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⑲
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※少し濡れ場あり注意
「エルッ、やだ、エル…!」
二の腕から手首までを糸で拘束され腰をエルの両膝に挟まれ身動きが取れない。覆い被さるように抱き締め「許さない」とフジを責めるエルの言葉に戸惑う。逃げると言ったのは人型の蜂からであってエルからだなんてひと言も言っていない。きちんと話をしたいと思うのにエルは聞こえていないのかフジの言葉に全く耳を貸さなかった。
「エル!聞いてください!」
締める腕の力が緩みやっと会話が出来るかと思えばエルはフジのバックルを外しズボンを緩め始めた。膝までパンツごと下され露になった己の性器に顔を染める。エルに見られるのは二度目だが前回は背後からだった。正面から他人に見せたことない恥部をエルにまじまじと見られフジは涙目で体を捩る。
「あ…なにを…っ、やめてください…」
フジの制止を聞くこともなく手に嵌めていたグローブを外すと現れたエルの素肌。昨晩見た小さな蜘蛛と同じ闇夜を溶かした真っ黒な手でフジの萎えた陰茎を持ち上げた。フジは色白というわけではないが黒いエルの手に肌の色はよく目立ちそれがまた羞恥を煽る。
「っ、ふ…ん…エル…」
嫌悪はないがどうしてと困惑の感情が強くすぐに勃つことはなかった。しかし指で裏筋を撫でられ、ふにふにと陰嚢を揉まれれば嫌でも反応してしまう。力加減を確かめるようにひと通り全体を撫でられそれだけでフジの体は上気した。昼間とは言え初秋だ。肌寒いはずなのにこの空間だけ異常に熱い。
「んん、ぁ…だめ…!」
子どものお遊びのような触り方から一変して本格的に快感を得させようとするエルの手淫に焦る。誰かに触られる気持ち良さをフジは知ってしまっている。また湖の時のような痴態をここで晒すなんてことはしたくない。そう思うのに思えば思うほど下半身に意識がいって感じてしまう。グローブではないエルの柔らかな肌と体温が生々しくて直視できず顔を背け唇を噛み締めた。
「ふ…っ、う、っあ!…く、ふぅ…」
先端を親指でぐりぐりと撫でられ思わず漏れ出た声を抑えるも責める手は止まらない。じわりと滲み出た先走りの滑りを使ってぬちゃぬちゃと立てる音がいやらしくて耳を塞ぎたいのにぎっちりと糸に縛られた腕はびくともしない。気持ちいいのが嫌な訳じゃない、エルに触られているのだ嫌な訳がない、だが今は違う。それにエルはエルだがやはり様子がおかしい。
「え、る…っ、聞いてください…!私は貴方から逃げるなんて言ってません!エル、どうしちゃったんですか…!」
「貴方は帰るのだろう」
ようやく答えたかと思えば会話がイマイチ噛み合わない。
「離れないでくれ。私から貴方を取らないでほしい」
そう言いながらエルは腰元のポーチから取り出した小瓶を傾け中から粘性のある透明な液体をトロトロとフジの熱に落とした。ひんやりとしたそれにピクリと体を跳ね戸惑っているとじわじわと痒みに似た熱がフジを襲った。
「ああっ…ま、って、える…あつい…ッ、はぁぁ…える…!」
「どうして逃げる」
「ふ、うううっ、あ、つ…える、あつい…ッ、ひ、ぁ…んん!」
「私は欲しいんだ貴方が」
「は、は、は…ッ、んん!!ま…っ、さわっちゃ…いま触られたら…ひっ、ああ!」
「どこにも行かないでくれ」
「っ、ぅう…あ!…っ、そこ、だめ…んんっ、あ、う、う…ん~~っ!」
「お願いだからそばにいてくれ」
「い、ますっ、いますよ、ぅ、ああ!える…はぁっ、ううっ~!んんっ、だめ、まって、あ、あ…ぇ、える…!イっ…ちゃ…ッ~~~!!」
耐え切れず熱を吐き出しエルの手を白く汚した。気持ち良いと思うもののやはり外で、こんな時に、エルが正気じゃないのにと思う感情の方が勝りフジは泣いた。自分の言葉を聞いてくれないエルに対する怒りと、悲しみと、やはり自分には彼を助けられないのかと情け無く、混ざり合い渦巻いた思いが涙に変わった。
「エル…エル…どうして聞いてくれないんです…」
ポロポロと子どものように泣くフジにピタリと手を止めしばらくエルは動かなくなった。
「エル…?」
様子が変わったのに気付き見上げれば狼狽え後退りしエルは何処かへと走り去ってしまった。こんな状況で放置されてた困惑とエルが行ってしまった焦燥になんとか糸から抜け出そうと必死に踠いていると、グゥゥと低い獣の唸り声が聞こえフジは固まる。
まだ距離はあるが目視できる位置に猪に似た獣がいた。
上に伸びた大きな二本の牙、赤土のような肌と鋭い眼光がフジを射抜く。バイクのエンジン音のように何度も何度も低い唸り声を上げ後ろ足で地面を蹴る動作をし低く構える。
生態を知らないフジでもわかった。
(突進してくる…!)
