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番外編おわり
しおりを挟む人生で初めてのモテ期をここで迎えるとは思わなんだ。
「Mr.ウツキ貴方の素晴らしき功績に感謝の意をと彼は仰ってます」
「ウツキ食事に誘いたいと言ってます」
「貴方が世界一の研究者だと伝えたい」
「貴方のお陰で世界は救われたと」
「天才です間違いなく。貴方の力はもっと他で発揮するべきだ」
「ウツキ」
「Mr.ウツキ」
「貴方は完璧だと」
「あー…ハハッ…サンキュー…」
引き攣った笑いを隠すことなく馬鹿みたいに知ってる単語を繰り返すも彼等は貼り付けた笑みを深めるばかりでよく回る口からはひたすら賛辞が溢れる。
夕方頃に迎えに行くと言っていた日高は急用が入ったとかで他の護衛を寄越しパーティー会場には宇月一人で訪れる羽目になってしまった。
五百年以上の歴史があるこの庭園はかつて名のある実業家の邸宅だったようだが時代を変え現在は式場や宴会場として利用されている。もちろん庶民が使うことなどまずなく上流階級御用達となっていたようだが日高が国を治めてからは広大な庭園内の希少な自然を誰でも自由に味わえるよう無料開放しているらしい。
桜などもう見ることはないと思っていた。
ガラス張りになっている壁面から眺める庭は見事なものだった。遊歩道を左右からアーチのように囲む満開の桜と大きな池を優雅に泳ぐ錦鯉。まるでここだけ違う世界のような華やかな光景が広がっていた。
夕暮れに染まる豪華な庭園から振り返ると。
(人多い…こわ)
微笑みを携えた身なりの良い大人ばかり。
恐ろしくて壁の花になろうと隅へ隅へとワイングラスを片手に縮こまる宇月だったかそうは問屋が卸さない。次から次へと髪も目も肌の色も違う人種の人間に話しかけられあわあわと何かを答える間もなく矢継ぎ早に質問と称賛の嵐。誰も彼もどこかで見覚えのある顔なのだがパッと名前が出てこない。
(えーっとこれはどこかの外務大臣で、あの人はどこかの誰かだ。このオバさんは…誰だ?)
大勢に囲まれパニックになった頭ではもう誰が誰だかわからなかった。
様々な言語で話しかけられ通訳がカタコトな日本語で宇月に訳しなんとなく頷いた。そんなのを繰り返しながらそれでも受け入れられている雰囲気にどこか安心した。外国人と話をするなんて初めてだった。それも政界や有名企業の人間ばかりだ。生きてる世界が違う天界人みたいなイメージだったが彼らもまたこうして話をしてみると同じ人だと実感できた。
緊張もほぐれいつも通りのペースで話せそうだと安心したのも束の間。
「宇月所長本日はパートナーとご一緒ではないのですか?」
柔らかな口調で話しかけて来たきっと昔は恐ろしく美人だったのだろうなと想像が付く綺麗な老婦人の言葉に場が一気に静まり返り宇月は首を傾げた。
その後ドッと笑いが溢れ目をパチクリさせる。
「こらこら宇月さんは…ハハッ…パートナーとして参加されてるのだぞ」
「あらやだ!失礼しました」
「ふふっ、貴女分かってて仰ったんじゃないの」
「いえいえそんな」
クスクスと馬鹿にしたような空気に体温が下がり胃液が込み上げてくるのが分かった。
なんだこの空気は。
何故笑われてるのかわからない。
「世界の叡智と呼ばれても我々とは違いますからね…ふふっ、おっと失礼。言葉に気をつけなければならなかったかな」
「血は変えられませんからねぇ」
「やだわ、ご本人を前にそんなこと」
甦る思い出したくも無い過去の記憶。
子供の頃、学生時代、研究所に入ってから、ずっと、ずっとだ。コソコソ、クスクスと小さな笑い声ひとつひとつが心を抉る。どこを見ても嘲笑と蔑んだ顔。先程まで穏やかに話しかけて来た人間と同じとは到底思えないその顔はよく知っている。研究所を立ち上げたあの政府の男と同じ顔だ。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
