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53)最終話:ブラックダイヤモンド
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数日後、あの日から、二人はこれからのことを真剣に話し合い、和司の両親にもその決意を伝えた。全員が納得できる形はないと分かっていたが、二人が納得できればそれで良いと判断した。
梓は和司と番となり、夫婦の誓いを交わした。
そして和司は斎藤家から姓を抜け、村上和司という名前を選んだ。最初は武和も希清もその決断に猛反対したが、清武との今後を考え、最終的にはその決定を受け入れる形となった。
清武が梓の姓が変わったことで、「梓と結婚したのは自分だ」と言い出すのは明白だった。
言い出すだけならばともかく、今後のことを考えると、和司が斎藤家から抜け、村上家に婿入りする方が良いと判断された。
アルファがオメガの家に婿入りするという前代未聞の話だったが、和司にとっては世間体など気にする必要はなかった。
あれから数ヶ月が経ち、清武は精神的な理由から仕事もできず、自宅療養をしている。
斎藤家との縁を切ったわけではないが、和司が実家に帰ることはなく、清武の姿を見ることはなくなった。
和司と梓は新しいマンションを購入した。
それは実家から離れ、解放感あふれる広い三階建ての低層マンションだった。
「梓、大丈夫か?」
引っ越しも終わり、落ち着いてきた頃、梓は久しぶりにスーツを着ていた。
「はい、でも久しぶりだと緊張しますね」
梓の花のような佇まいは健在だった。
「あまり無理はするなよ」
「はい」
和司が梓の頬に軽く口づけをし、玄関を出る梓を優しく見守った。
秋が近づく午後五時。梓は着慣れたスーツを身にまとい、外へと出て行った。
元居たホストクラブには戻らないが、梓は似た職となるバーで働くことになった。
以前仕事でお世話になった先輩の佳充が自身の店を開店し、梓をスタッフとして雇ってくれることになったのだ。
バーとは名ばかりで、酒を交わしながら一対一でお客を楽しませる、非日常のきらめきに包まれた社交場。
カウンターは三名程度ボックス席は三つほどの小さな店内で、六人ほどのキャストが常勤している。
そこは、小さくて静かなホストクラブ。
その店は「B・ロビン」という名前で、看板には貴重な黒い鳥が希少な黒いダイヤモンドをくわえている。
今まで夜の街で働いてきた梓にとって、この仕事は自分にしっくりと馴染んでおり、もはや他の職業に就くことは考えられない。
そのため、誘われた時は嬉しさがこみ上げていた。
秋風が吹き始めた夏の終わり、梓はスーツの襟を立て、うなじを隠した。
オメガであることや結婚していることを隠す必要はない職場ではあったが、あえて公言することはないだろう。
スタッフとして働くため、梓は過度に自分を目立たせることなく、控えめに振る舞うよう心がけていた。
バーといえどもこの店は、ホストクラブと変わらない立ち位置だ。
オメガを嫌う客もいる世の中だからこそ、配慮は欠かせない。
もしヒートが起きたとしても、番ができた梓は不特定多数に誘惑の香りを漂わせることはない。
怯える事無く、この職に就くことが嬉しいとかんじている。
梓は自分のペースで仕事に取り組み、そんな自由を感じることに喜びを覚えていた。
「いらっしゃいませ」
夜が深くなるにつれ、店の客が増えてきた。
「何かおすすめはありますか?」
初めての客が梓に尋ねた。
「当店はブラックダイヤモンドをおすすめしております」
看板に描かれた鳥がくわえている黒いダイヤモンド。それは、店の象徴的なカクテルであり、特に人気の一杯だった。
「ブラックダイヤモンド…ですか?」
客は少し驚いたような顔をして、興味津々で梓を見つめる。
「はい。シンプルでありながら、深みのある味わいが特徴です。強いインパクトと、後を引く余韻が魅力なんです」
梓は微笑みながら説明し、グラスに向かって手を動かす。カクテルを作る動作は、まるで一連の舞のように滑らかで、無駄のない動きだった。
