160 / 266
◎二年目、八月の章
■久遠はやっぱり少女と出会う
しおりを挟む
八月に入ると夜になっても残暑は残る。ましてや走り続けるとなれば全身は汗だくである。
――まずい。まずい。
強制ログインゾーンというのは話には聞いていたが、本当に実在するとは思っていなかった。
夜に抜け出したこと自体に問題はなかったが、これが予想外だった。
「こっちだ!」
そんなときにいつぞや聞き覚えのある男の子の声が響く。
「早く!」
男の子はこちらの了承も得ずに手を握ってくる。ふてぶてしいヤツだと思ったが、魔物に囲まれているうえにログアウトもできないのであれば誰かの助けはありがたい。
向かってくる魔物は最小限に討伐して、この場を切り抜けることを最優先しているようであった。
やがてまわりからまとわりつく嫌な空気は消え失せて、ログアウトができる状態になる。
「もう少し走ろう」
男の子の申し出を断る理由もない。
近くの公園のベンチで一休みすると男の子は冷たいペットボトルのドリンクを手渡してくる。
「夜に出歩くのは控えた方がいいよ」
男の子は注意を促してくる。そうは言われてもこちらも好きで出歩いていたわけではない。
「気をつけます」
ドリンクについては好意として受け取っておく。
男の子も自分の分を口にしている。正直、喉はカラカラだったので、自分も飲むことにした。
「僕は古輪久遠。三月二八日生まれの十一期生だ」
君は? ということなのだろうが、どうしてとも思ってしまう。どうせ休憩が終われば二度と会うこともないし、会う気もない。
久遠は「まあ、いいけど」とばかりにやれやれと肩をすくめる。
「これから行くアテはあるのかい?」
図星だった。これには思わず顔を見あげて、久遠の顔を仰ぐ。
「僕についてくるなら今晩の宿くらいは提供するよ」
言っておくけどと付け加えられる。久遠にとっては自分を連れて帰ることにメリットは一切ないのだという。何なら怒られるくらいだと。
「だから、名前くらいは名乗ってほしいんだよね、僕としては」
どうすると迫られる。要は名乗れば久遠という男の子について行くという意思表示になるということだった。
たしかに寝泊まりする場所には困っていたところだ。では、どうして返事を渋っているのかというと主導権を握られているのが気に入らなかったのだ。
「どうする?」
ダメ押しだった。思わずぎりりと奥歯を噛んでしまう。
「……私は蔵脇頼果。四月一日生まれの十一期生よ」
久遠はすっと近づいてきて頼果のかけていたメガネを外す。
しまったと思ったが、久遠は少し目を大きく見開いたものの、すぐに平常な顔に戻る。
「どうして素顔を隠してたんだい?」
「答える必要が?」
頼果はあからさまに不機嫌な様子で逆に訊ねた。
「いや、たしかにその通りだ」
久遠はメガネを返してくる。
「どうしてメガネを取ったの?」
そう問われて久遠は少し考えこむような様子を見せる。
「そうだな……。君に何やら不誠実なことをされているような気がしたから、かな」
「何それ?」
「さあね」
久遠は頼果に背を向けてさっさと歩きだす。
呼びかけもしないなんてどっちが不誠実なんだと頼果は久遠の背中に向けて舌をべっと出す。
それでも久遠に指摘されてから不思議とメガネをかける気にはなれなかった。
――まずい。まずい。
強制ログインゾーンというのは話には聞いていたが、本当に実在するとは思っていなかった。
夜に抜け出したこと自体に問題はなかったが、これが予想外だった。
「こっちだ!」
そんなときにいつぞや聞き覚えのある男の子の声が響く。
「早く!」
男の子はこちらの了承も得ずに手を握ってくる。ふてぶてしいヤツだと思ったが、魔物に囲まれているうえにログアウトもできないのであれば誰かの助けはありがたい。
向かってくる魔物は最小限に討伐して、この場を切り抜けることを最優先しているようであった。
やがてまわりからまとわりつく嫌な空気は消え失せて、ログアウトができる状態になる。
「もう少し走ろう」
男の子の申し出を断る理由もない。
近くの公園のベンチで一休みすると男の子は冷たいペットボトルのドリンクを手渡してくる。
「夜に出歩くのは控えた方がいいよ」
男の子は注意を促してくる。そうは言われてもこちらも好きで出歩いていたわけではない。
「気をつけます」
ドリンクについては好意として受け取っておく。
男の子も自分の分を口にしている。正直、喉はカラカラだったので、自分も飲むことにした。
「僕は古輪久遠。三月二八日生まれの十一期生だ」
君は? ということなのだろうが、どうしてとも思ってしまう。どうせ休憩が終われば二度と会うこともないし、会う気もない。
久遠は「まあ、いいけど」とばかりにやれやれと肩をすくめる。
「これから行くアテはあるのかい?」
図星だった。これには思わず顔を見あげて、久遠の顔を仰ぐ。
「僕についてくるなら今晩の宿くらいは提供するよ」
言っておくけどと付け加えられる。久遠にとっては自分を連れて帰ることにメリットは一切ないのだという。何なら怒られるくらいだと。
「だから、名前くらいは名乗ってほしいんだよね、僕としては」
どうすると迫られる。要は名乗れば久遠という男の子について行くという意思表示になるということだった。
たしかに寝泊まりする場所には困っていたところだ。では、どうして返事を渋っているのかというと主導権を握られているのが気に入らなかったのだ。
「どうする?」
ダメ押しだった。思わずぎりりと奥歯を噛んでしまう。
「……私は蔵脇頼果。四月一日生まれの十一期生よ」
久遠はすっと近づいてきて頼果のかけていたメガネを外す。
しまったと思ったが、久遠は少し目を大きく見開いたものの、すぐに平常な顔に戻る。
「どうして素顔を隠してたんだい?」
「答える必要が?」
頼果はあからさまに不機嫌な様子で逆に訊ねた。
「いや、たしかにその通りだ」
久遠はメガネを返してくる。
「どうしてメガネを取ったの?」
そう問われて久遠は少し考えこむような様子を見せる。
「そうだな……。君に何やら不誠実なことをされているような気がしたから、かな」
「何それ?」
「さあね」
久遠は頼果に背を向けてさっさと歩きだす。
呼びかけもしないなんてどっちが不誠実なんだと頼果は久遠の背中に向けて舌をべっと出す。
それでも久遠に指摘されてから不思議とメガネをかける気にはなれなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!
