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降臨
23話
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プライベートジェットに乗り込んで東京へ、そこのビル群の中の一角に我が社の支部がある。といっても出来たてということもあって社員数自体は少ない。それでも本社の宣伝や発明品の販売、そしてこの日本支部内でも本社と同じように新たに世間へと公表する発明品の相談。この場合は商品と言うべきかな? 作り手だから発明品の方がしっくりくるんだけどねぇ。
とまぁ、しっくりくるかどうかはさておいて。今回日本支部で話すことはVR産業のことだ、前世の頃は家庭用ゲーム機にVR機器の接続が可能になったことで娯楽の質が上昇し経済的にも右肩上がりになっていたのは知っている。だがこの時代ではVR、仮想現実そのものは未だ未来の話しとしてしか成立していない点もある。
そこで、VRによる経済発展を目指すために支部内で様々な用途について出し合った。仮想現実は作られた世界、哲学的に考えてみれば自由な世界ではないにせよ普段楽しめないことが出来るのがそれだ。だが娯楽だけの物なのかと言われれば、そうでは無いと答える。
重要なのは世界を作ることが出来るという点だ。つまりは様々な状況を想定し現実と同じ物理法則を適用させれば、真に様々な分野でVRは活躍できる。自分の考える中では娯楽は勿論のこと、医療や建築分野でも使える。医療では医師の育成であったり手術本番前の確認作業であったり。
建築は組み立て作業の順番や建築物の安全性の確認、そしてどのようなデザインに仕上げるのかなど実際にその世界で出来れば役には立つ筈だ。確かに現時点でコンピューターによる設計などで済む話しではあるが、VRがあると無いとでは大きく左右されるものだってある。これまた医療と同じく新人の育成だ。
つまるところ、VRは新人研修の場での使用を行えばより良い人材の育成が可能となるのだ。流石に心理学や哲学、文学系統になると難しい顔をするものの凡そそれ以外ならば発展が望める。
その案は話し始めでは少々難を示していた幹部達ではあったものの、今のところ人員の問題もあるので自分が開発を行うことが決定している。あとはこれを多方面に売り付け資金の出資者や協力者を集めてもらうのが仕事だ。やはりというか自分の名前は世界的に知られている分、信頼性は高いみたいだな。大学、病院、消防、自衛隊、警察などなど、政府に話しを通してVR産業の計画は一応良い方面に終わった。
……さて、問題はここからだな。さっきまでのは現実逃避にも近い過去に対する思考だ、お土産は……あれにしようか。東京○ナナに。正直政府の御役人と話すより商談の話をするよりも、今の状態の紗季ちゃんと会って普通で居られるかが分からない言い知れない感情が巡っている。
けれどここでウダウダと考えて立ち止まっても仕方ない。ともかく三重まで行こう……三重だよね?仕方ない紗季ちゃんに聞かなきゃ。
「SOPHIA. Join Saki for a phone call.」
『OK.』
素早くSOPHIAが仕事してくれるので本当に助かる、さっきまでというか半日前まで冗談言ってたAIとは思えないんだが。そう考えながら数回コール音が鳴ると、ガチャりと音がした。
〔も、もしもし。トム君? どうしたの、お仕事終わったの?〕
「終わったよ。あぁ、聞きたいことがあってね。」
〔な、なに?〕
「……紗季ちゃん、三重県に住んでるんだよね?」
〔…………えっ? あ、うん。1回来たことあるよね?〕
「いやそうなんだけど、覚えている自信が無くてね。ごめんね態々。」
〔ううん、良いよ。……待ってるからね。〕
『End the call.』
ふぅ~…………何ださっきの破壊力はッ!? “待ってるからね”のたった一言だけで何か撃ち抜かれ気分がするんだけど!? うっわマジか、ヤバい心拍音が自分で聞こえるぐらいデカくなってる。
『Sir. Please hold your breath for five seconds.』
SOPHIAの言う通りに息を5秒間止め始める。聞いた話し、苛立ちや興奮など交感神経によって働く作用そのものは深呼吸をするのは良くないというらしい。正確には体内の酸素量を増やすのは交感神経を活性化させるので不向きというのだ。なので息を止めるなり何なりして二酸化炭素量を増やせば副交感神経が働く。
とまぁ5秒間息を止めて、少しだけ苦しげに呼吸を再開する。一応これで多少なりと心拍音は治まったし心拍数も正常値に戻りつつある。しかし……自分もチョロいな。紗季ちゃんとは表面上とはいえ許嫁といえども今までを考えると精神的ロリコンと見られる可能性が……いや外見だとそれ相応だけどね?
