TAXIM

マルエージング鋼

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降臨

1話

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 目覚めれば、真っ白な空間。何もない上に視界がうるさいので、おちおち目も開けていられない空間に自分は居た。細目で辺りを見渡しても何にもないのがわかった。はて、自分は何でこんな場所に居るのだろうか。

 そんな考えの中ボーッと辺りを見渡していれば、どこからともなくコツコツと足音が響き渡る。これは誰の足音なのだろうか、いやそれよりも……なぜ足音がのだろうか?

 だがこれだけはわかった、この足音は徐々に自分の方へと近付いていることに。言い知れぬ恐怖感によって警戒心が増幅していく。険しい視線で辺りをキョロキョロと見渡し、次第に顔まで動かしていく。だが一向に足音の正体は掴めない。


「ふー」
「っ!?」


 突如後ろから耳に息を吹きかけられたことで、1つの恐ろしさが全身を駆け巡ったことで咄嗟に振り向きざまに手刀を出してしまった。だが当たった感触は感じられず、虚しく空を切るだけであった。


「おーこわっ。まぁそんぐらい警戒してるなら大丈夫そうだし、別に良いんだけど。」


 目の前から声が聞こえた。その声の正体は精々良くて12歳前後の少年が、ヘラヘラと小馬鹿にしたような表情でこちらを伺っているみたいだ。しかしどことなく……異質な雰囲気が醸し出されている。いや、この場に居る時点で異様としか言い様がないのだが。因みに掛けた訳では無い。

 目の前の少年(?)は不気味すぎるほどのにこやかな笑みを浮かべてこちらの方に近付いてくる。後退り……をしたかったが、何故か体が動かない。気付けば少年は目と鼻の先に居た。


「────やっぱり、いつ見ても君は素晴らしいよ。■■ ■■」
「ッ──!?」


 名前が、聞こえない──!? まるでノイズにでも掛かったみたいに自分の名前だけが塗り潰されて……自分ですら名前が何なのか分からないというのか!? こんなこと……この世にあって良いのか!? 


「ここはこの世じゃなくて、あの世なんだけどねぇ。」
「────」


 コイツは今、何と言った? いやそれよりも、俺の考えに対するをコイツは発言していた! そして先程のあの世というキーワード────まさか自分は……!


「察しが良いねぇ。ま、その性格は1つの禁忌に触れるから、有ってはならないものに成りかねないけど。」
「──死んだのか、自分は」
「当たりっ。」


 にこやかな笑みを保ちながら指を鳴らして自分を見ている少年。どうやら自分の考えは当たっていたが、そうなるとどのような死因で自分は死んだのだ?


「まぁ流石にそこは分かんないよね。ちょーっとあれだけど、君の死んだ理由……聞きたい?」


 片目だけを広げさせて私の視界に近付いた少年を見て思案する。だが先程のも合わせると思案している内容は筒抜けと見ていいだろう。ここで考えるのもどうかと思うが、嘘なんぞ言ったところで即刻バレる。ならば聞かせてくれ、自分はどのようにして死んだのかを。


「────良いねぇ、やっぱり君を選んで正解だった。」


 選んで正解?──どういう意味だ。


「それについては後、先ずは君の死因からだ。まぁ言ってしまえば…………全部僕が仕組んだゲームのせいで死んだ。これが事実さ。」


 ゲーム……だと? 自分はゲームをしていた覚えは無い。まぁそもそも記憶が曖昧なのだから覚えてなくても仕方ないのかもしれんが。


「曖昧なら、その記憶を確実なものにすれば良いさ。──さて、ゲームって言ってたけど実際は人間と地球外生命体を使ったものでね、これまでに何度もそんなことをしたよ。んで君は……最終局面で発狂した仲間に殺された、ってのが君の死因さ。簡単に纏めるとこうだよ。」


 ──つまり何か? お前はゲームの駒として人間と……地球外生命体、宇宙人を使用しているとでも?


「そそっ。人間の認識としてはそれでOK。」


 ────では、そのゲームの実行者であるお前は何だ? あまり信用されそうにない単語を平然と使っている辺り、自分からしてみれば狂言を吐いているようにしか映らんが。


「知りたい?──ふふっ、じゃあ名前だけね。」


 あの不気味な笑みに戻った少年は、自分から離れる。するとどうしたことか、少年の左腕が気持ち悪い程の音を立てて変貌していくではないか。ただこの変貌ぶりは見ていて良いものでは無いし、気持ち悪い。

 その少年の思わしき何かは、異形の腕を強調させつつも自己紹介を始めた。


「そうだね……【ニャルラトホテプ】って言えば分かるかな?」




◇◇◇◇◇◇◇◇




 ニャルラトホテプ──というと、クトゥルフ神話では有名な邪神の一柱だったか。成程、納得いった。確かにゲームと称して悪趣味な展開をその身で体験させられたであろう自分にとっては、信じるに値する。


「ふふん──君らしいね。」


 ──でだ、お前が言っていた“選んで正解”の言葉の意味は何だ? 自分は何に選ばれたというのだ? あまり想像はしたくないが。


「なぁに、簡単なことさ。僕の望みを聞いて欲しいんだ。」


 望み? 神であるニャルラトホテプが、自分に望みを聞いて欲しいだと? ある意味胡散臭い上に嫌な予感しかしない。


「嫌な予感……か。確かにその予感は的中してるかもしれない、でもこれは僕にとって死活問題ってのもあってね。まぁ言ってしまえば手伝いをしてほしい訳さ。」


 手伝い? この私がか?