「失礼」
俯き周囲から目を逸らす宇月の前に誰かが立った。
それどころじゃない宇月には誰だか分からなかったが宥めるような言葉で周囲を黙らし宇月の異変を察知し外へと連れ出してくれた。
気付けばひとり掛けのソファーに座っていた。
目の前には相変わらず美しい日本庭園が広がるがパーティー会場前とは打って変わって静かな庭だった。枯山水と言うのだと日高が前に教えてくれた気がする。水を使わずに水を感じさせる表現法でその歴史は長いと聞いたが宇月は先ほどの華やかな庭よりこちらの方が好きだった。
昔から自分のホーム以外で人と関わると途端に言葉が出なくなる。その反応が相手を苛立たせ馬鹿にされることも少なくなかった。そうやって新しい人との交流を避け続けて生きて来た。外は嫌いだ。それでもこうやって出て来たのは一重に日高の為になるならと思ったから。
なのにここに日高はいない。
(そういえば誰が…)
「どうぞ」
キョロキョロと辺りを見渡す宇月に差し出されたミネラルウォーター。
それを見てそのまま顔を上げた。どこかで期待していたがそこにいたのは見知らぬ欧米人。
いや、見たことはある。ソピア・エレクトロニクス・コーポレーション代表のアーウィン・フォード。数十年前に国内最大級の電気通信機器メーカーが倒産しそれを買い取った世界第一位の規模を持つ宇宙太陽電池メーカーの社長だ。
宇宙空間上での太陽光発電は環境汚染が大幅に進む前から提唱され新エネルギー源として研究されていたが、大型のプロジェクトであり膨大な資金が必要になると手を引く国や企業が多かった。そんな中、当時ただの資産家だった彼がそのプロジェクトに莫大な支援金をかけたとニュースになっていたのを今でも覚えている。
「どうも…」
それからも携わる全ての事業に成功し今や若くして世界トップクラスの実業家だ。新大陸生物研究所も彼の会社から多大な支援を受けているし国内のみならず世界中を拠点とする研究所支部も彼の子会社と提携し共同研究を行っている。恐らく国際新大陸保護連合局、新大陸生物研究所以外で最も新大陸に関わりのある外部の人間だろう。
いまだに小刻みに震える手のせいでキャップが開けられない。困っていればヒョイと取られカチリと蓋を回され渡された。もう一度見上げれば人の良さそうな顔で微笑まれ気恥ずかしさを誤魔化すようにゴクリと喉を潤せば幾分か気分もマシになる。
「上流階級の人間にとって同性愛は身分が低い人間の証だそうで」
「…なるほど」
宇月は今回このパーティーに日高のパートナーとして参加を求められていた。世界中立の立場にある宇月はこういった国際的な行事への参加は基本的に禁止されている為に研究所所長ではなく宇月個人としてならばOKというグレーなラインで招待されたのだ。
環境汚染により常時飢餓の危機にある世界では同性愛が推奨されているがそれは食糧に困り子を養えない身分の低い層に対してだけの御触れだ。そんなもの関係ない彼らにとって異性愛というのはスタンダードかつステータスなのだろう。
「アンタは?」
生まれついての富裕層だとチラリと横目で見れば肩をすくめられた。
「私は美しいものには美しいと賛美を贈るよ」
「そうか…」
正しいことだと思う。顔が美しい、心が美しい、所作が、字が、思想が、何でもいい自分が惹かれるところがありそれが美しいと思うのなら愛するべきだ。
日高は良い男だ。顔も良い、声も、心も、体も鍛えているらしく筋肉もある。それが宇月はどうだ。寝不足による隈に痩せ細った枝木のような体。立派な志を持ち合わせているつもりもない。
自分は美しいなどとは程遠い男だと自覚している。
「日本語、うまいんだな…」
どこか話しやすい雰囲気の男についそんなことを話しかけてしまいしまったと後悔したが言葉は取り消せない。しかし彼はパッと目を輝かせたかと思うと宇月の手を取り目尻を下げた。
「ありがとう。貴方と話がしたくて必死に覚えたんだ」
「お、俺と?」
