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⑯
しおりを挟む秋も深まり日が暮れるのが随分と早くなった。夕方頃には空は重い藍色に染まり数分もすれば辺りは真っ暗になる。そうなってくるとやむを得ず測量を中止しなくてはならなかった。
新大陸に上陸してから5ヶ月は過ぎようとしている。
期限は半年。それ以上経過してしまえばエルに付けられた首輪から毒が抽出され彼は死んでしまう。フジは焦っていた。
「ぷぎゃん!」
「おッ!今のいい感じじゃ~ん」
「ぷぎぃ!」
相変わらずファイとクレスの特訓は続いていた。もうふたりは随分と仲良くなったようで夜風が寒い日、ファイはクレスの羽の中で眠り日中の特訓が終われば木の実を集めてゲームをし夕方には趾に掴まって空中散歩したりと楽しく自由に過ごしている。殺されかけた遺恨はもうないらしい。そもそも弱肉強食が当たり前のこの世界で恨む恨まないなどファイの頭には無かった。弱ければ殺される、ただそれだけだ。しかしまあそれはそれとしていずれ強くなり彼等に一泡吹かせてやるが?ファイは負けっぱなしの子豚ではないのだ。
その日は秋風が強かった。
風に舞う枯れ葉のクズや砂が目に入り涙を流しているとエルが心配そうにフジの涙を拭う。
「今日はもう中止にした方がいい」
「でも…」
「もうすぐ辺りも暗くなる。今辞めても後から辞めても進捗はさほど変わらないだろう」
納得いかない顔をするフジを見て少し笑うとは慰めるように頬を撫でた。
「私の心配をしてくれてるんだな」
「当たり前でしょう!」
「そうだな…貴方はそういう人だ。なら私が夜に測量しよう」
「エルが…?どうやって…測量器に暗視機能はありませんが」
「私は夜目が効く。目視で数値は測れるだろう…測量器ほどの正確さはないかも知れないが」
しれっととんでもないことを言い放つ男にフジはポカンと開いた口が塞がらない。今なんて言った?目視で?高さや角度や距離を測れると………?
(いや深くは考えないでおこう…)
ありがとうございます、とフジが微笑めば顔が見えなくてもわかる。エルの纏う空気が喜びを隠しきれないように綻んだ。
夜も更けフジはエルの糸で編まれた簡易的なベッドの上で深い眠りについている。それをテントのように糸で覆い彼に何かあればすぐに対応出来るよう準備をしてから少し離れた場所で測量するエルの姿があった。
エルは元々夜行性で日中2、3時間ほど眠れば体は回復した。この大陸では人間に合わせるため昼間活動し夜は寝る生活を送っているが、正直寝なくても平気だ。以前五日ほど寝れなかった日もあったがさして問題はなかった。どれだけ睡眠を取らなければ限界なのか試したことはないが恐らく一ヶ月は平気だろう。
フジが記録するノートにカリカリと数値を書き込みながら「なんの用だ」振り返りもせず暗闇に声をかければのそのそと大きな趾が月光の元に現れた。
「なぁんか寝付けなくてね~暇だから付き合おうかなぁって」
「いらん」
木の幹に凭れるクレスに見向きもせず淡々と作業を続けるエルにとことんフジ以外には冷たい奴だなと呆れた。
「アンタ目が悪いんじゃないの。夜目が利くなんて嘘ついてさぁ」
「…何故分かった」
「こぉんだけ一緒にいるンだからわかるでしょ」
紙の上を走らせる手を止め彼はやっと振り返った。
「夜目が利くのは本当だ。視力は悪くてもそれ以外の感覚で把握している。測量にはこいつらがいるから問題はない」
淡々と答えるエルの背後から湧き出る黒にクレスはゾワゾワと体を震わせた。
「ねェー!それまじでキッモなんだけど!」
腕をさするような仕草で羽と羽を合わせ不気味がる鳥に蜘蛛たちはエルの足元を抜けクレスへとにじり寄る。「ヒィ!」喉を締めたような声を出し木の上まで逃げるもカサカサと登り追いかけてくる黒の集団にとうとうクレスは音を上げた。
「ごめん!!ごめんってば!!キモいなんて言ってごめんなさいー!!」
ピタリ止まり波が引くようにカサカサと去って行く蜘蛛にホッと息を吐くと恨めがましい顔でエルを睨む。
「イジワル」
またこちらを見ることもなく測量を続けるエルに近寄ると地面を小さな蜘蛛たちがあちらへこちらへと忙しなく動いている。
「このちんまいの、なに?アンタの眷属?」
「いや違う。これも私だ」
「んン~??」
理解が出来ないようで上半身を真横に傾けて疑問を投げかけて来るクレスにエルは答えなかった。敵か味方かわからない奴に手の内をこれ以上教える義理もないだろう。
自身の手足を動かすように自在に動く大量の蜘蛛と出会ったのは三度目の大陸渡航の時だった。森で出会った小さな蜘蛛を見て直感的に自分自身だと気付いた。その蜘蛛たちは徐々に大陸中から集まり膨大な数の黒がエルの周りを彷徨いていた。流石にこれでは護衛対象に最初から人ではないと教えているようなものなので普段は森の中に潜ませているが、呼べばすぐに集まる便利な兵のように使っている。エルに大陸にいた頃の記憶はないのでこれはあくまで彼自身の推測だがこの小さな蜘蛛と自分は元はひとつの大きな生き物だったのだろう。何がきっかけかはわからないが大陸を離れる時にエルとエル以外で分離したのだと思われる。
蜘蛛たちを体に戻せるか試してみたが、もうすでにエルはエルひと個体として成立してしまったようで体を変化させたりは出来ない。蜘蛛たちは小さくバラけさせたり、くっ付けて大きくなったりするものだから人型になる前の自分はよほど便利な生き物だったのだなと感心した。
「ねェ」
クレスの声かけにエルは答えなかったが気にせず話しかけた。
「アンタなんでそんな強いのにさぁ人間見殺しにしちゃうの?」
クレスがこれまで見て来たのは十人の人間。誰も彼もがエルと離れて行動し案の定この大陸の餌食となり死んでいった。エルは人間たちを遠巻きに見守る癖に助けはしない。フジの話を聞く限り護衛として派遣されているらしいがその行動は護衛とは程遠い気がする。
「窮地の時ほど人間は本性が浮き彫りになる」
「んーー…そうねェ」
「私が助けられるのは私に助けられたいと思っている人間だけだ。それ以外を救助するには危険なことも多い…お前も言っていただろう。私も万能じゃない」
命の危機にパニック状態の人間を救おうと手を差し伸べて道連れにされかけたことも、自分だけ助かろうと蹴落とされたことも、恐怖から目の前で自死されたこともある。この大陸は人の心をより醜く猜疑心に満ちさせるのだろう。エルに全ては救えない。ならば見届けるのが責務だと思った。
「よくわかンないけどフジみたいな人間は珍しいってことぉ?」
「そうだな」
「ふーーん?だから好きになったンだ」
ニヤニヤと笑うクレスにエルは少し黙ってそれから言葉を返した。
「少し違う。お前ならわかるんじゃないか」
「はァ~?何が?」
「そう言う人間を知ってるのだろう」
エルは言葉足らずで余計な事を話さない。
それでもクレスには彼の言いたいことがわかった。
「…ちょっと意味がわかンないかなあ」
「そうか」
下手な誤魔化しを気にすることなくまた測量し始める背中をジッと見つめ顔を背けた。鬱蒼と繁る森の上では中秋の名月が大陸を照らしていた。
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