地面が抉れる程の威力で土を蹴り上げ走り出す獣にフジは体を固め目を閉じ衝撃に構えた。
しかし穴の中へ突撃する寸前、腹部を真横から思い切り蹴られ猪は吹き飛ばされる。勢いそのままに大木へと激突し頭を打った衝撃でドサリと倒れ気絶した。
「この大陸の生き物つーのは何でこう見た目が気持ち悪りィのが多いかねぇ!」
「それ俺も含まれてンの」
「…」
「ねぇ!!!」
賑やかな声にフジはゆっくりと目を開く。
「うるせーうるせー…おーい生きてっかぁ?」
外からヒョイと覗いてきた顔にフジは驚いた。
「貴方は…」
「オイオイオイオイ!乱暴なプレイだなぁ!そんな男はやめとけって!早く別れることをオススメするぜ俺は」
「ホントやめてぇマキオ…」
槇尾ダイスケだ。
「誠に申し訳ございませんでした」
グッと首を抑え込まれ深々と頭を下げる大きな人型の鳥とその隣の人間の男に状況が理解出来ずフジは咄嗟に答えられなかった。その反応にマズイと思ったのか槇尾は慌ててクレスに話しかける。
「クレスやべぇぞ誠意が足りねぇみてぇだ」
「こう言うのってふたりで謝るもンじゃないかなァ」
「そりゃそうだ」
コソコソと話し合い槇尾は姿勢を正すと深く頭を下げた。
「すまなかった」
フジはハッとし止めに入る。
「や、やめて下さい!そりゃ裏切られた気がしてショックでしたけどなにか事情があったのはわかります…それに戻って来てくれたことの方が俺は嬉しいです」
「んだコイツ良い奴すぎねぇか?」
「ねぇマキオちょっと黙って」
顔を上げたはいいもののいまだに正座のふたりに合わせ座るフジにクレスは真剣な顔で言う。
「フジ…騙して…ごめん…でもマキオの怪我を治したらすぐに戻ってくるつもりではいたンだよね…言い訳みたいになるンだけどさ。それにフジひとりなら帰りまで飛んで送れると思って…」
「それは…」
「ウン…見てたらわかるよ…エルを見捨てるなんて出来ないンだよねぇ」
「はい」
フジの声が全く聞こえていないエルを目の当たりにすると悲しみで泣き喚きたくなった。
だがそれ以上にムカついたのだ。
これだけ人を虜にさせておいて、エルがいないと駄目な体にしておいて今さら捨てようと言うのかと。
「真剣なところ悪ぃんだけどなんか子豚がいんぜ」
槇尾の声に勢い良く振り返るとヨタヨタと歩くファイがいた。まるで出会った時の様な光景にフジは急いで駆け寄る。
「ファイ!無事だったか!!」
「ぷ、ぎぃ~…ぷぎ、ぷぎぷぎ…」
全身を確認するも擦り傷はあるが大きな怪我はない。
(よかった…)
ホッとするフジの背後からクレスが笑った。
「あのヤモリ倒したのォ?やんじゃんファイ」
「ぷぎ!」
――――
「それでおふたりに何があったんです?」
クレスが持っていた治癒の植物でファイを治した後、腹が減ったとへたり込む子豚に賛成しフジたちも食事にすることにした。こんな状況でも腹が空くのは人間もこの大陸の生き物も同じらしい。
「丁度良い肉あんじゃねーか」と倒れていた猪を槇尾が解体し肉祭りとなった。貪るように肉を食べるファイを横目にフジは聞きたいことが山ほどあったがとりあえず今いちばん優先すべきことを尋ねた。
「俺がコイツに助けられたって話は聞いたか?」
