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12)捜索
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村上梓が行方不明になってから三週間が過ぎ、一ヶ月になろうとしていた。捜索願はすでに提出されており、警察は日々、彼の行方を追っている。しかし、和司は部署が異なるため、直接捜索に加わることはできなかった。それでも彼はプライベートの時間を使い、街を歩き回り、梓の行方を探し続けていた。
捜索願を出したのは、弟の清武である。血縁者がいない梓を捜してもらうためには、雇用主か恋人といった親しい関係の者が必要だ。和司は、警察官という立場にありながら、何もできない自分自身に腹が立った。
違法薬物の捜査も日々忙しくなり、神経はいつも尖っていた。ともに働く持井ですら、和司の精神的な不安定さを見て冷や汗をかいている。誰かに攫われたのかもしれない。何かの事件に巻き込まれているのかもしれない。最悪の状況で見つかる可能性もある。生きている保障など、誰ができるというのだろうか。
行方不明になってから一週間ほどなら、まだ希望はある。しかし、もう一ヶ月が経とうとしている。この時間の経過に焦りと、少しの諦め、諦めたくない気持ちが混ざり合っていた。
「カズ、いる?」
静かな事務所に、深く響く声が射込んできた。ヒールの音がカツカツと床を叩き、その女性の堂々たる態度が、和司に近づいてくる。
「なんだ、岼屋」
和司は眉間に皺を寄せ、彼女の名を呼んだ。岼屋楓、通称ゆりやは、和司の同期だ。和司は組織犯罪対策部の刑事であるが、彼女は警察署内の女性警察官である。部署は異なるが、同じ警視という立場であり、互いに警官という枠に入る。
「生憎、情報はゼロよ」
「ならなぜ来た?」
和司は、疑問の色を浮かべた。
「何よ、捜索中で通りかかったから、顔を出しに来ただけよ」
岼屋は行方不明者の捜索をしている。そのリストには、梓の名前も含まれている。和司と梓が知り合いであることを知った岼屋は、捜索が始まってから何度かこの場所を訪れている。本部の隅、誰も通らない目立たない小さな事務所だというのに、わざわざ警察署から足を運ぶのだ。通りかかることなど、まずない。
岼屋がわざわざこの場所に来る理由は、以下の三つに思えた。
一、和司と梓の関係が気になるから。
二、和司が事件に関与している可能性を疑っているから。
三、普段は見られない和司の余裕のない姿を見ておきたいから。
「帰れ」
冷たく岼屋に言葉を投げると、扉がガチャリと音を立てて開いた。
「薬の場所が掴めたかもしれん」
久保田が束ねた紙を片手に室内に入ってくる。
「おお、岼屋来てたのか」
久保田は異なる部署の人間がいることに疑問を持たず、自然に受け入れ、自席に腰を下ろす。今は違法薬物の問題も重要だが、何より梓の安否が心配だった。
「兄貴!」
開けっぱなしの扉から、聞き慣れた声が響く。
「岼屋さんがいるってことは、何か分かったのか?!」
弟の清武が焦った様子で事務所に入ってくる。彼の心の中でも、時間が流れていることを実感しているのだ。
梓が行方不明になって以来、清武は毎日、昼休みの時間を使ってこの場所に訪れている。情報が得られたのか、梓が見つかったのか、彼はそればかりを問い続けていた。
「清武、何か進展あったら連絡すると言ったはずだ」
「なんでこんなに捜索が薄いんだ!もっと人を増やすべきだ!」
「山や海や震災でもない限り、今の人数でも十分多い方だ」
和司は苛立ちながら言い放つ。自分も、できるならそうしたい。その気持ちは、あなただけではないのだと、心の中で叫びたかった。しかし、ここで揉めても状況は変わらない。和司は唇をギュッと閉じ、言葉を飲み込んだ。
梓が姿を消してから数日、清武は仕事を休んで個人で捜索をしていた。しかし、冷静な判断ができない状況の彼は、逆に邪魔にしか思えなかった。清武が仕事に行っても、今の精神状態では役に立たないことは明白だった。自宅に戻るか、職場に会いに行くか、なんとか説得して仕事をさせている状況だ。
清武も、もう限界に近い精神状態にあった。
「いいから黙って、仕事に行け。何かあったらすぐに連絡する」
頭の痛みが強くなり、鈍く鋭い感覚が和司を襲う。彼は片手で蟀谷を押し、痛みを和らげようとした。
「あの……」
再び誰かが事務所の扉の前に立つ。誰が来たのかと溜息をつくが、そこには最近よく見かける小柄な高校生が立っていた。
「ああ、私が呼んだんだ」
違法薬物の件で呼ばれたのだと、久保田が少年を中へと招き入れる。
「よー風月」
「あ、新さん」
持井が親しげに少年に近づく。風月と呼ばれる彼は、持井が担当した薬物捜査で知り合った少年だ。
彼自身が所持していたわけではないが、薬物やそれを所持していた者たちについて彼はある程度の知識がある。
そのため、捜査の協力を仰いでいるのだ。
捜査が始まった段階で、持井と風月は知り合った仲だと聞いているが、どういう理由で高校生と知り合ったのかは、詳細を知らない。しかし二人の距離は、一般的には理解しがたいほどに近い。
持井が未成年に手を出しているのではないかと思うこともあったが、和司は無理に気にしないようにした。
「薬のこともなんですが……ちょっとこれを見てほしくて」
