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第1章 土佐の以蔵
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先ほどとは異なる空気が以蔵を取り囲む。周りの門下生たちは、以蔵の雰囲気の変化に驚いているようだった。
それもそのはず。
以蔵の身体は、うすぼんやりと緑の気に覆われていたからだ。半平太もそれに気づき、少し目を見開くが、すぐにその表情はもとの自信に満ちた顔になった。
彼の目線がまっすぐ以蔵を捉えている。
さあ、こい。
そう呼ばれている気がする。
すっと木刀を構えた。半平太がいつも構えている剣を想像して。
「ほう……なかなかいい目だな……」
半平太は楽しそうにつぶやき、自分も木刀を構えた。
たんっ。
軽く地を蹴る。目標は一人。ただ目の前の彼のみ。
たんっ。
間合いを一気に詰める。想像以上の素早さに驚いたのか、木刀で防御しようとする半平太の手が遅れた。
身体が軽い。手にした木刀も、まるで空気の様だ。
ぼんやりと半平太の顔を見つめる。彼は、今から自分が着るべき相手だ。
がきぃん。
なんとか以蔵の攻撃を防いだ半平太の目は、新人や素人に向けるそれではなかった。
「まさか一人で練習してきただけでこんな力がついているとは。驚いた。それにその緑の気。鬼の妖怪混じりと言っていたか? その能力なのか?」
木刀のうち合う音が何度も響く。以蔵の剣を寸前でかわしながら、半平太は叫んだ。
以蔵は無言で半平太に木刀を振り回す。その形はどことなく半平太が振るう小野一刀流のようにも見える。しかし、
以蔵にはすでに剣の型など考える余裕もなかった。
受け止めて、弾いて、叩き込む。
取り組みが初めての以蔵が頼れるのは、直感だけだった。頭ではなく、身体にすべてをゆだねる。
もっと軽く、もっと速く。
その思いに呼応するかのように、身体から立ち上る気は色濃くなった。
かぁんっ!
勝負がついた。半平太の木刀が、勢いよく宙を舞う。
「おおお」
「まさか武市先生が……」
「あの童はいったい何者だ……」
以蔵が床にへたり込む半平太に、木刀の先をつきつける。
「凄いな。私も少し油断していたよ。おめでとう。以蔵、お前は合格だ」
そう半平太に言われて、以蔵ははっとした。
頭よりも先に身体が動いていた。自分がどう動いていたのかさえ、よく覚えていない。
しかし、目の前で半平太が座り込んでいるこの状況。半平太の言葉。以蔵はさっと木刀を治め、半平太に一礼した。
「あっ…ありがとうございますっ。…けんど、わし、はっきり覚えとらんのじゃが……。それでも、いいんか…?」
「ああ。構わない。おそらく、妖力を無意識に使っていたためだろう。大丈夫。それもこれから覚えていけばいい。
以蔵、ぜひ、うちの道場へおいで。金が厳しいのなら気にしなくてよい。私が持とう。お前の両親にもあいさつに行かねばな」
半平太起き上がって袴を整える。そして以蔵に近づき、笑顔で手を差し伸べた。
「ありがとうございますっ……!!」
上ずった声で以蔵は叫ぶ。差し出された手を、しっかりと取った。
夢かもしれない。以蔵は思った。
手を取り合う以蔵と半平太の周りには、門下生たちが集まっている。皆、口々に以蔵を歓迎する言葉を投げかけ、肩を叩いたり頭を撫でたりしてきた。
その中には寅太郎もいた。彼は以蔵の肩に飛びついて、凄い、凄いとぴょんぴょん跳ねた。
こんなに他人と触れ合う日が来るとは思わなかった。一生を、あの狭い町で過ごすものだと、ずっと卑下され、からかわれて過ごすものだと。そう、思っていた。
けれど違った。半平太が、そう思わせてくれた。
一週間前に彼の鍛錬を見た時から、思えば歯車は動き出していたのかもしれない。
