二番目の愛の形

柴楽 松

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 芸能プロダクション運営の養成所に入るきっかけになったのは、井村有希への憧れが強かったからだ。

最初はただダンスが楽しそうだだったから。そんな理由で興味をもってダンススクールに足を向けたが、そこで自分の人生を変える出会いがあるとは夢にも思わない。

 春の花のように舞い、
 夏の太陽のように熱く、
 秋の風のように優しく、
 そして冬の夜空のように幻想的。

 人を引き込むその踊る姿に、目だけではなく気持ちまでも奪われたのは初めてだった。

 憧れの彼にもらった
「また一緒に踊りたいね」
というその言葉だけが、博康の人生を変えた。


一年後に迎える養成所の試験の為、死に物狂いで練習し勉強を重ね、たった一年という短い期間で、芸能プロダクションの養成所という土台に足を乗せる事ができた。
短い期間で達成した事に、努力を認められた喜びと才能があるのではないかという自信に繋がった。
何より、憧れの存在に一歩近づけたという喜びは、それらの喜びより遥かに高い。

「あなたに憧れてここまできました!」

 久しぶりに有希に会った時に、大声で伝えた言葉に有希は驚きはしていたものの、一緒に喜んでくれたのを覚えている。

 養成所に通い始めて二年。
練習生や候補生と呼ばれる、云わばプロのバックダンサーとして博康と有希は共に時間を過ごしてきた。

 まるで磁石と鉄板。

周りに言われるほどに、博康はべったりと有希から離れない。
一歩距離を詰めるだけで瞬時にくっつくというような、磁石と鉄板の例えは、納得だった。


 高校生になった頃、ようやくグループ結成の話が持ち出されるようになる。


 距離が近すぎて、その時は気づかなった。
 グループ結成の話が出た時、真っ先に有希は自分と一緒のグループになるであろうと信じていた。
有希と同じグループとなる人が呼ばれ、その中に博康の名前が上げられる事はなかった。

 レベルが違いすぎるんだよね。

プロデューサーの放った言葉が、地面に頭を叩きつけられている様な重い痛みを博康に与える。

「見た目はそこそこいい」
「ダンスはうまいが伸びるには時間がかかる、歌もいいがもっと練習が必要」
「君はダンスより、俳優向けかもしれないね」

 そう投げかけられた言葉。
アイドルには向いてないと、はっきりと伝えられた瞬間だった。

「有希の隣に並ぶには、京太郎ほどの実力がなければ無理だ」

 最後に投げられた言葉が、心の傷に塩を塗る行為のように思えた。

 加木京太郎は有希と共に行動することが多い人物。
何度か話をした事ある程度だったが、いつも有希の隣にいる事は解っていた。
 有希と一緒にいても、話題に上がるのは京太郎という人物の事。
京太郎は、有希一つ年上の兄のような存在で憧れである。と、耳にタコができそうなほどに聞いていた。

 あまりにも京太郎の話をする有希の話題に、少し嫌気がさした時「すごく好きなんだね」と、言葉を投げたことがあった。
その言葉をどう受け取ったのか、有希は顔を桃のようにピンクに染めて「うん」と一言返してきた事を思い出す。

 憧れの形が強い人間は、こんなにも幸せそうな顔をするものなのか。
当時は、純粋に思っていた。
そして、何かが胸にひっかかるのも、その時だった。


 数名の仲のいい養成所のメンバーが、焼肉を食べるために夜集まった。

 有希と一緒のグループにはなったら終わりだ。
 自分に自信がなくなる。
 自分が惨めになる。

 有希が居ない場所で口にする、皆の本音。
この場に、有希が居たら決して口に出さない皆のドロドロとした感情。

「なあ、知ってるか?京太郎と有希の関係」

 一人の男が、面白い話を持ってきたと言わんばかりの表情で口を開く。

「あいつら、付き合ってるらしいぞ」

 その言葉に、博康は鉄板の上で音を立てて焼かれている肉に伸びていた手を止めた。
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