HARLEQUIN

マルエージング鋼

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Bizarre Youth

10話

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  その翌日、クロードは充分な時間を持て余しながらバスに乗り込み学校に向かっていた。そこに友人であるマークの姿はなく、ただの1人だけで窓から見える変わり映えのない街並みをボーッと見つめていた。特に何をするわけでもない、これは先日の1件から悔い改めようと考えた結果である。

 もう普段の時にこの力を使わず、これ以上誰からも異質であると悟られないように過ごすしかない。だからこそ他人に迷惑をかけないように1人で、もう誰にも被害を出さないように生きるしかなかった。

 TAXIMであるトーマス・コールに対する秘めた嫉妬心が、クロードをヒーロー嫌いにしていた。あのような力が欲しいと渇望した思いが、今ではなりを潜めていた。この力があるせいで人を傷付けた、自分が鬱陶しいと思った相手も、何も関係のない赤の他人も。手に入れた力を畏怖したのは、力を手に入れて悦に浸っていた自分自身であったのだから。


『Claude.』


 感傷にも似たものを味わっていると、寄生しているマキナがクロードを呼んだ。さらに窓に寄りかかり目を閉じてマキナに応える。


What's upなに?」
Shall you go to school with your friend友達と一緒に学校行かなくていいの?』
「……I will not be involved with Marc for a while暫くはマークと距離を置くI don't want to bother with this powerこの力で迷惑はかけたくない.」
『──Okayそっか.』
「But──」
『Mh?』
I will only use this power to catch the bad guys悪党を捕まえる時は、これ借りるよIf it helps someone誰かの助けになるならuse it without hesitation迷わず使う.」
『──I understand. Then I will help youならその手伝いはするよBasically I respect your will基本的に君の意思は尊重するから.』
「Thank you.」
『Your welcome.』


 赤信号になったのか、バスがゆっくりとブレーキをかけて止まる。クロードは不意にバッグの中身を確認すると、その目にはハーレクインになるための大切な仮面があった。彼が単なる一YouTuberから悪を止めるための抑止力となるための、彼なりの方法であった。

 と、彼の耳に妙な音が入った。その音はとても不快で嫌な予感を彷彿とさせるようなものであった。それを聞き取れたのは唯一、クロードだけであった。


「MAKINA.」
I knowうんLet's go行こう.』


 その音がだんだん近付いてくるにつれて、周りの乗客も気付き始めた。それが幸いして誰もクロードの行動を見ておらず身バレするおそれは無くなった。

 そして音の正体が姿を現す。ドリフト気味に目の前の交差点を曲がり、このバスの居る道路に突っ込もうとしていた。それと同時に仮面を付けたクロードがバスのフロントガラスを、自身の体重を全部のせたドロップキックで割って外に出ると、その暴走車両のボンネットに飛び移った。

 フロントガラスから4人の男が確認出来ると、クロードは踏ん張りを強くし、遠くにある建物と地下鉄の入口の1部を掴むと一気に力を込めた。バスとの距離がギリギリまで近くなったところで、暴走車両はゆっくりと強制的にバックされていくが、それから逃れようと自動車の方も速度を上昇させていた。

 しかしそれでも車は後ろに下がっていく。その分クロードにかかる力や圧も大きくなるが、彼は絶対に止めなければならないと1つの使命感にも似た決意を抱いていた。自分の背後に居る大勢の命が、彼が傷付けてしまった女性への悔いが、クロードの持つを出させていた。

 その力を出すために、雄叫びにも似た声を挙げながら強めた。仮面越しの声はくぐもって聴こえにくいが、本気でやろうとしていることには変わりない。力を強めたクロードは、一気に車を後退させて横に一回転させると、一旦手を離して体勢を整え今度は別の建物の1部と列車の駅ホームの1部にまで腕を伸ばし、手をかけてあの車の元へと向かう。

 その桁違いの推力にものを言わせて僅か0.5秒ほどで、クロードは車のトランクルームに着地し車を浮き上がらせつつ後方車輪を潰した。破片の一部がクロードに迫るも、マキナの助力によって体に当たる破片を全て跳ね返した。

 そして浮き上がった車は重力に従って道路に落ち、ボンネットは開いて運転席と助手席のエアバッグも起動し最低2人は動けない状態となった。後部座席に乗っていた2人はフラフラながらも外に出ていたが、呆気なくクロードが軽めのパンチを顎に1発ずつ与えたのでその場で気絶。エアバッグがしぼみ、またもフラフラになっている残り2人にも同様のことをすると気絶した。

 終わったことを確認すると、クロードは乗車していた4人を纏め、シートベルトを使って縛り上げる。一仕事終えたクロードは手をパンパンと叩くと、乗っていたバスのフロントガラスに近付き、腕を伸ばして穴を通り自分のバッグを回収する。