海夏世もみじ
ファンタジー
旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました
動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。
そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。
しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!
戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!
惑星エラムより愛をこめて 第五部 ヘヴン編 【ノーマル版】
ミスター愛妻
ファンタジー
惑星エラムの女王である、黒の巫女ヴィーナスさん。
ヨミを制圧し、やっとこさっとこ、テラは滅亡を逃れたが、その代価として、万単位の女たちを手に入れてしまった。
ハルマゲドンはついに終わった、そして第七のラッパは鳴り響く……残るは男性体との『最後の審判戦争』。
ヴィーナスさんは配下の部隊を総動員する。
底知れぬオメルカの戦力を熟知しているはずなのに、満を持して出てきた男性体に対して、得体が知れぬ不安を感じたのであるが…… ついに不安は的中してしまった……
造化三神の思惑どおり、ついにアスラ族最後の戦争が始まった……
本作はミッドナイトノベルズ様に投稿していたものから、R18部分を削除、FC2様、カクヨムで公開しているものです。しかしそうはいってもR15は必要かもしれません。
一話あたり2000文字以内と短めになっています。
表紙はシャセリオー,テオドール 海から上がるヴィーナスでパブリックドメインとなっているものです。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい
三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
追放された武闘派令嬢の異世界生活
新川キナ
ファンタジー
異世界の記憶を有し、転生者であるがゆえに幼少の頃より文武に秀でた令嬢が居た。
名をエレスティーナという。そんな彼女には婚約者が居た。
気乗りのしない十五歳のデビュタントで初めて婚約者に会ったエレスティーナだったが、そこで素行の悪い婚約者をぶん殴る。
追放された彼女だったが、逆に清々したと言わんばかりに自由を謳歌。冒険者家業に邁進する。
ダンジョンに潜ったり護衛をしたり恋をしたり。仲間と酒を飲み歌って踊る毎日。気が向くままに生きていたが冒険者は若い間だけの仕事だ。そこで将来を考えて錬金術師の道へ進むことに。
一流の錬金術師になるべく頑張るのだった
ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~
都鳥
ファンタジー
~前世の記憶を持つ少女は、再び魔王討伐を目指す~
私には前世の記憶がある。
Sランクの冒険者だった前世の私は、あるダンジョンでうっかり死んでしまい、狼の耳と尾をもつ獣人として転生した。
生まれ変わっても前世のスキルをそのまま受け継いでいた私は、幼い頃からこっそり体を鍛えてきた。
15歳になった私は、前世で暮らしていたこの町で、再び冒険者となる。
そして今度こそ、前世で果たせなかった夢を叶えよう。
====================
再び冒険者となったリリアンは、前世の知識と縁で手に入れた強さを隠しながら、新しい仲間たちと共にさらに上を目指す。そして前世の仲間との再会し、仲間たちのその後を知る。
リリアンの成長と共に、次第に明らかになっていく彼女の前世と世界の謎。。
その前世ではいったい何があったのか。そして彼女は何を成し遂げようとしているのか……
ケモ耳っ娘リリアンの新しい人生を辿りながら、並行して綴られる前世の物語。そして彼女と仲間たちの成長や少しずつ解かれる世界の真実を追う。そんな物語です。
-------------------
※若干の残酷描写や性的な事を連想させる表現があります。
※この作品は「小説家になろう」「ノベルアップ+」「カクヨム」にも掲載しております。
『HJ小説大賞2020後期』一次通過
『HJ小説大賞2021後期』一次通過
『第2回 一二三書房WEB小説大賞』一次通過
『ドリコムメディア大賞』中間予選通過
『マンガBANG×エイベックス・ピクチャーズ 第一回WEB小説大賞』一次通過
『第7回キネティックノベル大賞』一次通過
引きこもり天使の救済奇譚〜引きこもりだった天使が親のいいつけで人間界に舞い降りて嫌々アナタを助けてくれます〜
しゃる
ファンタジー
あらすじ
『人間は困難に立たされると、なにかに必ず助けを求めます。それは神だったり私たち天使だったり』
「なんで義理もない人間を助けなくちゃいけないんでしょうか。私は家で引きこもっていたいのに⋯⋯」
親の言いつけ元い天界の決まりで17歳になった天使、レミリエルは人間界へと舞い降り、救済の旅に出る。
自分が早く天界に帰るために人助けをするレミリエルは色んな人間と関わり、温かさに触れ、絶望し、愛しい人間と出会い沢山の経験をして天使として成長して行く物語。
________________________________________
どうもしゃるです
自分の好きなキャラクターや世界観を描いてみたくて、初めて小説に手を出しました。
誤字脱字含め、至らぬ点多々あると思いますが何卒ご容赦を。
Twitter
@sharunarou 何かあったらこちらも
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる