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4ヶ月後の2人–Ⅱ(アルディオス視点)
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「僕は、後継ぎについてはしばらく先だと思っているよ」
「えっ」
やっと取ることができた休暇日に、ミュリエルと2人でお茶を楽しんでいた。色とりどりのバラが咲き乱れる温室で、興味深げに視線を彷徨わせていた紫色の瞳は、今は僕だけを見て揺れている。心が乱れるのをはっきり自覚した。
しかし、彼女が想像しているであろう憂いは晴らさなければならない。そっと膝の上に組まれた手に手を重ね、言葉を継いだ。
「まずこれだけは先に言っておくけれど。僕はミュリエル以外と子を成すことはない」
「・・・はい」
「その上で、先だと思う理由は2つある。まず1つ目は僕らが異種族であること。魔族と、人間とでは容姿が似ていても身体の作りが違うから、どうしてもミュリエルに負荷がかかってしまう。それは僕の本意ではない」
慎重に慎重をきして、この2週間は添い寝だったけれど。連日ナカも外も僕の魔力をたっぷりと注がれて、ミュリエルの身体はだいぶこちら側に傾いてきた。
その証拠に先日の健康診断で、彼女の役職に『魔王の妻』が加わったのだ。
報告を聞いた瞬間、思わず涙が出そうになったけど、最上位は『聖女』のまま。未だ見えざるモノに最愛の人を絡め取られているようで、素直には喜べなかった。
それに、役職については何がきっかけで変わるか分からない。また、戯れに時の魔王が聖女を穢して堕とすことはあっても子を成した記録など流石に残っていなかった。僕らの跡継ぎのでき方を考えれば、当然と言われれば当然なんだろうけれど。
「アル様が私のことを気遣ってくださるのはすごく嬉しいです。でも・・・」
「僕は若い方だし、ミュリエルだってあと7キロは太ってもらわないと。これは種族関係なく、母体の適正体重ってやつだよ」
「そ、そんなにですか・・・?」
しゅんとした顔にうなずく。そういえば、この前少し増えたって喜んだばかりだったね。
毎日適度な運動や食事でミュリエルは髪も肌も爪の先までもつやつや、健康そのものだけれど。元々太りにくい体質だったようで、僕や侍女がどれだけ高カロリーなものを食べさせても思うように体重が増えなかった。
「ね、まだ先だろう?」
―実は、彼女の預かり知らぬところで種族的な問題は解決の目処が立っている。ミュリエルがこの国の成人を迎えるまでには、眷属とする算段はつけてあるから。残される苦しみなんて想像だにしたくないし、ミュリエルが僕と同じだけの時を過ごせるようにすることは、彼女を手に入れてからの最優先事項だ。
「はい・・・でも、2つ目の理由はなんでしょうか?」
「・・・僕のわがままだ」
「へ?」
「まだ夫婦になって4ヶ月、君と2人で過ごす時間をもっともっと持ちたい。ミュリエルもやっと生活に慣れてきたところだろう?」
ミュリエルはうなずいた。一月くらい前から、小腹が空いたときに彼女のお手製のおやつを食べられる日が増えてきていた。僕は幸せそのものだ。
「子育ては時間がかかるしその間夫婦の時間は確実に減る。今ですらミュリエル不足なのに、僕が耐えられない」
「・・・あの・・・1つ聞いてもよろしいですか」
「どうぞ」
「その、今までの夜伽は・・・」
「僕が、ミュリエルを愛したいからしてきた。そしてこれからもね」
ごもっともな疑問に、理解してもらいたい一心で膝の上の指を取って口付ける。ぶわわ、と顔も耳も赤くするミュリエルのなんと清楚なことか。
ゆっくりと僕の言葉を反芻するように考えてから、顔を上げた。瞳に宿るのはまっすぐな意思。眩しくて、少し目を細める。
「わかりました。アル様にお任せいたします」
「ミュリエル・・・ありがとう」
安堵と、愛しさが込み上げてきて僕は隣に腰掛ける身体を引き寄せて抱きしめる。ミュリエルは驚いたように大きな紫の瞳がゆっくりとまたたかせたけれど、その身を預けてくれた。ふわりと甘い金木犀の香りがして、いっそう幸せな気持ちになる。
「いいえ・・・私は、1人で心配して、焦っていたのですね」
「そうさせたのは僕だ。ごめんね、言葉が足らなくて」
腕の中でミュリエルは横に首を振った。髪を撫でれば銀糸のように柔らかな感触で、指をすり抜けた。侍女と相談しながら髪を結うことも楽しんでいたから、今度髪にさす飾りを送ろう。どの花にしようかな。
「アル様のお考えをお聞かせいただいたこと、感謝いたしますわ」
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
そう言って微笑んでくれたミュリエルに、マドレーヌを差し出す。慣れた様子で小さな口で頬張る姿を愛でつつ、僕は2人きりの時間を穏やかに、片時も離れずに過ごした。
