希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

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第1章 土佐の以蔵

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 竹林の中はひんやりした空気で覆われていた。奥へ入れば入るほど、先ほどの暑さが嘘のような涼しい風が流れてくる。頭上の方で葉がさらさら流れ、心地よい音を響かせた。

 以蔵は太い竹の幹の間を縫い、どんどん奥へと入っていく。

 さく、さく、さく。

 かたい笹の葉で覆われた麦色の地面は、しめった普通の森や林のものよりも軽い音を立てる。


「……うん、この辺りじゃ」


 以蔵はそこで立ち止まった。
 葉の隙間から差し込む光がゆらゆらと風に合わせて揺らめいている。
何処からか鳥の声が聞こえた。

初夏の日差しも、セミの声も、どこかに行ってしまったように静けさに満ちている。さあさあと風に流れる笹の葉を、以蔵はじっと見つめた。

以蔵が立っているあたり、半径約三メートルほど。そこだけ竹が生えておらず、ぽっかり空いた空間があった。春先、タケノコを探して竹林に入った時、以蔵がたまたま見つけた場所である。初めはまだ竹が生えていないだけだろうと思っていたが、それ以降もそこに竹が生えてくることはなかった。

畑に面する場所からはかなり離れており、外から今以蔵が立っている場所は見えないようになっているし、以蔵もそこから外の道に人が通る様子を見ることはできない。ゆえにその場所は以蔵の隠れ場所であり、心をゆだねられる場所であり、だれにも見つからず一人で過ごせる場所だった。


「じゃあ、やるかの……」


 以蔵は先ほど拾った笹の柄を構えて、周りにそびえる竹の中の一本をじっと見つめた。
 ひゅう、と風が吹く。


「やあぁぁぁ!」


 以蔵はその幹に向かって、笹の柄を思い切り振り下ろす。しゃん、と笹の葉がこすれた。


「やあっ! はぁっ!」


 以蔵は何度も何度も目の前の竹に切りかかる。その声が声が竹林の中にこだました。

 違う、違う。
 無我夢中で、以蔵は笹の柄を振るう。
 振っていてもわかる。あの、美しい剣の舞とは違う。
 あの、武市半平太の剣とは。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 何回か笹の柄を振ったところで、以蔵は腕を止めた。木刀より圧倒的に軽い笹の柄は、思った以上に以蔵の腕を疲れさせた。


「どうすれば……。違うんじゃ……。こんなのじゃない……」


 同じように動いているはずだ。同じように振っているはずだ。
 だけど、違う。

やはり以蔵にはわからなかった。

わかるはずもなかった。
自分と、半平太との違いが何なのか。
家族以外、ほとんど人と接してこなかった以蔵には。


「よし、もっかい、もっかいじゃ」


 ふー、と肺に残った息を吹き出す。そして再び鋭い瞳で先ほど狙った竹を見つめた。
 笹の柄をすぅっと構え、もう一度小さく息を吐く。


「はあぁぁぁっ!!!」


 以蔵は叫びながら、狙った竹に向かって飛び込んでいく。
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