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第1章 土佐の以蔵
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日は傾き、空が茜色に染まる頃。
半平太と以蔵は並んで以蔵の家へと向かっていた。
ヒグラシが物悲しく鳴いている。昼間の暑さも今は落ち着き、涼しいくらいの風が吹く。
家路につく人々は、すれ違う度に二人を振り返った。
片や、町一番の忌み子。片や、人徳者と有名な剣士。
その不釣り合いな組み合わせに、人々は疑問を持たずにはいられなかった。
「なるほど、な……」
半平太が町の様子を見てため息をつく。隣で以蔵は申し訳なさそうに小さくなっていた。
妖怪混じりが差別されがちなのは今に始まったことではないが、それにしても今時ここまでのものは珍しい。
しかも見たところ、こちらをちらちら見ている者の中には妖怪混じりも数人混じっている。
確かに、以蔵のように薄い髪の毛を持つ者は滅多にいない。かといって全くいないわけでもなく、約二百人に一人程度の割合でそういったものが生まれてくるそうだ。
事実、半平太の道場にも数人髪色の薄い者がいる。けれども彼らは以蔵とは正反対で、生まれた村や町の人からは好かれていたらしい。妖力を使って畑仕事や力仕事を手伝ったりしていたと聞いている。
そもそも、貧しい人々は大抵が妖怪混じり。互いの苦労をわかっている者だからこそ、妖怪混じり同士で差別などめったに起こらないものと思っていた。
しかしその常識はこの町では異なるらしい。
原因は、以蔵が妖力を使えなかったことにあるのだろう。
わからないものは、人間であろうと妖怪混じりであろうと恐ろしいものである。
高い妖力を持つのにその能力がわからないということは、いつその能力が暴発するかわからないことになる。加えて妖力が開花してすぐはうまく力を扱えない者が多く、何が起こっても制御できない可能性があるからだ。
確か去年、幼い子供が妖力を開花させたが、うまく扱えずに家を半壊させた事件があった気がする。
妖力の高い子供がいじめられがちなのは、そういったことを自分の近くで起こしたくない、恐ろしいという思いが暗に込められているのだろう。
そのような環境でずっと育ってきたというのなら、以蔵がたとえ同じ妖怪混じりであったとしても、他人に対して警戒するようになるのも無理はない。
この刺さるような視線を毎日浴びていれば、やがては耐え切れず妖力が爆発して町を崩壊させかねない。それとも、ひたすら抑えて精神的負担を自ら吸収し、飲み込むか。
行動から察するに、以蔵は後者を選んでいるのだろうが、それもいつまで持つかわからない。少し接しただけだから確証は持てないが、以蔵は孤独に振り回されているように思える。一人で半平太の練習を眺めていたり、一人で剣の練習をしていたり。
一人が好きなのかと思いきや、寅太郎やほかの道場の皆に囲まれていた時は、心の底から喜んでいたように思える。
そして今は、周りの雰囲気のせいか小さく縮こまって気配を消すようにしている。
人の輪の中に入りたい、けれど迷惑をかけるから、自分は一人が好きなのだと思い込んでいる。
そんな気がした。
半平太と以蔵は並んで以蔵の家へと向かっていた。
ヒグラシが物悲しく鳴いている。昼間の暑さも今は落ち着き、涼しいくらいの風が吹く。
家路につく人々は、すれ違う度に二人を振り返った。
片や、町一番の忌み子。片や、人徳者と有名な剣士。
その不釣り合いな組み合わせに、人々は疑問を持たずにはいられなかった。
「なるほど、な……」
半平太が町の様子を見てため息をつく。隣で以蔵は申し訳なさそうに小さくなっていた。
妖怪混じりが差別されがちなのは今に始まったことではないが、それにしても今時ここまでのものは珍しい。
しかも見たところ、こちらをちらちら見ている者の中には妖怪混じりも数人混じっている。
確かに、以蔵のように薄い髪の毛を持つ者は滅多にいない。かといって全くいないわけでもなく、約二百人に一人程度の割合でそういったものが生まれてくるそうだ。
事実、半平太の道場にも数人髪色の薄い者がいる。けれども彼らは以蔵とは正反対で、生まれた村や町の人からは好かれていたらしい。妖力を使って畑仕事や力仕事を手伝ったりしていたと聞いている。
そもそも、貧しい人々は大抵が妖怪混じり。互いの苦労をわかっている者だからこそ、妖怪混じり同士で差別などめったに起こらないものと思っていた。
しかしその常識はこの町では異なるらしい。
原因は、以蔵が妖力を使えなかったことにあるのだろう。
わからないものは、人間であろうと妖怪混じりであろうと恐ろしいものである。
高い妖力を持つのにその能力がわからないということは、いつその能力が暴発するかわからないことになる。加えて妖力が開花してすぐはうまく力を扱えない者が多く、何が起こっても制御できない可能性があるからだ。
確か去年、幼い子供が妖力を開花させたが、うまく扱えずに家を半壊させた事件があった気がする。
妖力の高い子供がいじめられがちなのは、そういったことを自分の近くで起こしたくない、恐ろしいという思いが暗に込められているのだろう。
そのような環境でずっと育ってきたというのなら、以蔵がたとえ同じ妖怪混じりであったとしても、他人に対して警戒するようになるのも無理はない。
この刺さるような視線を毎日浴びていれば、やがては耐え切れず妖力が爆発して町を崩壊させかねない。それとも、ひたすら抑えて精神的負担を自ら吸収し、飲み込むか。
行動から察するに、以蔵は後者を選んでいるのだろうが、それもいつまで持つかわからない。少し接しただけだから確証は持てないが、以蔵は孤独に振り回されているように思える。一人で半平太の練習を眺めていたり、一人で剣の練習をしていたり。
一人が好きなのかと思いきや、寅太郎やほかの道場の皆に囲まれていた時は、心の底から喜んでいたように思える。
そして今は、周りの雰囲気のせいか小さく縮こまって気配を消すようにしている。
人の輪の中に入りたい、けれど迷惑をかけるから、自分は一人が好きなのだと思い込んでいる。
そんな気がした。
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