取り敢えず思い出した。紗季ちゃんが住んでるのは三重県の山付近、かなりの豪邸なのを覚えているが1人や2人で住むにはかなり広い。なのでお手伝いさんが3名程居るのだが……はてさて、余計なことも考えるからすぐに行くか。プライベートジェットで三重まで向かい、行くとしようか巴家に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三重県に到着して最寄り駅に到着。それでも車で30分ぐらいの場所だからタクシーを頼もうかと考えたのも束の間、どうせならバスで最寄りのバス停まで行って歩いて行こうかと考える。子どもの歩幅でどのぐらい時間が掛かるのか見てみよう。どうせなら改良していたスタンパーを使って距離を稼ぐのもありか。
ということで、先にバスに乗って最寄りのバス停に。到着したらバスから降りて一先ず景色を眺める。何てことは無い田園地帯にポツポツと建てられている家屋、そんな風景とは別で小さな山というべきか。バス停から左斜め後ろを振り向けば、巴家のある場所が見える。
そこまでスタンパーを使って跳躍し距離を稼ぐ。元々衝撃を与えるだけのものだったけど、どうせなら移動用に改良しても良いと考えてそうやってみた。これ使えるには使えるがカートリッジ式の補填だから1回限りなのが面倒だ。一応パワーグローブはエネルギー充填式にさせて10分は連続使用可能にはなった上に腕力も増強させることに成功はしたが、使い所が殆ど無いに等しい。
跳躍移動は3回ぐらいまでして、漸く巴家に到着した。にしても面積的に広いなうん、600平米は伊達じゃないな。もう少し狭くても良いんだけどね、だってそっちの方が楽じゃん色々と。
玄関のチャイムを鳴らして……〔待っててすぐ行くから!〕 おぉう。早くね? まぁ早い方が良いんだけどさ、待つよりかはずっと良いs。
「い、いらっしゃい。」
「ッ! ……さ、紗季ちゃん。早かったね、1分ぐらいで到着するかと思ったけど意外だね。」
「い、急いで来たからかもね。」
「そ、そう……」
あぁ気まずい! あの一言がまだ頭の中を駆け巡ってるんだけど、いや覚えてるけど意識したらまた心拍数が上昇してきた!
「そ、それより上がっても良いかな? 仕事で疲れててね。」
「あ、ど、どうぞ! 」
「失礼するね……」
そして巴家に入り、紗季ちゃんに部屋の案内をしてもらう。お手伝いさん達は掃除や選択、今日の夕飯の買い物をしていて忙しいというが……時折すれ違うお手伝いさん達の微笑ましそうな顔がこの場ではキツイ。だってあの目って完全に自分と紗季ちゃんを見てしてるやつじゃん!
そんな微笑みの中を通り過ぎ、ぎこちない雰囲気のまま部屋に案内される。日本独特の襖が開けられると、内装を見て少し疑問を持った。
「ここって、裕二郎さんの部屋?」
「う、うん。おじいちゃんの部屋はそのまま残してるんだ。あんまり物が無かったし、物置部屋にするのも勿体なくて。」
「良いと思うよ。あ、ここで寝る?」
「ううん、別の所。トム君には先に見せたくて。」
「そっか……そっか。」
もう過ぎたことなのに、つい最近のように思い出してくる。既に裕二郎さんは死んでるのに、まだ縁側の椅子に座ってのんびり庭を見ているような錯覚を覚えてしまう。
裕二郎さんが死んでからは本当に騒がしい日々だった。遺言通りに全ての財産はCole Corp日本支部に譲渡され、紗季ちゃんは自分の許嫁となった。他の親族はこの遺言に納得いかなかったものの、決定権は裕二郎さんにあるからどうしようもない。
裕二郎さんの唯一の心残り、紗季ちゃんを守ることは達成された。今この状態で人の醜い部分を見せるのは駄目だ、心が壊れる恐れだってある。だから守らなきゃいけない、自分達で守らなければならなくなったんだ。
「……紗季ちゃん、部屋に案内してくれる?」
「うん、分かった。」
その部屋を退出し、案内されていくと8畳ほどの部屋に到着した。
「ここだよ。」
「広いね、自室より広いや。」
「そう?」
「うん、家が高層マンションだから部屋の広さが必然的に狭いんだ。ここよりね。」
「そうなんだ。……ねぇ、トム君。」
「なに?」
「少しだけ、お話し良いかな?」
「そんなことなら別に構わないよ。自分は紗季ちゃんの話し相手に務まらない?」
「ううん、そんな事ないよ。……というより、トム君じゃなきゃ話せないことだから。」
