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◎二年目、六月の章
■里奈は久遠を待っていた
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「くおーん!」
駅舎から出てくる久遠を見つけて里奈は手を振った。
「里奈……」
久遠は緩い笑顔を浮かべる。だが、あきらかに心ここにあらずという印象だった。
「ゲストハウス引き払ったんでしょ」
「うん。今日から寮に戻るよ」
久遠はとぼとぼと歩きだす。彼は気づいているだろうか。彼の歩く方向は寮へ戻る道から正反対であることに。
「どこ行く気?」
里奈は久遠の右腕を両腕で掴む。
「まだ、日は高いじゃないか。それに天気も悪くない」
帰るのは早いと言いたいのだろう。
「それもそうね」
里奈はそう言って久遠の腕を掴んだままだ。
「それといつまでくっついてるつもりだい?」
「……どこにも行かないって言うまでダメ」
里奈は声が震えるのを自覚する。
「君との約束を違えるつもりはないよ」
「そう思うんなら二度とこんなことしないで」
里奈の頬に涙が伝う。久遠はそんな里奈に目を向けてはこない。
「……ごめん」
「いい。もう怒ってないから」
何となくわかっていたが、こういうときに表情を出せないヤツなのだ。まったくもって損だと里奈は思う。
「みんな待ってるよ。久遠のこと」
「君は――里奈はどうなんだい?」
どういう意図で訊ねたのかは図りかねるが、答えは決まっている。
「私は待ちきれなくて迎えにきたのよ。わかるでしょ」
久遠は立ち止まりキョトンとする。
「そうだ。検索してたら途中でいいカフェを見つけたのよ」
そこへ行こうと久遠を誘う。
「今日は私がおごってあげるから」
「いつも僕に払わせるじゃないか」
「たまには気分が乗るときもあるのよ」
里奈はこんな時にかけるべき声を知らない。ひょっとしたら知ることは今後もないのかもしれない。
久遠に対して抱いている気持ちは自身でも驚くくらい複雑だ。だから彼の心中を配慮してかけるべき言葉など思いもつかない。
ただ、これだけは間違いないと理解している。
古輪久遠は失恋をしたのだと。
駅舎から出てくる久遠を見つけて里奈は手を振った。
「里奈……」
久遠は緩い笑顔を浮かべる。だが、あきらかに心ここにあらずという印象だった。
「ゲストハウス引き払ったんでしょ」
「うん。今日から寮に戻るよ」
久遠はとぼとぼと歩きだす。彼は気づいているだろうか。彼の歩く方向は寮へ戻る道から正反対であることに。
「どこ行く気?」
里奈は久遠の右腕を両腕で掴む。
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帰るのは早いと言いたいのだろう。
「それもそうね」
里奈はそう言って久遠の腕を掴んだままだ。
「それといつまでくっついてるつもりだい?」
「……どこにも行かないって言うまでダメ」
里奈は声が震えるのを自覚する。
「君との約束を違えるつもりはないよ」
「そう思うんなら二度とこんなことしないで」
里奈の頬に涙が伝う。久遠はそんな里奈に目を向けてはこない。
「……ごめん」
「いい。もう怒ってないから」
何となくわかっていたが、こういうときに表情を出せないヤツなのだ。まったくもって損だと里奈は思う。
「みんな待ってるよ。久遠のこと」
「君は――里奈はどうなんだい?」
どういう意図で訊ねたのかは図りかねるが、答えは決まっている。
「私は待ちきれなくて迎えにきたのよ。わかるでしょ」
久遠は立ち止まりキョトンとする。
「そうだ。検索してたら途中でいいカフェを見つけたのよ」
そこへ行こうと久遠を誘う。
「今日は私がおごってあげるから」
「いつも僕に払わせるじゃないか」
「たまには気分が乗るときもあるのよ」
里奈はこんな時にかけるべき声を知らない。ひょっとしたら知ることは今後もないのかもしれない。
久遠に対して抱いている気持ちは自身でも驚くくらい複雑だ。だから彼の心中を配慮してかけるべき言葉など思いもつかない。
ただ、これだけは間違いないと理解している。
古輪久遠は失恋をしたのだと。
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