希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

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第1章 土佐の以蔵

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「おまんが先に名乗れ」
 以蔵はさっと竹刀を構えた。思いきり、目の前の少年を睨み付ける。
 その奥にある恐怖を感じ取ったのか、少年は怯みもしなかった。
 ひたりひたりと、彼は近くに寄ってくる。にい、と口元に笑みをのせて。
 布の奥、紅の瞳が、炎のようにゆらりと揺れた。
 得体の知れない恐れを感じ、以蔵はその場を動けなかった。ふるふると、竹刀を持つ手が震えている。
 少年はその切っ先に人差し指を当てた。ただそれだけなのに、突こうとしても動かない。まるで重い石の壁を押しているように、竹刀はびくともしなかった。
 少年は、こてんと首を傾げて呟く。
「僕の名前を知りたいの?」
 その声はまるで歌うよう。
 宵闇の底から響くような囁き声に、以蔵の背中が泡立った。
「僕の名前は、羅門」
 羅門だよ、と少年は繰り返す。それから頭の布を、すっと外した。
 現れたのは、純白。
 目を見張るほどの真っ白な髪の毛。
 透き通るような肌色に、真っ赤な瞳と口。
 暗闇のなか、彼の周りだけがぼう、と光っているようだった。
 そして。
「おまん、それ……」
 以蔵は彼の顔を指差した。
 正確には、額を。
「これ? 見ての通り、だよ」
 羅門はそういってくすくす笑う。
 彼の額、右目の丁度上辺り。
 そこには、一本の角が生えていた。
「妖怪、混じり、か?」
 驚く以蔵を、羅門は楽しそうに見つめている。
 何故、と思わず以蔵は呟いた。
 妖怪混じりで特に妖力が強い者の中には、力を解放するときに妖怪の姿に戻る者もいる。妖怪と人間の間のような姿。その体には濃厚な妖力を纏わせていた。
 けれど、目の前の羅門は違った。
 力の気配は全くといっていいほど感じない。角が生えたその姿は、まさしく異形のものなのに、彼の周りは水面のように静かだった。
「妖怪混じり?」
 羅門は怪しい笑みを浮かべて言った。
「違うよ。僕はそんな奴等じゃない」
 楽しそうに、羅門は笑う。
 妖怪混じりじゃない。ならば、何か。
 思い当たるのはひとつしかない。
 けれど、その存在が、土佐にいるはずがないのに。
 羅門はくるりと以蔵の方に背を向けた。それから遠くへ歩いていく。
 ふふふ、と楽しそうに笑いながら。くるりくるりと回りながら。
「おまん……!!」
 叫ぶ声は届かない。
「いつか、また出会えるかもね。ねぇ、酒呑童子が子孫、岡田以蔵」
 そんな言葉だけを残して、羅門は闇に溶けていった。
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みんなの感想(2件)

ふくろう
2019.06.07 ふくろう

私も日本史、特に戦国・幕末が好きで物語を書いております!!

でも、なかなか岡田以蔵や武市先生が登場するものが少なくて…

うちの以蔵や武市先生とは違った感じで
楽しく読まさせて頂きました!

解除
堅他不願(かたほかふがん)

 私の住む家のすぐ近くに武市半平太の生家があります。そんな訳で、大変興味深く読みました。
 人斬り以蔵は隠れファンが多いですね。半平太とのかかわりは史実にある通りですが、以蔵に妖怪の血を交わらせたのは、個人的にはご作品が初めてでした。
 二人とも、次は暗殺や政争のない時代に生まれ変わって欲しいです。

解除

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