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3)運命だって言ってるじゃないか!と怒られまして……

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 一回目の人生は真っ白な雪のような毛並みの、ジャンガリアンハムスターだった。

ジャンガリアンと言っても、人間が勝手に名付けた分類名で、本来はなんと言うかなど誰も知らない。
 生後一ヶ月、人間の年齢で言えば九歳であろう頃、仲良く仲間と生活を過ごしていると、人間という存在に『飼われる』という事を理解し始める。
 何匹も一緒のケースに居た仲間たちは少しずつ数が減り始め、これはどういう事なのかと疑問に思い始めた頃に、いつも食べ物を用意する人間という存在と、その人間という生き物から聞こえる言葉というものでこの場と状況を認知し始める。
そして、自分の名前も解らぬまま、ただ日々を過ごして人間という生き物が食べ物を運ぶ便利屋という認識をし始めた頃だ。

「この子!いい!この子!かう!かうっ!」

 そう人間の言葉を話して、泣きじゃくる人間の子供が自分を指さして離さない。
言葉が少しぎこちない。その子供は、ハムスターである自分にしてはとても大きな体に思えるが、赤ん坊が少し成長した程度だと解る。

「三歳の誕生日にペットが欲しいって言われて……」

 大泣きしている子供の隣で、母親らしき人物が、いつもご飯を運んでくる店員という人間と、困ったように会話をしている。

「三歳ですか……ハムスターは飼うには簡単ですが、まだ少し早いかと……」
「ええ、ハムスターは寿命も早いですし、子供には難しいかと……。だから旦那と相談して私も飼ったことのある犬と思って見にふだけ来たんですけど……」

 困り果てた顔で会話をする二人と、他の動物を見せても「この子がいい」と意思を曲げない子供。

「負けたわ……。餌やり以外は私が見ますから、この子をうちに迎えさせてください」

 母親のその言葉が出た次の瞬間、店員が掬うように自分を持ち、小さくて暗い箱の中へと移動させる。
 恐怖というよりは、飼われたという認識が勝つ。

 どうされるのか。

 何をされるのか。
 
 ご飯は食べられるのか、寝床はあるのか。

 なんて考えなかった。

 他の仲間はそういう気持ちを持って、次は誰が連れていかれるのか、次は自分ではないだろうかと怯えて過ごしていたが、自分は違っていた。
人間は必ずご飯をくれる。そう思っていたのと、いざとなったら逃げればいいという、強い気持ちを持っていた。

しかし、自分が迎えられた場所はとても快適だった。
遊具もあり、安定した食事も用意された。

 何より、信夫という子供は自分に「だいふく」と名前を付け可愛がってくれた。
保育園という場所から帰ってくると、必ず顔を見に来てはおやつをくれたし、紙や段ボールだったが信夫が自作で遊具を作ってくれた。
 夜暗い時間に活動する自分に合わせて、夜一緒に遊ぼうと信夫の布団の隣にだいふくの住処を置いては母親に怒られていたりしていた。

「だいふくは可愛いなー」

 信夫が、言葉をすんなりと発せるようになった頃。

 自分の早い体の成長に恐怖を覚えた。
この世に生を受けて二年ほど経つと、身体が思うように動かない。
 手足が痺れ、歩行が上手くできなくなった。
呼吸もどうやってしていたのかを忘れるほどに、苦しいと思っていた時、弱ってゆくそんな姿を見て、信夫が大きな声で泣いていた。

 そうか、俺死ぬんだな。

 でも、悪い気はしなかった。
こんなに泣いてくれる人に飼われて、幸せだったんだ。

そう思って、目を閉じたはずだった。

「僕、またハムスターがいい!」

 聞き慣れた声が耳に入る。

 信夫だった。

 自分は死んだはずではと思ったが、それは夢だったのだろうと安堵したが、見慣れない場所に混乱した。

「まだだいふくが死んで、一ヶ月しか経ってないのよ?今日は余った餌を寄付しにきたの」

 見慣れた人間は、信夫の母親で間違いない。
 だいふくが死んだ。しかも、一ヶ月前だという。
でも、ここに今いるのは、そのだいふくという名を貰った自分自身。

 どういう事だ?