自分にしか話せないことか……おおよそ自分との関係のことなのだろうと予想はできる。ただ、紗季ちゃん自身が自分との関係性に関して不満があるのなら……いや、そもそもそういう前提で決めていたことだ。問題は何も無い。
紗季ちゃんは自分と対面するように座り、少し俯いて話し始めた。
「えっとさ、トム君。聞いてもいいかな?」
「自分に答えられることなら何でも。」
「ありがとう…………あの、さ。私とトム君ってその……許嫁同士、なんだよね?」
「……そうだね、裕二郎さんの遺言通りさ。自分と紗季ちゃんは今許嫁の関係だ。」
「許嫁ってその……結婚する、んだよね。お手伝いさんの山中さんに聞いたんだ。」
あぁ、やはりか。この話しは来ると思っていたよ。
「それってさ、トム君のお嫁さんに」
「紗季ちゃん。」
「な、なに?」
「……1つだけ言っておくよ。確かに裕二郎さんの遺言通りに許嫁という関係になった。……でもこの関係に紗季ちゃんの意思、まぁ考えだね。それが入っていない。」
「……トム君?」
「紗季ちゃんは、自分を無視して何をしたって構わない。好きな人を作るも良し、何かをしようとするも良し……そしてそれらを咎めることはしないつもりだ。」
「何言って……」
「許嫁は関係なく、紗季ちゃんは自分のしたい事をすれば良いってことさ。それについて自分はとやかく言う資格なんて無いし、強制する権利も無い。やりたい事があるなら援助はするけどね。」
会話が止まった、紗季ちゃんの様子は……泣きそうだな。しかし虫のいい話だな、本当なら遺言通りにしなければならないのにも関わらず。言った通りそんな権利は自分には無い上に横槍を入れるつもりは全く持ってなi
「トム君の…………」
「ん?」
「トム君の、バカ!」
ふぁっ!? 急に大声で自分を罵倒したかと思ったら、そのまま部屋から出て行ってしまった……というかこれ、まさかやってしまったパターンか。あんなにさせるつもりなんて無かったのに……。
『Sir. Your remarks may not be good.』
「……I see.」
『Sir recommends understanding of the woman's heart.』
「Well then show me the information.」
とまぁ、しっくりくるかどうかはさておいて。今回日本支部で話すことはVR産業のことだ、前世の頃は家庭用ゲーム機にVR機器の接続が可能になったことで娯楽の質が上昇し経済的にも右肩上がりになっていたのは知っている。だがこの時代ではVR、仮想現実そのものは未だ未来の話しとしてしか成立していない点もある。
そこで、VRによる経済発展を目指すために支部内で様々な用途について出し合った。仮想現実は作られた世界、哲学的に考えてみれば自由な世界ではないにせよ普段楽しめないことが出来るのがそれだ。だが娯楽だけの物なのかと言われれば、そうでは無いと答える。
重要なのは世界を作ることが出来るという点だ。つまりは様々な状況を想定し現実と同じ物理法則を適用させれば、真に様々な分野でVRは活躍できる。自分の考える中では娯楽は勿論のこと、医療や建築分野でも使える。医療では医師の育成であったり手術本番前の確認作業であったり。
建築は組み立て作業の順番や建築物の安全性の確認、そしてどのようなデザインに仕上げるのかなど実際にその世界で出来れば役には立つ筈だ。確かに現時点でコンピューターによる設計などで済む話しではあるが、VRがあると無いとでは大きく左右されるものだってある。これまた医療と同じく新人の育成だ。
つまるところ、VRは新人研修の場での使用を行えばより良い人材の育成が可能となるのだ。流石に心理学や哲学、文学系統になると難しい顔をするものの凡そそれ以外ならば発展が望める。
その案は話し始めでは少々難を示していた幹部達ではあったものの、今のところ人員の問題もあるので自分が開発を行うことが決定している。あとはこれを多方面に売り付け資金の出資者や協力者を集めてもらうのが仕事だ。やはりというか自分の名前は世界的に知られている分、信頼性は高いみたいだな。大学、病院、消防、自衛隊、警察などなど、政府に話しを通してVR産業の計画は一応良い方面に終わった。
