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6「たくさん撫でられちゃってるね」

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 少しして風呂からあがった俺の目に飛び込んできたのは、ベッドを見つめる悠斗くん。
「そこ……」
「あ、玲矢……」
 悠斗くんは俺の方に視線を移すと、なんだか嬉しそうに笑った。
「やっぱり、いるね」
「え……」
 いる?
 いるのか……。
 そう言われたら、そこで寝る気にはさすがになれない。
 いつもそこで寝ていたし、ずっと避けるわけにもいかないけど。
「俺、今日は向こうの部屋のソファで寝るから、ベッド……えっと、見てる? 寝るのは、さすがに嫌だよね?」
 霊以外にも、人のベッドなんて抵抗あるだろう。
「俺は嫌じゃないけど、悪いよね。急に泊まらせてもらったのに……」
「別にそれくらいいいけど……」
「ベッドが軋むような音が聞こえるって話だったよね? 念のため、いつ通りのことを再現してみない?」
 いつも通り……このベッドで俺が寝るってこと?
「でも……」
「いつも、ここで寝てるんだよね?」
 俺はいつも霊がいるとわかった上で、この場で寝ている……と、悠斗くんは思っているだろう。
 でも、本当は違う。
 妙な音は聞こえてくるけれど、それだけでしかない。
 けど、もしかしたら悠斗くんが謎の音を解明してくれるかもしれない。
「大丈夫……かな」
 なんてことを言ったら、普段なにも見えていないこともバレそうだけど、つい口にしてしまう。
「危なそうなら、俺が助けてあげる」
「悠斗くん、そんなことできるの? 除霊ってこと?」
「そこまでのものじゃないよ。ただ、霊が嫌がりそうなことなら、なんとなく知識としてあるからね」
 霊が嫌がりそうなこと……。
 簡単なことなら俺もしたい。
「教えてよ、それ」
「んー……そのときがきたら、手取り足取り教えるよ」
「手取り足取り……そんな難しいんだ……」
 でも、危なそうなら助けてくれるって話だし。
 もちろん、全部鵜呑みにするわけじゃないけど、いつも普通に寝ている場所だ。
「霊がいるってのになんだけど、俺、そのまま寝ちゃうかも」
「いいよ。玲矢が寝た後、俺もここで横になるかもしれないけど」
 それはもちろん構わない。
「じゃあ、毛布出しとくね。カーペットだけじゃさすがに体痛いだろうし。毛布は持ってきたまま使ってないからきれいだよ」
 引っ越しの際、押し入れに突っ込んでおいた毛布や掛布団を取り出す。
 これで少しはマシになるだろう。
「ありがとう。玲矢」

 すでに0時近いこともあって、眠くなっていた俺は、ベッドで横になることにした。
 霊は、いったいどの辺にいるんだろう。
 もしかして、霊に重なって寝ていたりなんかしたら……いや、考えるのはやめておこう。
 横を向いて、悠斗くんを視界に入れる。
 悠斗くんは心霊現象を期待しているのか、微笑んでいた。
「玲矢、いつも電気消してるよね? 消す?」
「悠斗くんが寝るときで大丈夫だよ。明るくても寝れそうだし」
 ベッドで横になっているせいか、すぐさま眠気が襲ってくる。
「にしても……ホント、平気なんだね」
 平気って、事故物件のこと?
 霊のこと?
 平気というより、見えないんだけど。
 それは言わない方がいいと思っている。
「物音くらい、どんな家でもするよね」
「うーん……まあそうかな」
 大して気にするほどのことでもない。
 そう言おうと思ったけど、眠くて仕方ない。
「玲矢……? 大丈夫?」
「ん……ちょっと、眠い……」
「うとうとしてるね……」
 まぶたが重くて目を伏せた直後、ベッドが軋むような音が耳に届いた。
「あ……悠斗く……」
 いま起こっている現象をなんとか伝えようと、目を伏せたまま、悠斗くんの名を呼ぶ。
「うん……聞こえてるよ」
「ん……」
「いま、どんな気分?」
 いま……?
 どんな気分もなにも、ただひたすら眠い。
 ベッドの軋みが、隣人さんの夜の営みじゃないとわかったからか、なんとか興奮せずにいられそうだけど。
 結局、なんの音だろう。
 ポルターガイスト?