「ええ。でもその後に亡くなったと」
「あ!?テメェー人を勝手に殺すな!」
「痛い痛い!しょーがないジャン!死んどかないと辻褄合わなくなるンだからぁ!」
バシバシとクレスを叩いた槇尾は肉に齧り付きながら続ける。
「俺はまあ…三年前までコイツとここで暮らしてたんだよ」
生きていたと分かった時点で予想は付いたがこの大陸にただの人間が暮らしていたことが驚きだった。
「ぷぎぃ!ぷぎ!ぷぎゃん!」
「ん?おかわりか?」
「ぷぎ」
「よっしゃ、でっけぇの焼くか!」
「ぷぎ!ぷぎ!ぷぎ!」
「おうおう腹裂けるほど食わせてやるよ!」
「ぷぎぃ!」
話の途中で騒ぎ出したファイに急かされ立ち上がった槇尾は「後はクレスに聞いてくれ」と解体途中の猪と元へ行ってしまう。
「言葉分かってないのに会話してるンだけど」
「何と言うか…豪快な人ですね槇尾さん」
「そぉーねェ」
ファイ二匹分ほどの大きな肉の塊に興奮しぴょこぴょこと跳ねるファイと楽しげに笑う槙尾。それを見るクレスの金の目は温かかった。
クレスに助けられた後、川を泳ぎ魚を獲り元気そうなマキオだったが骨折していたらしい。それでよく大穴をよじ登ったり川を泳いだりしたもんだとクレスは呆れた。
「治るまで世話になるからよろしく」
「そこまでしてやる義理ないンだけどぉ」
「お前が助けた命だろ責任取れよ」
助けられたとは思えない不遜な態度で宣う男にクレスは笑うしかなかった。
クレスに医療の知識はないがマキオは医者だった。動けない彼にあーだーこーだと指示されて森中を飛び回ったり甲斐甲斐しく世話をしてやった。俺は何をやってるんだ?と首を傾げたがマキオが作るご飯が美味しくてクレスは渋々彼を見てやった。クレスにとってそこら辺に生えた果実や植物、森の生物など食べれるか食べれないかでしかなかったがマキオにとってはそうではないらしい。食べて味を知って料理に活かしたり、また食べて毒にやられて死にかけたり、薬や生活道具、娯楽品と器用に有効活用していきクレスの生活も一変した。面白かった。マキオといれば見える世界が変わった。広大な大地や森を悠々と飛ぶのは勿論楽しい。クレスの本能でありそれは欠かせない。だけどマキオと一緒に地に足を着けて生きるのも悪くなかった。気付けばそんな生活を何日、何ヶ月、何年と続けていた。
「ねェ、まだ骨治ってないンだっけ」
「おーまだバキバキだわ」
その言葉にクレスは大笑いした。
治ってないことがあるか!森を駆け回り、木を登り、川を泳ぎ、クレスの背中に乗り空を飛びたいと強請る奴の骨が折れているわけがないのだ。
だがクレスは何も言わなかったし、マキオも何も言わなかった。そうやって馬鹿みたいに毎日騒いであっという間に七年が過ぎた。
「で、まァ~いきなり現れたあの蜂にマキオが刺されたンだよねぇ」
「あのクソ雌蜂俺の体に卵植え付けやがって許さねぇ…」
槇尾と焼かれた肉の塊…に埋もれそうになりながらもトコトコと歩くファイが戻って来ると忌々しそうに彼は吐き捨てた。
「卵?」
「恐らくな。奴に刺されてから記憶が曖昧なことが多くて…酒に酔ってる時みたいな、夢の中みてぇな意識はあるけど体が動かなくて思考も散乱して靄がかかってる感じだな。だから恐らくとしか言えねぇけど背中になんか植え付けられた気がすんだよな」
確かに槇尾の背から離れた幼虫をフジも見た。
「へェ~記憶ないンだ…」
「あ?なんだよ」
「いやぁ…何度かマキオに会いに行ったンだけど会話出来ないし無理に連れて行こうとすれば突然自分の腕折り出してビビったンだよねぇ」
「は?こわ。それは俺の意思じゃねぇなぁ」
「やっぱあの雌蜂に操られてンのかね~」
操られてる…そう断言するには不可解な点が多い。
「でも…エルは私たちのこと殺そうとはしませんでしたよね」
始末して、と確かに人型の蜂はエルに命じていた。
フジの言葉にクレスも頷く。
「それは俺も思ったンだよなぁ~。あの時、糸の網で俺らを捕まえようとした時さぁ、アイツが本気で俺たちを捕まえようとしてたら今頃みぃんな捕まってるンだわ。子豚は当たり前だとして俺ですら逃げられないよねぇアイツからは」
「ぷぎ?」
貶されたような気配にファイは顔を上げるがそれよりも食事が優先だ!とまたむしゃむしゃと食べ出す。
「現にいま殺されてないしねェ」
「そう、ですね…」
「フジも処女死守できたワケだしぃ?」
「しょ…………ゴホッ、ゴホッ…し、死守と言うか突然エルが逃げ出したんです」
「逃げ出したァ?」
ウケんねとクレスは笑う。
「フジに泣かれて怖くなっちゃったンだねぇ」
「…そうなるとある程度エルの意思もあることになりますね」
「そうね。でもあれこれ考えても推測にしかならないンだけどね」
「でもその推測が今は大事だからな」
カリカリと小枝で地面に『ファンキン人型雌蜂からフジの彼氏を救出大作戦』と書きながら槙尾が言う。
「俺らのいざこざに巻き込んで悪かった。謝罪で済むとは当然思ってねぇ…改めて言うがお前さんが良ければ俺らにも協力させてくれ」
槙尾の言葉にグッと唇を噛みフジは頷いた。
「お願い…っ、します…」
「エルッ、やだ、エル…!」
二の腕から手首までを糸で拘束され腰をエルの両膝に挟まれ身動きが取れない。覆い被さるように抱き締め「許さない」とフジを責めるエルの言葉に戸惑う。逃げると言ったのは人型の蜂からであってエルからだなんてひと言も言っていない。きちんと話をしたいと思うのにエルは聞こえていないのかフジの言葉に全く耳を貸さなかった。
「エル!聞いてください!」
締める腕の力が緩みやっと会話が出来るかと思えばエルはフジのバックルを外しズボンを緩め始めた。膝までパンツごと下され露になった己の性器に顔を染める。エルに見られるのは二度目だが前回は背後からだった。正面から他人に見せたことない恥部をエルにまじまじと見られフジは涙目で体を捩る。
「あ…なにを…っ、やめてください…」
フジの制止を聞くこともなく手に嵌めていたグローブを外すと現れたエルの素肌。昨晩見た小さな蜘蛛と同じ闇夜を溶かした真っ黒な手でフジの萎えた陰茎を持ち上げた。フジは色白というわけではないが黒いエルの手に肌の色はよく目立ちそれがまた羞恥を煽る。
「っ、ふ…ん…エル…」
嫌悪はないがどうしてと困惑の感情が強くすぐに勃つことはなかった。しかし指で裏筋を撫でられ、ふにふにと陰嚢を揉まれれば嫌でも反応してしまう。力加減を確かめるようにひと通り全体を撫でられそれだけでフジの体は上気した。昼間とは言え初秋だ。肌寒いはずなのにこの空間だけ異常に熱い。
