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2ヶ月後の2人–Ⅲ(トレーシー視点)

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「やっと、着いた」

リヒター侯爵家は吸血鬼の領地でも南東の方、王都から遠い位置にある。城を発ってから一度も休憩をとらず、なんとか20時間で着くことができた。出た時間帯もよかった。
宣戦布告はすでに送ってくれてあるらしい。そのため古びた三角屋根の建物は、物々しい気配に溢れている。
ーそれを隠せていない時点で俺の敵ではないけれど。
久しぶりに肌が泡立つ感覚。普段の俺は無頓着な方だけど、元が狩猟民族であるのは否めず血の気配に高揚しているらしい。

「やる気だな・・・逃げなかったことだけは僥倖だけどな」

おかげで約束を守れそうだ。携えた裁ち鋏から滴る血が、流線型の溝をつたってぽたり、ぽたりと垂れている。門番は俺を見るなり襲いかかってきたから、返り討ちにしたまでだ。
つーか、今時門番まで純血なのはここくらいだ。残った首と胴体を見て気づく。純血種は純銀で殺された場合のみ遺体が残る特徴がある。

ー今から250年くらい前に、吸血鬼は一度滅びかけた。その理由は血が濃くなりすぎたため。元々種族内では純血主義が根強く、純血な吸血鬼同士でないと力が保てないとまことしやかにささやかれていた。中には親が自分の息子、娘に近親相姦を強制する家系すらあって問題になっていたのだ。
それを、親父が一蹴した。始祖である自分自身が妻を他種族から取ることで。

「おかえり、情報ありがと」

俺は戻ってきた使い魔を腕にぶら下げて、頭をかいてやる。彼らはキィと小さく返事をして、マントの下で好きな果物を漁っていた。
ちなみに、使い魔が蝙蝠なのは始祖である証。結果的にいえば、他種族と交わろうがなんだろうが関係なかったのだ。その証拠があっ俺がいても頭の硬いジジイには分からなかったらしいが。
俺は一歩を踏み出した。庭園を横切って屋敷の扉の前に立つ。情報収集とは別の蝙蝠たちが扉を開けてくれた。途端溢れ返る侍女、従僕たち。全員目の色は真っ赤で正気とは思えない。つーか、白と黒のヘッドドレスにガーターベルト、武器はナイフとフォークなんていつの時代遅れのファッションだ。そういうところに目がいってしまうのも職業病だな。

「かかってこいよ」

どうせ、この場にいる者たちに救いはない。もし逃れようとしてもどっかにいる陛下の影が許さないだろう。
宣言でも着た、一張羅の燕尾服にほつれも汚れもないが、全てが終わる頃には流石に着れなくなるだろうな。さっき屠った奴らに赤い死神、と言われたのをふと思い出して嗤ってしまった。俺らにとっては彼らの主人の方が死神だ。
ー陛下の慈悲さえなければ、今度こそ吸血鬼全てが滅んでいたんだから。


△▼△


「陛下、これを」

俺は後ろの騎士団長に許可を取り、シルクに包まれた裁ち鋏を差し出した。いつかのために、取手の琥珀の細工まで拘って造られたこれは実用的なものではなく、刃は純銀で出来ている。そのためずっしりと重く、俺が素手で触れることはできない。
この国では特に貴族の自死が禁止されているから、死ぬなら他人の手にかかる必要がある。陛下の手で、しかも獲物がこれならなんの悔いもない。
しかし、心臓の弱いやつなら視線だけで射殺いころせそうなクリスを背後に、執務室のソファの向かいに座る美丈夫はぴくりとも表情を動かすことなく組んだ足もそのままに、ため息をついた。
堕天使という種族柄なのか、歴代の魔王様であるルシフェル家は美的センス高めの俺から見ても文句がつけられないほどに顔立ちが整っている。イケメンはほんと、何をしてても絵になるよな。
局地的ながら、最近優しい笑顔を浮かべるようになった友人に、着てほしい服が俺の脳内にはまだまだたくさんあった。もちろん、最愛の花嫁様のそれと統一感のあるものだ。まぁ、ミュリエル様の装いを見られるのはほんのごく僅かだろうが。
そしてそれがもう叶わないことが、残念でならない。