―これは余談だけれど、紆余曲折あって結局僕がミュリエルとの間に子を設けるまで、実に長い間がかかってしまい。気の置けない友にも右腕にも呆れられたのは、言うまでもない。
(終)
「えっ」
やっと取ることができた休暇日に、ミュリエルと2人でお茶を楽しんでいた。色とりどりのバラが咲き乱れる温室で、興味深げに視線を彷徨わせていた紫色の瞳は、今は僕だけを見て揺れている。心が乱れるのをはっきり自覚した。
しかし、彼女が想像しているであろう憂いは晴らさなければならない。そっと膝の上に組まれた手に手を重ね、言葉を継いだ。
「まずこれだけは先に言っておくけれど。僕はミュリエル以外と子を成すことはない」
「・・・はい」
「その上で、先だと思う理由は2つある。まず1つ目は僕らが異種族であること。魔族と、人間とでは容姿が似ていても身体の作りが違うから、どうしてもミュリエルに負荷がかかってしまう。それは僕の本意ではない」
慎重に慎重をきして、この2週間は添い寝だったけれど。連日ナカも外も僕の魔力をたっぷりと注がれて、ミュリエルの身体はだいぶこちら側に傾いてきた。
その証拠に先日の健康診断で、彼女の役職に『魔王の妻』が加わったのだ。
報告を聞いた瞬間、思わず涙が出そうになったけど、最上位は『聖女』のまま。未だ見えざるモノに最愛の人を絡め取られているようで、素直には喜べなかった。
それに、役職については何がきっかけで変わるか分からない。また、戯れに時の魔王が聖女を穢して堕とすことはあっても子を成した記録など流石に残っていなかった。僕らの跡継ぎのでき方を考えれば、当然と言われれば当然なんだろうけれど。
「アル様が私のことを気遣ってくださるのはすごく嬉しいです。でも・・・」
「僕は若い方だし、ミュリエルだってあと7キロは太ってもらわないと。これは種族関係なく、母体の適正体重ってやつだよ」
「そ、そんなにですか・・・?」
しゅんとした顔にうなずく。そういえば、この前少し増えたって喜んだばかりだったね。
毎日適度な運動や食事でミュリエルは髪も肌も爪の先までもつやつや、健康そのものだけれど。元々太りにくい体質だったようで、僕や侍女がどれだけ高カロリーなものを食べさせても思うように体重が増えなかった。
「ね、まだ先だろう?」
―実は、彼女の預かり知らぬところで種族的な問題は解決の目処が立っている。ミュリエルがこの国の成人を迎えるまでには、眷属とする算段はつけてあるから。残される苦しみなんて想像だにしたくないし、ミュリエルが僕と同じだけの時を過ごせるようにすることは、彼女を手に入れてからの最優先事項だ。
「はい・・・でも、2つ目の理由はなんでしょうか?」
「・・・僕のわがままだ」
「へ?」
「まだ夫婦になって4ヶ月、君と2人で過ごす時間をもっともっと持ちたい。ミュリエルもやっと生活に慣れてきたところだろう?」
ミュリエルはうなずいた。一月くらい前から、小腹が空いたときに彼女のお手製のおやつを食べられる日が増えてきていた。僕は幸せそのものだ。
「子育ては時間がかかるしその間夫婦の時間は確実に減る。今ですらミュリエル不足なのに、僕が耐えられない」
「・・・あの・・・1つ聞いてもよろしいですか」
「どうぞ」
「その、今までの夜伽は・・・」
「僕が、ミュリエルを愛したいからしてきた。そしてこれからもね」
ごもっともな疑問に、理解してもらいたい一心で膝の上の指を取って口付ける。ぶわわ、と顔も耳も赤くするミュリエルのなんと清楚なことか。
ゆっくりと僕の言葉を反芻するように考えてから、顔を上げた。瞳に宿るのはまっすぐな意思。眩しくて、少し目を細める。
「わかりました。アル様にお任せいたします」
「ミュリエル・・・ありがとう」
安堵と、愛しさが込み上げてきて僕は隣に腰掛ける身体を引き寄せて抱きしめる。ミュリエルは驚いたように大きな紫の瞳がゆっくりとまたたかせたけれど、その身を預けてくれた。ふわりと甘い金木犀の香りがして、いっそう幸せな気持ちになる。
「いいえ・・・私は、1人で心配して、焦っていたのですね」
「そうさせたのは僕だ。ごめんね、言葉が足らなくて」
腕の中でミュリエルは横に首を振った。髪を撫でれば銀糸のように柔らかな感触で、指をすり抜けた。侍女と相談しながら髪を結うことも楽しんでいたから、今度髪にさす飾りを送ろう。どの花にしようかな。
「アル様のお考えをお聞かせいただいたこと、感謝いたしますわ」
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
そう言って微笑んでくれたミュリエルに、マドレーヌを差し出す。慣れた様子で小さな口で頬張る姿を愛でつつ、僕は2人きりの時間を穏やかに、片時も離れずに過ごした。
―これは余談だけれど、紆余曲折あって結局僕がミュリエルとの間に子を設けるまで、実に長い間がかかってしまい。気の置けない友にも右腕にも呆れられたのは、言うまでもない。
(終)
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