「そう、貴方と。ずっと話してみたかったんだ宇月。貴方の研究成果は素晴らしい。この世界は貴方が救ったと言っても過言じゃないはずだ!」
「いや、俺はただ運ばれて来たものを調べただけで」
「そんなことあるものか!貴方の長年の研究がなけれ世界の方針が急旋回したとはいえこんなにもすぐに成果は出ていない。貴方が諦めずに研究を続けてくれたお陰だ。もっと自分を誇りに思うべきだ」
(それは…)
日高に言われた言葉と酷似していた。
初めて自分を認めてくれた男と同じことを言われひどく胸が高鳴った。受け入れて貰える喜びは長年日陰に居た宇月にとっては喉の渇きを潤すのと同義だ。
「私が貴方のパートナーならそんな顔をさせないのに」
膝を吐き目線が合うと綺麗なライトブルーが宇月を貫く。頬に手を添えられビクリと肩を振るわせ思わず体を引こうとしたが背凭れにあたり逃げられない。
「こんな身分の高い集まりにパートナーとして貴方を呼ぶなんて…貴方がこんな目に遭うのは賢いあの人なら分かっていた筈だ」
哀れむような目とするりと撫でられる頬に鳥肌が立った。なんだこの雰囲気は。
「宇月、私を選んでくれないか?」
「……は…?な、にを…」
「貴方を愛する権利を私に。そうしたら何でも与えてあげられる、貴方が欲しいもの全てだ」
欲しいもの。
宇月は何か言おうとして何も言えず口を閉じた。それをどう捉えたのか近付いてくる唇にぎょっとして手をかざすも掠め取られ握られてしまう。後ろにも逃げられず吐息まで当たる程の近距離に思わず目を瞑った。
「アーウィン・フォードそれは誰の物か理解しての行動かな?」
ピタリと止まる目の前の男と聞き覚えのある声にゆっくりと目を開ければ柔和な笑みを携えた日高がそこに居た。
「貴様、何故…」
「私も招待されているので何故と聞かれましてもねぇ」
「いえ、失礼しました日高大統領。貴方はトラブルに巻き込まれ今日は不参加とお聞きしたものでつい驚いて」
「おや誰からそんな話を?」
「うーん誰だっかな会場では色んな方とお話をしたので誰かとまでは分からないな」
「私は急用が入ったので遅れる、とだけしかお伝えしていなかったのですがトラブルに巻き込まれ不参加とは大事ですね。まるで誰かがそれを望んでるように聞こえる」
「ハハッ、まさか。貴方が居てこそのパーティーですよ」
バチリと二人の間に火花が飛ぶのが宇月にも分かった。とりあえず日高が来たことにホッと息を吐き自分の手がいまだに男に握られていることに気付いて両手を上げ彼の手から逃げる。
「随分と好き勝手しているようだが」
「はて、何のことでしょうか。私はただ貴方のパートナーがお一人だったのでお相手をしていただけですが」
「どの口が。武装組織を送り込んだのは貴様の差金だな」
「武装組織…?私には何やらさっぱり」
「そもそもこのパーティーを立案したのも宇月さんを招待するよう周りを唆したのも全て貴様だ」
「ううん、それは覚えていませんね。同志で集まった際にそんな話になったような?私が発端かどうかまでは分かりません」
「よくもまあペラペラと」
なんだ、何が起こっている。状況が把握出来ずただソファーに座り二人の会話を聞いてるだけの宇月の肩を日高が掴みアーウィン・フォードの胸を押す。
「とにかく不快だ。彼から離れろ」
「国のトップともあろうお方が粗暴ですね」
「黙れ。人の物に手出しする輩に遣う気などない」
「彼は人間です。それを物扱いとは…お里が知れる、と言うんでしたかね。所詮は下賎ということですか。まあそうでしょうともこんな場でパートナーとして宇月さんを招き辱めを受けさせるなどと陰険な行いができるのですから」
「必死に覚えた言葉を使いたくて仕方ないって顔だなアーウィン・フォード。だが安心しろその流暢な日本語を使う機会は二度と来ない」
「は?」
バラバラと落ちて来た写真。拾えば彼と複数の女性が写ったものから彼一人のものまで様々だ。部屋の中、車の中、仕事場、友人宅、ベッドルームにトイレ…?