「何のつもりかな? トレーシー」
「何って、俺を呼び出したってことは確証が取れて、罰を与えるためなんだろ? 流石にただ長く生きてるだけの老害でも、一族の咎は長が背負うのが筋だ」

そう、魔王様の妻であるミュリエル様を、拐かそうとしたのは吸血鬼だった。実行犯である彼自身は5年以上騎士団に所属しており勤務態度に問題はなかったが、ある侯爵家の血筋の婚約者がおりそのルートで圧力がかかったようだ。俺と彼に直接の面識はないものの、二重の意味でもう会うこともないだろう。
未遂に終わったとはいえ、その罪は償わなければならない。絶対に。

「リヒター侯爵のことは、もちろん許すつもりはない。好奇心は猫を殺すって人間の国ではいうらしいけど、今回は随分醜いじいが釣れたもんだ」

僕の、唯一の人の味を知りたがるなんて。
その表情でどれだけゾッとしたか、後で俺以上に知ることになるだろう侯爵を恨んだ。
―俺も侯爵も楽には死ねまい。しでかしたことを思えば当然なんだが、氷河の塊を直接胃に落とし込まれたように震えが止まらなくなる。
忠臣としても、友人としても。そんな情けない最期は見せたくなくて、膝の上でグッと拳を握る。騎士団長は抜刀術の達人だし、許可さえ出ればその剣ですぐに俺の首を刎ね心臓を貫けるから、拘束されていないのだろうけどその温情も今は苦しい。

それこそ建国の時代から、ヴァンピーア家はルシフェル家に仕えている。しかし、俺の親父は臣下でありながら放浪魔王とよくカイン様本人を目の前に悪態をついていた。今思えば俺含めてよく首が飛ばなかったもんだ。
むしろ、親父の手伝いという執務もそこそこに夢中になって書いていたデザイン画をカイン様に拾われて、私には似合いませんが息子には合うかも、などと理解すらしてくれたことが思い出された。走馬灯ってやつか。
そんな関係性から、アルディオス陛下とは彼が生まれてすぐに引き合わされる。歳は断然俺の方が上だが、殿下の頃から見目麗しく魔力制御もピカイチで、カイン様の臣下として執務を行うその知性は評判だった。若くして王位を継いだ後の容赦のない振る舞いはなんとも分かりやすくて心地よく、吸血鬼としては異端な俺をも随分と重用してくれた。
だから、陛下がどんな処分を下そうとそれは正しいし、粛々と受け入れるだけだ。

「吸血鬼の長たるトレーシー・フォン・ヴァンピーア。魔王アルディオス・フォン・ルシフェルの名の下に50時間以内にリヒター侯爵を捕らえ、その一族の首を全て僕の前に並べろ。また、君の身柄は今この瞬間から僕預かりとするものとし、反逆者の処刑を終えた後は最低1年間牢で軟禁だ」

端から受け入れるつもりだったから、なんの抵抗もなく主従契約が成って、ガチャリと飾りのない青銅の首輪が音を立てたが。俺は唖然としてしまった。

「・・・は?」
「聞こえなかった? 確か侯爵領までは往復48時間はかかるはずだけど。1分1秒たりとも譲らないよ」

あと、一応ヴィントがどっかで見てるから。袋に首を入れるくらいは手伝ってもらえばいいよ。
俺は大きく首を横に振った。これは、頷けない。

「いや、俺への罰甘すぎんだろ!」

思わず立ち上がって、叫ぶ俺に後ろからは銀の剣が、前からは銀のナイフが飛んでくるが。その両方を下げさせて俺にも座るよう指示し、陛下は再びため息をついた。
袖口に光るアメトリンのカフスボタン。そんだけ大切に思っている彼女を、ないがしろにして許されていいわけあるか。

「トレーシー、一応聞くけど君も興味があるの?」
「全く。彼女の作る刺繍はめっちゃ興味あるけど」
「・・・ミュリエルを愛してやまない僕の前でよくもハッキリ言えるよね」

いや、もし仮に思ってたとしてもどこに耳があるか分かんないし、宣言の場で陛下の言葉を直に聞いた俺が彼女に興味あるなんて口が裂けても言えねーわ!
表情に出ていた感情を見透かして、彼はくすりと美しく笑う。先ほどまでの張り詰めた空気は無く、試されていたのかと勘ぐってしまう。
ー100歳以上年下の彼にいいようにされるのは、しょうがないけどやっぱどっか悔しいわ。