風月が見せてきたのは、スマートフォンの画面だった。そこに映っていたのは、裸体で鎖に繋がれ、白濁した液にまみれ、汚れた綺麗な顔をした男の姿だった。
────紛れもなく、それは、村上梓だった。
捜索願を出したのは、弟の清武である。血縁者がいない梓を捜してもらうためには、雇用主か恋人といった親しい関係の者が必要だ。和司は、警察官という立場にありながら、何もできない自分自身に腹が立った。
違法薬物の捜査も日々忙しくなり、神経はいつも尖っていた。ともに働く持井ですら、和司の精神的な不安定さを見て冷や汗をかいている。誰かに攫われたのかもしれない。何かの事件に巻き込まれているのかもしれない。最悪の状況で見つかる可能性もある。生きている保障など、誰ができるというのだろうか。
行方不明になってから一週間ほどなら、まだ希望はある。しかし、もう一ヶ月が経とうとしている。この時間の経過に焦りと、少しの諦め、諦めたくない気持ちが混ざり合っていた。
「カズ、いる?」
静かな事務所に、深く響く声が射込んできた。ヒールの音がカツカツと床を叩き、その女性の堂々たる態度が、和司に近づいてくる。
「なんだ、岼屋」
和司は眉間に皺を寄せ、彼女の名を呼んだ。岼屋楓、通称ゆりやは、和司の同期だ。和司は組織犯罪対策部の刑事であるが、彼女は警察署内の女性警察官である。部署は異なるが、同じ警視という立場であり、互いに警官という枠に入る。
「生憎、情報はゼロよ」
「ならなぜ来た?」
和司は、疑問の色を浮かべた。
「何よ、捜索中で通りかかったから、顔を出しに来ただけよ」
岼屋は行方不明者の捜索をしている。そのリストには、梓の名前も含まれている。和司と梓が知り合いであることを知った岼屋は、捜索が始まってから何度かこの場所を訪れている。本部の隅、誰も通らない目立たない小さな事務所だというのに、わざわざ警察署から足を運ぶのだ。通りかかることなど、まずない。
岼屋がわざわざこの場所に来る理由は、以下の三つに思えた。
一、和司と梓の関係が気になるから。
二、和司が事件に関与している可能性を疑っているから。
三、普段は見られない和司の余裕のない姿を見ておきたいから。
「帰れ」
冷たく岼屋に言葉を投げると、扉がガチャリと音を立てて開いた。
「薬の場所が掴めたかもしれん」
久保田が束ねた紙を片手に室内に入ってくる。
「おお、岼屋来てたのか」
久保田は異なる部署の人間がいることに疑問を持たず、自然に受け入れ、自席に腰を下ろす。今は違法薬物の問題も重要だが、何より梓の安否が心配だった。
「兄貴!」
開けっぱなしの扉から、聞き慣れた声が響く。
「岼屋さんがいるってことは、何か分かったのか?!」
弟の清武が焦った様子で事務所に入ってくる。彼の心の中でも、時間が流れていることを実感しているのだ。
梓が行方不明になって以来、清武は毎日、昼休みの時間を使ってこの場所に訪れている。情報が得られたのか、梓が見つかったのか、彼はそればかりを問い続けていた。
「清武、何か進展あったら連絡すると言ったはずだ」
「なんでこんなに捜索が薄いんだ!もっと人を増やすべきだ!」
「山や海や震災でもない限り、今の人数でも十分多い方だ」
和司は苛立ちながら言い放つ。自分も、できるならそうしたい。その気持ちは、あなただけではないのだと、心の中で叫びたかった。しかし、ここで揉めても状況は変わらない。和司は唇をギュッと閉じ、言葉を飲み込んだ。
梓が姿を消してから数日、清武は仕事を休んで個人で捜索をしていた。しかし、冷静な判断ができない状況の彼は、逆に邪魔にしか思えなかった。清武が仕事に行っても、今の精神状態では役に立たないことは明白だった。自宅に戻るか、職場に会いに行くか、なんとか説得して仕事をさせている状況だ。
清武も、もう限界に近い精神状態にあった。
「いいから黙って、仕事に行け。何かあったらすぐに連絡する」
頭の痛みが強くなり、鈍く鋭い感覚が和司を襲う。彼は片手で蟀谷を押し、痛みを和らげようとした。
「あの……」
再び誰かが事務所の扉の前に立つ。誰が来たのかと溜息をつくが、そこには最近よく見かける小柄な高校生が立っていた。
「ああ、私が呼んだんだ」
違法薬物の件で呼ばれたのだと、久保田が少年を中へと招き入れる。
「よー風月」
「あ、新さん」
持井が親しげに少年に近づく。風月と呼ばれる彼は、持井が担当した薬物捜査で知り合った少年だ。
彼自身が所持していたわけではないが、薬物やそれを所持していた者たちについて彼はある程度の知識がある。
そのため、捜査の協力を仰いでいるのだ。
捜査が始まった段階で、持井と風月は知り合った仲だと聞いているが、どういう理由で高校生と知り合ったのかは、詳細を知らない。しかし二人の距離は、一般的には理解しがたいほどに近い。
持井が未成年に手を出しているのではないかと思うこともあったが、和司は無理に気にしないようにした。
「薬のこともなんですが……ちょっとこれを見てほしくて」
風月が見せてきたのは、スマートフォンの画面だった。そこに映っていたのは、裸体で鎖に繋がれ、白濁した液にまみれ、汚れた綺麗な顔をした男の姿だった。
────紛れもなく、それは、村上梓だった。
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