「んん、ぁ…だめ…!」
子どものお遊びのような触り方から一変して本格的に快感を得させようとするエルの手淫に焦る。誰かに触られる気持ち良さをフジは知ってしまっている。また湖の時のような痴態をここで晒すなんてことはしたくない。そう思うのに思えば思うほど下半身に意識がいって感じてしまう。グローブではないエルの柔らかな肌と体温が生々しくて直視できず顔を背け唇を噛み締めた。
「ふ…っ、う、っあ!…く、ふぅ…」
先端を親指でぐりぐりと撫でられ思わず漏れ出た声を抑えるも責める手は止まらない。じわりと滲み出た先走りの滑りを使ってぬちゃぬちゃと立てる音がいやらしくて耳を塞ぎたいのにぎっちりと糸に縛られた腕はびくともしない。気持ちいいのが嫌な訳じゃない、エルに触られているのだ嫌な訳がない、だが今は違う。それにエルはエルだがやはり様子がおかしい。
「え、る…っ、聞いてください…!私は貴方から逃げるなんて言ってません!エル、どうしちゃったんですか…!」
「貴方は帰るのだろう」
ようやく答えたかと思えば会話がイマイチ噛み合わない。
「離れないでくれ。私から貴方を取らないでほしい」
そう言いながらエルは腰元のポーチから取り出した小瓶を傾け中から粘性のある透明な液体をトロトロとフジの熱に落とした。ひんやりとしたそれにピクリと体を跳ね戸惑っているとじわじわと痒みに似た熱がフジを襲った。
「ああっ…ま、って、える…あつい…ッ、はぁぁ…える…!」
「どうして逃げる」
「ふ、うううっ、あ、つ…える、あつい…ッ、ひ、ぁ…んん!」
「私は欲しいんだ貴方が」
「は、は、は…ッ、んん!!ま…っ、さわっちゃ…いま触られたら…ひっ、ああ!」
「どこにも行かないでくれ」
「っ、ぅう…あ!…っ、そこ、だめ…んんっ、あ、う、う…ん~~っ!」
「お願いだからそばにいてくれ」
「い、ますっ、いますよ、ぅ、ああ!える…はぁっ、ううっ~!んんっ、だめ、まって、あ、あ…ぇ、える…!イっ…ちゃ…ッ~~~!!」
耐え切れず熱を吐き出しエルの手を白く汚した。気持ち良いと思うもののやはり外で、こんな時に、エルが正気じゃないのにと思う感情の方が勝りフジは泣いた。自分の言葉を聞いてくれないエルに対する怒りと、悲しみと、やはり自分には彼を助けられないのかと情け無く、混ざり合い渦巻いた思いが涙に変わった。
「エル…エル…どうして聞いてくれないんです…」
ポロポロと子どものように泣くフジにピタリと手を止めしばらくエルは動かなくなった。
「エル…?」
様子が変わったのに気付き見上げれば狼狽え後退りしエルは何処かへと走り去ってしまった。こんな状況で放置されてた困惑とエルが行ってしまった焦燥になんとか糸から抜け出そうと必死に踠いていると、グゥゥと低い獣の唸り声が聞こえフジは固まる。
まだ距離はあるが目視できる位置に猪に似た獣がいた。
上に伸びた大きな二本の牙、赤土のような肌と鋭い眼光がフジを射抜く。バイクのエンジン音のように何度も何度も低い唸り声を上げ後ろ足で地面を蹴る動作をし低く構える。
生態を知らないフジでもわかった。
(突進してくる…!)