 よく見ると、身体の色が白ではなく茶色。

「キンクマハムスターはジャンガリアンよりは少し長生きですよ。この子は生後10日なので、人間で言えば一歳程度です。うまく飼えば、一緒に居れる時期はどのハムスターより少しでも長いかもしれません」
 店員らしき人物が丁寧に説明をされ、駄々をこねる信夫に負けて、母親が困ったように承諾の返事をする。

「いいわ。でもね、だいふくを忘れちゃダメよ」
「忘れないよ!だってこの子はだいふくだよ!」
「んー?でも全く違うハムちゃんだよ?」
「ううん!この子はだいふく!」

 生まれ変わりだよ!その言葉を耳にして、自分の中でストンと自身の疑問が解決の穴に嵌る。

「そう?でも名前はだいふくじゃないのにしないと、前の白いだいふくが可哀そうよ?そうね、きなこなんてどうかしら?」

「うー…うん……」

 腑に落ちない表情をしつつも、名前はきなこに決まり、そしてまた自分は、信夫と共に生きる事となった。
 三年後、またあの苦しさを味わって、もう本当に最後だと思った。

しかし、また生まれ変わり、次は真っ黒な毛並みをしたクロクマハムスターだった。
そして、二回目と同じように信夫に飼われ、二年の生涯を終える。

 三度の人生を経験し、しかも同じ飼い主に飼われる。
こんな奇跡が、偶然で済まされる話ではない。

そう思いながら四度目の人生を迎えた時の姿はハムスターではなく、シマリスだった。

 ハムスターの時の身体と違い、身体が軽く動いやすくて快適だった。

 何より、ハムスターより寿命が長い。
それだけでも嬉しかった。

疲れやすい体質から、少々身体が弱いという自覚もあった。だが、三度経験したハムスターの身体よりは、年を取る速度が遅く、生きるエネルギーがある様に感じる。
何より、四度目の人生の飼い主も信夫だったのが嬉しいことだ。

 自分に気づいて飼ってくれている。これは、運命なのではないか。

そう感じてやまなかった。
だが、信夫が成長するにつれ、自分がペットである事に嫌気が差す事が多くなった。

 連れてくる友人と楽しそうに話しをしている姿を見て、自分も同じ人間だったらあんな風に話せたのに。
その思いが強くなり、そして信夫が頃に連れてきた、彼女という人間としていた行為に、尚も自分が人間ではないことに、深く傷ついた。
もしも自分が人間だったら、もっと一緒に居られただろう。
もしかしたら、自分が人間だったら、信夫とつがいになれていたかもしれない。
家族となり、家庭というものを築いて、幸せな時間を過ごせたかもしれない。

  ―――――また生まれ変わるなら、人間でありたい。

強く強く願って、七年の人生を終えた。

  ―――――どうか生まれ変わるなら、人間に……。

贅沢だとは思ったが、強く願った甲斐があってか、人生の五回目を手に入れた。

 五回目の人生に気づいたのは、生まれて暫く経ってからだ。
 記憶がよみがえる前に、宮登は自分に指が一本多い感覚に悩まされていた。
だが、周りの人も、五本の指を持っている。それが普通なのだが、何故か不思議な感覚に陥る。
何故、人間は指が五本あるのだろうと疑問に思いながらも、人間であるからこそ、これが普通なのだと思うようにし、それが当たり前の日々を過ごし、小学校に上がる歳の頃、ペットショップへと家族と共に行った時の事だ。
懐かしい空気に触れて、ふわっと頭の中で色んな思いが浮かんでくる。

 あ、前に僕はここに居た。

 ガラスケースの中の隅っこに、みっちりとハムスターが集まって眠っているのを目にし、懐かしい気持ちになる。
 僕はハムスターだった。
ぬくぬくとしている、まん丸い生き物を見つめながら、ゆっくりと前世の記憶を取り戻す。
そうか、ハムスターだった頃は四本しか指がなかったから、今まで違和感があったんだ。
今までの違和感が解決した事も喜ばしかったが、また転生できた喜びと共に、自分が人間になったという確信に満悦する。

