできないままただ見ているだけなのは、冬菜には辛かった。
そもそも、どうして彼がそこまで弱ったのか。そして薬でも回復しないほどになるまで放置していたのか。風を操る事のできる貴族級の妖怪という情報だけで、いくつか薬を試してみたりもした。普段何をどれだけ食べているかを聞いてみたりもした。けれど何一つ問題はないし、相変わらず薬の効果は見られない。あの白檀の香が焚かれた部屋で、白い布団に静かに座っている春継は、初めて会ったときと変わらずそこで笑っている。
やはり自分の能力が足りないのでは、と冬菜は複雑な気持ちで今日も春継の屋敷の門をくぐっていった。
石畳の道の両側には、いつものように白装束の妖怪達が立っている。その間を、冬菜はびくびくしながら歩いていった。
確か、狙如、といっていたような。
白い布で顔を隠し、蝋人形のように微動だにせず立っている姿は不気味としか言いようがない。文献をいくつか漁ってみたものの、異国の妖怪であるからか詳細については見つからず、結局どんな妖怪であるかはわからず仕舞いだった。春継は側近ではないといっていたが、同じ屋敷にいるのなら関係がある妖怪ではないかと思うのだが。乱菊も何か知っているようだったし、一人だけ何も知らないみたいで胸の辺りがもやもやする。
「こんにちはー。夕凪診療所の冬菜でーす。往診にきましたー」
扉を開いて大声をあげると、すぐに三つのつむじ風が現れた。
「わーい!」
「冬菜おねえちゃん!」
「いらっしゃい!」
元気のいい声とともに、三人の少年が飛び付いてきた。
「こんにちは、蓮、蔦、琳。今日もよろしくね」
冬菜の言葉に三人は目をきらきらさせて頷く。その様子に、冬菜は思わず笑ってしまった。
初めて来たときはやけに大人びた子達だと思ったけれど、こうしてみるとやはり小さな男の子なんだ、と思う。
三人に手を引かれるまま、冬菜は春継の部屋へ向かっていった。
とたとたと長い廊下を歩いてで大きな怒鳴り声がして、冬菜は思わず飛び上がった。
それは、聞いたこともないような春継の大きな声。
あの細い体のどこからそんな声が出ているのだろう。いやそれ以前に、春継は今部屋に一人ではなかったのか。冬菜が混乱して目を白黒させていると、隣の蔦が冬菜の耳に顔を寄せ、小さな声でひそひそ話した。
「今ね、主のお友達が来てるの。いつも勝手に入ってくるから主とよく喧嘩になるんだ」
「友達……? 春継は仲のいい人なんていない、って言っていたような……。その人も、貴族なの?」
「うん、今来てるのは裏の屋敷に住んでる狐の疾風様だよ」
四人が部屋の前でこそこそ話をしていると、いきなり目の前の扉が思い切り開いた。
「あー!! 分かったよ!! そんなにいうなら奥の部屋借りるぞ!! 」
飛び出してきたのは黒髪の青年だった。借りるな! と部屋の中から春継の叫び声が聞こえる。
いきなり目の前に現れた彼を、冬菜は避けることが出来ず、思いきりぶつかった。青年が持った酒瓶の中身がちゃぽんと揺れる。
「っと。……わりぃ」
青年は冬菜に気付いて軽く謝った。艶やかな長い髪の毛を頭の後ろでまとめ、緋色の狩衣を纏っている。頭からぴょこんと生える耳と、揺らめく二本の尻尾。蔦が疾風と呼んだ狐の妖怪とは、彼のことか。
「冬菜! 大丈夫!? ……疾風、ちゃんと謝れよ!!」
「いや、わたしは大丈夫……。というか、春継はちゃんと寝てなきゃ駄目だよ! 顔色も悪いし!」
疾風の後ろから現れた春継は、大声で叫んでいるものの、その顔は真っ青で足元は覚束ない。今にも倒れてしまいそうで、冬菜は慌てて春継を支える。頭一つ分高い身体は驚くほどに軽かった。春継の長い尾が、ふわりと足をくすぐった。
春継はきっと疾風を睨み付ける。疾風は一瞬言葉に詰まったような顔をしたが、すぐにヘラヘラ笑って楽しそうに尻尾を揺らした。
「君が冬菜ちゃん? 春継からきいたよぉ。俺は天狐の疾風。また来るからよろしくなー」
「二度と、来るなっ!」
肩で息をしながら怒る春継を、疾風は横目でちらりと見つめると、すぅと空気に溶けて姿を消した。
「消えた……」
「どうせ、この家の、一番奥の部屋にいるよ。あいつ、いつも、そこで酒飲んでる」
春継は途切れ途切れに話すと、冬菜の腕を離れてふらふらと布団の方へ戻って行く。その後を、蓮と蔦が心配そうについていった。
その名の通り嵐のようだったと冬菜は思った。
天狐。狐妖怪の中でも最高位の妖力と地位を誇り、それは神獣とも呼ばれるほど。つまり春継は、神にも等しい力を持つ妖怪と同等に話せるほどの妖怪と言うことか。
呆然としてきた冬菜もはっとして、あわてて春継の方へ駆け寄った。春継はどさっと布団の上に崩れ落ち、布団の上に横になる。それから長い息をついた。
「もう、無理するから……」
冬菜は弱々しく笑う春継の横に座り、肩に手を触れた。襦袢の上からでもわかるほどに、その肩は細かった。
冬菜は少しだけ千里眼を解放する。最近、深層に触れず表面を少し覗くだけならば、千里眼を使っても何の影響も無いことに気付いたのだ。
力を調整して、深みにはまらないよう注意しながら、冬菜は春継を視て驚愕した。
妖力が一気に消耗している。
「春継!?」
冬菜は思わず声を上げる。それを安心させるかのように、春継は大丈夫、と優しく微笑んだ。
「これくらいなら、すぐになおるから」
彼はそう言って瞳を閉じる。それから何かを呟いた。
不意に、つめたい風が吹いた。
白檀の香りが流されて消えていく。
どこか寒気のするようなその気配に、冬菜は身体をすくませた。本能的な、畏れ。何故かは分からないけれど、全身が恐怖を感じていることだけは分かった。
風は春継の体に向かって一直線に流れ込んでいる。風に纏われた春継の身体が、ゆらりと大きく揺らめいた。
それが、春継の身体に満たされた妖力だと気付いたのは、風が収まった後のことだった。
青かった頬には僅かに色が戻り、息も整っている。怪しげに笑った春継の顔が、冬菜の脳に焼き付いた。
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