「なら、問題はない 処分は適正だ。今回は未遂だし君が忠臣として反逆者の掃討を自ら申し出て1人で実行し、その上で城での謹慎処分を経て筋を通すとすでに発表してある。まぁ、もしミュリエルにほんの僅かでも傷がついていたら君の想像した通りになっていただろうから」

僕が、執務の僅かな合間に休憩を取っていてよかったね。
にっこりとした笑みと共に吐き出される殺気のこもった言葉に、俺は宰相から投げ渡された袋と鋏とを引っ掴むと頭を下げてすぐその場を後にした。
陛下は口に出したら絶対する。ただでさえ彼に心酔するクリスや、有能な影を飼っているのに実行できるだけの力を1人でも持っている。
それが、古いだけで200年近く前からなんの役職にもついていない、侯爵家1つで済むのだから逆らおうなんてこれっぽっちも考えなかった。

「へっ、やっぱサイコーだわ」

口元に笑みが浮かぶ。武者震いがする。
この人に一生ついていく、その思いを新たにして俺は夕焼けがちょうど闇に染まる空へ飛び立った。45時間できっちり終わらせて、早く城に戻ろう。


△▼△


事を成して、魔王城に戻る。袋は門をくぐってすぐに影に渡した。どこにいたのかはさっぱりわからないが、侯爵を捕らえて屋敷から出てきたときには首塚ができていたし、今さっきも気配などなく、暗闇から白い仮面が現れた。マジで心臓に悪い。

「おかえり、早かったね。風呂に入るくらいの慈悲はあげるから、身を整えたらクリスに声をかけて」

出迎えた陛下と別れて1時間後、俺は独房にいた。と言っても牢獄のような質素な作りではなく裁きを待つ貴族などを一時的に入れておくための部屋だ。地下ではあるけれど、俺は気にならないし水回りは備え付けでベッド、机、クロゼットなど一通りの家具は揃っている。風呂、こっちのでもよかったんじゃね?
久しく使われていない割には掃除も行き届いていて、俺は真っ白なシーツがひかれたベッドに腰掛けた。
視線の先には、たくさんの木箱。その数はそれなりに広い部屋の壁一面を覆い隠すほどで、中には天井近くまで積み上がっているものもある。
流石に食事睡眠なしで長距離を往復、激しい運動を行なったため眠くて仕方ない。でも中身も気になる。

「なんだろ、あれ・・・」

そんなことを考えていたらいつの間にか寝落ちしていたらしく。翌日俺のデザインした軍服を纏った騎士が運んできた食事を取って、箱の前に立った。
この後に及んで危険なものが入っているようには思えないが、慎重に箱を開ける。すると一枚のメモと共にたくさんの布地、糸、スケッチブックが出てきた。別の箱には見覚えのある俺の仕事道具一式や、小さめの宝石や飾りがたくさん。

「ドレス15着、ハット10個、シューズ7足・・・一体どんだけ作らせるつもりだよ」

しかも外出させる気なんて、さらさらないくせに。
そこには勅命と称して、1週間以内にデザイン画と試作品を仕上げるように、指示が事細かに書いてあった。流れるような達筆は陛下の直筆で間違いなく、文末には追伸として下着とシュミーズの追加注文まで。
ーそんなにあのデザイン、気に入ったのか。陛下も彼女の前ではただの男ってことかぁ。
緊張もほぐれ、我慢しきれなくなった俺はひとしきり笑った後、近くのテーブルを引き寄せてスケッチを取り始める。スケッチブックにはご丁寧に最新の採寸表まで挟んであった。誰がいつ測ったんだか。
いつの間にか、執務室を訪れたときの絶望的な気分は滲んだ涙と一緒に何処かへ吹っ飛んだ。

彼に満足してもらえるよう、また俺がデザインした服を着てもらえるようにイチから出直しだ!
そんなこんなで俺の1年間の謹慎生活は、時折息抜きに訪ねてくる陛下や一時期頭のおかしい隣人などもいたが、概ね充実したときを過ごしたのだった。

(終)
 
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