「なんだこれは…!」
「お望みならば貴様の尻の中までもご覧いただこうか」
「犯罪だぞ!警察を…」
「警察を?呼んで困るのはどちらかな。性買春、違法賭博、横領、脅迫行為に、最後は犯罪組織との繋がりまで判明した貴方が警察を呼ぶと?」
「…オイ!誰かコイツを…ぐっ!!」
振り返り誰かを呼ぼうとしたアーウィン・フォードを背後から天馬が地面に取り押さえ拘束するとその眼前に日高はしゃがみ込む。
「世界最大規模の企業だ、今貴方に消えてもらっては我々も困る。捕まえはしないさ。ただ協力関係と行こうじゃないか。手綱は掴ませてもらうよ。貴様のような暴れ馬は野放しにしておくには危険過ぎるからな…ああそれとお強いお仲間はもう居ない」
「クッ…貴様…!!」
「最初に手を出したのはお前だ。二度とこの地を踏むな。さもなくば…教えた方がいいか?」
(こわ…)
場違いにも爽やかに笑う日高が恐ろしい。
アーウィン・フォードは悔しそうに顔を歪ませ天馬を押し退け立ち上がるとこちらを睨み何も言わずに去って行く。その背中を追う小さな黒い影を日高は確認し振り返る。
「あの、日高…」
「鈴旗さん後は頼みました」
「畏まりました」
「え!誰!?」
背後から聞こえた声に驚くと小柄な初老の男性が頭を下げていた。目が合うとニコリと笑いかけられ宇月も笑い返そうとして背後から抱き上げられ突然の浮遊感に驚いて変な声を上げてしまう。
「うぎゃあ!?」
「うるさいです」
「なななんで!?」
何故か天馬にお姫様抱っこされと廊下を進みロビーからエレベーターに乗り最上階まで上がるとホテルの一室へと運び込まれご丁寧にベッドの上に置かれる。
「明後日午前10時頃迎えに上がります」
「うん。よろしく」
そう言うとパタリと天馬は部屋から出て行き二人に沈黙が落ちる。怒涛の展開に着いていけないがどうやらもうあの立食パーティーとやらに参加しなくてもよさそうな雰囲気に宇月は胸を撫で下ろした。
バサリとジャケットが無造作に床に捨てられたのを見て日高を咎めようとして押し倒される。
「どえ!?」
「何その声」
「いやビックリするだろ!てか、スーツ!あれも高いんだろ。ちゃんとハンガーに掛けて」
「やだ」
「はぁ?って、おい!皺がつくって」
「いいよ、そんなの」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ戸惑いながらも抱き締め返せば深く息を吐く気配。安堵したような、疲れを吐き出すようなそんな感じだ。
「落ち着きました」
「お、おう…」
ぽんぽんと背中を叩きしばらく抱き合っていたが終わりとばかりに離れる切り替えの速さに驚く。
スクリと立ち上がり投げ捨てたジャケットを片付け靴を脱ぎベッドに上がると今度は宇月の靴を脱がし始める。自分で脱ぐと止めに入ったが静止も聞かず黙々と靴を脱がし、ジャケットを脱がし、ネクタイを緩め最後にスラックスを脱がされた。
「ちょっ、おい」
「どうせ脱ぐでしょ」
「いや、待てよ!ちょっとは説明しろって」
自身のネクタイを外しながら「何が?」とぶっきらぼうに言い放たれムッとしながらも答える。
「だから!アイツのこととか、なんか武装組織とか、何なんだよそもそもこのパーティーは」
「一年前から世界で同時多発していたテロの首謀を探ってたんだがどうにも奴が臭かったんだ。そしたらアンタをどうやら狙ってると情報が入ったんでこのパーティーをあえて開催させ直接はなし、を…」
「日高?」
「不快な思いをさせてごめん」
指先を握られ許しを請う子どものような顔をする日高につい笑ってしまう。
「お前の役に立てたなら別に良いよ」
「囮にしたようなものですよ?」
「気にしてない。むしろ足を引っ張ってなくて安心したさ」
会場で笑いものにされた時自分のことはどうでも良かった。宇月の失態で日高まで笑われているのかと思うとどうしようもなく苦しかったのだ。
「…なんだよその顔」
「わかんない…」
「なんだそりゃ」
