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5)呆れられても事実です!

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「と、いうことなんだが」

 あまりに現実味のない話に、明美の表情は死んでいた。

「いい夢見ましたね……」

「夢じゃないから!」

 いくらオタクのような明美でも、非現実的な事すぎると信じてくれる様子ではない。
信じなくてもいいから打ち明けたかった。
だから、別に信じなくてもいいと信夫は話しながら思ったが、死んだ表情で否定されると妙に落胆する。

「まあ、世の中何があるかわかりませんが、面白いから詳しく聞きたいっすね」
「お……おう」
「とりあえず、今夜飲みましょう。相談料として先輩持ちでお願いします」
「タダ酒飲みたいだけだろ」

 魂胆は見えたものの、今の精神状態で一人で悩むより、酒を飲んで現実逃避した方が気が楽だろう。
信夫はその提案に賛成した。

「何?飲み?俺も行く」
「お前も来てくれー」

 どこへ行っていたのか、どこから聞いていたのか。
ひょこっと顔を出した氏川に、泣きながら抱き着き、今夜の酒の席へ誘う。

「私だけじゃ変な噂たつんで、助かります」

 自分から誘っておいて、なんだその言い草は!と、心の中で叫ぶ。

「じゃあ……とりあえず、ここ予約しときますねー」

 そう言って明美は、よく三人で飲みに行く店の予約を手早く進める。
インターネットの普及した時代は強い。
電話をわざわざしなくても予約が簡単に取れる時代だ。
時代の流れの便利さに、信夫は毎度のように感心する。

 

 仕事など、疲れていればいい方向になんて向かないものだ。
 信夫はミスの連続を繰り返しながら、周りのサポートを得てようやく終業時間を迎えた。
明日は休みな事が救いであろう。
だが、隣にはストレスの現況が隣に住んでいるとなると話は別だ。

 信夫は琥珀色と雲のような白の、見事なバランスで注がれたビールを一気に胃へと流し込む。
頭痛を起こしそうなほどのビールの冷たさが、信夫の喉を染み透っていく。
この爽快感は、他の酒では味わえないだろう。

「先輩ペースガンガンっすね」

 明美が白く長い女性らしい指先で、枝豆の皮を一つ一つ剥く。
そして、皮から生まれた豆だけを、器用に爪楊枝で刺して遊んでいる。

「おやっさーん、ガツ刺し追加で」

 自分のペースで酒と肴を口にしながら、空いた皿を目に入れて追加を頼む。

「明美ちゃんもペース早いぞ」

 信夫の隣で氏川が明美の言動に物申す。

「氏川先輩が遅いだけでーす」

 そう言いながら明美は、飲み始めてから三十分と経たない時間で五杯目のジョッキを飲み干した。

「飲み放題!飲まなきゃ損ですよ!」

 九十分飲み放題のプランのあるこの店で、明美は元を取る事だけを考えている。
毎度の事だが、彼女の飲みっぷりには圧巻だ。

 三人は酒と肴で腹を満たし、二件三件と店を梯子した。
 だが、それでも夜はまだまだ長い。

飲み足りない三人は、信夫の部屋で飲みなおすことにしたのだった。
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