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第1章 土佐の以蔵
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その時。
「そこにいるのは誰だ」
がさがさと竹が鳴る。
聞こえた声に、以蔵の動きはぴたりと止まった。
そんな。ここは、外からも離れているはずなのに。見えるはずがないのに。
以蔵は息を殺してその場で固まっていた。頬を冷や汗がつぅと伝う。
「おい、いるのは分かっているんだ。返事をしろ」
足音は次第に大きくなってくる。
以蔵の方に、確実に近づいてくる。
おかしい。
以蔵は焦っていた。
足音の主は、迷いなく以蔵のいる方向を目指して歩いてくる。この竹ばかりで一見どこに何があるのかわからない場所を、だ。
仮に以蔵の声が外に聞こえていたとしても、その場所を正確に特定することは難しい。
同じような風景、薄暗い林の中。おまけに声は反響する。
何故、と考えている間にもその誰かは確実に近づいている。
どうしよう。何か、何かないか。
焦りながらも、以蔵はその場を一歩も動けずにいた。逃げるにも、この竹が密集している中走ることもできないし、下手に動けば迷いかねない。
かといって、見つかればどうなるかわからない。相手が勘だけで 以蔵のいる場所を目指しているとは思えないからだ。
この迷いない足音は、以蔵のいる位置を確信して歩いていることを示していた。そしてそんな芸当ができるのは妖怪、または妖怪混じり、しかもある程度妖力を使える者しか思い当たらない。
足音は間近に迫っている。
頭をひねり、以蔵はその音の方をじっと見つめる。竹の向こうに、大きな人影がゆらりと現れた。
以蔵の肩が緊張で強張る。
人影は、近づきながら以蔵に声を掛けた。
「おい、そこにいるのは分かっているんだ。危害は加えない。名を名乗れ」
「おっ……お前こそ誰だ……!」
「私、か? 私は……」
がさっ、と以蔵のいる空間にその相手は入ってきた。その姿に、以蔵の目は驚愕の色に染まる。
以蔵の頭二つ分は高い身長。新芽のように、爽やかな蒼い髪。色白の顔に浮かぶ紅い瞳。目尻には紅を差している。
ゆったりとした袴羽織りの姿は、気品さえ感じられた。そして、その唇がゆっくりと開かれ、自らの名を紡ぐ。
「私は、武市半平太。武市瑞山、とも呼ばれている。……お前は……、」
そこまで言ったところで、半平太は言葉を止めた。以蔵も大きく目を見開く。
二人は互いに見つめあった。
「たけち……、はんぺいた……? なんで、あんたがここにいるがじゃ……?」
「それは、こちらの台詞だ……。ここは私が手入れしている竹林。童、お前は、今朝私の屋敷で何かをしていた童だろう。名を名乗れ」
半平太はすっと目を細める。その美しくも冷たい瞳に、以蔵は思わず身震いした。何度か口をはくはく動かし、なんとか声を絞り出す。
「おかだ……いぞう……」
「岡田以蔵……。以蔵、か。こんなところで何をしている。そんな笹の柄を持って」
以蔵ははっと我に返り、持っていた笹の柄をさっと背中に隠した。
「そこにいるのは誰だ」
がさがさと竹が鳴る。
聞こえた声に、以蔵の動きはぴたりと止まった。
そんな。ここは、外からも離れているはずなのに。見えるはずがないのに。
以蔵は息を殺してその場で固まっていた。頬を冷や汗がつぅと伝う。
「おい、いるのは分かっているんだ。返事をしろ」
足音は次第に大きくなってくる。
以蔵の方に、確実に近づいてくる。
おかしい。
以蔵は焦っていた。
足音の主は、迷いなく以蔵のいる方向を目指して歩いてくる。この竹ばかりで一見どこに何があるのかわからない場所を、だ。
仮に以蔵の声が外に聞こえていたとしても、その場所を正確に特定することは難しい。
同じような風景、薄暗い林の中。おまけに声は反響する。
何故、と考えている間にもその誰かは確実に近づいている。
どうしよう。何か、何かないか。
焦りながらも、以蔵はその場を一歩も動けずにいた。逃げるにも、この竹が密集している中走ることもできないし、下手に動けば迷いかねない。
かといって、見つかればどうなるかわからない。相手が勘だけで 以蔵のいる場所を目指しているとは思えないからだ。
この迷いない足音は、以蔵のいる位置を確信して歩いていることを示していた。そしてそんな芸当ができるのは妖怪、または妖怪混じり、しかもある程度妖力を使える者しか思い当たらない。
足音は間近に迫っている。
頭をひねり、以蔵はその音の方をじっと見つめる。竹の向こうに、大きな人影がゆらりと現れた。
以蔵の肩が緊張で強張る。
人影は、近づきながら以蔵に声を掛けた。
「おい、そこにいるのは分かっているんだ。危害は加えない。名を名乗れ」
「おっ……お前こそ誰だ……!」
「私、か? 私は……」
がさっ、と以蔵のいる空間にその相手は入ってきた。その姿に、以蔵の目は驚愕の色に染まる。
以蔵の頭二つ分は高い身長。新芽のように、爽やかな蒼い髪。色白の顔に浮かぶ紅い瞳。目尻には紅を差している。
ゆったりとした袴羽織りの姿は、気品さえ感じられた。そして、その唇がゆっくりと開かれ、自らの名を紡ぐ。
「私は、武市半平太。武市瑞山、とも呼ばれている。……お前は……、」
そこまで言ったところで、半平太は言葉を止めた。以蔵も大きく目を見開く。
二人は互いに見つめあった。
「たけち……、はんぺいた……? なんで、あんたがここにいるがじゃ……?」
「それは、こちらの台詞だ……。ここは私が手入れしている竹林。童、お前は、今朝私の屋敷で何かをしていた童だろう。名を名乗れ」
半平太はすっと目を細める。その美しくも冷たい瞳に、以蔵は思わず身震いした。何度か口をはくはく動かし、なんとか声を絞り出す。
「おかだ……いぞう……」
「岡田以蔵……。以蔵、か。こんなところで何をしている。そんな笹の柄を持って」
以蔵ははっと我に返り、持っていた笹の柄をさっと背中に隠した。
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