希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

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第1章 土佐の以蔵

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日の本。それは古来より「人間」と「妖怪」、そして「神」が共に生き、創り上げてきた国。

人間は優れた知恵を持ち、様々なものを生み出した。
妖怪はその妖力をもって戦で功績をあげ、自然の力を暮らしに生かした。
神は人間や妖怪を見守り、時にその強力な力をもって彼らを助けた。

三者は長い間助け合い、時に混ざり合って生きてきた。互いの能力を認め合い、尊重しあっていた。
しかしその思いはどこかに消えてしまっている。
戦国時代。それは人間と妖怪が権力をめぐって争いあった時代。争いの絶えなかったその時代に終止符を打ったのは、日ノ本を二分する大きな戦いだった。

天下分け目の戦いと呼ばれるその戦いに勝利したのは初代江戸幕府将軍、徳川家康。彼は人間であり、人間より力が強い妖怪たちが高い地位になることのないように、あらゆる知識と策を行使して妖怪たちを差別するような決まり事を作った。それは妖怪だけでなく、かつて妖怪と人間が交わりあって生まれた「妖怪混じり」と呼ばれる者たちにも適応されたのだ。

人間よりも圧倒的に人口の多かった彼らは初めこそその決まりに仕方なく従ってきた。しかし幕府設立から百数年。あまりにもひどい差別に妖怪や妖怪混じりの不満は各地で膨れ上がり、倒幕をもくろむ者が出てきているという。
それは、以蔵の住むこの土佐藩も例外ではない。

以蔵の住むのは七軒町と呼ばれる、長屋のような家が七軒並んでいることから名づけられた町だ。ここには貧しい農民が住んでいたが、その全員が妖怪混じりであった。ほかにも、農民が住む多くの町の住民は妖怪混じりである。そのため以蔵は、家の中だけでなく畑に出るたび、釣りに行く度に、ほかの大人の幕府に対する不満の声を聴いていた。

一般的に妖怪混じりは妖怪の血が濃ければ濃いほど髪の毛の色が薄くなる。妖力が髪の色素を抜いてしまうので、妖怪の血が強い妖怪混じりは人間との見分けがすぐについてしまう。血の薄い妖怪混じりは、ほとんど人間と見分けのつかないほど髪色が濃い。それでも、人間か妖怪混じりかはその家に伝わる家宝により判別できた。妖怪混じりの家には、祖先が残した家系図や妖怪の持つ秘宝、その他、人間が持っているはずのない妖力が込められたものがどこか大切に保存されている。

現に以蔵の家にもそういったものがあった。以蔵の祖先である鬼が残した、蒼い宝玉と名のない妖刀。啓吉が生まれた時、義平からそれらを一度だけ見せてもらったことを覚えている。


「お前は長男で、この家の中で最も先代様の力を受け継いでいる。今は分からないだろうが、いつかこれらを使うときが来るだろう。心しておきなさい」


その義平の言葉は今でも忘れることはない。しかしいくら妖力が高いといっても、貧しい農民である。勉学だけは義平がない金を絞り出して最低限の事を学ばせてくれたが、さすがに剣の道場に通うほどの金がうちにあるとは思えなかった。

この時世、思想だけでは世の中を変革することはできない。知性と力があってこそ何かできるということは、幼い以蔵でもわかっていた。だからたとえ他の藩で起こっているような倒幕運動がこの土佐藩で始まったとしても、自分には関係なく、その傍観者となりながら農民として一生を終えるのだろう。そう以蔵は思っている。
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