 信夫に会いたい。

その気持ちが強いだけで、人間の姿の自分に気づいてくれるだろうか、という不安も抱えていた。
信夫なら絶対気づいてくれる。なぜなら、運命だから。

 そう思いながら、記憶を取り戻して三年。

父親の仕事の都合で引っ越しをしてきたその隣の部屋の主の声を耳にして、懐かしい声に胸が締め付けられる様な感覚におちた。

 姿を見て、信夫だと確信し、そして咄嗟に呼んでしまった。
気づいてほしいと、無意識に出た行動だった。

 だが、前の記憶があったからといえど、今は宮登という少年。
親が存在し人間として共に生きている身として、心配をかけまいと、その場は誤魔化した。
だが、引っ越してきて数日間、挨拶はするものの、自分が今まで飼ってきたペットだと信夫が気づいてくれないもどかしい気持ちに、苛立ちさえ覚えた。

二回目、三回目、四回目と飼った理由が、だいふくに似ている気がする。というものなのに、人間の姿になっても気付いてくれると、気づいてほしいと願ったのに、信夫は気づく様子が微塵もない。
毎日見かける信夫の姿に、我慢の糸が切れた。

 自分の存在を気づいてほしい。

どうしてこんなに近くにいるのに、気づかないのか。

 気づかないなら、気づかせればいい。

そう思い、信夫に運命だと言いながら、近づいていた。


 ―――――――――


「と、言いたいことはよーく解った」

 長い思い出話の中に、何度も発せられた運命という言葉に若干胸やけを起こしそうになりながら、信夫は宮登の言葉をしっかりと聞いていた。
 時期やタイミングも一致していて、何かのゲームや漫画の知識で得た妄想として片づけるには、少々厳しい。
それほどに、宮登の話は信憑性がある。
認めるしかないのか。と、色々と逃げ道を探そうにも見つからず、納得するしかなかった。

「でもな、もしも本当に転生してきて、お前がだいふくだとしてもだ、今の俺たちは友情としての運命は可能でも恋人としての運命は不可能だ」

「なんでだ」

「年齢と性別だな。お前は子供、そして何より、俺たちは男同士だ」
「何を言ってるんだ?男同士ならどっちかが女になればいいんだろ?」
「いやいや、宮登くん。男同士は世間の風も冷たいし」
「今は冬じゃない」

「じゃなくてね?」

 子供相手に何を言っているのかと悩みつつも、かと言え中身は四度人生を経験している。
先輩ではあるのだが、常識はやはり人間ではない為に、どう説明していいのか判らない。

「……男同士は子供は産めないんだよ」
「それの何がダメなんだ?」
「繁殖本能って知ってる?」
「ゴキブリはオスしかいない場合は、誰かがメスになって卵を産むんだよ」
「人間とゴキブリの生命力を一緒にしない!」

 頭が痛くなるほどに、言葉のキャッチボールが上手くいかない。

「あとゴキブリはオスじゃなくてメスしかいない場合にだな…ってやめようこの話、気持ち悪い」
「どっちも一緒だろ」
「いや違うから」

 どこでそんなのを覚えてくるのか。
無駄な知識だけは豊富なようだ。

「とりあえず、人間には同性同士は無理なんだよ」
「なんで諦めるんだよ!これは運命だって言ってるじゃないか!だから一緒になるべきなんだ!」

 小さな身体で、信夫の身体を押し倒そうと、宮登は勢いをつけて飛びついた。

「一回、ヤッてみないと解らないだろ」

 勢いに負けて倒れ込む信夫の上に、宮登はまたがり服を脱ぎ始める。

「待て、待て待て待て!」

 焦る気持ちと裏腹に、上の服を抜いだ宮登の白い肌を目に入れて、高鳴る心音に戸惑いを覚える。
 細い身体ではあるが、指で触れると吸い付きそうな瑞々しい肌に、思わず触れそうになる。

「信夫……」

 宮登が物欲しそうな顔をして、ゆっくりと目を閉じ、そして、ゆっくりと信夫の顔に自身の顔を近づけ始めた。
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