希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

文字の大きさ
上 下
23 / 29
第1章 土佐の以蔵

2-1

しおりを挟む
 以蔵が武市道場に通い始めて、一月がたった。

 夏も本番を迎え、じりじりと強い日差しが土佐を照らす。

 半平太に見出されてから、以蔵は休みことなく稽古に励み、その才能を開花させていった。 たったの一月でほかの門下生を抜き道場一番の腕前となっていた。

 線の細かった身体もわずかに筋肉がつき、幼かった顔つきに凛々しさが生まれている。薄緑色の髪は相変わらず長いまま、左側の髪の毛を緩く編んだ先に、義平から受け継いだ宝玉が輝いていた。その髪型は以蔵の初めての稽古の時に半平太が結ってくれたもので、以蔵自身とても気に入っていた。

 以蔵が武市道場で学ぶことは多い。
 剣だけでなく、髪の結い方や他人との接し方から、今の世の中の情勢まで。あらゆることが以蔵にとって新鮮だった。

 勉学にほとんど興味のない以蔵だったが、半平太の話は聞いていてわかりやすく、興味深いものだった。


「最近土佐も物騒になってきたからな。夜は決して一人で歩いてはいけない」


 ここ最近、半平太は稽古が終わるたびに毎回口酸っぱく忠告する。それを聞いてから、門下生たちは道場を後にするのだ。何故半平太がそこまで言うのか、以蔵にはずっとわからなかった。


「先生、」


 皆が帰り始める中、以蔵はずっと疑問に思っていたことを聞こうと、正面に座っていた半平太に一人声をかける。


「なぜ、物騒なんじゃ…でしょうか。僕が道場に通い始めた頃とそんなに変わらないように思えるのですが……」
「ああ、以蔵。その話の根本は、お前が来る前に皆に話したから以蔵は聞いていないのか。少し長くなるが、それでもいいか?」
「大丈夫じゃ……です!」


 威勢のいい返事に、半平太はくすくす笑って立ち上がった。


「わかった。では、私の家の方に行こうか。お茶でも飲みながら話すとしよう。……ところで、前にも言ったが、その話し方、無理しなくていいんだぞ。土佐言葉はなかなか抜けないものだ」


 ははは、と楽しそうに笑いながら自宅の方に向かう半平太の後ろで、以蔵は顔を真っ赤にしていた。
 道場に通い始めてからというもの、以蔵の半平太にあこがれる思いは弱まるどころか強くなっており、行動のすべてをまねするようになっていた。仕草や礼儀作法などはすぐに慣れたものの、言葉だけはなかなか治らない。訛りは抜けないし、勢い余るとすぐ土佐ことばに戻ってしまう。

 そんな以蔵に半平太は気づいているらしく、時折四苦八苦している彼を面白そうに眺めたり、今のように言葉に出したりしてくる。


「いいのです! 先生のように、強く、なりたいので……」


 以蔵は半平太の後ろをついていきながら、すねた口調で答える。
 そうかそうか、と言いつつも、肩が震えている半平太を見て、以蔵はさらに顔を赤くし、頬を膨らませるのだった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伊藤とサトウ

海野 次朗
歴史・時代
 幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。   基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。  もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。  他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

北宮純 ~祖国無き戦士~

水城洋臣
歴史・時代
 三国時代を統一によって終わらせた晋(西晋)は、八王の乱と呼ばれる内紛で内部から腐り、異民族である匈奴によって滅ぼされた。  そんな匈奴が漢王朝の正統後継を名乗って建国した漢(匈奴漢)もまた、僅か十年で崩壊の時を迎える。  そんな時代に、ただ戦場を駆けて死ぬ事を望みながらも、二つの王朝の滅亡を見届けた数奇な運命の将がいた。  その名は北宮純。  漢民族消滅の危機とまで言われた五胡十六国時代の始まりを告げる戦いを、そんな彼の視点から描く。

散華の庭

ももちよろづ
歴史・時代
慶応四年、戊辰戦争の最中。 新選組 一番組長・沖田総司は、 患った肺病の療養の為、千駄ヶ谷の植木屋に身を寄せる。 戦線 復帰を望む沖田だが、 刻一刻と迫る死期が、彼の心に、暗い影を落とす。 その頃、副長・土方歳三は、 宇都宮で、新政府軍と戦っていた――。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

泣いた鬼の子

ふくろう
歴史・時代
「人を斬るだけの道具になるな…」 幼い双子の兄弟は動乱の幕末へ。 自分達の運命に抗いながら必死に生きた兄弟のお話。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...