地面が抉れる程の威力で土を蹴り上げ走り出す獣にフジは体を固め目を閉じ衝撃に構えた。
しかし穴の中へ突撃する寸前、腹部を真横から思い切り蹴られ猪は吹き飛ばされる。勢いそのままに大木へと激突し頭を打った衝撃でドサリと倒れ気絶した。
「この大陸の生き物つーのは何でこう見た目が気持ち悪りィのが多いかねぇ!」
「それ俺も含まれてンの」
「…」
「ねぇ!!!」
賑やかな声にフジはゆっくりと目を開く。
「うるせーうるせー…おーい生きてっかぁ?」
外からヒョイと覗いてきた顔にフジは驚いた。
「貴方は…」
「オイオイオイオイ!乱暴なプレイだなぁ!そんな男はやめとけって!早く別れることをオススメするぜ俺は」
「ホントやめてぇマキオ…」
槇尾ダイスケだ。
「誠に申し訳ございませんでした」
グッと首を抑え込まれ深々と頭を下げる大きな人型の鳥とその隣の人間の男に状況が理解出来ずフジは咄嗟に答えられなかった。その反応にマズイと思ったのか槇尾は慌ててクレスに話しかける。
「クレスやべぇぞ誠意が足りねぇみてぇだ」
「こう言うのってふたりで謝るもンじゃないかなァ」
「そりゃそうだ」
コソコソと話し合い槇尾は姿勢を正すと深く頭を下げた。
「すまなかった」
フジはハッとし止めに入る。
「や、やめて下さい!そりゃ裏切られた気がしてショックでしたけどなにか事情があったのはわかります…それに戻って来てくれたことの方が俺は嬉しいです」
「んだコイツ良い奴すぎねぇか?」
「ねぇマキオちょっと黙って」
顔を上げたはいいもののいまだに正座のふたりに合わせ座るフジにクレスは真剣な顔で言う。
「フジ…騙して…ごめん…でもマキオの怪我を治したらすぐに戻ってくるつもりではいたンだよね…言い訳みたいになるンだけどさ。それにフジひとりなら帰りまで飛んで送れると思って…」
「それは…」
「ウン…見てたらわかるよ…エルを見捨てるなんて出来ないンだよねぇ」
「はい」
フジの声が全く聞こえていないエルを目の当たりにすると悲しみで泣き喚きたくなった。
だがそれ以上にムカついたのだ。
これだけ人を虜にさせておいて、エルがいないと駄目な体にしておいて今さら捨てようと言うのかと。
「真剣なところ悪ぃんだけどなんか子豚がいんぜ」
槇尾の声に勢い良く振り返るとヨタヨタと歩くファイがいた。まるで出会った時の様な光景にフジは急いで駆け寄る。
「ファイ!無事だったか!!」
「ぷ、ぎぃ~…ぷぎ、ぷぎぷぎ…」
全身を確認するも擦り傷はあるが大きな怪我はない。
(よかった…)
ホッとするフジの背後からクレスが笑った。
「あのヤモリ倒したのォ?やんじゃんファイ」
「ぷぎ!」
――――
「それでおふたりに何があったんです?」
クレスが持っていた治癒の植物でファイを治した後、腹が減ったとへたり込む子豚に賛成しフジたちも食事にすることにした。こんな状況でも腹が空くのは人間もこの大陸の生き物も同じらしい。
「丁度良い肉あんじゃねーか」と倒れていた猪を槇尾が解体し肉祭りとなった。貪るように肉を食べるファイを横目にフジは聞きたいことが山ほどあったがとりあえず今いちばん優先すべきことを尋ねた。
「俺がコイツに助けられたって話は聞いたか?」
「ええ。でもその後に亡くなったと」
「あ!?テメェー人を勝手に殺すな!」
「痛い痛い!しょーがないジャン!死んどかないと辻褄合わなくなるンだからぁ!」
バシバシとクレスを叩いた槇尾は肉に齧り付きながら続ける。
「俺はまあ…三年前までコイツとここで暮らしてたんだよ」
生きていたと分かった時点で予想は付いたがこの大陸にただの人間が暮らしていたことが驚きだった。
「ぷぎぃ!ぷぎ!ぷぎゃん!」
「ん?おかわりか?」
「ぷぎ」
「よっしゃ、でっけぇの焼くか!」
「ぷぎ!ぷぎ!ぷぎ!」
「おうおう腹裂けるほど食わせてやるよ!」
「ぷぎぃ!」
話の途中で騒ぎ出したファイに急かされ立ち上がった槇尾は「後はクレスに聞いてくれ」と解体途中の猪と元へ行ってしまう。
「言葉分かってないのに会話してるンだけど」
「何と言うか…豪快な人ですね槇尾さん」
「そぉーねェ」
ファイ二匹分ほどの大きな肉の塊に興奮しぴょこぴょこと跳ねるファイと楽しげに笑う槙尾。それを見るクレスの金の目は温かかった。
