希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

文字の大きさ
上 下
27 / 29
第1章 土佐の以蔵

2-5

しおりを挟む
「けれども純血の妖怪たちがいるのは京都なのですよね? なぜ土佐にも動きが広がっているのでしょうか」
「それは、あくまでわたしの予測だが、彼らの動きは、地方に広がった妖怪混じりたちにも少なからず影響するではないのだろうか。特に、妖力の高い、妖怪混じりには」
 半平太は顔をあげ、以蔵の方をちらりと見た。うむ、と頷く半平太。
 先程の、純血の妖怪の話を聞いた彼の表情が、まさしくその証拠だろう。道場の他の弟子達に話した時は、妖怪混じりの者であっても、そこまでの反応は示さなかった。
 以蔵の、あの、まるで見てきたかのような、体験してきたかのような、悲惨な表情。
 妖力の高い妖怪混じりが町や村によっては敬遠されることを、半平太は以蔵の件で身をもって知っていた。場所によってはもっと酷い扱いを受けている者がいることは簡単に予測できた。
 それに、彼らは人間よりも妖怪に近い者達である。半平太にはわからない、心の奥の奥の部分で、妖怪達と繋がっている感情の様なものがあるのかも知れない。
 京都の噂が広まるごとに、各地の運動も激しくなっていると聞く。まるで水面に波が広がるように。静かに、静かに、病が妖怪混じりたちに伝染していく。尊皇攘夷活動も活発化する背後から、大きな黒い影が大蛇の様に忍び寄って来る様。
 半平太は得体の知れない恐怖を感じ、ぶるりと肩を震わせた。
「以蔵は、堕ちてはならないぞ」
 せめてこの子は、わたしが守らなければ。半平太は密かにそう心に決めた。
 一方以蔵は、促されるままにはいと返事したものの何がなんだがさっぱりわからない。
 おちる、って、なんだ。
 どこかに穴でも掘ってあるのだろうか。それとも道場の床が抜けたりするのだろうか。
 けれどもそれだと文脈にあわないし、第一そんな事を半平太がこんな真剣な表情で言うはずない。何かもっと、大事なことを話しているに違いない。
 以蔵はうんうん唸りながら半平太の言葉の意味を考える。それでもやっぱり全くもってわからない。
 さあ、と風が部屋の中に吹き込んだ。
 気づけば外は薄紫色に染まっている。
 稽古が終わったのは昼過ぎだったのに、いつの間にそんなに時間が過ぎていたのだろう。
 あまり長居するのは良くない。それに、早く帰らなければ家族が心配する。以蔵は慌ててがばっと立ち上がった。
「せっ、先生っ、そろそろわし、お邪魔しますきにっ!」
 以蔵の突然の行動に、半平太はぽかんとしたが、すぐにくすくす笑い始める。慌てると、言葉がまぜこぜになるのだな。
 半平太は焦る以蔵に気を付けるんだよと声を掛ける。
「はいっ! お邪魔しましたっ!」
 ばたばたと忙しなく、以蔵は部屋を後にした。
 廊下は走るなと言ったのに。明日もう一度言わねばならないな、と半平太は困った顔で、けれど愉快そうに、ため息をついた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

浮雲の譜

神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。 峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……

北宮純 ~祖国無き戦士~

水城洋臣
歴史・時代
 三国時代を統一によって終わらせた晋(西晋)は、八王の乱と呼ばれる内紛で内部から腐り、異民族である匈奴によって滅ぼされた。  そんな匈奴が漢王朝の正統後継を名乗って建国した漢(匈奴漢)もまた、僅か十年で崩壊の時を迎える。  そんな時代に、ただ戦場を駆けて死ぬ事を望みながらも、二つの王朝の滅亡を見届けた数奇な運命の将がいた。  その名は北宮純。  漢民族消滅の危機とまで言われた五胡十六国時代の始まりを告げる戦いを、そんな彼の視点から描く。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

伊藤とサトウ

海野 次朗
歴史・時代
 幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。   基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。  もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。  他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

泣いた鬼の子

ふくろう
歴史・時代
「人を斬るだけの道具になるな…」 幼い双子の兄弟は動乱の幕末へ。 自分達の運命に抗いながら必死に生きた兄弟のお話。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

処理中です...