「アンタをひとりにして焦ったし、アイツになんか手握られてるし顔近付いてるのに逃げなくてムカついたし、囮にしたから怒られると思ったのに笑ってるし」
控えめに握られた指を外し改めてギュッと手を握ってやれば日高は顔を上げた。
「助けてくれてありがとな」
ガバリと再び抱き締められ唇を奪われる。最初はどう応えたらいいか分からずされるがままだった宇月も数をこなし相手の動きに合わせることが出来るのだから成長したなと我ながら感心した。
誰かに愛されるなどと思ってもみなかったのだ。
欠陥品だと自覚している。人には言えない心の傷と醜い情欲を持ち合わせたこんな男を受け入れてくれる人などいないと。
「はぁ…っ、なんかお前硝煙臭いぞ」
「ドンパチして来たから」
「武装組織がどうとか言ってたけど大丈夫なのか」
「あんなの天馬さん一人で片付けたよ」
「アイツは本当に人間か?」
その質問に笑いながらお互いのシャツを脱がし日高の着痩せする体が目に入ると情事を思い出させ宇月は思わず腰が重くなる。
「なんかエロい顔してる」
「だってお前…半年ぶりだぞ」
「そう…そうだな半年だ」
「んっ…手、冷たい…」
するりと浮き出た肋を撫でる綺麗な手に辟易する。どうしてこんなみすぼらしい体を抱けるのか心底不思議でならない。怖くてずっと聞けなかったな、とふと思いゴクリと喉を鳴らした。
「な、なぁ…お前は何で、その…俺なんかを好きになったんだ?」
「は?」
「だって俺なんか別に顔も良くなけりゃ性格だって体だって…あれだし…」
モゴモゴと口ごもりながら言えば手を取り指先にキスされる。キザなその仕草も似合う男だ。
「最初は手が良いなと思ったんだ。ペンダコが出来てて指先は荒れてる…仕事に真面目な人なんだなと」
その後目尻に唇を落とされた。
「次に目が…臆病者な癖に俺を真っ直ぐ見据える目に興味を持った。新大陸からやって来た人に変化した蜘蛛を息子だと言ったり、意識不明の天馬へのサポート、亜希ちゃんへの配慮と部下からの慕われ具合も貴方の美点だ」
そんなこと思われているとは全く知らなかった。
初めて聞いた日高の心の内にバクバクと心臓が体中に血を巡らせ顔が熱くなる。
「最初は固かったけどストレッチしてるんだろ?柔らかくなった股関節とか、控えめな乳首とか、奥まで挿れたらどこまでも飲み込むいやらしいこことか、心配になるくらい細い体とか俺が管理しないと駄目なんだなって支配したくなる」
「っ、お、まえ…もう硬くなって」
「当たり前だろ。半年ぶりだぞ」
開脚した足の間に押し当てて来た熱に興奮し宇月の股間もむくむくと反応してしまう。熱く滾る肉棒がパンツ越しに擦れ合い気持ちいい。
入って来た時は夕暮れに染まっていたホテルの一室も薄暗くなって来た。微かなライトの灯りに照らされた裸体が艶かしく気持ちも昂ってしまう。
「本当は…こんなパーティーを開催させなくてもあの男を飼い慣らす手段はあったんだ」
「ふ…ぅ、じゃあなんで…っ」
「来日させることが一番手っ取り早くてね。奴の拠点は世界中にあるからそれを追い掛けるのも面倒で…彼にも手を借りたよ」
尚も腰をくねらせる日高の視線を追えば小さな蜘蛛がカサカサと壁を這っていた。
「エル?」
「ああ」
「アイツは今休暇中だろ…こんな時くらい休ませてやれよ」
「代わりに迎えの船を三日ほど遅れさせるという条件で飲んでくれたさ。エンジンの不具合に怒る人間はそういないだろ」
「お前なぁ…」
上司不在をカバーする部下の気持ちを考えると経験のある身としては同情せざるを得ない。
「それとアンタをパートナーとして招待した件だけど」
「ん、あ!いきなり…っ、ん、ぅ…」
「アーウィン・フォードが言ってたような上流階級は同性愛者が云々は年寄りだけの思想だ」
「そ、なのか…っ、んん!ま、て…動くの、止まれって!」
「今の若い連中に性別なんて関係ない。あの男の真意がどうだかは知ったこっちゃないがきっと他にもアンタを狙ってる奴は大勢いるはずなんだ」
何の話だ。熱が疼いてぼんやりする頭では思考が定まらずただ日高の声を音として捉えた。
(怒ってる?いや、焦ってるのか?)