クレスに助けられた後、川を泳ぎ魚を獲り元気そうなマキオだったが骨折していたらしい。それでよく大穴をよじ登ったり川を泳いだりしたもんだとクレスは呆れた。
「治るまで世話になるからよろしく」
「そこまでしてやる義理ないンだけどぉ」
「お前が助けた命だろ責任取れよ」
助けられたとは思えない不遜な態度で宣う男にクレスは笑うしかなかった。
クレスに医療の知識はないがマキオは医者だった。動けない彼にあーだーこーだと指示されて森中を飛び回ったり甲斐甲斐しく世話をしてやった。俺は何をやってるんだ?と首を傾げたがマキオが作るご飯が美味しくてクレスは渋々彼を見てやった。クレスにとってそこら辺に生えた果実や植物、森の生物など食べれるか食べれないかでしかなかったがマキオにとってはそうではないらしい。食べて味を知って料理に活かしたり、また食べて毒にやられて死にかけたり、薬や生活道具、娯楽品と器用に有効活用していきクレスの生活も一変した。面白かった。マキオといれば見える世界が変わった。広大な大地や森を悠々と飛ぶのは勿論楽しい。クレスの本能でありそれは欠かせない。だけどマキオと一緒に地に足を着けて生きるのも悪くなかった。気付けばそんな生活を何日、何ヶ月、何年と続けていた。
「ねェ、まだ骨治ってないンだっけ」
「おーまだバキバキだわ」
その言葉にクレスは大笑いした。
治ってないことがあるか!森を駆け回り、木を登り、川を泳ぎ、クレスの背中に乗り空を飛びたいと強請る奴の骨が折れているわけがないのだ。
だがクレスは何も言わなかったし、マキオも何も言わなかった。そうやって馬鹿みたいに毎日騒いであっという間に七年が過ぎた。
「で、まァ~いきなり現れたあの蜂にマキオが刺されたンだよねぇ」
「あのクソ雌蜂俺の体に卵植え付けやがって許さねぇ…」
槇尾と焼かれた肉の塊…に埋もれそうになりながらもトコトコと歩くファイが戻って来ると忌々しそうに彼は吐き捨てた。
「卵?」
「恐らくな。奴に刺されてから記憶が曖昧なことが多くて…酒に酔ってる時みたいな、夢の中みてぇな意識はあるけど体が動かなくて思考も散乱して靄がかかってる感じだな。だから恐らくとしか言えねぇけど背中になんか植え付けられた気がすんだよな」
確かに槇尾の背から離れた幼虫をフジも見た。
「へェ~記憶ないンだ…」
「あ?なんだよ」
「いやぁ…何度かマキオに会いに行ったンだけど会話出来ないし無理に連れて行こうとすれば突然自分の腕折り出してビビったンだよねぇ」
「は?こわ。それは俺の意思じゃねぇなぁ」
「やっぱあの雌蜂に操られてンのかね~」
操られてる…そう断言するには不可解な点が多い。
「でも…エルは私たちのこと殺そうとはしませんでしたよね」
始末して、と確かに人型の蜂はエルに命じていた。
フジの言葉にクレスも頷く。
「それは俺も思ったンだよなぁ~。あの時、糸の網で俺らを捕まえようとした時さぁ、アイツが本気で俺たちを捕まえようとしてたら今頃みぃんな捕まってるンだわ。子豚は当たり前だとして俺ですら逃げられないよねぇアイツからは」
「ぷぎ?」
貶されたような気配にファイは顔を上げるがそれよりも食事が優先だ!とまたむしゃむしゃと食べ出す。
「現にいま殺されてないしねェ」
「そう、ですね…」
「フジも処女死守できたワケだしぃ?」
「しょ…………ゴホッ、ゴホッ…し、死守と言うか突然エルが逃げ出したんです」
「逃げ出したァ?」
ウケんねとクレスは笑う。
「フジに泣かれて怖くなっちゃったンだねぇ」
「…そうなるとある程度エルの意思もあることになりますね」
「そうね。でもあれこれ考えても推測にしかならないンだけどね」
「でもその推測が今は大事だからな」
カリカリと小枝で地面に『ファンキン人型雌蜂からフジの彼氏を救出大作戦』と書きながら槙尾が言う。
「俺らのいざこざに巻き込んで悪かった。謝罪で済むとは当然思ってねぇ…改めて言うがお前さんが良ければ俺らにも協力させてくれ」
槙尾の言葉にグッと唇を噛みフジは頷いた。
「お願い…っ、します…」
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大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
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