「そうそう、君が出来るお手伝い。それは────僕の目や耳、まぁ……【化身】となってほしいってことさ。」


 ──化身?


「そう、化身。あぁ、あんまり聞き覚えがないよね。んー…………簡単に言えば、僕自身になってほしいってことかな?」


 お前……ニャルラトホテプ自身にか? すまんがその意味がわからん。いや、先程の目や耳となってほしいという意味は何となく分かる。だがお前自身になれというのは疑問に思うのだが?


「あっはっはっ、確かに。……言っちゃえば、君が僕と同じ権能を使えるってことさ。化身ってさ、ための器っていう意味もある訳で、つまり僕の依り代になってって意味。あ、君の意識はあるよ?特別サービスさ。」


 特別サービス──自分の魂のエネルギーの量、によるものか。ある意味救われたとも言うべきか。


「まぁ化身って言っても、体は人間だから死ぬのは変わらないけどね。」


 ……まぁ、そうそう良いこと尽くしという訳でもないみたいだな。しかし、このようなことを自分が味わう羽目になるとは……奇妙な縁だな。


「確かに。んまぁ長話もここまでにして、早速話しを進めていくよ。」


 そう言ってニャルラトホテプは1つのビジョンを見せる。ニャルラトホテプの手の平に映されたのは青い青い地球、その青い地球の映し出されている右手とは反対の左手からは3つの空き欄。

 左手に映し出された3つの空き欄を投げるようにしてこちらへと近付けさせた。その空き欄は自分の周りに散らばり、左端の1つが前に来た。そしてニャルラトホテプは説明を始めた。


「まず、君が出向く世界……今時の文化に合わせるなら異世界ってヤツさ。そしてそこに異世界転生してもらう。まぁ君の場合は転生じゃなくて“降臨”だけどね。」


 ──転生と降臨の違い、とは如何なるものだ?


「そうだねぇ……降臨の場合は、僕ら神々の権能を使用出来るってのがあるかな。違いはたったそれだけさ。」


 ふむ、成程。神々の力が使えるのが降臨であり、転生は……輪廻転生などのあれか。


「それ以外も極稀にあるけどね。さて、次に僕からの贈り物なんだけど……願い事を3つ叶えられる、これまた今時に合わせたら“特典”ってヤツだね。」


 ……特典が無くとも十二分に生活は出来るだろう。なぜそんなものを欲するのだ? よく理解できんが……。


「転生者が前世の自分とは違ったもの、目に見える“異能”が欲しいっていう願望があったんだよ。君みたく研究一筋だった人には分からない感性さ。」


 そんなものなのか?


「そういうものさ。さて、特典の方なんだけど──」


 要らん、というよりも必要性が皆無だ。そもそも特典の必要性は自分には無いのではないのか?


「……んー、成程。要らない……ね、良いとも。まぁそれだと僕の気が済まないかーら……」


 ニャルラトホテプが指を自分の額につける。瞬間、頭が異様に冴えていく感覚が自分の中を駆け巡っていった。ニャルラトホテプが指を退けてもその感覚がまだ残っているみたいだ。

 ……ニャルラトホテプ、貴様は自分に何をした?


「ちょっとした細工さ。それじゃあ……世界に降臨しておいで。君は僕の目となり耳となり、そしてその世界を謳歌していってね。」


 それを気に意識がドンドン薄れていく。視界がぼやけ暗闇が広がっていき……いつしか自分の意識は消えていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇




 西暦2000年8月12日、この日アメリカ合衆国に1人の赤子が誕生した。マサチューセッツ州ボストンの産婦人科でその姿を現した赤子は、額に十字の痣があった。

 その特殊な痣を持つ子どもは、普通の赤子と変わらぬように泣き続け元気な証拠を見せつけていた。

 分娩台で横になっている女性 『メツェルMezelコールcole』、そして産まれた赤子を大事そうに見つめているメツェルの夫である『フェデルFedel・コール』。その2人は手を繋いで喜びを分かち合っていた。


Fedelあなた.」
What’s itなんだい?」
What is the name of our son子どもの名前はどうしよっか?」
I have thought of candidates for son’s name名前の候補は考えてあるんだ.」


 小さな我が子の、小さな手を、フェデルは自身の大きな手で覆い被せる。少しだけ隙間はあるものの、その暖かさは伝わっている。

 フェデルの言葉を、メツェルは笑顔で待つ。期待と、これからの希望を思って。


His name is名前は────ThomasトーマスThomas・coleトーマス・コールだ.」
Thomasトーマス────it's good name良い名前ね.The world seems to make amazing things as I think世界があっ、て驚くものを作りそうね.」
Yeahあぁ,……I seeそうだな.」


 これが始まりであった。フェデルとメツェルも、この赤子が持つ額の十字にさして興味なんてなかった。ただ少しだけ痣が特殊な形をして現れただけと、そう考えているのだから。

 天の監視者……ではなく、ニャルラトホテプはその赤子を見る。人間というものは弱く、脆い。だが感情の揺さぶりによって行動が変わるため、飽きない。飽きずに人間に干渉し続ける。

 それが例え、化身とはいえ自分の意思が確立される運命にある赤子でさえも、ニャルラトホテプからしてみれば1つの玩具に等しい。

 この赤子は、2人の言う通り世界に震撼を起こすことが、ニャルラトホテプによって約束されている。
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