何か、違う毎日が始まる気がする。
そんな期待を胸に、以蔵は皆と笑いあうのだった。
それもそのはず。
以蔵の身体は、うすぼんやりと緑の気に覆われていたからだ。半平太もそれに気づき、少し目を見開くが、すぐにその表情はもとの自信に満ちた顔になった。
彼の目線がまっすぐ以蔵を捉えている。
さあ、こい。
そう呼ばれている気がする。
すっと木刀を構えた。半平太がいつも構えている剣を想像して。
「ほう……なかなかいい目だな……」
半平太は楽しそうにつぶやき、自分も木刀を構えた。
たんっ。
軽く地を蹴る。目標は一人。ただ目の前の彼のみ。
たんっ。
間合いを一気に詰める。想像以上の素早さに驚いたのか、木刀で防御しようとする半平太の手が遅れた。
身体が軽い。手にした木刀も、まるで空気の様だ。
ぼんやりと半平太の顔を見つめる。彼は、今から自分が着るべき相手だ。
がきぃん。
なんとか以蔵の攻撃を防いだ半平太の目は、新人や素人に向けるそれではなかった。
「まさか一人で練習してきただけでこんな力がついているとは。驚いた。それにその緑の気。鬼の妖怪混じりと言っていたか? その能力なのか?」
木刀のうち合う音が何度も響く。以蔵の剣を寸前でかわしながら、半平太は叫んだ。
以蔵は無言で半平太に木刀を振り回す。その形はどことなく半平太が振るう小野一刀流のようにも見える。しかし、
以蔵にはすでに剣の型など考える余裕もなかった。
受け止めて、弾いて、叩き込む。
取り組みが初めての以蔵が頼れるのは、直感だけだった。頭ではなく、身体にすべてをゆだねる。
もっと軽く、もっと速く。
その思いに呼応するかのように、身体から立ち上る気は色濃くなった。
かぁんっ!
勝負がついた。半平太の木刀が、勢いよく宙を舞う。
「おおお」
「まさか武市先生が……」
「あの童はいったい何者だ……」
以蔵が床にへたり込む半平太に、木刀の先をつきつける。
「凄いな。私も少し油断していたよ。おめでとう。以蔵、お前は合格だ」
そう半平太に言われて、以蔵ははっとした。
頭よりも先に身体が動いていた。自分がどう動いていたのかさえ、よく覚えていない。
しかし、目の前で半平太が座り込んでいるこの状況。半平太の言葉。以蔵はさっと木刀を治め、半平太に一礼した。
「あっ…ありがとうございますっ。…けんど、わし、はっきり覚えとらんのじゃが……。それでも、いいんか…?」
「ああ。構わない。おそらく、妖力を無意識に使っていたためだろう。大丈夫。それもこれから覚えていけばいい。
以蔵、ぜひ、うちの道場へおいで。金が厳しいのなら気にしなくてよい。私が持とう。お前の両親にもあいさつに行かねばな」
半平太起き上がって袴を整える。そして以蔵に近づき、笑顔で手を差し伸べた。
「ありがとうございますっ……!!」
上ずった声で以蔵は叫ぶ。差し出された手を、しっかりと取った。
夢かもしれない。以蔵は思った。
手を取り合う以蔵と半平太の周りには、門下生たちが集まっている。皆、口々に以蔵を歓迎する言葉を投げかけ、肩を叩いたり頭を撫でたりしてきた。
その中には寅太郎もいた。彼は以蔵の肩に飛びついて、凄い、凄いとぴょんぴょん跳ねた。
こんなに他人と触れ合う日が来るとは思わなかった。一生を、あの狭い町で過ごすものだと、ずっと卑下され、からかわれて過ごすものだと。そう、思っていた。
けれど違った。半平太が、そう思わせてくれた。
一週間前に彼の鍛錬を見た時から、思えば歯車は動き出していたのかもしれない。
何か、違う毎日が始まる気がする。
そんな期待を胸に、以蔵は皆と笑いあうのだった。
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