「それに、見た目も美しいんですよ」
梓はカクテルを仕上げ、グラスに美しい光を反射させながら手渡した。黒いダイヤモンドのようにきらりと輝くそのドリンクは、客の期待を裏切らない美しさだった。
「どうぞ、お試しください」
客はグラスを手に取り、ひと口飲んだ。口の中で広がる深い味わいに、彼の顔に満足げな表情が浮かぶ。
「うん、これは確かに…すごい。後味がくせになる」
「ありがとうございます。気に入っていただけて嬉しいです」
梓は微笑みながら、次の客へと視線を向けた。
店の雰囲気が次第に賑わいを見せ、彼の心もまた少しずつ安定していくのを感じていた。ここでの仕事は、彼にとって新しい挑戦でありながら、心地よい自由をもたらしている。
梓は微笑みながら、次の客へと視線を向けた。
店内の喧騒はどこか心地よく、まるで彼の胸の中に宿る新たな希望を映し出しているかのようだった。
彼はそっと息を整えながら、穏やかな気持ちで自分の歩んできた道を振り返る。
オメガを隠したベータとしての自分。かつてはその曖昧な存在に迷い、何度も自分を責めたこともあった。だが今は違う。
「これが、俺の選んだ生き方」
梓は胸の奥でそう呟いた。清武との関係は途絶え、和司との未来を迎えた。
和司が与えてくれた新しい幸せを受け入れることで、自分自身も新たな道を歩めると確信している。
店の賑わいの中、客たちの笑顔や会話が絶え間なく響き渡る。
その中で、梓は一人静かに自分の役割を見出していた。
この場所で与えられる自由。
ここで出会う人々。
そして、日々を積み重ねていく中で得られる充実感。それらが、今の彼にとってかけがえのないものとなっている。
「さあ、次のお客さんだ」
梓は軽く背筋を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべる。
店の灯りが優しく彼を包み込み、心を緩ませる夜のオアシスといえる空間に、その表情を一層明るく映し出している。
新しい挑戦が、彼を前へと進ませていることを感じながら、梓はまた一歩を踏み出した。
【オメガのホストはベータとして生きる】――――――おわり
梓は和司と番となり、夫婦の誓いを交わした。
そして和司は斎藤家から姓を抜け、村上和司という名前を選んだ。最初は武和も希清もその決断に猛反対したが、清武との今後を考え、最終的にはその決定を受け入れる形となった。
清武が梓の姓が変わったことで、「梓と結婚したのは自分だ」と言い出すのは明白だった。
言い出すだけならばともかく、今後のことを考えると、和司が斎藤家から抜け、村上家に婿入りする方が良いと判断された。
アルファがオメガの家に婿入りするという前代未聞の話だったが、和司にとっては世間体など気にする必要はなかった。
あれから数ヶ月が経ち、清武は精神的な理由から仕事もできず、自宅療養をしている。
斎藤家との縁を切ったわけではないが、和司が実家に帰ることはなく、清武の姿を見ることはなくなった。
和司と梓は新しいマンションを購入した。
それは実家から離れ、解放感あふれる広い三階建ての低層マンションだった。
「梓、大丈夫か?」
引っ越しも終わり、落ち着いてきた頃、梓は久しぶりにスーツを着ていた。
「はい、でも久しぶりだと緊張しますね」
梓の花のような佇まいは健在だった。
「あまり無理はするなよ」
「はい」
和司が梓の頬に軽く口づけをし、玄関を出る梓を優しく見守った。
秋が近づく午後五時。梓は着慣れたスーツを身にまとい、外へと出て行った。
元居たホストクラブには戻らないが、梓は似た職となるバーで働くことになった。
以前仕事でお世話になった先輩の佳充が自身の店を開店し、梓をスタッフとして雇ってくれることになったのだ。
バーとは名ばかりで、酒を交わしながら一対一でお客を楽しませる、非日常のきらめきに包まれた社交場。
カウンターは三名程度ボックス席は三つほどの小さな店内で、六人ほどのキャストが常勤している。
そこは、小さくて静かなホストクラブ。
