TAXIM

第1弾 I am ■■■■■

3話

　それからはドタバタと忙しい日々ばかりを送って……いなかった。いや忙しかった時もあるが、そんな時間は1週間もすれば熱ほとぼりは冷めていった。本社と支部の仕事量は火を見るより明らかに多いが、こなせない訳では無い。寧ろ子どもの頃から社長業をしていて良かったと感じる。

　以前のように開発現場に立ち会う機会は減ったが、着手できるのは素直に嬉しかった。正直言うと企業同士の会談や幹部会議に出席するのは少し疲れた。しかも1支部で社内闘争が起きていて手を焼いていたり……向上心は良いけど、ちゃんとした製品を作ってよ。顧客のニーズに合わせた物作りは基本中の基本なんだから。

　まぁそれを注意勧告したり、支部の視察も行い疲労が溜まって仕方ない。自宅へ帰れば紗季が待っていてくれるから張り切ることが出来るけど、多分居なかったら仕事に手を付けられなくなっていそうだ。……あれ、これ依存しているのでは？

　そして今起きたところなのだが……うん服は着てる。腰は特に問題なし、眠気はあるけど気にしてられない。紗季は……あれ、居ない。先に起きてるのか、ふぁ……。

　リビングへと行ってみるが、紗季は居ない。というか今何時だ？……8時か。行く準備ぐらいはしておくか、こうあれだが食事なら自分で用意しても良いかもしれない。


『Welcome back.』
「ん、紗季。」
「あ、おはようトム君。」
「おかえり。あ、着替えてくるよ。」
「今日何処か行くの？」
「仕事。」
「休みだよ今日。」
「……あれ？」
『Sir. Today is Sunday, July 5本日は7月5日日曜日です. I felt you get up early起きるのが早いなと思いましたが, did you feel like a job仕事気分でしたか?」
「Please say that firstそれを早く言えよ SOPHIA.」
『I’m not your caretaker私は貴方の世話役じゃないんですが.」
「Stop quarreling as you make breakfast朝ごはん作るから喧嘩は止めてねー.」


　SOPHIAとの口喧嘩をぐっと堪えて息を吐き、ソファに腰掛ける。朝から少し疲れを感じて背を預け、気分を変えようとしてテレビをつける。ニュース、ニュース、ニュース、ニュース……やっぱり全部ニュースだよねぇ。


「SOPHIA, show me the net newsネットニュースを見せてくれ.」
『Today's news is here本日のニュースがこちらです.』


　ふむ……これといって目ぼしいのは無いかな。新作映画の主演インタビュー記事とか、メガフロート制作途中に関する記事とか。あ、自分の記事もまだあった。ってか物好きだなオイ、しかも何処かで誰かが撮ったであろう紗季と自分が写っている写真のある記事まで。


『Sir, please turn on the TVテレビをつけてください.』
「Did something happen何かおきたのか?」
『It is occurring in progressive form現在進行形で起きています. Please watch it now今すぐ視聴してください.」


　SOPHIAがここまで言うのなら、そうせざるを得ない何か特殊な事情が起きたのだろう。確信している故にテレビをつけると、カラーバーの上に蛇が自身の尾を加えて丸くなっている黒い模様が映る。

　しかし、すぐに映像が変わる。黒い布で顔を隠しているので人物の判定が難しいが、分かることはアサルトライフルを持った複数人の人物と1人だけ紙を持っている人物が居るということ。そして白い横断幕のせいで背景は一見しただけでは分からない。

　紙を持つ人物がそれを見ながら話し始めた。おそらく映像を変えたとしても無意味だろうが……これはアラビア語か。前に聞いたのを覚えている。


「Please translate Arabicアラビア語翻訳してくれ SOPHIA.」
『Roger.』

〔Our name is我々の名は 【Uroborosウロボロス】. It is a person who transforms this lies full of偽りに満ちたこの世界を変え、 lies and creates a peaceful world forever永遠に平和な世界を創造する者である.〕
「トム君……これって……」
「多分、テロリストだと思う。Just let me hear the sound 自分にだけ聞こえるようにしてくれSOPHIA.」
『OK.』


　SOPHIAの操作により今のところ自分にしかテレビの音声は聞こえなくなった。音を特定の人物に集中させ外に漏らさない技術は既にあり、今では世界中で普及されている。って、そんなの今はどうでも良い。


〔Now this world is in danger今この世界は危機に晒されている. It is a world that believes things that shouldn’t本来あるべきではない物が蔓延し、 exist are prevalent and it is naturalそれが当たり前だと信じきっている世の中だ. Therefore故に, we have revolutionized this world我々はこの世界に対し革命を起こした.〕


