希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

文字の大きさ
上 下
15 / 29
第1章 土佐の以蔵

1-15

しおりを挟む
 先ほどとは異なる空気が以蔵を取り囲む。周りの門下生たちは、以蔵の雰囲気の変化に驚いているようだった。

 それもそのはず。

 以蔵の身体は、うすぼんやりと緑の気に覆われていたからだ。半平太もそれに気づき、少し目を見開くが、すぐにその表情はもとの自信に満ちた顔になった。

 彼の目線がまっすぐ以蔵を捉えている。

 さあ、こい。

 そう呼ばれている気がする。
 すっと木刀を構えた。半平太がいつも構えている剣を想像して。


「ほう……なかなかいい目だな……」


 半平太は楽しそうにつぶやき、自分も木刀を構えた。

 たんっ。

 軽く地を蹴る。目標は一人。ただ目の前の彼のみ。

 たんっ。

 間合いを一気に詰める。想像以上の素早さに驚いたのか、木刀で防御しようとする半平太の手が遅れた。
 身体が軽い。手にした木刀も、まるで空気の様だ。
 ぼんやりと半平太の顔を見つめる。彼は、今から自分が着るべき相手だ。

 がきぃん。

 なんとか以蔵の攻撃を防いだ半平太の目は、新人や素人に向けるそれではなかった。


「まさか一人で練習してきただけでこんな力がついているとは。驚いた。それにその緑の気。鬼の妖怪混じりと言っていたか? その能力なのか?」


 木刀のうち合う音が何度も響く。以蔵の剣を寸前でかわしながら、半平太は叫んだ。
以蔵は無言で半平太に木刀を振り回す。その形はどことなく半平太が振るう小野一刀流のようにも見える。しかし、

以蔵にはすでに剣の型など考える余裕もなかった。
受け止めて、弾いて、叩き込む。
取り組みが初めての以蔵が頼れるのは、直感だけだった。頭ではなく、身体にすべてをゆだねる。

もっと軽く、もっと速く。

その思いに呼応するかのように、身体から立ち上る気は色濃くなった。

 かぁんっ!

 勝負がついた。半平太の木刀が、勢いよく宙を舞う。


「おおお」
「まさか武市先生が……」
「あの童はいったい何者だ……」


 以蔵が床にへたり込む半平太に、木刀の先をつきつける。


「凄いな。私も少し油断していたよ。おめでとう。以蔵、お前は合格だ」


 そう半平太に言われて、以蔵ははっとした。
 頭よりも先に身体が動いていた。自分がどう動いていたのかさえ、よく覚えていない。

 しかし、目の前で半平太が座り込んでいるこの状況。半平太の言葉。以蔵はさっと木刀を治め、半平太に一礼した。


「あっ…ありがとうございますっ。…けんど、わし、はっきり覚えとらんのじゃが……。それでも、いいんか…?」
「ああ。構わない。おそらく、妖力を無意識に使っていたためだろう。大丈夫。それもこれから覚えていけばいい。
以蔵、ぜひ、うちの道場へおいで。金が厳しいのなら気にしなくてよい。私が持とう。お前の両親にもあいさつに行かねばな」
 

 半平太起き上がって袴を整える。そして以蔵に近づき、笑顔で手を差し伸べた。


「ありがとうございますっ……!!」


 上ずった声で以蔵は叫ぶ。差し出された手を、しっかりと取った。
 夢かもしれない。以蔵は思った。

 手を取り合う以蔵と半平太の周りには、門下生たちが集まっている。皆、口々に以蔵を歓迎する言葉を投げかけ、肩を叩いたり頭を撫でたりしてきた。
その中には寅太郎もいた。彼は以蔵の肩に飛びついて、凄い、凄いとぴょんぴょん跳ねた。

こんなに他人と触れ合う日が来るとは思わなかった。一生を、あの狭い町で過ごすものだと、ずっと卑下され、からかわれて過ごすものだと。そう、思っていた。

けれど違った。半平太が、そう思わせてくれた。
一週間前に彼の鍛錬を見た時から、思えば歯車は動き出していたのかもしれない。

何か、違う毎日が始まる気がする。
そんな期待を胸に、以蔵は皆と笑いあうのだった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

浮雲の譜

神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。 峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……

北宮純 ~祖国無き戦士~

水城洋臣
歴史・時代
 三国時代を統一によって終わらせた晋(西晋)は、八王の乱と呼ばれる内紛で内部から腐り、異民族である匈奴によって滅ぼされた。  そんな匈奴が漢王朝の正統後継を名乗って建国した漢(匈奴漢)もまた、僅か十年で崩壊の時を迎える。  そんな時代に、ただ戦場を駆けて死ぬ事を望みながらも、二つの王朝の滅亡を見届けた数奇な運命の将がいた。  その名は北宮純。  漢民族消滅の危機とまで言われた五胡十六国時代の始まりを告げる戦いを、そんな彼の視点から描く。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

伊藤とサトウ

海野 次朗
歴史・時代
 幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。   基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。  もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。  他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

散華の庭

ももちよろづ
歴史・時代
慶応四年、戊辰戦争の最中。 新選組 一番組長・沖田総司は、 患った肺病の療養の為、千駄ヶ谷の植木屋に身を寄せる。 戦線 復帰を望む沖田だが、 刻一刻と迫る死期が、彼の心に、暗い影を落とす。 その頃、副長・土方歳三は、 宇都宮で、新政府軍と戦っていた――。

泣いた鬼の子

ふくろう
歴史・時代
「人を斬るだけの道具になるな…」 幼い双子の兄弟は動乱の幕末へ。 自分達の運命に抗いながら必死に生きた兄弟のお話。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

処理中です...