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第1章 土佐の以蔵
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家に戻ると以蔵はいつものように里江にこっぴどく叱られた。以蔵は怒る母の声をぼんやりと聞きながら、これも今日までかと考えた。
一通り怒られたのち、以蔵は義平と啓吉の二人と一緒に家の外に放り出されて、さっさと畑に行かんね! と叫ばれた。目の前の扉がぴしゃんと閉まる。
音に驚いて固まった以蔵を見て、隣にいた義平は困ったように微笑んだ。
「あれでも里江が一番心配しちゅうき、許してやっとうせ」
そう言って以蔵を引き起こし、すでに立ち上がっていた啓吉の手を取って、三人並んで畑へ向かう。
「以蔵は家族の中でも一番妖力が強いきのう。誰かにいじめられたり変な疑いかけられたりせんか心配なんじゃ。…けどなぁ、以蔵。わしも里江も、妖力が強いのは悪いとおもっちょらん。確かに今の日ノ本じゃあ嫌われゆうかもしれんがの。お前のそれはご先祖様からの贈り物じゃ。啓吉のように人間の見た目をして生まれてきた者にしかできん事もあれば、以蔵のような者でなければできん事もある」
「でも、おとう、わし妖力使えんし……。なのにこの髪やき……。町の人からはえらい見られゆう……」
以蔵は口をとがらせて、顔の横に流れた髪をくるくる指に巻き付ける。何度も髪で遊んでいる以蔵を横目で見た義平は、フッと鼻を鳴らした。
「…まあ妖力の使い方はわしも知らんし、あれは時が来ればひとりでに使えるようになるものらしいきのう。教えてやれんですまんの。けどな、以蔵。大丈夫じゃ。町の人に何と言われようと、以蔵がどんなことになろうと、何があっても、わしも里江も、以蔵の味方やき」
「わしも! わしも兄やんの味方じゃあ!」
義平と啓吉がこちらを向いてにっこり笑った。
二人と目があい、なんだか恥ずかしくて以蔵はするりと目線をそらす。
でも、なんだか軽くなった。
以蔵は息をすぅと吸い込んでみる。周りの畑の土の香ばしいにおいと野菜たちの青い香りが混じりあって胸の中に入ってきた。
半平太のところに行けなくなった悲しさや、自分に向けられる密かな悪意の辛さ。胸の中にそれらが霧となりまとわりついて離れなかったそれらが、義平の言葉で少し晴れた気がした。
そうだ、家族は、味方になってくれる。
どれだけ卑下されても、戻る場所をくれる。以蔵を認めてくれている。優しく包んでくれる。今は、それだけで充分なのかもしれない。
以蔵は横を行く二人の顔を見て、にぃと笑った。
「ありがと、おとう、啓吉」
その顔を見て満足したのか、義平もにやりと歯を見せた。
「よし。以蔵も元気になったし、以蔵、啓吉、畑まで胸像じゃ!」
そういうが早いか、義平は二人の手を放し、家の畑に向かって走り出す。以蔵と啓吉は慌ててその後ろを追いかけた。
「まっとうせ! おとん、ずるいよ!」
「おとんー! 兄やんー! 啓吉は足が遅いき……!」
二人の前を行く義平は、あははは、と楽しそうに笑う。つられて以蔵と啓吉も笑いながら父を追いかける。
畑で働くほかの農民が、親子三人をほほえましそうに眺めていた。
それは夏の初め。日もずいぶん高く上り、力強く大地を照らす。セミの鳴き声が夏を一層際立たせた。そんな時期にも負けない程、三人の笑顔は眩しく輝いていた。
一通り怒られたのち、以蔵は義平と啓吉の二人と一緒に家の外に放り出されて、さっさと畑に行かんね! と叫ばれた。目の前の扉がぴしゃんと閉まる。
音に驚いて固まった以蔵を見て、隣にいた義平は困ったように微笑んだ。
「あれでも里江が一番心配しちゅうき、許してやっとうせ」
そう言って以蔵を引き起こし、すでに立ち上がっていた啓吉の手を取って、三人並んで畑へ向かう。
「以蔵は家族の中でも一番妖力が強いきのう。誰かにいじめられたり変な疑いかけられたりせんか心配なんじゃ。…けどなぁ、以蔵。わしも里江も、妖力が強いのは悪いとおもっちょらん。確かに今の日ノ本じゃあ嫌われゆうかもしれんがの。お前のそれはご先祖様からの贈り物じゃ。啓吉のように人間の見た目をして生まれてきた者にしかできん事もあれば、以蔵のような者でなければできん事もある」
「でも、おとう、わし妖力使えんし……。なのにこの髪やき……。町の人からはえらい見られゆう……」
以蔵は口をとがらせて、顔の横に流れた髪をくるくる指に巻き付ける。何度も髪で遊んでいる以蔵を横目で見た義平は、フッと鼻を鳴らした。
「…まあ妖力の使い方はわしも知らんし、あれは時が来ればひとりでに使えるようになるものらしいきのう。教えてやれんですまんの。けどな、以蔵。大丈夫じゃ。町の人に何と言われようと、以蔵がどんなことになろうと、何があっても、わしも里江も、以蔵の味方やき」
「わしも! わしも兄やんの味方じゃあ!」
義平と啓吉がこちらを向いてにっこり笑った。
二人と目があい、なんだか恥ずかしくて以蔵はするりと目線をそらす。
でも、なんだか軽くなった。
以蔵は息をすぅと吸い込んでみる。周りの畑の土の香ばしいにおいと野菜たちの青い香りが混じりあって胸の中に入ってきた。
半平太のところに行けなくなった悲しさや、自分に向けられる密かな悪意の辛さ。胸の中にそれらが霧となりまとわりついて離れなかったそれらが、義平の言葉で少し晴れた気がした。
そうだ、家族は、味方になってくれる。
どれだけ卑下されても、戻る場所をくれる。以蔵を認めてくれている。優しく包んでくれる。今は、それだけで充分なのかもしれない。
以蔵は横を行く二人の顔を見て、にぃと笑った。
「ありがと、おとう、啓吉」
その顔を見て満足したのか、義平もにやりと歯を見せた。
「よし。以蔵も元気になったし、以蔵、啓吉、畑まで胸像じゃ!」
そういうが早いか、義平は二人の手を放し、家の畑に向かって走り出す。以蔵と啓吉は慌ててその後ろを追いかけた。
「まっとうせ! おとん、ずるいよ!」
「おとんー! 兄やんー! 啓吉は足が遅いき……!」
二人の前を行く義平は、あははは、と楽しそうに笑う。つられて以蔵と啓吉も笑いながら父を追いかける。
畑で働くほかの農民が、親子三人をほほえましそうに眺めていた。
それは夏の初め。日もずいぶん高く上り、力強く大地を照らす。セミの鳴き声が夏を一層際立たせた。そんな時期にも負けない程、三人の笑顔は眩しく輝いていた。
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