……さて、問題はここからだな。さっきまでのは現実逃避にも近い過去に対する思考だ、お土産は……あれにしようか。東京○ナナに。正直政府の御役人と話すより商談の話をするよりも、今の状態の紗季ちゃんと会って普通で居られるかが分からない言い知れない感情が巡っている。
けれどここでウダウダと考えて立ち止まっても仕方ない。ともかく三重まで行こう……三重だよね?仕方ない紗季ちゃんに聞かなきゃ。
「SOPHIA. Join Saki for a phone call.」
『OK.』
素早くSOPHIAが仕事してくれるので本当に助かる、さっきまでというか半日前まで冗談言ってたAIとは思えないんだが。そう考えながら数回コール音が鳴ると、ガチャりと音がした。
〔も、もしもし。トム君? どうしたの、お仕事終わったの?〕
「終わったよ。あぁ、聞きたいことがあってね。」
〔な、なに?〕
「……紗季ちゃん、三重県に住んでるんだよね?」
〔…………えっ? あ、うん。1回来たことあるよね?〕
「いやそうなんだけど、覚えている自信が無くてね。ごめんね態々。」
〔ううん、良いよ。……待ってるからね。〕
『End the call.』
ふぅ~…………何ださっきの破壊力はッ!? “待ってるからね”のたった一言だけで何か撃ち抜かれ気分がするんだけど!? うっわマジか、ヤバい心拍音が自分で聞こえるぐらいデカくなってる。
『Sir. Please hold your breath for five seconds.』
SOPHIAの言う通りに息を5秒間止め始める。聞いた話し、苛立ちや興奮など交感神経によって働く作用そのものは深呼吸をするのは良くないというらしい。正確には体内の酸素量を増やすのは交感神経を活性化させるので不向きというのだ。なので息を止めるなり何なりして二酸化炭素量を増やせば副交感神経が働く。
とまぁ5秒間息を止めて、少しだけ苦しげに呼吸を再開する。一応これで多少なりと心拍音は治まったし心拍数も正常値に戻りつつある。しかし……自分もチョロいな。紗季ちゃんとは表面上とはいえ許嫁といえども今までを考えると精神的ロリコンと見られる可能性が……いや外見だとそれ相応だけどね?
取り敢えず思い出した。紗季ちゃんが住んでるのは三重県の山付近、かなりの豪邸なのを覚えているが1人や2人で住むにはかなり広い。なのでお手伝いさんが3名程居るのだが……はてさて、余計なことも考えるからすぐに行くか。プライベートジェットで三重まで向かい、行くとしようか巴家に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三重県に到着して最寄り駅に到着。それでも車で30分ぐらいの場所だからタクシーを頼もうかと考えたのも束の間、どうせならバスで最寄りのバス停まで行って歩いて行こうかと考える。子どもの歩幅でどのぐらい時間が掛かるのか見てみよう。どうせなら改良していたスタンパーを使って距離を稼ぐのもありか。
ということで、先にバスに乗って最寄りのバス停に。到着したらバスから降りて一先ず景色を眺める。何てことは無い田園地帯にポツポツと建てられている家屋、そんな風景とは別で小さな山というべきか。バス停から左斜め後ろを振り向けば、巴家のある場所が見える。
そこまでスタンパーを使って跳躍し距離を稼ぐ。元々衝撃を与えるだけのものだったけど、どうせなら移動用に改良しても良いと考えてそうやってみた。これ使えるには使えるがカートリッジ式の補填だから1回限りなのが面倒だ。一応パワーグローブはエネルギー充填式にさせて10分は連続使用可能にはなった上に腕力も増強させることに成功はしたが、使い所が殆ど無いに等しい。
跳躍移動は3回ぐらいまでして、漸く巴家に到着した。にしても面積的に広いなうん、600平米は伊達じゃないな。もう少し狭くても良いんだけどね、だってそっちの方が楽じゃん色々と。
玄関のチャイムを鳴らして……〔待っててすぐ行くから!〕 おぉう。早くね? まぁ早い方が良いんだけどさ、待つよりかはずっと良いs。
「い、いらっしゃい。」
「ッ! ……さ、紗季ちゃん。早かったね、1分ぐらいで到着するかと思ったけど意外だね。」
「い、急いで来たからかもね。」
「そ、そう……」
あぁ気まずい! あの一言がまだ頭の中を駆け巡ってるんだけど、いや覚えてるけど意識したらまた心拍数が上昇してきた!
