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第1章 土佐の以蔵
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よく見るとちらほら以蔵と同じくらい髪色が薄い者もおり、半平太の「知り合いにお前くらいの髪の色の者もいる」と言っていたのはどうやら本当の様だ。
「みんなー! 武市先生が新入りを連れてきたぞ!」
寅太郎の叫ぶ声に道場の皆はざわめいた。
「新入り? あの子供か?」
「寅と同じくらいの歳か? 細い奴だな」
道場にいた皆がわらわらと以蔵の周りに近づいてくる。啓吉くらいの幼い者、以蔵と同じくらいの者、半平太よりも年上に見える者。皆興味深そうに以蔵を取り囲んでじろじろ見ている。
しかし、その視線は嫌なものではなかった。町の人たちのように冷たいものではなく、暖かさにあふれているように感じるものだった。
しっかりと以蔵を瞳に移し、そして、笑顔を向けている。
半平太の言ったとおりだ。
以蔵はそう思った。
自分が、まだ世を知らなかったのだ。あの町と、あの畑しか知らなかった。土佐には、まだ多くの人々がいたというのに。
「こらこら。あんまり以蔵を驚かせるんじゃないぞ。…さあ、以蔵。これを持て」
半平太はどこから持ってきたのか、一本の木刀を以蔵に手渡した。
この感覚だ。
以蔵の胸が高鳴る。家にある木刀とは別の木で作られているのか、それともわずかにこの木刀が長いのか。
黒塗りの木刀は心地よい重さで、その柄は以蔵の手に吸い付くようだった。
「これから以蔵には簡単に取り組みをしてもらう。相手は、私がやろう。直接力を見てみたいしな」
半平太も門下生の一人から木刀を受け取り、以蔵の方に向き直った。
以蔵は驚き声をあげそうになるのを必死に抑えて半平太を見た。彼の表情からは嘘も見受けられず、ただまっすぐに以蔵の表情を見つめていた。
その場にいた数人が息を呑む。半平太が直接力試しをするなど、道場始まって以来の事だったからである。
「先生が、こいつの相手を……」
「いったいどんな奴なんだ……!?」
道場の真ん中で向かい合う以蔵と半平太を取り囲み、興奮を抑えられない様子で声をあげる。
「さあ、どこからでも」
半平太は穏やかな声とは反対に、鋭い目つきで以蔵を見る。その光には殺気と共に期待が宿っていた。
さあ、こい。
視線でそう言われているのを、以蔵もしっかり感じ取っていた。
ともかくやるしかない。
ごくりと唾をのむ。冷たい汗が頬をたらりと伝った。
人を相手に打ち合ったことのない以蔵は打ち合いの礼儀作法をはじめ、どのように始めていけばよいのかも全く分からなかった。
けれど。
以蔵はすぅと息を吐き、目を閉じる。
暗い闇の中、まっすぐに向けられている半平太の暖かい視線を感じた。
相手も、おそらく以蔵の今のすべての力を試したがっている。それなら、いままでやったすべてを視てもらおう。人を相手にしたことのない、半平太の真似に自己流の剣を混ぜたような、到底洗練されたものではないが。
それでも、求めてもらえるなら。
以蔵はすっと目を開いた。
「みんなー! 武市先生が新入りを連れてきたぞ!」
寅太郎の叫ぶ声に道場の皆はざわめいた。
「新入り? あの子供か?」
「寅と同じくらいの歳か? 細い奴だな」
道場にいた皆がわらわらと以蔵の周りに近づいてくる。啓吉くらいの幼い者、以蔵と同じくらいの者、半平太よりも年上に見える者。皆興味深そうに以蔵を取り囲んでじろじろ見ている。
しかし、その視線は嫌なものではなかった。町の人たちのように冷たいものではなく、暖かさにあふれているように感じるものだった。
しっかりと以蔵を瞳に移し、そして、笑顔を向けている。
半平太の言ったとおりだ。
以蔵はそう思った。
自分が、まだ世を知らなかったのだ。あの町と、あの畑しか知らなかった。土佐には、まだ多くの人々がいたというのに。
「こらこら。あんまり以蔵を驚かせるんじゃないぞ。…さあ、以蔵。これを持て」
半平太はどこから持ってきたのか、一本の木刀を以蔵に手渡した。
この感覚だ。
以蔵の胸が高鳴る。家にある木刀とは別の木で作られているのか、それともわずかにこの木刀が長いのか。
黒塗りの木刀は心地よい重さで、その柄は以蔵の手に吸い付くようだった。
「これから以蔵には簡単に取り組みをしてもらう。相手は、私がやろう。直接力を見てみたいしな」
半平太も門下生の一人から木刀を受け取り、以蔵の方に向き直った。
以蔵は驚き声をあげそうになるのを必死に抑えて半平太を見た。彼の表情からは嘘も見受けられず、ただまっすぐに以蔵の表情を見つめていた。
その場にいた数人が息を呑む。半平太が直接力試しをするなど、道場始まって以来の事だったからである。
「先生が、こいつの相手を……」
「いったいどんな奴なんだ……!?」
道場の真ん中で向かい合う以蔵と半平太を取り囲み、興奮を抑えられない様子で声をあげる。
「さあ、どこからでも」
半平太は穏やかな声とは反対に、鋭い目つきで以蔵を見る。その光には殺気と共に期待が宿っていた。
さあ、こい。
視線でそう言われているのを、以蔵もしっかり感じ取っていた。
ともかくやるしかない。
ごくりと唾をのむ。冷たい汗が頬をたらりと伝った。
人を相手に打ち合ったことのない以蔵は打ち合いの礼儀作法をはじめ、どのように始めていけばよいのかも全く分からなかった。
けれど。
以蔵はすぅと息を吐き、目を閉じる。
暗い闇の中、まっすぐに向けられている半平太の暖かい視線を感じた。
相手も、おそらく以蔵の今のすべての力を試したがっている。それなら、いままでやったすべてを視てもらおう。人を相手にしたことのない、半平太の真似に自己流の剣を混ぜたような、到底洗練されたものではないが。
それでも、求めてもらえるなら。
以蔵はすっと目を開いた。
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