　過去形……だと？ そうだとすれば何が起こって……いいや、まさかコイツらは！


〔And we blew iron birds in Mayそして我々は5月、航空機を爆破した.〕
「ッ！」


　やっぱり、コイツらは……！父さんと母さんを殺した、犯人どもだ……！ここに、目の前に、仇が居るのに！ 今何にも出来ないのがもどかしい！


〔The last notice最後に予告する. On 14th July we will return the world7月14日に我々は世界を元に戻す. That's it以上だ.〕


　そうして映像が元に戻る。ニュースキャスターやスタッフは慌てた様子が最後に映り、画面が静止画に変わる。タイミング良くSOPHIAがテレビの電源を切り静寂だけが辺りを包み込む。

　……ふざけるな。お前達が世界をどうこうして良い権利なんて無いだろう。武力で、兵器で世界を変えて何が生まれる？ あるのはただの混・沌・とした平和のない、独裁者が支配する世界だけだ。

　お前達の思い通りにさせてたまるか。


「SOPHIA!」
『Reverse detection has already ended逆探知は既に終了しています.』
「トム君！」


　紗季の声が響く。焦りや緊張から見られる声色であり、自分を止めようとしているのだろう。でも悪いけど、もう誰にも止められないんだ。この思いは、憎しみは！


「……紗季、ラボで仕事するから。料理が出来たらSOPHIAに言って。」
「ッ！……うん。」


　あぁ、最悪な男かもな。これだけの為に紗季を蔑ろにするかもしれないのだから。けれど、例えそうだとしても自分は突き進む。あのテロリストどもを、何としてでも倒して降伏させる……！ただそれだけだ、父さんと母さんの無念を！この手で晴らす！

　下の階のラボに到着すると、ホログラムが自動で展開され先程映されていた映像や世界地図、今日の環境データが現れる。それらの中心に立ち、操作を開始する。


「Do you know the location場所は分かるか?」
『Who do you think I am私を誰だと? It's 36 petabytes high spec AI36PBのハイスペックAIですよ. There was a reaction from the point fiveサウジアラビアのジャベルジャーから5 miles east of Jebel Jar in Saudi Arabiaマイル東の地点から反応がありました.』


　そこか……。だがサウジの時点で何となく想像が付く。ここはそもそも石油産出国として有名であるものの、ここ最近ニュースで名前が出てきたことは無かった。代わりにと言ってだが、2019年のネットニュースに常温核融合炉実現による影響を書いた個人考察があったのだが、おそらく危惧しているのだろう。

　常温核融合炉によるエネルギー供給率が石油よりも上回れば、世界はこぞって石油から離れていく。燃料としての石油はただの使えない油に早変わりとなる。

　だが問題点が1つ、何処を狙うのかだ。それが分からない。考えろ……アイツらは世界を元に戻すと言っていた。となれば常温核融合炉設備のある場所を徹底的に狙う可能性がある。だがアフリカ支部には設置しかけているが22年予定の為、破壊したとしても起動すらしていないから無意味になる。

　ならば……オランダ支部か？ 今のところ北欧諸国で唯一その設備を使用して電力を賄っている上に、ユトレヒト全地区の電力供給も行っている。おそらくそこなんだろうが、まだ確証が持てない。考えろ……サウジから近いからという理由で解決する訳にはいかない、まだ考えを巡らせるんだ。

　世界を元に戻す
　ウロボロス
　永遠の象徴
　危機に晒されている
　本来あるべきではないもの

　……本来あるべきではないもの？ 待て、確かにサウジ側からしてみれば常温核融合炉は存在すること自体がアウトだ。だが相手はそれを特定するような発言はしていない、だとすれば本来あるべきでは無いものというのは…………自分。

　良いや、自分は有り得ない。個人の特定が簡単になった時代とはいえ、SOPHIAによる厳重な警備で特定は困難を極めるものになっている。だとすれば……アイツらが狙っているのは会社そのものか？ そう考えてくると狙いは……本社の可能性が出てきたな。

　だが無闇矢鱈に憶測だけで警告するのは早計だ。それ故に今はSOPHIAに監視を強化させることしか出来ない。ならば自分は、その前に相手を倒す。ただそれだけのために……自分が持てる全ての技術を総動員させ、兵器を壊すまでだ。

　だがあまり大々的に目立てばリスクが大きい。かといって生身で行ったとしても今の自分では殺される。パワードスーツ……それが良いだろう。部分装甲ではなく全身装甲で身を包み、相手を鎮圧する。そうと決まれば、先ずはパワードスーツの設計から入るとしよう。


『Sir, breakfast was able to be done朝食が出来ました.』
「I'm going now今行く.」


　……設計の前に腹ごしらえとするか。