「国際的なパーティーにパートナーとして連れて行けるのは婚約者か配偶者のみだ」
「は…へ、え?」
「世界中に分からせてやりたかったんだよ、アンタは俺の物だって」
ぽかんと口を開く宇月を見て笑うと「ガキだろ?」と自嘲する日高に無意識に首を振っていた。
「記録として残したかったんだよ大統領日高のパートナーは宇月だと。そうすれば世界中に知れ渡る。国のトップの物を取ろうなんて奴そう易々と出て来ないはずだから」
何となく始まってしまった関係を今更なんだと問い立てるのも面倒な奴だと思われないか、ガキみたいじゃないかと躊躇っていた。大人の恋愛などとこんなものだと思い込むことで憂いを覆い被していたのに。
なんだ、つまり。
「なんか言ってよ…恥ずかしいんだけど」
「よ………」
「ん?」
「よろしくお願いします…」
プロポーズされたってことでいいんだろうか。
「うん」
嬉しそうに笑うその顔を見れば何でもよかった。
それからまた唇を合わせ濡れた下着を取り合っていつも性急に求め合うけど今日はゆっくり触れ合った。急がなくても逃げやしない。コイツは俺の物なんだと確固たる真実が焦りを自然となくしていた。
「あ、そうだもう一個。宇月さんを好きになったキッカケなんだけど」
「まだあるのか…」
恥ずかしいがどうせなら全て聞いておきたい。日高の言葉は宇月の自己肯定感をいつも上げてくれる。
「新大陸生物研究者に入った動機、何だっけ?」
「それは…どうせ調べてるだろ」
「知ってるけど改めてこの口から聞きたい。ね、教えてよ」
宇月の口の割り方をよく知っているこの男は甘えたようにそれでいて命令するように強請るのだ。
「…皆んなが腹いっぱい食えて笑顔でいれて…だから、なんだ、つまり…あ、オイ!笑ったな!」
「笑ってないよ」
「いーや笑ったろ!肩揺れてんぞ!」
「笑ってないって。もう煩い口は塞ぐから」
「んっ、んー!」
パクリと口を覆われて抵抗するように喚いた後は観念して受け入れた。熱が溶け合って混ざっていく。辺りはもう日も暮れてベッドライトの灯りだけがお互いの顔を微かに照らし、その顔を見てまたキスをした。
カサカサと小さな蜘蛛が足早に部屋から逃げ出した。
◇
「あ、流れ星」
川辺に寝そべったまま空を指差すフジの声に釣られて見上げたが水面を揺らしたようにぼやけた夜空には何も見えない。それでもフジが言うのだからきっと星がひとつ煌めいたのだろう。
「この間の流星群であらゆる願いを祈ったからな…次はエルの願いでも祈りましょうか」
「私の願いは貴方と同じだ」
「そっか」
エルとずっと一緒にいられるように、と一生懸命星に願いを叫ぶフジを思い出し思わず笑みが溢れた。星に願わずともずっと一緒にいるつもりだがそうやって声に出して何かに願うフジを見れたのはとても良かった。
フジは少し考えて手を打つ。
「じゃあいつも頑張ってる我が国の大統領の願いを!」
満点の星空を見ることは叶わないがフジの目に煌めく夜空を見た。
「あ!」
ひとつ、キラリと星が流れる。
エルがまだ人型を形成する前のこと。小さな小瓶の中で話しかけてくる男がいた。毎日、毎日飽きもせずそいつは話しかけて来たがその時は言葉などまた覚えていなくてただ不明瞭な音を聞いていた。
暗い男が唯一明るくなる話があった。
何か一生懸命楽しそうに話すのをエルはただ眺めて、何となくその時の言葉の音を覚えていた。
どうして忘れていたのか。
フジの言葉を聞いて思い出したのだ。
あの時、宇月はずっとエルに希望の話をしていた。
「世界が平和になりますように!」
満点の空にフジの声が響いた。
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