 よくわかないけど、どんな気分かって言われたら……。
「ちょっと……いい気分?」
 ここには霊がいるんだって、悠斗くんに教えてもらったのに。
 その言葉を信じていないわけじゃない。
 それでも、体がベッドに吸い込まれていくみたいに重くて、頭が働かない。
 先に寝てしまうのは申し訳ない気もしたけれど、悠斗くんを気づかう余裕もなくなっていた。
「いい気分かぁ……すごいね、すごいよ、玲矢」
 なにがすごいんだろう。
 俺は目を伏せたまま、悠斗くんの声を聞く。
「ねぇ……玲矢は、いまみたいにベッドが軋む音を聞いて、俺が誰かを抱いてるんだって勘違いしちゃったんだよね?」
 悠斗くんは、囁くような声で呟いた。
 その話は、もう忘れて欲しい。
 とんでもない勘違いで、かぁっと顔が熱くなる。
 ゆっくり目を開くと、悠斗くんは思った以上に俺と距離を詰めていた。
 まただ。
 あのうっとりした表情。
「いつもは電気消してて、よく見えなかったのかな」
 電気のせいじゃない。
 いまだってなにも見えない。
 俺にはいったい、なにが見えていないんだろう。
 悠斗くんは、なにを見ているんだろう。
「すごくかわいいよ」
 かわいいって、もしかして……霊?
 そう思ったけど、さっきから俺と目が合っていて、まるで自分が言われているみたいに錯覚する。
「なんのこと?」
 俺であるはずがない……違うとは思ったけど、大学でも言ってくれた。
 尋ねると、悠斗くんはうっとりした表情を浮かべたまま、教えてくれた。
「んー……ベッドを軋ませる霊の音を、やらしい音と勘違いしちゃったのも、霊に撫でられて、うとうとしちゃってるのも、たまんなくかわいい」
 軋むベッドの音が、霊のものなのかどうかはわからないけど、やらしい音と勘違いしたのは事実だ。
 それはいいとして、霊に撫でられてって、なんだろう。
 俺……霊に撫でられてる?
 それが本当なら怖いはずなのに、不快じゃない。
 酔い止めや風邪薬を飲んで、うとうとしちゃうあの感覚に似ている。
 体がじんわり温かい気がして、なんだか気持ちいい。
 いろいろと頭が追いついていないみたい。
「……夜だから、眠いんだよ」
 働かない頭で、俺は思いついた理由をなんとか口にした。
 うとうとしてしまう理由は、ただそれだけのこと。
 撫でられているからじゃない。
「ベッドの音については、どう感じてる?」
「どうって……だから、それは……」
「いいよ、恥ずかしがらなくて。こんな音たてられたら、俺だってちょっとは興奮する。それに、あながち勘違いでもないのかも」
「え……」
 勘違いじゃないって、どういうこと?
「ここにいる霊は、玲矢とやらしいことしたいのかな」
「なに、それ……」
「だからこんなにベットを軋ませて、玲矢にずっと絡みついてる。ああ……たくさん撫でられちゃってるね」
 撫でられてない……というか、仮に撫でられていたとしても、俺にはよくわからない。
 変なこと言わないで欲しい。
 勝手な妄想はやめて欲しい。
 そう言いたいけれど、それは悠斗くんを信じていないことになる。
 悠斗くんが、そういう風に言われたくないことはわかっていた。
 でも、おかしいだろ。
 なに言ってんだ、この人。
 いろいろ反論したいのに、あいかわらず眠いし、なにか言えば悠斗くんを否定してしまうことになりそうで、いい言葉が出てこない。
「わかん……ない」
 否定はしないけど、自分がちゃんと理解できていないことだけは、伝えておく。
「そっか。わからないんだ」
 俺には第六感がないから。
 少し躊躇したけど、打ち明ける。
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「悠斗くんと……同じ景色を見てないから。わかって……あげられないから」
 俺は相容れないとは思ってないけど。
「いいよ。少し、そんな気はしてたし」
 やっぱり、俺の嘘はとっくにバレていたのかもしれない。
「玲矢は、俺を否定しないでいてくれたしね。信じてくれるなら、それでいい」
 信じるなんて、簡単に言えることじゃない。
 見えないものをどう信じればいい?
 見えないけど信じてるって、見えてる悠斗くんにどう理解してもらえばいいんだろう。
「ごめん……」
「信じられないってこと?」
「信じてる……つもりだけど、悠斗くんを傷つけた人と変わらない」
 こんなキラキラした人に声をかけられて、俺は調子に乗ってしまったんだろう。
 悠斗くんに合わせて、わかってるフリをして、ここぞとばかりに取り入ろうとした。
「それは違うよ」
「違う……?」
「見えるだけが第六感じゃない。玲矢は見えなくても、音は聞けるし感じてるんだよね?」
「音は……霊が出してる音っていうより、ベッドが出してる音だよね?」
「うーん、そうとも言えるか。でも感じてるから、こんなにうとうとしちゃってるんだと俺は思うよ」
 霊を感じると、うとうとするんだろうか。
 さっきも伝えたけど、眠いのは夜だからだろう。
 いつも寝てるくらいの時間にベッドで横になれば、眠いのも当然だ。
「悠斗くんには、どう見える?」
「……教えていい?」
 世の中、知らない方がいいこともある。
 でも、これは実際に悠斗くんが見ているもので、見たくないだなんて、言ってはいけない気がする。
「教えてくれる……?」
「うん」
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