測量士と人外護衛

胃頭

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 大きなトラブルにも見舞われず予定通り5日ほどでエスポワ大陸『第五区画南東ヨコハマ港』に到着した。
 名はまだ国が栄えていた時代に存在した港から取ったと聞いたことがある。
 港といっても小さなもので出航先にも置いてあったようなプレハブ大の建物と、ずらりと並ぶ色とりどりのコンテナ、それを運ぶための赤と白の大きなクレーン、大型トラックが数台、軍用装甲車、ヘリ、大型SUV車が数台あるだけだった。
 船が港に着陸すると測量士と護衛が下船するのみで、船乗り達は挨拶も早々に旋回して行く。
 そもそも船内でも必要最低限の会話しかせず、顔もろくに合わせない余所余所しい態度だったのだがフジは全く気にする様子もなく「お気を付けて~!」と船が見えなくなるまで手を振った。

「さて、確か車で宿泊施設を利用しながら北まで移動でしたね…あの、エル貴方運転を?」
「ああ。大抵の乗り物なら動かせる」
「凄いですね。私なんか何にも持っていないですよ」

 今や油を使う乗り物は超高級品で免許取得の権利は庶民にはそもそも無く、移動は徒歩か自転車でしか許可されていない。自然と仕事の幅も狭まり、旅行も買い物も遠くの友人とすら簡単に会うことができない。
 昔、測量士だった祖父と父と地図を書くために色んなところへ足を運んだ記憶が懐かしい。
 あの頃はまだ車も電車も飛行機も船も自由に乗れた。

 フジがそんなことを思い出しながらエルを褒めると表情を全く見せない覆面が当たり前のように言葉を返した。

「貴方は測量士だろう、国家資格だ。私はそれを持っていない。地図を作るには貴方が必要で車を使うのに私が必要なだけだ」
「…つまり?」
「…すまない…つまり、貴方は私にないものを持っていて私からすれば十分に凄いと言うことだ」
「なるほど。ありがとうございます」

 フジは謙遜もなく頷いた。
 船での五日間分かったことなのだが、まずこのエルという男は顔を全く見せない。顔どころか肌ひとつ見せたことがない。ふたつ、言葉がやけに難解で何度か質問してようやく理解できる。みっつ、とても優しい男だということ。心配になるくらい相手に配慮した言い方と行動をとる男だった。
 遠慮すれば彼はもっと遠慮してなかなか話が前に進まない状況になることが多く、フジは敢えてこの男の前では遠慮も謙遜もしないことに決めたのだ。

 港の事務所らしいコンテナに顔を出せば案内ロボットが設置されていた。猫耳を付けた可愛らしい見た目に反してゴツいパーツで構成された据え置き型ロボの液晶に入港IDを入力すれば車のキーが口から吐き出された。
 今はほぼ見ることがなくなった板キーを港に並ぶ車ひとつひとつに差し込んでいくと、四台目の車両が当たりだったようだ。
 荷物を後部座席に投げ入れ、助手席へと乗ろうとするもタイヤがデカ過ぎて車の高さに苦戦する。手摺りを掴み、タイヤの上に足をかけ何とか乗り込むことができた。
 キーを回すと低いエンジン音が響き渡る。
 環境に悪そうな煙を上げながら舗装された道路を走って行く。港周辺は整備され快適な道のりだったが、数キロもしない内に山へと入り悪路を走る。ガタガタと揺れ今にも崖から落ちそうな状況にフジはヒヤヒヤしながらエルの運転を見守った。
 林道のように辛うじで車が倒れる道は時折雨でぬかるんでタイヤがハマったり、大木で道が塞がれていたり、見たこともない獣が立ち向かってきたりとトラブル続きだったが全てエルが対処してくれフジはなんと頼りになる!と感心しっぱなしだった。
 寡黙というわけではなく、打てば響く知識の多さ配慮の塊のような優しさ、力強く頼りになる男に全幅の信頼を寄せるのは時間の問題だと自分自身分かっていた。

 ひとつめの宿に着いたのは翌日のことだった。
 大陸に着いたからすでに42時間以上経過しているにも関わらずエルは寝ずに運転し続けた。フジは耐えきれず何度も車の中で船を漕ぎ、気付けば寝入ってしまっていることもあったがエルは責めるどころか「寝ていろ」と優しく言葉をかけてくれる始末。

(なんだこの男は…)

 フジは自分の不甲斐なさとエルの男らしさ、ふたつの複雑な感情の中コーヒーを淹れ差し出した。
 今のフジにはこんなことしか出来ない。
 そう泣き言を溢せば「貴方の仕事は北に着いてからだろう」と慰めの言葉をくれた。優しい。

 コテージのような宿に一泊し、朝からまた悪路を走る。あまりにも酷い揺れに車酔いしたフジは後部座席で横になって休ませてもらったり、川辺を見つけて顔を洗わせてもらったりとまた足を引っ張ってしまう。その度に「ここまで弱音を吐かずに偉い」「私は軍人で貴方は測量士なのだから」と励ましの言葉を貰い、気合いでオフロードを乗り越えた。
 地図の赤点をなぞりながら六日目、やっと北側周辺へと差し掛かる。
 この大陸の面白いところは東西南北でガラリと気候や環境が変わるところだ。船で着陸した南側周辺は穏やかな気候で四季はなく獰猛な生き物も危険植物も存在しない国民が移り住むのに最適な土地だった。
 しかし南だけでは全国民が暮らせるだけの広さはなく、東西は最高気温42℃、最低気温-50℃といった高低差のありすぎる環境のため当面の移住は厳しい。
 最も遠い北周辺は第五区画の中で8割を占める広大な土地にも関わらず、まだ未探索部分が多く地図すらない状況だ。
 その為、国は北周辺を細かく分け多くの測量士に地図製作を依頼している。その中のひとりがフジであった。
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