その店は「B・ロビン」という名前で、看板には貴重な黒い鳥が希少な黒いダイヤモンドをくわえている。
今まで夜の街で働いてきた梓にとって、この仕事は自分にしっくりと馴染んでおり、もはや他の職業に就くことは考えられない。
そのため、誘われた時は嬉しさがこみ上げていた。
秋風が吹き始めた夏の終わり、梓はスーツの襟を立て、うなじを隠した。
オメガであることや結婚していることを隠す必要はない職場ではあったが、あえて公言することはないだろう。
スタッフとして働くため、梓は過度に自分を目立たせることなく、控えめに振る舞うよう心がけていた。
バーといえどもこの店は、ホストクラブと変わらない立ち位置だ。
オメガを嫌う客もいる世の中だからこそ、配慮は欠かせない。
もしヒートが起きたとしても、番ができた梓は不特定多数に誘惑の香りを漂わせることはない。
怯える事無く、この職に就くことが嬉しいとかんじている。
梓は自分のペースで仕事に取り組み、そんな自由を感じることに喜びを覚えていた。
「いらっしゃいませ」
夜が深くなるにつれ、店の客が増えてきた。
「何かおすすめはありますか?」
初めての客が梓に尋ねた。
「当店はブラックダイヤモンドをおすすめしております」
看板に描かれた鳥がくわえている黒いダイヤモンド。それは、店の象徴的なカクテルであり、特に人気の一杯だった。
「ブラックダイヤモンド…ですか?」
客は少し驚いたような顔をして、興味津々で梓を見つめる。
「はい。シンプルでありながら、深みのある味わいが特徴です。強いインパクトと、後を引く余韻が魅力なんです」
梓は微笑みながら説明し、グラスに向かって手を動かす。カクテルを作る動作は、まるで一連の舞のように滑らかで、無駄のない動きだった。
「それに、見た目も美しいんですよ」
梓はカクテルを仕上げ、グラスに美しい光を反射させながら手渡した。黒いダイヤモンドのようにきらりと輝くそのドリンクは、客の期待を裏切らない美しさだった。
「どうぞ、お試しください」
客はグラスを手に取り、ひと口飲んだ。口の中で広がる深い味わいに、彼の顔に満足げな表情が浮かぶ。
「うん、これは確かに…すごい。後味がくせになる」
「ありがとうございます。気に入っていただけて嬉しいです」
梓は微笑みながら、次の客へと視線を向けた。
店の雰囲気が次第に賑わいを見せ、彼の心もまた少しずつ安定していくのを感じていた。ここでの仕事は、彼にとって新しい挑戦でありながら、心地よい自由をもたらしている。
梓は微笑みながら、次の客へと視線を向けた。
店内の喧騒はどこか心地よく、まるで彼の胸の中に宿る新たな希望を映し出しているかのようだった。
彼はそっと息を整えながら、穏やかな気持ちで自分の歩んできた道を振り返る。
オメガを隠したベータとしての自分。かつてはその曖昧な存在に迷い、何度も自分を責めたこともあった。だが今は違う。
「これが、俺の選んだ生き方」
梓は胸の奥でそう呟いた。清武との関係は途絶え、和司との未来を迎えた。
和司が与えてくれた新しい幸せを受け入れることで、自分自身も新たな道を歩めると確信している。
店の賑わいの中、客たちの笑顔や会話が絶え間なく響き渡る。
その中で、梓は一人静かに自分の役割を見出していた。
この場所で与えられる自由。
ここで出会う人々。
そして、日々を積み重ねていく中で得られる充実感。それらが、今の彼にとってかけがえのないものとなっている。
「さあ、次のお客さんだ」
梓は軽く背筋を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべる。
店の灯りが優しく彼を包み込み、心を緩ませる夜のオアシスといえる空間に、その表情を一層明るく映し出している。
新しい挑戦が、彼を前へと進ませていることを感じながら、梓はまた一歩を踏み出した。
【オメガのホストはベータとして生きる】――――――おわり
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