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怪盗アンドロイドはデータ(記憶)を盗む
アンドロイドの夢
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夢を見ている。
アンドロイドは夢を見ない。アンドも例外ではなく、人間のような睡眠による休息は不必要だ。構造として眠るようにはできていない。それなのに、不可解なことに彼は夢を見ている。
アンドはいつものように夢の中の人物を見つめた。
短い髪、印象を引き締めるような眉に、すらりと長い脚。胸板は厚く、少しのことではびくともしないような存在感のある体躯は、アンドとそっくりだ。
いや、瓜二つ。目鼻立ちから骨格に至るまで、間違い探しをすることが思いつくほどに彼らは似ていた。ただ、大きく違うのが二点。
一つは、瞳。際立って目を引く、澄んだ空のような瞳は、アンドの目の前の男にはない。彼の目は赤い。
暮れ行く空のような紅に染まった瞳が、アンドを見つめている。彼は口を引き結んで、何処か陰のある顔で微笑んでいた。
その表情こそがもう一つの決定的な差異だった。悲しくて切なくて空しくて、それら全てが混ざり合って、何処にも行けずに、途方に暮れているかのような顔。
アンドは複雑な感情を表現することができない。彼は後ろ向きな感情を捨てるように作られている。
「真っ白な僕、こんにちは」
目の前の男はアンドに静かに呼びかけた。アンドは顔色を眩いほど明るくする。
「白?僕は白いですか?目は青いですよ?……夕陽の僕、こんにちは!」
斜陽を閉じ込めたような瞳を瞬いて、彼はふっと柔らかく笑む。優しいのに、何かに疲れ果てたような表情だった。
「夕陽……そう、僕は黒ではないんですね」
ぽつりと彼が呟いた言葉が地面に転がった。アンドは首を傾げて、それから勢いよく頷いた。
「目が夕陽みたいで綺麗だもの」
「綺麗。真っ白な僕が言うからには、そうなんでしょう、きっと」
独り言のように言う彼のことをアンドはよく知らない。彼は自分だ。それは確かだ。でも、それが何を意味するのかはわからないのだった。
「夕陽の僕は、どうしてそんな顔をするのですか?どうしてそんな顔ができるの?本当に人間みたいな、ねえ」
「……人間みたいであることは決して……やめましょう。真っ白な僕、キミの忘れたすべてを知っているのが僕だよ、真っ白ではない僕だ」
痛ましそうに彼はアンドを見た。その視線は冷たくはなく、温くもない。アンドの先にある何かを見ているような彼の目は洛陽の色に染まっている。
「キミの一等大好きな人はキミを裏切り続けているよ」
彼の口角は上がり、刃物のような冷たい笑みがアンドに向けられていた。アンドは傷つかない。彼は不快に感じない。感じられないように作られている。
ただアンドは口を開く。
「夕陽の僕、泣かないで」
瞬間、彼の顔は弾かれたように酷く歪んで、唇はきつく噛み締められた。涙が落ちていく。晴れた夕空から誤って落ちた雨粒のように、涙は零れていく。
アンドは雫を捕まえた。体温を託したような生ぬるさが手を湿らせる。
「泣かないで。フィクサーさんは、僕を捨てたりしないよ」
アンドは明るい笑顔を弾けさせた。夕陽の目をした彼は涙をこぼしながら、淋しげに、どこか諦めたように微笑んだ。
何か、大切なものを忘れている気がする。起動したアンドは目を瞬いた。忘れるとはおかしな話だった。彼はアンドロイドだ。人間のような物忘れはしない。そして、ふと彼は床に散乱した積み木と、クレヨンを眺めて首を傾げた。
「アイリス……?」
彼女がいない。立ちあがった彼には部屋は狭く見える。
「そうだ、記憶を盗んだんでした!フィクサーさんに言わないと」
独り言を呟いて、彼はキッチンへ向かう。その前に客人に料理をふるまわなければ、と。
アンドロイドは夢を見ない。アンドも例外ではなく、人間のような睡眠による休息は不必要だ。構造として眠るようにはできていない。それなのに、不可解なことに彼は夢を見ている。
アンドはいつものように夢の中の人物を見つめた。
短い髪、印象を引き締めるような眉に、すらりと長い脚。胸板は厚く、少しのことではびくともしないような存在感のある体躯は、アンドとそっくりだ。
いや、瓜二つ。目鼻立ちから骨格に至るまで、間違い探しをすることが思いつくほどに彼らは似ていた。ただ、大きく違うのが二点。
一つは、瞳。際立って目を引く、澄んだ空のような瞳は、アンドの目の前の男にはない。彼の目は赤い。
暮れ行く空のような紅に染まった瞳が、アンドを見つめている。彼は口を引き結んで、何処か陰のある顔で微笑んでいた。
その表情こそがもう一つの決定的な差異だった。悲しくて切なくて空しくて、それら全てが混ざり合って、何処にも行けずに、途方に暮れているかのような顔。
アンドは複雑な感情を表現することができない。彼は後ろ向きな感情を捨てるように作られている。
「真っ白な僕、こんにちは」
目の前の男はアンドに静かに呼びかけた。アンドは顔色を眩いほど明るくする。
「白?僕は白いですか?目は青いですよ?……夕陽の僕、こんにちは!」
斜陽を閉じ込めたような瞳を瞬いて、彼はふっと柔らかく笑む。優しいのに、何かに疲れ果てたような表情だった。
「夕陽……そう、僕は黒ではないんですね」
ぽつりと彼が呟いた言葉が地面に転がった。アンドは首を傾げて、それから勢いよく頷いた。
「目が夕陽みたいで綺麗だもの」
「綺麗。真っ白な僕が言うからには、そうなんでしょう、きっと」
独り言のように言う彼のことをアンドはよく知らない。彼は自分だ。それは確かだ。でも、それが何を意味するのかはわからないのだった。
「夕陽の僕は、どうしてそんな顔をするのですか?どうしてそんな顔ができるの?本当に人間みたいな、ねえ」
「……人間みたいであることは決して……やめましょう。真っ白な僕、キミの忘れたすべてを知っているのが僕だよ、真っ白ではない僕だ」
痛ましそうに彼はアンドを見た。その視線は冷たくはなく、温くもない。アンドの先にある何かを見ているような彼の目は洛陽の色に染まっている。
「キミの一等大好きな人はキミを裏切り続けているよ」
彼の口角は上がり、刃物のような冷たい笑みがアンドに向けられていた。アンドは傷つかない。彼は不快に感じない。感じられないように作られている。
ただアンドは口を開く。
「夕陽の僕、泣かないで」
瞬間、彼の顔は弾かれたように酷く歪んで、唇はきつく噛み締められた。涙が落ちていく。晴れた夕空から誤って落ちた雨粒のように、涙は零れていく。
アンドは雫を捕まえた。体温を託したような生ぬるさが手を湿らせる。
「泣かないで。フィクサーさんは、僕を捨てたりしないよ」
アンドは明るい笑顔を弾けさせた。夕陽の目をした彼は涙をこぼしながら、淋しげに、どこか諦めたように微笑んだ。
何か、大切なものを忘れている気がする。起動したアンドは目を瞬いた。忘れるとはおかしな話だった。彼はアンドロイドだ。人間のような物忘れはしない。そして、ふと彼は床に散乱した積み木と、クレヨンを眺めて首を傾げた。
「アイリス……?」
彼女がいない。立ちあがった彼には部屋は狭く見える。
「そうだ、記憶を盗んだんでした!フィクサーさんに言わないと」
独り言を呟いて、彼はキッチンへ向かう。その前に客人に料理をふるまわなければ、と。
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