「そ、それより上がっても良いかな? 仕事で疲れててね。」
「あ、ど、どうぞ! 」
「失礼するね……」
そして巴家に入り、紗季ちゃんに部屋の案内をしてもらう。お手伝いさん達は掃除や選択、今日の夕飯の買い物をしていて忙しいというが……時折すれ違うお手伝いさん達の微笑ましそうな顔がこの場ではキツイ。だってあの目って完全に自分と紗季ちゃんを見てしてるやつじゃん!
そんな微笑みの中を通り過ぎ、ぎこちない雰囲気のまま部屋に案内される。日本独特の襖が開けられると、内装を見て少し疑問を持った。
「ここって、裕二郎さんの部屋?」
「う、うん。おじいちゃんの部屋はそのまま残してるんだ。あんまり物が無かったし、物置部屋にするのも勿体なくて。」
「良いと思うよ。あ、ここで寝る?」
「ううん、別の所。トム君には先に見せたくて。」
「そっか……そっか。」
もう過ぎたことなのに、つい最近のように思い出してくる。既に裕二郎さんは死んでるのに、まだ縁側の椅子に座ってのんびり庭を見ているような錯覚を覚えてしまう。
裕二郎さんが死んでからは本当に騒がしい日々だった。遺言通りに全ての財産はCole Corp日本支部に譲渡され、紗季ちゃんは自分の許嫁となった。他の親族はこの遺言に納得いかなかったものの、決定権は裕二郎さんにあるからどうしようもない。
裕二郎さんの唯一の心残り、紗季ちゃんを守ることは達成された。今この状態で人の醜い部分を見せるのは駄目だ、心が壊れる恐れだってある。だから守らなきゃいけない、自分達で守らなければならなくなったんだ。
「……紗季ちゃん、部屋に案内してくれる?」
「うん、分かった。」
その部屋を退出し、案内されていくと8畳ほどの部屋に到着した。
「ここだよ。」
「広いね、自室より広いや。」
「そう?」
「うん、家が高層マンションだから部屋の広さが必然的に狭いんだ。ここよりね。」
「そうなんだ。……ねぇ、トム君。」
「なに?」
「少しだけ、お話し良いかな?」
「そんなことなら別に構わないよ。自分は紗季ちゃんの話し相手に務まらない?」
「ううん、そんな事ないよ。……というより、トム君じゃなきゃ話せないことだから。」
自分にしか話せないことか……おおよそ自分との関係のことなのだろうと予想はできる。ただ、紗季ちゃん自身が自分との関係性に関して不満があるのなら……いや、そもそもそういう前提で決めていたことだ。問題は何も無い。
紗季ちゃんは自分と対面するように座り、少し俯いて話し始めた。
「えっとさ、トム君。聞いてもいいかな?」
「自分に答えられることなら何でも。」
「ありがとう…………あの、さ。私とトム君ってその……許嫁同士、なんだよね?」
「……そうだね、裕二郎さんの遺言通りさ。自分と紗季ちゃんは今許嫁の関係だ。」
「許嫁ってその……結婚する、んだよね。お手伝いさんの山中さんに聞いたんだ。」
あぁ、やはりか。この話しは来ると思っていたよ。
「それってさ、トム君のお嫁さんに」
「紗季ちゃん。」
「な、なに?」
「……1つだけ言っておくよ。確かに裕二郎さんの遺言通りに許嫁という関係になった。……でもこの関係に紗季ちゃんの意思、まぁ考えだね。それが入っていない。」
「……トム君?」
「紗季ちゃんは、自分を無視して何をしたって構わない。好きな人を作るも良し、何かをしようとするも良し……そしてそれらを咎めることはしないつもりだ。」
「何言って……」
「許嫁は関係なく、紗季ちゃんは自分のしたい事をすれば良いってことさ。それについて自分はとやかく言う資格なんて無いし、強制する権利も無い。やりたい事があるなら援助はするけどね。」
会話が止まった、紗季ちゃんの様子は……泣きそうだな。しかし虫のいい話だな、本当なら遺言通りにしなければならないのにも関わらず。言った通りそんな権利は自分には無い上に横槍を入れるつもりは全く持ってなi
「トム君の…………」
「ん?」
「トム君の、バカ!」
ふぁっ!? 急に大声で自分を罵倒したかと思ったら、そのまま部屋から出て行ってしまった……というかこれ、まさかやってしまったパターンか。あんなにさせるつもりなんて無かったのに……。
『Sir. Your remarks may not be good.』
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