私の旦那様は、鬼でした

寒桜ぬも

文字の大きさ
上 下
6 / 13
祝言の日

しおりを挟む
「天から聞いたのか」
 少しの間を置いて、イサナギは軽くため息をつきながら呟いた。
「はい」
 小夜はイサナギから目を離さずに言葉を待った。

「……気まぐれだ」
 その声はやはり冷たく、小夜の心に悲しみとして響いた。

 やはり『あの時のあの声』はイサナギではなかったのだろうか、と。そんな考えが頭に浮かんでいると、突然目の前で雪が舞い始めた。
「え……」

 イサナギはちらちらと舞う雪を湯呑に入れると、小夜に渡した。
「雪解け水だ。飲むと良い」
 小夜が不思議そうに湯呑を受け取る姿を見て、イサナギが続ける。
「先程、盃に口をつけた時辛そうだったのでな」
「あ……」
 小夜は酒の強い香りにくらっとしたことを思い出す。
 見られていたのかと思うと、気恥ずかしい気持ちになった。

「ありがとうございます……」
 雪はいつの間にか止んでおり、それがイサナギの鬼力であったことが分かった。それを一口飲むと、口の中にひんやりとした水が広がる。
 イサナギの声はこの雪解け水のように冷たいが、その行動にはどれも優しさが含まれているように感じていた。

「イサナギ様は……お酒がお強いのですね」
 婚礼の儀でイサナギが一気に盃を傾けたことを思い出す。今も顔色ひとつ変わることなく平然としていた。

「何百年と飲んでいると強くもなる」
 『何百年』という言葉を聞いて、小夜は不思議に思う。

「あの……イサナギ様は、おいくつなのですか?」
「五百と二十八だ」
 何の気無しに応えるイサナギに小夜は驚く。そんな小夜を見てイサナギが続けた。
「鬼の寿命は人間とは違う」
「そうなのですね……」
 鬼に嫁いだ昨日の今日では知らないことがたくさんあるのも無理はない。
 しかし、イサナギのことを少しでも知ることができたのが、小夜は嬉しかった。

 小夜はふと天との会話を思い出す。

『雪、綺麗ですね』
『そのお言葉、きっとイサナギ様が聞いたらお喜びになりますよ』

 本当にその言葉をイサナギは喜んでくれるのだろうか。そう思った小夜は恐る恐る口にしてみる。

「あの……中庭の雪も今の雪も、透き通った白銀で、イサナギ様の雪は綺麗ですね」
 その言葉を聞いたイサナギは、小夜からまた視線を逸らし、口元に手を当てた。
 そういえば先程も同じ仕草をしていた。それを見た小夜はふと思い、イサナギに問いかける。

「もしや、照れていらっしゃる……のですか?」
 小夜の言葉に、イサナギは口元を隠したまま視線だけを小夜に向ける。イサナギは何も口にしなかったが、その瞳に宿る光がわずかに揺れているように見えた。
 それを隠すかのようにイサナギはそっと目を閉じ、口を開く。
「お前は、鬼が怖くないのか?」
 それは昨日、ここに来た時に天にも聞かれたことだった。

「天にも同じことを聞かれました。私は『いいえ』と答えましたが、本当は怖かったです。私がいた村では鬼は怖いものだと教わっていましたので……」
「そうか。だが、『怖かった』とは過去形のようにも受け取れるが?」
 イサナギは閉じていた目を静かに開け、小夜を見る。

「はい。私がここへきてたった二日ですが、イサナギ様や天、私のことを思って美味しいお料理を作ってくださった方々を、私はどうしても怖いとは思えませんでした」
「そうか」
 そのたった一言のイサナギの声が、今までの中で一番優しいものに聞こえた。

 その声色は、『あの日のあの声』と同じだった。

 小夜は昨日と同じことをイサナギに問いかけてみる。
「イサナギ様は、藍色がお好きなのですか?」
 昨日とは違い、イサナギは今度こそ小夜に聞こえるように答えた。
「藍色はお前が好きな色だろう?」

 なぜそのことを知っているのかと小夜は驚いた。しかし、それよりも今は言葉にしたいことがある。
 だからこそ、改めて問いかけたのだ。

「イサナギ様は……私の問いかけに何でも答えてくださるのですね」
 イサナギが一瞬動揺したように見えた。

「……約束したからな」
 視線を逸らしながら、イサナギが呟いた。
「『何でも教えてやろう』と、そう言ってくださったのは、やはりイサナギ様だったのですね」
 小夜の言葉にイサナギは目を見開いた。
 静かに小夜を見ると、驚いたようにそっと口を開く。
「覚えて、いたのか?」

 小夜は俯くと首を横に振る。
「覚えてはいませんでした。ですが、思い出したのです。あの時の優しい声を……」
「そう、か」
 今までずっと冷静だったイサナギに、明らかに動揺の色が浮かぶ。

「あの時『また会える』と、そう仰ってくださいましたよね……。先程は『気まぐれだ』と仰いましたが、本当はなぜですか?」
 イサナギは小夜を見たまま黙り込む。

「なぜ私を、妻にしたのですか?」

 イサナギは軽く息をつくと、観念したように口を開いた。
「鬼の嗅覚はとても優れていてな。あの日、村のほうから血の匂いがした」
 イサナギは思い出すように静かに話し始めた。

「その場に行ったのは、ただの興味本位だった。そこには血にまみれ倒れた夫婦と、二人に向かって叫ぶ娘がいた。そして私は村の噂を知っていた」
 イサナギの話を聞きながら当時のことを思い出し、小夜は震える手をぎゅっと抑えた。

「この娘は鬼に嫁入りすることになると。人間は鬼を憎んでいると聞いていたが、鬼にもまた、人間を憎んでいる者が多くいる。嫁に来ようものなら何をされるかわからん。そう思うと哀れでな。せめてもの慰めのつもりで、その娘から親の亡骸が見えないようにした」

 小夜は、桜の舞う中、両親の姿が見えなくなり、背中にほのかな温もりを感じたことを思い出す。
 そこでイサナギの声が途切れたことに小夜は気づく。
「イサナギ様?」
 イサナギは口元を手で隠し、小夜から視線を逸らしていた。
 今なら分かる。この仕草はきっと、恥ずかしさを隠すためなのだと……。だとしたら、なぜ今……?

「あの、イサナギ様……?」
 イサナギは視線だけで一瞬小夜を見ると、また視線を逸らす。

「……その娘が振り返り私を見た時、その一瞬、私は娘を美しいと思った。まだ幼子だったお前に、私は目を奪われた」
 その言葉を聞いて、小夜の顔が熱くなる。

「この娘は私が妻にすると、その時に決めた。それだけだ」
 そう言って話は終わりだと言わんばかりにイサナギは口を閉ざし、小夜から視線を逸らしたまま窓の外を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...