 一連の流れを見ていた民衆達は、歓喜の声を挙げる。彼らはあの暴走車両を、その身を呈して止めたという紛れもない事実に感謝の思いしか感じていなかった。バスにいる乗客も彼がこちらへ突っ込んで事故を未然に防ぎ、自分の命を守ったことに感謝しかなかった。


「Wow! Nice tough guyやるなお前さん!」
Thank you mask guyありがとう! We were helped《みんな助かったわ》!」
The birth of a second hero2人目のヒーローの誕生だ!」
『Claude, let's hurry away from here急いでここから離れるよ.』
「Okay.」


 クロードは跳躍し、近場の建物の屋上に避難。そしてその場から離れるように駆けていき、かなり距離を取ったところで仮面を外す。その仮面はバッグにしまって、誰も居ない裏路地に飛び降りると何食わぬ顔で通りに出た。

 ハーレクインから、また元の1人の人間へと戻る。彼は1つの充足感を手に入れてはいるが、1つの責務をも背負っている。その自覚だけは確かにある、この力を私利私欲のためだけに使わず、自分自身が出来る人助けをするのみに留める。そこには彼なりの罪滅ぼしの意味もあった。


Good jobお疲れYou did it wellよく頑張ったね.』
It's because I am in MAKINAマキナが居てくれるおかげだよI could not do anything with myself1人じゃ何も出来なかった.」
But it is your intention to do thatでもその行動をしたのは君の意思だよYou may be more proud君はもっと誇ってもいい. "I am a brave hero勇気あるヒーローだと."』


 以前、自分が仕出かしたことは誰でもない行動した自分自身の責任であることを学んだクロード。マキナも同じように学び、彼女は希望を伝えた。クロードが誰にも出来ないことを成していると、その事実をそのままに伝えた。

 ほんの少しだけの勇気と、ほんの少しの我儘を出すために。人はたったそれだけで、誰しもが予想出来ない力を発揮する。そうしたいがために、それらを成し遂げるために。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 それから2週間はクロードの活躍が増えていった。時折現れる強盗や轢き逃げ犯とのチェイス、ひったくりの確保など。学業との成立は多少の困難を極めたが地頭の良いクロードは成績を若干下げながらも何とか両立させていた。

 しかし何事にも少なからず代償というのは存在する。彼が得た強大な力の代償と周囲の評価からなる知名度、そこで彼は1人の理想を消してしまうことになった。


「Hey!」


 学校の廊下でマークに声を掛けられる。他にいた生徒の視線を集めていくが、お目当てのクロードの視線もあった。以前より落ち着きのあるクロードの顔は、以前の顔を知っている者達に“変わった”と言わせるほどであった。

 そうして変わってしまったクロードにマークは怒りを包み隠さずに歩み寄る。


What's upどうした?」
There is no such thingどうしたもこうしたもないだろ!」


 マークがクロードの胸ぐらを掴みかかり、周囲が喧騒とした様子になる。そんなことはお構いなしに声を荒らげて怒鳴り散らす。


Use the power to defeat the bad力を使って悪者退治して、 guys and don't care about the heroヒーロー気取りになってんじゃねぇよ……! Do you want to be so有名になって famous and admired from around周りからチヤホヤされたいのか?!」


 その一言でクロードの何かがキレた。少しだけリミッターを外すことを選び、力任せにマークの手を離す。その目には“誰にも反論させてやるか”と強い意志を持っているようであった。


I'm not doing it to get the surrounding praise周りからチヤホヤされたいために、俺はやってる訳じゃないBy the way I did that, it won't do anything usefulそんな事の為にしたところで、何の役にも立たないんだよDon't say anything by selfish speculation勝手な憶測でものを言ってんじゃねぇ!」
That's rightあぁそうだよなYou have powerお前には力があるもんなYou can do anything何でも出来るYou can get anything何でも手に入るIt is better to help俺みたいな奴より、 more people than someone like meもっとたくさんの人間を助ける方が良いもんな!」


 この騒ぎに誰かが伝えたのだろう、一人の教師が2人に駆け寄ってきた。


What the hell何の騒ぎだ?!」


 そこで2人の言い合いも終わると、クロードは荒い息をゆっくりと正常にさせるために深呼吸を繰り返す。マークはその姿勢を崩さずにいるが、それは教師によって阻まれる。


Both of us will listen to me carefully二人ともじっくりと話を聞かせてもらうぞ.」
「……tch.」


 マークの舌打ちはクロードにも聴こえていた。だがそこに突っ込むほど、彼も子どもではなくなっていた。
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